第三話「社畜はやっぱり眠れない」

「――騎士殿、お目覚めになられましたか。呼びかけに応じないので、心配しておりました」


 まず目に入ったのは、心配そうにこちらを見つめるマリアムの顔だった。

 場所は前回と同じ、「神殿」とやらの一室。

 どうやら俺は、眠った事で再びに召喚されてしまったらしい。いい加減、夢だと言って自分をごまかすのも限界だろう。


 俺は本当に、魂だけ異世界に召喚されているのだ。


 しかし、俺が宿る巨兵の体はウニ野郎に穴だらけにされてしまったはずだ。

 借り物とは言え、自分の体が穴だらけなのは嫌だな等と思い視線を動かすと、意外な物が目に飛び込んできた。


『な、なんじゃこりゃ!?』


 そこにあったのは、以前のような「ブリキの騎士」然とした体ではなく、真っ黒く光沢のない棒状の金属で出来た体だった。

 腕も脚も胴も、以前のものよりはるかに細く、「棒人間」とでも言った風情だ。これ、顔はどうなってるんだ……?


『マリアムさん、この体は!?』

「それは……巨兵のでございます」

『本体?』

「はい。以前のお姿は、その本体に鎧をまとったものなのです」


 そう言って、傍らをスッと指し示すマリアム。そこには巨兵の抜け殻……もとい、巨兵が身に付けていたガワが転がっていた。

 円筒形の手足も胴も、逆さバケツの頭部も今はバラバラに置かれ、そのどれもが見事に穴だらけだった。


 しかし、穴だらけの鎧とは裏腹に、パッと見「本体」の方には傷一つ無い。

 不思議に思い、転がっているパーツの一部を例のペンチみたいな手でつまみ上げて見てみると、思っていたよりもが無い。むしろペラペラだ。

 歩いた時の音が、やや重厚感に欠けているとは思っていたが、まさかこんなハリボテだったとは……。


 マリアムに聞いてみたところ、この鎧は鋼鉄製の丈夫なものではあるが、基本的に祭礼用らしい。

 そもそも、巨兵の本体は彼女達の技術では傷一つ付けられない謎の金属で出来ているらしく、鎧を着せるのも身を守る為ではなく、「みだりに巨兵の本体を晒してはいけない」という伝承に基づいたならわしからなんだとか……。


『そう言えば、あれから「異邦人エイリアン」はどうなったんですか?』

「はい……殿、『異邦人』はまた何処いずこかへと去っていきました」

『へ?』


 俺のお陰? 俺は早々に穴だらけにされて一緒に転がっていただけなはずだが……。


 よくよく彼女の話を聞いてみると、どうやら「異邦人」はトゲトゲに突き刺さったままの俺を振り落とそうとしたのか、その場で長時間に渡り転げ回ったそうだ。そして日が暮れる頃にようやく俺を振り落とすと、そのままどこかへ去っていったらしい。

 俺がはりつけにされて「異邦人」と共にゴロゴロ転がっていた様も、傍から見ていたマリアム達には、のだとか。


 実際はすぐに気を失って、「異邦人」のトゲに突き刺さっていただけなんだが、視点が変わるとこうも捉え方が変わるのか……。

 まあ、マリアム達に失望されなくて何よりだったと考えておこう。


 問題は「異邦人」だ。今回は何故か去ってくれたらしいが、次回も同じだとは限らない。

 俺――巨兵は文字通り手も足も出なかった。幸いにして奴のトゲも巨兵の「本体」を傷付けられなかったようだが、運が良かっただけ、という可能性もある。

 次回こそは穴だらけにされてしまうかもしれない。


『マリアムさん、もし巨兵の本体が壊されたら、中にいる俺はどうなるんだ?』

「巨兵が破壊されるなど……恐れ多くて考えたこともありませんので……申し訳ございません、分かりかねます」


 半ば予想通りの答えだが、となると本体がむき出しのまま戦うのは得策じゃなさそうだ。何が起こるか分からない。

 前回意識を失った理由もよく分からないんだ。慎重に行こう。

 まず、さしあたっては――。


『マリアムさん、ちょっと頼みたい事があるんだが――』


   ***


 このままでは「異邦人」には勝てない――そう考えた俺は、まずはこの街の戦力と技術力を把握する事にした。

 巨兵だけでは奴に太刀打ちできない。兵士達の援護が必要だし、職人達に対「異邦人」用の武具や道具を作ってもらえれば……と考えたのだ。


 兵士達については予想通り。平和な時代が長かったからか、街の警備位しか仕事がなく、外敵と戦うだけの練度や装備が整っていなかった。

 剣や槍、弓はあくまでも犯罪者を取り押さえるだとか、狩りの道具の延長線にある存在でしか無いらしい。兵士と言うよりは警察に近い印象だ。


 反対に、職人達の技術力は俺の想像を超えて高かった。

 「異邦人」の相手をするのなら、弩砲バリスタだとか投石機カタパルトだとかのいわゆる攻城兵器があれば役に立つのでは? と考えたのだが、残念ながらこの街にそういった兵器は無いらしい。

