第二話「社畜、大地に立つ!」

 マリアムが何やら呪文を唱えると、ようやく両足が動くようになった。「封印を解いた」と言っていたが、安全装置のようなものなのだろうか。


 早速一歩踏み出すと、「ガション!」という想像よりはやや軽い金属音が辺りに響いた。

 そのまま二歩、三歩と踏み出す。「ガション! ガション!」と、音はやや迫力不足だが思いの外、軽快に動く。


『おおっ……』


 悪くない感触に、俺は思わず感嘆の声を上げた。

 どんな仕組みなのか、この「巨兵」の体には触覚がある程度備わっているらしく、床を踏みしめる感覚や歩いた時の衝撃が伝わってくるのだ。


『マリアムさん、鏡! どこかに鏡はありませんか?』

「鏡……ですか? でしたら、こちらへ」


 マリアムが鉄扉の方へ向かったので、俺もガションガションと音を立てながらそれに続く。

 ――今更だが、巨兵の身長はマリアムの二倍近くある。マリアムの正確な身長は分からないが、体型的に一六〇センチ位だろうか? となると、巨兵は三メートルを超えそうだ。

 目算だし、実際にはこの世界自体がミニチュアサイズだったり、逆に巨人サイズだったりする事もありそうだが……。


 鉄扉の向こうは、長い廊下だった。巨兵が歩き回れるようになのか、やたら広いし天井も高い。

 マリアムはこの建物を「神殿」と呼んでいたが、そもそもが守護神である巨兵の為に建てられたものなのかもしれない。


「こちらでよろしいでしょうか?」


 廊下の先を行くと、何やら祭壇のような物がある広い部屋に着いた。

 祭壇の中央には、大きな姿見すがたみが鎮座している。

 俺の想像していたガラス製の鏡ではなく、どうやら白銀色の金属板を磨いたものらしい。

 ガラスとはやや異なる映り具合だが、そこにははっきりと今の俺の姿――巨兵の姿が映っていた。


『むぅ……』


 正直、巨兵の姿は格好カッコ良くなかった。

 もっとこう、西洋の鎧騎士のような姿を期待したのだが、どちらかと言うと大昔に観た「オズの魔法使い」の映画にいた、「ブリキの木こり」に似ている気がする。

 体は大小の円筒形パーツを組み合わせた単純な人型で、頭は逆さにしたバケツに横一文字の覗き穴が空けられている感じだ。

 全身は鈍い銀色に光り、「巨兵」という仰々しい名前よりは、「ブリキの騎士」と言った風情だ。


「どうかいたしましたか?」


 俺の反応に、マリアムが心配そうな表情を浮かべた。

 まさか「君達の守護神、あんまカッコよくないね」とは言えまい。何と言ってごまかそうかと俺が思案していた、その時だった。


「アビーソ! アビーソ!」


 ひげモジャの男が、何やら叫びながら部屋に飛び込んできた。

 古代ローマ人風の板金鎧を身に着けているところから見るに、どうやら兵士らしい。


 男から何やら報告を受けていた(残念ながら何と言っているかは分からない)マリアムの顔が、見る見る青ざめる。まさか――。


「騎士殿……最悪の事態です。奴が、『異邦人エイリアン』が姿を現しました!」


   ***


 神殿の外に出ると、そこには既にたくさんの群衆が集まっていた。皆、口々に何かを叫び、こちらに手を振っている。

 揃いも揃ってチュニックというか、貫頭衣かんとういっぽい服装な所を見るに、文化レベルは古代ローマかギリシャか、といった所だろうか? 詳しくないのでよく分からんが。


「市民達は、巨兵の復活に沸いているのです。よろしければ、手を振り返してやってください」


 マリアムの言葉通り、俺がギギギと音を立てながら手を振り上げると、群衆はワッと歓声を上げた。なるほど、確かにこのブリキの騎士様は、街の守護神としてあがめられているらしい。

 ――いや、ただ単に「異邦人」とやらの恐怖からそうしているだけなのか……。


 街の様子を見る。

 神殿を中心として、幾つもの道が放射状に伸び、それに沿って石造りの家々が所狭しと並んでいる。

 綺麗な町並みだったが、巨兵の高い目線で見ると、そこかしこに異常が見受けられた。

 数多くの家や道路に、何か黒くて丸い汚れのようなものが無数に付いているのだ。

 ――いや、あれは汚れではなく、か?


