第2話 地球にて
―某政府施設の打ち合わせ部屋―
「空久里(からくり)めぐみ君、突然の人事異動で驚いていると思うが、国家的危機への対応だと思って赦してくれ。
それで、本日より君が所属するのが、異世界超常存在対策室だ。まぁ、今のところ君と私の2人だけだから、気楽に私のことは室長と呼んでくれればいい」
そう切り出すと、室長と呼んで欲しいと言った40才手前の男は、昨年社会人になったばかりの若い女性に話を続けた。
「実はね、対策室と言っても部屋はないのだよ。と言うのはね、この組織はシークレット、つまり秘密組織というわけさ。だから打ち合わせや報告は、このように空いている会議室などで行うことになる」
「はい」
空久里めぐみは真っ直ぐに室長の目を見てそう答えた。その表情には感情をうかがえるものは何ひとつなく、まるで能面のようであった。
普通の人間なら、まず異世界超常存在対策室という名称について突っ込むことから始まると思うのだが、彼女にはそのようなキャラ設定はなく、実はそれが今回この国家的危機に対応する者として選ばれた一因でもあった。
「それで君の仕事だが、ある人物を毎日訪問して、その会話内容を報告書にして私に提出してもらうことだ。
期間は未定。もしかしたら1日で終わるかもしれないし、数年間かかるかも知れない。そして申し訳ないがこの仕事が終わるまで休暇はなしだ。余程の重病にでもならない限り毎日通ってもらう」
室長は空久里の様子をうかがいながら一気に説明した。
「その代わり、報告書を私に提出した後は自由にしてもらっていい。上手くすれば午前中に仕事を片付けることも可能だろう。もちろん給料は普通に出るし、タイムカードもなしだ」
「はい、わかりました」
「ふむ、それで君に調査してもらいたいのがこのふたりだ」
そういって室長はノートパソコンを開いて1枚の画像を表示した。そこには、公園のベンチに座る中学生ぐらいの少年と少年に抱きかかえられた少女の姿があった。少女の頭にはピンと立った猫耳があった。それは本来なら少女の愛らしさを強調する為のアイテムになるはずのものだが、少女の瞳があまりにも無機質過ぎるせいで、場違い感が増すばかりだった。
「少年の名は青井蒼太、15才だ。そしてもうひとりの少女が、通称ネコニャー、年齢不詳のUMA――未知の生命体だ。言っておくが猫耳は飾りではなく本物だぞ。
こう聞くと少女の異常性が際立つのだが、実は少年の方も普通ではないんだ。
事の起こりは一週間前、一本の電話から始まった。それはある公園の近くに住む主婦からの110番だった。その通報によると3日程前から少年と少女が公園で寝泊まりしているというものだった。
最寄りの警察署はすぐに警官を向かわせて署の方へ連れてきて話を聞いた。そこで少年から家の住所を聞き出して両親に連絡したところ、その少年は一年前に自殺していたことがわかったんだ。通っていた中学校の校舎屋上からの飛び降り自殺で、その少年が亡くなっているのは間違いのない事実だった。
はじめはたちの悪い詐称で、どこかで自殺した少年のニュースを見聞きして、それを使ったのだろうと警官も考えたんだが――その両親が警察署に駆けつけて判明したんだ、間違いなく自分達の子供だと」
ここで初めてめぐみは唾をのみ込み、小さく喉を鳴らした。
「そして、両親から自分が一年前に自殺したという話を聞いた少年の返事は、『あぁ、この世界の僕は自殺するまで頑張って学校に行ったんだ。何でだろう?』という言葉だった。
つまり彼は近似世界――パラレルワールドから来たのだと言ったんだ。そして、後でわかったのだが、彼の世界の両親は彼が学校に行かなくても受け入れてくれたのだが、この世界の両親は学校に行くようにと言ったそうだ。それが2つの世界の相違点だったようだ。
それが原因かわからないが、彼は両親の元に帰ることを拒否し施設に預けられることになった。
まぁ、一晩も経たない内に施設から抜け出して元の公園に戻っていたんだがな。
あぁ、それと猫耳少女の件だが、先程も話した通り人間ではない。警察署での彼の話によれば、あれは宇宙のどこかに存在している種族らしいのだが、神様にもらったとのことだ。眉唾な話だがな。自分を守ってくれる守護獣だと言っていた。だから一緒にいるのは当たり前で、誘拐してきた訳ではないから犯罪ではないので放っておいて欲しいそうだ。彼らの素性についてわかっているのはこんなところだ、何か質問はあるか?」
