第3話 国会で証人喚問
―衆参合同異世界研究特別委員会―
午前10時に開会した特別委員会は、衆議院議員50名、参議院議員50名が見守る中、厳かに証人の宣誓と署名がおこなわれた。
そして、委員長からの質問に答える形で、青井蒼太がいかにして異世界に召喚され、守護獣であるネコニャーと知り合ったのかが明らかにされた。
更に神の存在とその神を越える「因果を司るもの」の命令により勇者召喚100回クリアーしなければならないと説明したところで、委員会内はシラケた空気に包まれていた。あまりにも荒唐無稽だったので、嘘だと判断されたのだ。
「それで君は、今まで99回召喚され、全て解決してこの世界に戻って来たのだね」
委員長の質問に、青井蒼太はハイと手を上げ猫耳少女を抱えて席を立ち、証言台まで2歩程歩いて答えた。
「そうです」
「99回の内、10回ほど突き落として解決したとあるが、誰をどこから突き落としたのかね」
「それは、突き落としたのではなく、月を空から落として解決しました」
「月を……いや、どうやって月を落とすのかね」
「ネコニャーに言ったら落としてくれます。たぶん、重力を操作してるか、公転エネルギーの向きを変えてるんだと思います」
「そんなことが、いち生命体にできると思っているのかね」
「はい、ネコニャーはチート生命体ですから」
「では、そのネコニャーとは何かね」
「わかりません」
「それでは君は、そのネコニャーをどのようなものだと思っているのかね」
「えーと、究極に進化したお助けロボットかな?」
「ロボットかね?」
「いえ、ネコニャーが金属で出来ているって訳ではありません。ずっと未来の科学で何者かが造り出した人工の生命体かなって思っています」
「つまり、タイムマシーンで未来から来たと?」
「それはわかりません。未来の科学と言ったのは現在の科学から言えば未来にあたるのであって、過去にあった進んだ文明かも知れません」
「それで君は、そのネコニャーの一番の能力は何だと思うかね」
「はい、変換能力だと思います」
「変換かね?」
「そうです。物質から違う物質へ、エネルギーから違うエネルギーへ、エネルギーから物質へ、物質からエネルギーへ、そんな感じです」
「うーむ、具体的に訊きたいが、時間切れなので、引き続き野党第一党の民歩党の質問に移る」
―side 民歩党委員―
フッ、ついに俺の出番が来たか。実は俺には政府の奴らが隠しているとっておきの情報がある。
その情報と言うのは、あの異世界人が警官を5人殺害したという事だ。そして機動隊員がケガをしたという件にも当然絡んでいるだろう。
それを隠している政府には、何か後ろめたいことがあるか、それとも何らかの利権があって情報を隠蔽しているに違いない。そこを突っついてやれば、きっとあの異世界人はボロを出すだろう。
さーて、追い込んでやるとするか。
「この度は異世界について説明していただく為、お忙しい中、当委員会にわざわざお越しいただき、誠に有りがたく思います。
ところで、蒼太君は戸籍もなく、収入もなく、住む家もなく、頼れる人もいないそうだが、今はどこでどうやって生活しているのかな?」
「公園です」
「ほう、公園ねー、何という公園かな?」
「知りません」
「何か特徴とか、他の公園には置いてない物があったりしないかな?」
「うーん、地球とか土星のオブジェがあります」
「惑星のオブジェ、もしかしてその公園はスペースゲートパークではないかな。確かいま工事中でフェンスに囲まれていて、一般人は入れないようになっているはずだが、君がいる公園はそこではないのかね?」
「たぶんそこです」
「ところで、3ヶ月程前に5名の警官がその公園で尊い命を落としたという情報があるのだが、君はその事について何か知っているかね」
「…………」
「さー、どうした、答えてもらおうか。自分がしでかしてしまったことだ、責任をもって答えられるだろう?」
「し、死にました。勝手にぶつかってきてバリアに当たって死にました」
「ハッ、勝手に死んだだと? そんな言い訳が通用するとでも思っているのか」
「僕は悪くないです。勝手に絡んできて、僕に関わらないでっていくら言っても聞いてくれなくて、それでバリアに当たって勝手に死んだんです」
「皆さん、聞きましたか? これ、5人を殺害したことを認めたのと同じですよ。
私が言いたいのはですね、この事実、与党政府は知っていたという事なんですよ。こんな危険な人物を野放しにして、何で逮捕しないんですか? おかしいでしょ、異世界人だからって人を殺しても赦されるんですか?
