夢潜入師 時渡申彦 ~ソノ夢、頂戴致シ〼~

こさかなおみ/T703

零ノ章

零ノ壱

「その身体はお前のものでは無いッ!去れッ!!去るのだ!!!」


厳つい体躯をした住職が繰り返す怒声が、ビリビリと空気を震わす。

白髪まじりの眉の下、鋭い眼光に捉えられているのは、床に転がる男 鴻巣琉衣こうのするい

紐で縛られた長い両手足。指先を痩せたジーンズの太ももに挟み込んだ胎児のような姿勢。


その二人の周囲をグルリと囲んで座した10名の僧侶たち。地を這うように経を読んでいる。


「苦しいのだろう?御仏のご加護を受けたらどうだ?」


住職は数珠を持った手で琉衣るいの背中に何かを書き付けては、ドンドンと叩いている。それでも琉衣はピクリともしない。


怒声と経、煙たいほどの線香の香りが充満する本堂の片隅。

怯えながら合掌する裃航太郎かみしもこうたろうがいた。


「神様、仏様、琉衣を助けて下さい…お願いします」


祈りながらも航太郎は後悔の念の真っ只中にいる。


どうしてあの時、あんな場所へ行ってしまったのだろう。

本当にと噂の心霊スポット。自暴自棄になっていた気持ちが安易に足を向けさせたのだろうか。

それが、まさか琉衣をこんな風にしてしまうなんて…。

航太郎はギュッと下唇を噛んだ。


「己の魂を感じなさい!持って行かれるんじゃないぞっ!」


この異様な状態は既に二時間近く。事態は良くなる気配を見せない。

それでも住職は諦めることなく、紫の袈裟を翻し覆いかぶさるように琉衣を抱き起こす。その額から大粒の汗がボタボタと落ちて、床に黒いシミを付ける。


鴻巣琉衣こうのうするい、聞こえているか?貴方に憑いているモノは小物の妖気。そんなモノに負けるでない!!」


住職が耳元で叫ぶと、初めて琉衣の瞼がピクピクと動いた。


「オッオォ!聞こえ始めたか?」


周囲の僧侶たちの経が一層大きくなる。


「分かるか?己を、己をしかと感じなさい!」


住職の腕の中で、琉衣の瞼と口元がゆっくりと開かれる。

住職はもう一方の手で、経を制するよう合図を送る。


「こ…小物?」


絞り出されたような琉衣の声。その瞳がピタリと住職の目と重なった。

本堂の張りつめた空気が安堵に少し和らいだ。


「そうだ、貴方に憑いたモノは小物だ。負けてはならない」


「小物?…神様が?」


琉衣の喉の奥が低く唸り始めているのを誰もまだ気づかない。


…零ノ弐に続く

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