最終話 帰宅『そして』

 目が覚めると自分の部屋でベッドの上だった。


「帰ってきたんだ……」


 呟きに続きため息が出る。

 その時、僕は自身のある変化に気付いた。


「あ、れ?」


 指に、セリがいない!

 そして思い出す。

 願いを叶えてもらう際、ラザニナ様に彼女を渡していたことを!


「戻らないとっ!」


 再び異世界へ! そう思って体を起こした時。


「あっ――」


 何故か女性の艶っぽい美声が聞こえた。

 僕は、声のした方へと顔を向ける。

 するとそこには大胆に肌を晒す、一人の少女が横になっていた。


「……誰?」


 ぽつりと訊ねる。


「誰ではありません。セリです、マスター」


 彼女は答えた。

 これまで通りの、訂正口調で。





 ひとまず彼女に布団を羽織らせ、僕は事態の把握に努めた。

 つまり、セリは女神に『人の体がほしいです』と願ったのだ。

 彼女は左手の薬指にナビリングをつけている。

 本人曰く、あくまで本体は指輪で、人体は外部拡張パーツ的なモノらしい。


 と、それはまあいいのだが。


「なんでまた人の体がほしいなんて思ったんだ?」


 無機物の宿願なのだろうかと思い軽い気持ちで訊ねると、セリは予想以上に恥ずかしがった。


「あの……咄嗟のことで他に思い付きませんでしたので。ですが、今は少し後悔しています」

「そうなの?」


 それはなんとももったいない。

 僕はそんな風に考えたのだが。


「その……やはり、スマホにしていただいた方が良かったでしょうか?」


 続いた彼女の言葉に、僕は首を傾げた。


「スマホ?」

「はい。最初は人の身である方がマスターにとって都合がいいのではと思ったのですが」

「都合が……いい」


 思わず唾を飲み込んだ。

 一体何の都合だろう……奉仕のだろうか?


 などと考えていると、急にセリがしょんぼりと肩を落とし、目に涙をためていた。


「ど、どうしたセリ!」

「だ、だって……私は、マスターのお役に立ちたかったのに……しかし、人の身になっても、やはりスマホの方が便利なのかと、敗北感にかられまして」


 ぐずぐずと泣き出すセリの髪を、僕は思わず撫でていた。


「……ますたー」

「役に立つとか立たないとか考えなくたって良かったんだよ……確かにスマホは便利だけど、僕にとっては君の方が大事だったんだから」

「ま、ますたぁっ」


 セリはぼろぼろと涙を流しながら僕に抱き着いた。

 そして、僕がえろ……いや、しょうがないなと思っていると。


『優馬ー? 今、部屋にいるー?』


 唐突に、部屋の外から親の声が聞こえてきた!

 瞬間、僕の体が「これは怒られる!」と警鐘を鳴らす!

 がばっとセリを引き剥がし、僕はひどく狼狽えた。


「マスターっ? どうかなさいましたかっ?」

「いや、だって! 親にこの状況を見られるわけには!」


 部屋の中には勝手に持ち出した脚立。


 天井に空いた不思議なシャボンの穴。


 外出禁止を言い渡されておきながら、半裸の女子を部屋に連れ込んでいる現状。


 『外には出てないよ?』

 なんて弁解がまかり通るはずもない!


「ど、どうしよう!」


 親は確実に部屋に近付いてきている。

 だが、逃げ場などない!

 コンコンと、ついにドアがノックされた!


『優馬? ちょっと訊きたいんだけど、あんた脚立』


 直後っ!


「マスター!」


 セリが立ち上がって僕の手を引き、脚立へと足をかけた。


「セリ?」

「逃げましょう!」

「逃げるって、どこっ?」


 僕の問いに、セリはにこやかに微笑んで答える。


「どこではありません。異世界ですよ、マスター」


 そして僕はセリに連れられ、異世界へと続くシャボン膜をくぐった。


 唐突な親フラ。

 全力でお説教を遠慮したい。

 見られたくない半裸の少女が部屋にいる。


 こんな日は、の異世界転移日和である。

「『絶交』じゃなくて『絶好』ですよ、マスター」

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勇者召喚されたら誤字だらけでした 奈名瀬 @nanase-tomoya

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