track 3
成長したわたしは、霧幸かまちの住む町に戻った。
それは長い訓練と研修の果てに、ようやく叶った念願だった。
ただそばに居られるだけでうれしかった。
やがてかまちは由梨と出会い、次第に笑顔を見せるようになった。
わたしは由梨に感謝した。
由梨のおかげで、かまちは心を取り戻したのだから。
そんなかまちのひとときの幸福を、わたしはずっと見守っていたかった。
かまちの笑顔を、ずっと見ていたかった。
その光のなかに、包まれていたかった。
こんな結末を、全く予期していなかったわけでもないというのに。
結果、わたしはかまちを傷つけてしまった。取り返しもつかないくらいに深く。
わたしが無理にでも彼女らを引き離していれば、こんなことにはならなかった。
――少なくとも、わたしがもっと冷静だったなら。
けれどそれはもう、考えても仕方のないことだ。
わたしは、ただ失敗した。
それだけの話なのだから。
運転手のアナウンスが目的地への到着を告げる。
わたしはバスを降りる。
風は刺すように冷たく、陽射しはわずかに暖かい。
雲ひとつない青天はあまりに遠く、淡く力無げに透き通っている。
かまちの世界には、今日もまだ雨が降りしきっているのだろうか。わたしには、この先いったい何がしてあげられるのだろう。
わたしは人気のない山道をしばらく歩いた。チラチラと舞う落ち葉に、心を締め付けられるようだった。
「きょうこちゃ~ん! おかえり~っ!」
施設の敷地に入るなり、庭でひとり遊びをしていた金髪の少女が飛びついてきた。うれしそうに、頬をお腹に
「た、ただいま。アリシア」
元気にしていた? とは訊かない。それは残酷な言葉だから。わたしはただアリシアの金色に輝く髪をそっと撫でる。アリシアは気持ち良さそうに目を細め、ひとときの安らぎを噛み締めるように囁く。
「きょうこちゃん……きょうこちゃん……」
アリシアはなぜか、自分よりずっと無力な天使であるわたしをほんとうに慕っている。
しばらくそうしていると、すぐに先生が庭まで迎えに来た。先生は目の前の光景に、いつもどおり穏やかな微笑みを浮かべる。
「……おかえり、鏡子」
「……ただいま、さつき先生」
アリシアが寂しそうな目でわたしを見上げる。
「アリシア、ごめんね。これからお姉ちゃん、先生とお仕事のお話をしなくちゃいけないの」
「うん。アリシア、だいじょうぶだよ」
アリシアは庭の奥へ走り去っていく。
わたしは大きな声で言う。
「アリシア! あとでまた遊ぼうね!」
「うん!」
アリシアはぶんぶんとうれしそうに手を振って去っていった。
「――あの子は、あなたをずいぶんと慕っているわ。大切にしてあげて」
「ええ。けれど、なぜかしらね。わたしなんて……大した力も持たないのに……」
「それは、人と人とが交わる際には関係のないことよ。天使の力なんて、所詮は借り物の力に過ぎないのだもの。あなたは面倒見もよく、優秀で、なにより常に冷静だわ。宿った天使の幼さを、恥じる必要はないのよ」
「――わたしは! 冷静なんかじゃ!」
――いけない。怒鳴り声は、心の繊細な少女たちを激しく怯えさせてしまう。慌てて言葉を、感情を飲み下す。
先生は深く複雑な色を宿した瞳で、わたしを見つめながら促す。
「さ、話は中で聴くわ」
さつき先生は優しい。ほんとうに。
けれどわたしは知っている。その向こうには、容赦ない厳しさも持ち合わせているということを。当然だ。彼女もまた天使のなかの天使であり、組織の上層の人間なのだから。
「外は寒かったでしょ。ちょっと待ってて。暖かいコーヒーを淹れるわ」
先生はわたしを応接室のソファに座らせ、ポットのお湯でインスタント・コーヒーをつくってくれる。
――かまちは紅茶が好きだった。けれど、成長したわたしがコーヒーを好むことを知ると、わざわざフェアトレードの良い豆を取り寄せて、焙煎や蒸留の方法にもこだわっておいしいコーヒーを淹れてくれるようになった。そのお返しにと、わたしはおいしい紅茶の淹れ方を勉強した。わたしにはかまちの思念が手に取れたから、知識と反復さえあればいつだってかまちの気分に合った紅茶を淹れてあげることができた。そうしてふたりで紅茶とコーヒーを飲み交わした日々の喜びを、わたしは今でもまざまざと思い出してしまう。そしてその光景のなかで山下たんぼと河合由梨、二人の存在が薄れていることに、わたしは自身の残酷さを思い知る。かまちはいつも四人でいることを望んでいた。けれどわたしは、ずっとふたりのことばかりを考えていた。