ここで、ひとつ告白します。実は私、この場に立って質問するにあたり、ある人物に脅迫されたんですよ、スペースゲートパークであった事については質問するなと。一体どういう事ですか? 異世界人と裏で何らかの取引でもしているんですか? これは大変な事ですよ、犯罪者をかばっているんですから。
これだけじゃない。スペースゲートパーク天然ガス爆発事故、これもおかしいでしょ、何で地下にガスが溜まって偶然機動隊が集まっている時に爆発するんですか。タイミングが悪すぎるでしょ。しかも、警官が殺害された翌日に。こんなの誰が見ても分かるでしょ、機動隊にケガをさせたのもこの異世界人だと」
決まったな、これで俺の評判もまた上がるだろう。キャリア官僚から政治家に転身し、32才にして野党第一党の論客として、月1回の深夜の討論番組や日曜朝のテレビ番組でも常連になった俺。
整った容姿と歯切れのよい弁舌で、お年寄りから学生まで、俺のファンだと言って写真を撮っていいですかとせがまれることもしょっちゅうだ。
週刊誌の奴らも俺のスキャンダルを狙ってパパラッチしたり、中にはすぐヤレそうな女を送り込んで来る奴もいる。
普通の男なら、そんな罠には引っ掛からないと女を無視するのだが、俺の場合は、女を懐柔してやらせスクープを記者に依頼されている現場を録画させ、週刊誌が発売された後に釈明記者会見で動画を流してやった。
それで、その週刊誌が廃刊になったのが、いま思うと俺のサクセスストーリーの始まりだった。
与党幹部の顔を見ると、みんな青い顔をして口をパクパクさせてやがる。ざまぁみろだ、隠し事なんかするからだよ。
ついでに、我が党の幹部連中も青ざめてやがる。そう言えば、内の幹部も言ってたな、公園の事は口にするなと。
残念だったな、質問台に立っちまったらこっちのもんなんだよ。だいたい何をビビってやがるんだ、たかが中学生に。
「みんな死んだよ」
おっ、やっとしゃべりやがったか。
「死んだとは何の事だね?」
「機動隊の人だよ、いっぱいいたけどみんな死んだよ……」
「何を言っているんだね、怪我人は出たけど死んだなんて話は――」
我が党の幹部を見る。物凄い形相で首を横に振っている。まるで、そっちに行くな、行くと死ぬぞと言っているかのようだ。
与党の幹部を見る。親の仇を見るような目で睨んでいる。
――もしかして俺はとんでもない化物の尻尾を踏んでしまったのか――
いや待て常識的に考えろ。そんなことがあるはずがない。千人の機動隊員が取り囲んで確保出来なかったと言うことは、もう誰も奴を捕らえることが出来ないと言うことだ。つまり、日本国の敗北、そんなことがあるはずがない、いやあってはならない。
――だから隠したのか? 機動隊員が死んだことをなかったことにしたのか?
それを白日の下にさらした俺って、もしかして立場的にヤバくないか?
―side 蒼太―
あーーー、何でこうなっちゃうんだよ。異世界の話とか神様の話を少ししたら終わると思っていたのに。
100回目の勇者召喚がなかなかされないから、気分転換に証人喚問されてみたけど、来なきゃよかったよ。
何であのときの僕はオーケーしちゃったんだよ。いくら王様とか偉い人の前に出るのが慣れてきたからって、こんなところに来るんじゃなかったよ。
国会なんて偉い人が集まって、色々国のこと決める場所でしょ。そんなところに呼び出されたからって、のこのこやって来るなんて――――あれっ? いつもの事じゃないか。
こっちの都合も考えず、呼び出されて好き勝手いわれるなんて、いつもの事じゃないか。
証人喚問……しょうにんかんもん……しょう⚫⚫かん⚫⚫、あっ! 証人喚問の中に召喚の文字が入ってるよ。つまり、これって勇者召喚、100回目の勇者召喚だ!