 だが、マリアムに通訳してもらいながら武具職人達と話したところ、「似たようなものなら作れるかもしれない」と早速試作品の開発を始めてくれたのだ。

 流石に俺も弩砲や投石機の作り方なんて知らないから、職人達の持ち前の技術で再現出来るのならそれに越した事はない。


 また、鍛冶職人と相談して、巨兵用の鎧を新たに作ってもらう事にした。

 重量度外視の、肉厚な装甲を備えた鋼鉄の鎧をだ。

 かなりの重量になる見積もりだが、巨兵はああ見えてかなりの力持ちなので、動きは鈍るかもしれないが動けなくなるような事はないだろう……多分。


 まあ、装甲を肉厚にしたところで、「異邦人」のトゲを防ぐ事は出来ないかもしれないのだが……その時は逆に、


 そんな訳で、新しい武器や鎧の製作を始めてもらったのだが、残念ながら一朝一夕で出来上がるものではない。

 弩砲や投石機の試作品は、早くとも数日。新しい鎧にいたっては、数ヶ月はかかるらしい。

 その間に「異邦人」が襲ってきて街が全滅しては元も子もない。


 すぐに出来る対策も打っておくべきだろう……。


   ***


 街の裏手――俺が「異邦人」と対峙した正門と反対側には、緑深い森が広がっている。

 木々はかなりの密度でしげっており、巨兵のでかい図体では森の中に分け入って行くのも大変だ。

 これが巨兵よりも更に一回り大きく、長いトゲのかたまりである「異邦人」だったら、まず分け入る事は不可能なのではないか――そう考えた俺とマリアムは、この森を住民達の緊急避難場所にする事にした。

 ようは森の木々を天然のバリケードにするという訳だ。実際にどの程度防げるのかは未知数だが、座して死を待つより遥かにマシだろう。


 もちろん、それは城壁を再び越えられた時の最終手段だ。まずは城壁を死守するに越した事はない。

 その為に今、兵士や木こり達を動員して森の木々をいくつか伐採している所だった。


 伐採した木の用途は二つ。

 一つは、丸太を組み合わせて城壁の外側にバリケードを築く為だ。


 普通に考えれば、城壁も乗り越えるような「異邦人」相手に、木製のバリケードなど意味はない。だが前回の襲撃の際、奴はトゲに突き刺さって取れなくなった巨兵を振り落とそうと、その場でゴロゴロ転げ回っていたという。

 つまり奴には、トゲに何かが刺さりそのまま引っかかると、それをその場で振り落とそうとする習性があるのではないだろうか?

 そこで、奴のトゲに上手く刺さったり引っかかったりしそうな形や大きさのバリケードを幾つも作って、城壁の外側に並べておいたらどうだろう? という話になったのだ。


 基本的に時間稼ぎにしかならないし、「あわよくば」くらいの効果しか望めないかもしれないが、何もしないよりはマシだろう。


 そしてもう一つの用途は……巨兵用の「武器」にする為だ。

 「異邦人」のトゲの一本一本の長さは、巨兵のリーチを遥かに凌駕りょうがしている。

 徒手空拳としゅくうけんで立ち向かうのは、そもそも無謀だったのだ(本当にあの時の俺はどうかしていた)。

 かと言って、巨兵が扱えるような巨大な武器は、この街には無い。これから作ってもらうにしても、時間がかかりすぎる。


 そこで、手頃な大きさの丸太を即席の武器として使う事にしたのだ。

 見た目は非常に格好悪いが、この際そんな事は気にしてられないだろう……。


 ――気付けば、日はとっくに傾き夜を迎えようとしていた。

 バリケードの数はまだ全然足りないので、三交代制を敷いて昼夜問わずに組み立てと設置を進めるよう指示した。それでも十分な数を揃えるには、あと数日はかかるだろう。


「――騎士殿は、勇気だけでなく知恵もお持ちなのですね」


 人々の作業を見守っていたマリアムが、ふとそんなつぶやきをもらした。


『いや、俺はアイディアを出しただけだし……』

「ご謙遜けんそんを」


 マリアムはそう言ってくれたが、謙遜でもなんでもなかった。

 弩砲や投石機にしてもバリケードにしても、俺は「こういう物は出来ないか?」と兵士や職人達に尋ねただけだ。作り方なんて知らないのだ。

 俺の曖昧あいまいな説明を聞いただけで、似たような物を作ってしまう街の人達の方がよっぽど凄い。大した技術力だった。

 ――むしろ、彼らの生活レベルと技術力とがチグハグに感じる位だ。何というか、


『それに、俺のは勇気なんかじゃないよ――全部、だ』


 自嘲じちょう気味につぶやいた、その時だった。突然、視界が色を失い、強いめまいのような感覚に襲われた。

 グラリ、と巨兵の体が揺らぐ。


「騎士殿!?」


 マリアムの声が遠い。これは……どうやらまた意識を失うらしい。いや、正確には「元の世界に戻る」と言うべきか。


 どうにかかがみ込み、巨兵の体が倒れてしまわないような姿勢を取った所で、俺の意識は完全に闇へと落ちた。

 遠くで、「ブブブッ、ブブブッ」という日常の始まりを告げる音が鳴り響いていた――。

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