最終話 帰宅『そして』
目が覚めると自分の部屋でベッドの上だった。
「帰ってきたんだ……」
呟きに続きため息が出る。
その時、僕は自身のある変化に気付いた。
「あ、れ?」
指に、セリがいない!
そして思い出す。
願いを叶えてもらう際、ラザニナ様に彼女を渡していたことを!
「戻らないとっ!」
再び異世界へ! そう思って体を起こした時。
「あっ――」
何故か女性の艶っぽい美声が聞こえた。
僕は、声のした方へと顔を向ける。
するとそこには大胆に肌を晒す、一人の少女が横になっていた。
「……誰?」
ぽつりと訊ねる。
「誰ではありません。セリです、マスター」
彼女は答えた。
これまで通りの、訂正口調で。
◇
ひとまず彼女に布団を羽織らせ、僕は事態の把握に努めた。
つまり、セリは女神に『人の体がほしいです』と願ったのだ。
彼女は左手の薬指にナビリングをつけている。
本人曰く、あくまで本体は指輪で、人体は外部拡張パーツ的なモノらしい。
と、それはまあいいのだが。
「なんでまた人の体がほしいなんて思ったんだ?」
無機物の宿願なのだろうかと思い軽い気持ちで訊ねると、セリは予想以上に恥ずかしがった。
「あの……咄嗟のことで他に思い付きませんでしたので。ですが、今は少し後悔しています」
「そうなの?」
それはなんとももったいない。
僕はそんな風に考えたのだが。
「その……やはり、スマホにしていただいた方が良かったでしょうか?」
続いた彼女の言葉に、僕は首を傾げた。
「スマホ?」
「はい。最初は人の身である方がマスターにとって都合がいいのではと思ったのですが」
「都合が……いい」
思わず唾を飲み込んだ。
一体何の都合だろう……奉仕のだろうか?
などと考えていると、急にセリがしょんぼりと肩を落とし、目に涙をためていた。
「ど、どうしたセリ!」
「だ、だって……私は、マスターのお役に立ちたかったのに……しかし、人の身になっても、やはりスマホの方が便利なのかと、敗北感にかられまして」
ぐずぐずと泣き出すセリの髪を、僕は思わず撫でていた。
「……ますたー」
「役に立つとか立たないとか考えなくたって良かったんだよ……確かにスマホは便利だけど、僕にとっては君の方が大事だったんだから」
「ま、ますたぁっ」
セリはぼろぼろと涙を流しながら僕に抱き着いた。
そして、僕がえろ……いや、しょうがないなと思っていると。
『優馬ー? 今、部屋にいるー?』
唐突に、部屋の外から親の声が聞こえてきた!
瞬間、僕の体が「これは怒られる!」と警鐘を鳴らす!
がばっとセリを引き剥がし、僕はひどく狼狽えた。
「マスターっ? どうかなさいましたかっ?」
「いや、だって! 親にこの状況を見られるわけには!」
部屋の中には勝手に持ち出した脚立。
天井に空いた不思議なシャボンの穴。
外出禁止を言い渡されておきながら、半裸の女子を部屋に連れ込んでいる現状。
『外には出てないよ?』
なんて弁解がまかり通るはずもない!
「ど、どうしよう!」
親は確実に部屋に近付いてきている。
だが、逃げ場などない!
コンコンと、ついにドアがノックされた!
『優馬? ちょっと訊きたいんだけど、あんた脚立』
直後っ!
「マスター!」
セリが立ち上がって僕の手を引き、脚立へと足をかけた。
「セリ?」
「逃げましょう!」
「逃げるって、どこっ?」
僕の問いに、セリはにこやかに微笑んで答える。
「どこではありません。異世界ですよ、マスター」
そして僕はセリに連れられ、異世界へと続くシャボン膜をくぐった。
唐突な親フラ。
全力でお説教を遠慮したい。
見られたくない半裸の少女が部屋にいる。
こんな日は、絶交の異世界転移日和である。
「『絶交』じゃなくて『絶好』ですよ、マスター」
勇者召喚されたら誤字だらけでした 奈名瀬 @nanase-tomoya
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