「神様にもらったとのことでしたが、神様とは何かの比喩でしょうか? それとも神が存在しているとでも?」
「あぁ、そこは詳しくは聞いていないそうだ。警官も妄想か何かだと思って聞き流したのだろう。まぁ、それは会ったときに本人に訊いてみるんだな」
「そうですか、わかりました」
「で、だな――ここまでの話なら単なる異世界人の迷子だ、大した問題ではない」
そう言って一拍置いて、室長は重々しく声をおし殺して続けた。
「翌日、また少年と少女が公園にいるとの通報を受け、警官5人が現場に駆けつけた。そして5人とも殉職した。
そのとき、少年と警官が言い争いをしているのをスマホに録画していた者がいた。それは後で近くの交番に駆け込んだ目撃者なんだが、その目撃者が記録した動画がこれだ」
そう言って室長はノートパソコンにその動画を映し出した。
「もういい加減にしてください。僕達のことは放っておいてください。施設に入る気はありませんし、あなた達では僕達を捕まえることも、裁くこともできません。
だから諦めて帰ってください。これ以上僕達に関わると命の保障はできません。
それ以上近付くと防御機構が作動して大怪我しますよ――――だから、言ってるだろ、それ以上近付くなーーー」
スピーカーから少年の絶叫が鳴り響いた時、ひとりの警官が一歩踏み出した。次の瞬間、警官の姿が消えたかと思ったら、ドスンという重い音と同時に警官が頭から地面に激突した。
そして倒れた警官に駆け寄ろうと残り4人の警官は、まるでつむじ風に漂う落ち葉のように少年を中心に回転したかと思うと、次々と地面に激突し動かなくなった。
「これが過ちの始まりだった。5人の警官の尊い命を失ったことで、我々は学ぶべきだった。しかし我々は愚かにも当然のようにいつも通りの対応をしてしまった、つまり更なる警察権力の投入――機動隊973名による完全包囲だ」
そして次の動画が画面に映し出された。カメラはひとりの機動隊員のヘルメットに取り付けてあるようなアングルだった。
また、先程と同じように少年が必死に叫び、機動隊の代表が投降を呼びかけるやり取りが10分以上続いた。
そして、本部からの命令が出たのか、機動隊が一斉に前進した時、悲劇が起こった。
機動隊973名全員が、まるで空に向かって落ちていくかのように身体が舞い上がったのだ。そして50メートルぐらい持ち上がった身体は、今度は重力に引かれて落ちてくる――豪雨のように地面に叩き付けられた隊員は誰一人として生きてはいなかった……。
「なっ……」
空久里めぐみは言葉を発する事ができなかった。こんな事が現実に起こったのだろうか? 少なくともこんなニュースはメディアでは流れていない。
その時、あるニュースが空久里の脳裏に浮かび上がった。
「スペースゲートパーク天然ガス爆発事故」
空久里のつぶやきに室長が答える。
「そうだ、3日前に起こった、訓練の為に集合していた機動隊員が、地下に溜まった天然ガスの爆発により怪我をしたという事故だ。実は、あれはフェイクだ。本当は何らかの超能力で異世界人に全員殺されたんだ」
「そ、そんな……」
「問題は、誰も奴を捕まえる事ができないということだ。千人でダメだったから、今度は一万人という訳にはいかないからな。まぁ、捕まえて牢屋に入れても、あの得体の知れない力が何なのか分からない限り無駄かもしれないがな。
現状の対応は、奴がいるパークを工事用フェンスで閉鎖して住民が出入りしないようにしているぐらいだ。
そこで、君の出番だ。君には政府と奴との橋渡しになってもらいたい。要するに、ネゴシエーターというやつだ。
とりあえず、奴の話を聞いて、何か要求があるのなら、それに答えるという対応をしていこうと思っている。
まずは会話だ。奴の目的、何がしたいのか、何のために公園に居座るのか、そして何か困っている事はないか等を君に聞いてきて欲しい」
「なぜ私が選ばれたのでしょうか?」
「それは、プロファイリングの結果だ。警察署での会話から、この任務をこなせるのは、若くて感情を表に出さない女性、忍耐強くて淡々と対応できるものが好ましいと出たんだ」
「そうですか、わかりました、やってみます」
「ありがとう、ではさっそく明日の朝9時に公園に行ってくれ。まずは信頼関係を構築することが大切だ、明日は挨拶程度でも構わない。
それでは、よろしく頼む」
―side 空久里―