そうか、因果様、こうくるか。なかなか100回目の勇者召喚がこないと思ったら、ここが最後の地だったんだね。
これも因果、僕にこの世界を裁かせたいんだね。僕が生まれた世界と瓜二つの世界を。僕の両親がいるこの世界を。
「あはははははは、僕は勇者だ。だからこれは証人喚問じゃなく、勇者召喚だ。さあ言ってよ、勇者であるこの僕に願いを。この国が抱える問題を僕が解決するよ、勇者だからね」
「時間になったので、これより1時間の休憩に入る」
委員長の言葉に僕は肩透かしをくらい、思わず言ってしまった。
「えっ! このタイミングで」
―side 空久里―
国会の一室でテレビを通して委員会の様子を見ていた私と室長は、委員会が休憩に入ってすぐに呼び出された。
扉を開けると、そこには総理大臣をはじめ与野党の重鎮が揃って椅子に座っていた。
「それでどのような状況なんだこれは」
いつも温厚に話す総理が、言葉を選ばずにそう言った。
経緯を説明せよと言っているのはわかるが、今はそれどころではない。
私は何か答えようとしている室長を遮って一番重要なことを端的に言った。
「最悪の場合、後1時間でこの世界は崩壊します。ここに至っては勇者に何らかの願いを言わなければなりません」
「日本の問題を解決すると言っていたな……。少子高齢化、防衛問題、経済問題……何を頼めばいいのか見当もつかん。だいたいこれらは勇者に頼むような事なのか?」
「簡単な事を頼んでお茶を濁すというのはどうかね?」
与党幹部の質問に私は答えた。
「ああなった彼にそんなことを言ったら、どんな曲解をしてくるかわかりません。今は、あの空回りしている彼のヤル気をどこか遠くの方にぶつけて解消して貰うしかないでしょう」
「君にはその案があるのかね?」
「はい、彼の99回に及ぶ勇者召喚の中で、楽しかったと言っていた事案があります。それをお願いしてみてはいかがでしょうか」
「わかった、それでその願いというのは?」
総理の問に、私は淡々と答えていった。最初、全員が眉をひそめていたが、もしそれが実現するなら、この国の立場は一変し外交的に有効なカードを手にいれる事ができるのではないかということになり話はまとまった。
そして休憩終了後、開口一番に委員長が発した願いに、少年は呆気に取られ、「あっ、うっ、うん」と返事をしていたのは、私にとってのツボだった。
あれから1週間たった。私はいつものようにスペースゲートパークのドアをくぐった。まるで人類最後の砦にゾンビが群がっているかのような外の喧騒に反してこの公園は静かだ。
この1週間で色々なものが変わった。この変化は今年の流行語大賞にノミネート確実という言葉に集約されている。
Really!? Japan、英語圏で言われ始めたこの言葉をあるブロガーがこう訳した。
―マジか!?ニッポン―
このマジか!?の中には色々な意味が込められているのだろう。正気かとか、何をするつもりだとか、お前らだけズルいとか、そんな意味が……。
あの時のテレビ視聴率は70パーセントを越えていたそうだ。そして、海外にもあの映像は流され、今でも様々な場所で様々な人達によって議論されている。
当初は全く信じられなかったのだが、翌日には天文学者達が騒ぎはじめ、各国からの問い合わせの電話が、ひっきりなしに日本政府にかかってきたそうだ。
そして今、この一大イベントに参加しようと世界中の専門家、マスコミ、退屈をもて余した金持ち、そして新しいもの好きのネット民達がこの公園を取り囲んでいる。
この1週間、少年は作業の為この公園にはいなかった。そして今朝、見張りの者からの連絡で少年が帰ってきたのは確認済みだ。
私はいつものようにベンチに座っている、猫耳少女を抱えた少年に挨拶をする。そして、昨日までここになかった構築物を見上げて言葉を続けた。
「けっこう大きな物だな、10トントラックでも余裕で通れそうだ」
―ゲート―
