零ノ弐
「神様?…貴方に憑いているモノは悪しき物の怪、小物もコモノ。それももう抜け掛けている。…どうだ気分は?」
その言葉に
「る、琉衣ッ!!」
航太郎が思わず立ち上がると、僧侶の一人が用心深く制した。
「腕、痛い」
紐で縛られた両腕を琉衣が突き出す。住職はその目を覗き込むように見つめて問う。
「貴方の名は?」
「
答えてから薄く笑った。すると住職の肩から力が抜けて行くのが、遠目に居る航太郎でも見て取れた。
「うむ、良かろう」
深いため息をもらして、住職が紐を解くために身を屈めた。
その瞬間!
「うぉっ!!!」
野太い一声を発し、首の辺りを手で押さえた。
「どうされました?」
僧侶の一人が慌てて近づき、すぐに驚愕の表情になる。
「騒ぐな!騒ぐでないっ!!」
押さえた指の隙間から赤い血が滲み《にじみ》始めている。
その目の前には犬のような姿勢になり、満足そうに口元の血を舐める琉衣がいた。
航太郎は我を忘れ悲鳴を上げていた。
そして僧侶たちは行き場を失くしたように右往左往する。
「えぇいッ!落ち着け!!」
住職は一喝し、琉衣の前に立ちはだかる。
グルルと唸りながら緑色の目で見上げる様は野獣のよう。
「ここは御仏の御前、お前のようなモノが好きに出来る場所では無いッ!去れ!」
住職が悠然と経を唱え始めると、蒼白になっていた僧侶たちも意を決して後に続く。航太郎は本堂の片隅で小さくなって数珠をすり合わせていた。
しばらくジーっと一同を睨みつけていた琉衣だったが、やがて犬が怯えるようにスゴスゴと後ろに下がり始める。住職と僧侶たちはその度に一歩一歩と間合いを縮めて行く。
追いつめられる琉衣の背後には、3mはあろうかという寺の御本尊如来。悪しきモノさえ救わんと待ち構えている。
ジリジリと追いつめられる距離。その緊張感で航太郎は息もつけない。
あと少し、あともう50cm。
蝋燭の炎に照らされた如来の半眼が厳しく光ったように思えた時だった。
ビュッと風を切って琉衣が獣の形のまま横へジャンプした。
一同が悲鳴のような声を上げる。
琉衣はそのまま壁を駆け上り、縦横無尽に飛び回る。
先ずはご本尊に食らいつき、なぎ倒し、本堂中にあるありとあらゆる物に噛み千切り破壊し始めた。
「な…なんということ」
あまりの惨状に住職は呆然と立ち尽くし、僧侶たちは頭を抱えてしゃがみ込む。航太郎は気が遠くなり息を吸うこともままならない。
「…私には祓うことが出来ない」
小さく呟く住職の声が震えていた。
…壱ノ章へつづく…
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