「お察しの通り、アレは『穴』です。『異邦人』が蹂躙じゅうりんした場所は、あのように穴だらけにされてしまうのです……。家も、道も……そして人も」


 マリアムが俺の心を読んだかのようにそっと教えてくれた。……というか、この人、本当に俺の心を読んでるんじゃ?


 しかし、街中を穴だらけにしていくとは、「異邦人」ってのはどんな化け物なんだろう?

 そんな奴との戦いを安請け合いした事を、俺は今更ながら後悔し始めていた。いい加減、これが夢だとも思えなくなってきたし……。


 あと、もう一つ気になっている事があった。

 街の周囲は、高い高い城壁でぐるりと囲まれているのだが、「異邦人」が来るまでこの街は平和だったんじゃないのか……?

 ふとそんな疑問が浮かんだが、それを確かめる間もなく、いつの間にやら街の出入り口たる門の前へと辿り着いていた。

 神殿にあった鉄扉よりも、更に一回り大きく立派な門扉を備えていて、かなり防御力が高そうだ。


 ――その門の前に、女子供の集団が待ち構えていた。

 皆、どこかすがるような目で俺を――巨兵を見ている。この目つきには覚えがある。これは、この目は――。


『マリアムさん、あの人達は?』

「彼女達は、前回、前々回の襲撃で犠牲となった者の家族です」

『あっ……』


 そうだ、これは。以前にも、見た事がある。


『マリアムさん……異邦人の野郎、ぶっ倒してやりますよ!』


 突然、闘志を燃やし始めた俺の様子に、マリアムが戸惑いの表情を浮かべた。だが、俺が手振りで門を開けるように促すと、コクリと頷き、兵士達に開門を命じた(らしい)。

 ギギギギという不快な音を立てて、門が開く。

 「異邦人」は既に街のすぐ近くまでやって来ているという。さあ、遂にご対面だ――!


   ***


 ――ブブブッ、ブブブッという不快な振動音で目を覚ました。目覚まし代わりのケータイが、マナーモードのままになっていたらしい。

 反射的に枕元の時計を見やると、時刻は午前六時。そろそろ起きる時間だった。

 ふと体の様子が気になり、自分の手足や胴体を眺めるが、どこにも異常はない。になっているという事もないし、体が鋼鉄になっている事もない。至って普通だ。


「しっかし、変な夢だったな……」


 上半身だけ伸びをしながら、俺は先ほどまで見ていた夢の内容を反すうしていた。

 ファンタジー的異世界に魂だけ呼び出されて、鋼鉄の体に宿った俺が、巨大なウニの化け物退治に駆り出される……。しかも、年上の美女付きだ。

 他人に知られたら恥ずかしい、そんなヒロイックな願望がつまっている……のかもしれない。


 やけにリアルだったが、夢は夢だ。過剰に気にせず、気持ちを切り替えていこう。

 ――家族を亡くした女子供の、すがるような視線なんて忘れよう。


 しかし、体の疲れはそこそこ取れているのに、精神的にはむしろ疲労が溜まっている気もする。

 長く夢を見すぎたせいだろうか?

 あんまり眠りが浅い日が続くようなら、久しぶりに睡眠導入剤に頼るべきかもしれない。


「さ、まずはシャワーシャワー……」


 独り言を吐きながら、再び俺の社畜な一日が始まった。


 この日も、自分の仕事をこなしつつ、一時間ごとの課長のパワハラ発言に耐えつつ、客先からの理不尽なクレームに誠心誠意対応しつつ、先輩や後輩の尻拭いをしつつ、課長の「ツイッター? のパスワードが分からないんだけど」という「職場でやるな! 俺に聞くな!」案件に耐えつつ、当然の如く残業をこなしていたら、またもや終電間近の時間になっていた。


 ギリギリで終電に乗り込み、いつものように一部のご同類サラリーマンから奇異の視線を受けながら電車に揺られる。

 残業代が出るだけマシだが、労基に乗り込まれたらウチの会社絶対まずいよなぁ、等とぼんやりと考えていたら、いつの間にやら地元駅に着いていた。

 ――危うく、降りそこねるところだった。やっぱり疲れてるんだな。


 昨日と同じくらいの時刻に帰宅。

 やっぱり眠気が限界だったが、変な夢を見たのはシャワーを浴びないで寝て気持ち悪かったからじゃないかと思い、頑張ってシャワーを浴びてから床につく。


 ――おやすみなさい。

 今日は出来れば、夢も見ないで泥のように眠りたい……。


 しかし、そんな俺の願いはかなう事はなかった。

 ここまで言えば、もうお分かりだろう。


 俺の魂は再び、あの神殿に召喚されたのだ――。

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