もしかしてこのスペースゲートパークに少年を縛り付けた因果様とかいう存在は、こうなることを知っていたのかもしれない。
「じゃあ案内するね」
少年は、ヨイショと立ち上がりゲートの中に入って行った。私もその後に続いて歩いた。
ゲートをくぐるとき、静電気のようなものが身体を撫でたが、あっさりと通ることができた。
目の前には緑の草原が広がっていた。ゆっくりと呼吸をする。違和感はない、大気の成分は地球と変わらないのだろう。
軽くジャンプしてみる。これも問題ない。火星の重力は地球の40パーセント程だと聞いていたが、それも何とかしたのだろう。
他には……光の加減、気温ともに許容範囲だ、地球より太陽から離れているはずなのに、まったくたいしたものだ。テラフォーミングとはここまでやることなのだろうな、奴らにとっては。
「ありがとう、たった1週間で火星をここまで作り替えるとは思わなかった。これで日本が勇者である君に願った事は叶った」
「そう、良かった。これで僕も自分の星に帰れるよ――でも、よく思い付いたね、あの時まさか火星のテラフォーミングと転移ゲート設置を頼まれるとは思わなかったよ」
「あぁ、君の勇者召喚の話の中で、居住している惑星が崩壊しそうだから新しい星が欲しいと頼まれた話があっただろ。その時、手頃な惑星を改造して居住可能な星にしたのが楽しかったと言っていたからな」
「フッ、やっぱりお姉さん美人局だよ。いったいどれくらいの資源をこの星にばらまいたかわかってるの?」
「フム、到底払えるような額ではないのだろ。それは感謝するしかないな」
「うわっ、そんなひとことで――まぁ、いいか。100回目の記念だと思って。ついでにもうひとつプレゼントを渡しとくよ。
ここにあるネコニャー等身大の石像なんだけど、右手を下げると水が出るよ。安全な水の確保は大切だからね」
そう言って少年がゲートの横に置いてある石像の腕を下げると、その口からダラダラと水がこぼれ出した。まるでヨダレのようだ。
「このネコニャーの不思議水はね、色々な効果があるんだ。この火星にばらまいた虫とか動物の中には毒のある奴もいるから、このネコニャーの不思議水を飲むといいよ、大抵の場合治るから。
これは、これから未知の苦難に挑む冒険者達へのサービスだ。全部で100体この星に散らばってるから、宝探しだと思って探すといいよ」
「ああわかった、伝えておく。それで、もしかしてこの不思議水は地球に持っていっても大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫と言えば大丈夫なんだけど、奪い合いになるかもしれないという意味では、大丈夫じゃないかもしれない。僕もネコニャーの不思議水が身体を健康な状態に戻してくれるってこと以外、実験とかしてないからどこまでの病気に効果があるかわからないしね」
「そうか、それは慎重に扱わなければならないな」
「うん、じゃあ僕からの説明はこれだけ、後はお姉さんが頑張ってみんなに説明してね」
「もう行ってしまうのか。世界中の人が君の話を聞きたがっているのだぞ」
「嫌だよ、あんなたくさんの人達の相手なんてしてられないよ。僕は静かにのんびりと引きこもりたいんだから」
「そうか、わかった。後は何とかしておく。気兼ねなく行ってくれ」
「じゃあね」
そういって少年は呆気なく私の前から消えた。うまく帰れたのだろうか?
この火星におそらく人間は私だけ。なんだか寂しいな……。
私はすぐさま踵を返し、ゲートに近づいた。この向こうでは大勢の人達が私の帰りを待っていることだろう。
なんといっても、この世界では火星を歩いた最初の人間だからな。あまり有名にはなりたくないのだが――まったく困ったものだ。
そう呟きながら、私はゲートをくぐった。
無茶振り勇者召喚だけど最強猫耳キャラが守ってくれるから問題ない romuni @romuni
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