翌日私は時間通りに公園へと向かった。このスペースゲートパークは、宇宙をモチーフにした公園で、太陽系の惑星のオブジェが置かれていたり、小さな天文台やプラネタリウムなどの施設もあるかなり大きな公園だ。
その大きな公園に、まるで大きなビルの工事現場のように外周を取り囲むように工事用フェンスが築かれており、中の様子は見られなくなっている。
出入り出来るのは1ヶ所で、そこには工事現場の警備員に扮装した警官が4人体制で24時間警備している。
私は身分証を警備員に見せ入口のドアをくぐった。近隣3ヶ所の高層ビルにある監視所からの情報では、少年は中央付近にあるベンチに座っているとのことだ。
私は真っ直ぐに少年の元へ歩いて行き、正面2メートルぐらいで停止して声を掛けた。
「私は空久里めぐみだ。君の話を訊きたい」
少しぶっきら棒なものいいだったが仕方がない、これが私だ。
「お姉さん、局の人ですか?」
おっといけない、話を訊きたいと言ったからテレビ局のインタビューと間違えられてしまったか。
「いや、テレビではない」
「そうですか、お姉さん美人だから、もしかして
「美人局? そんな局は知らないが、私は君の言葉をこの国の行政機関に伝える為にここにいる」
「へー、美人局知らないんだ。有名なんだけどな。後でネット検索すればいいよ」
「わかった、後で見ておこう。それで話は聞かせてもらえるか?」
「うん、まぁいいよ。暇だし」
「ありがとう、少し話が長くなるから隣に座ってもいいか?」
「うん」
私は少年の右隣に、人ひとり分のスペースを空けて腰を下ろした。
そして初日ではあったが、気が付けば夕方まで話続けていた。少年の話し方はたどたどしくはあったが、話に矛盾があるようには思えず、こちらの質問には作り話を考えている時間がないぐらい即答していた。だが話の内容は、あまりにも奇想天外で、まるで長編アニメを一気に見た気分だった。
「つまり、現在この世界にいるのは、その因果様というのが100回勇者召喚をクリアーするまで、ここに縛り付けているせいだと言うのだな?」
「うん、そうだよ。終わるまで自由にこの世界からは出られないんだ」
「それで今は何回目なんだ? 今日の勇者召喚はどんな内容だったんだ」
「えーと、今日でやっと13回クリアーかな。内容は魔族を全部殺してって言われたから、月を落として皆殺しにしたよ」
「ツキを落とす? 誰かを突き落としたのか?」
「違うよ、空に浮かんでる月を落としたんだよ」
「は? 月を落とすってどうやって?」
「ネコニャーに頼んだら落としてくれるよ。どうやってるかは知らないけど、不思議パワーで何とかやってるんだと思うけど」
「オイオイオイオイ、いいのかそれで。君は罪のない人間を大量虐殺して心が痛まないのか?」
「仕方ないでしょ、だって願いを叶えないと帰れないし。悪いのは神様だと思うよ、勇者召喚なんかして遊んでるんだから。それに、月があるのもいけないんだ。まるで落としてくださいと言わんばかりに浮いてるんだもん。あれはきっと滅亡フラグだよ」
「はーーー、わかった。わからないけど、わかった。私も気持ちを整理したいから今日はこれで帰る。また明日来るから、続きを聞かせてくれ」
こうして、私はやるせない気持ちでモヤモヤしながら公園を後にした。
毎朝9時に少年の元へ行き、その日の勇者召喚の話等を聞いて、レポートにして室長に提出する。そんな生活が3ヶ月続いた。
私としては素晴らしくエキサイティングな3ヶ月だったのだが、どうやら上の方は彼の話を妄想だと受け取っているようだ。
そして少年の方に変化がおとずれた。勇者召喚99回を終え、あと1回になって召喚されなくなったのだ。
数え間違いかと思い、異世界転移をしようとしたらしいが、ブロックされていてできなかったので、やはりまだ99回のようだ。
そうこうしていると、国会の方が動き、野党の強い要請で少年を証人喚問することが決定されてしまったのだ。
私がそれを伝えると、少年はやることないし別にいいよと言って、簡単に引き受けてしまった。少年が言うには、毎日王様や国を代表するような偉い人に呼び出されているので、もうなれたそうだ。
この証人喚問が、日本国いや世界に何をもたらすことになったのか、このときの私はまだ何も知らなかった。
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