「――あなたはいつもそうだけれど、最近のあなたはとくにそうね。考え込みすぎよ。天使なんて言ったって、結局はただの人間よ。間違いもするし、ときに身勝手でもいいわ。はい、コーヒー入ったわよ」
先生はいつも見透かしたようなことを言う。
「面倒見がいいのは、むしろさつき先生のほうね。先生と居るといつも、悪魔になって思念を読まれている気分よ」
先生は苦笑する。
「いやだわ。それ、ほかの子にも言われたのよ。私はそんなに殊勝じゃないわ。ただの年の功よ。考えたくもないけれど……」
「ま、そういうことにしておいてあげるわ。さつき先生、今年でもう三十路になるものね」
「そ、それは言わないで……」
先生は可愛らしく、げんなりと肩を落としてしまう。
気分が少し暖まったところで、わたしは本題を切り出す。
「じゃあ、さっそく霧幸かまちの件について、経過報告を始めるけれど」
「ええ、そうね」
わたしはかまちの現在の状況を事細かに先生へ伝えた。
「……そう。ついに終わったのね。霧幸かまち、彼の夢が」
「ええ。自らつくり出した河合由梨の惨殺とともにね」
「彼、今日はどうしているのかしら?」
「罪を償うそうよ」
「じゃあ、警察に?」
「いえ。まずは館へ。犯した罪の再確認と殺人の立証のための下準備のようね」
「……そう。これからどうなるかしらね、彼」
「どうなるのかしらね。とりあえず、彼が社会的に罪を償うことはできないものね。もちろん、私的な拘束による転移の誘導も許されない」
「ええ。その点がわかっているのならいいわ。あなたも余計なことはしないでしょうから」
先生は仕事の顔になっている。悪魔ならいつでも簡単に切り棄てる天使の顔。もちろん、それに逆らおうとする天使のなかの裏切り者も。わたしには、先生のこの顔が心底怖い。
「――一応、念は押しておくけれど、もし万一彼が悪転するようなら」
鈍器を振り下ろすような言葉。わたしはそれを必死で遮る。
「――わかっているわ。わたしが……この手で処分するから」
「無理しなくていいのよ」
「いえ、どうせならわたしの手で」
「そうじゃないわ」
そうだ。この人は今、そんな甘い観点から話してくれているわけではない。これはあくまで仕事の話だ。
「あなたの力じゃ無理なの。あなたにアレの攻撃がさばききれるの? それに、力のコントロールを覚えてしまった悪魔は強靭な身体能力も発揮するわ。あなたに宿った幼い天使じゃ太刀打ちできないのよ」
正論だ。非の打ち所もない。けれど。
「わたしには、上級の天使以上に霧幸かまちの思念が手に取れるの。そうなる寸前に一瞬で仕留めるわ。わたしだって、近接格闘術や暗殺術の基礎ぐらいは修めているわ。霧幸かまちは悪魔を宿している以外なにもない、むしろ普通以上に非力で華奢な少年よ。わたしにだって――」
「あなたが判断を見誤らない保障は?」
先生の厳格な声が、わたしの甘い言葉を容赦なく断ち切る。
「……っ」
先生はさらに続ける。
「いい? あなたは一度見誤っているの。彼女たちを逃がし損なった。これはあなたが招いた状況でもあるのよ。大切なのは読み取る力よりも、判断力なのよ。あなたと霧幸かまちの人間としてのつながりは、確かに通常以上に深い思念の読み取りを可能にさせているけれど。それは反って主観性を呼び込み、判断力を鈍らせるわ。あなたは、本当なら職務に対してもっと冷静な人材のはずよ」
「……そんなこと、ない」
「――あのね、鏡子。私があなたをこの任務につかせたのは……」
先生はようやく上司としての仮面を脱ぎ捨て、優しげな声でなにかを言いかける。けれどそれはすぐに途切れてしまう。先生はまた仕事の顔に戻る。
「いえ、今日はこれまでにしましょう。もうすぐ午後の訓練も始まるわ」
飲み下した言葉はきっとこうだ――あなたをこの任務につかせたのは……間違いだった。
それは残酷だけれど否定しようのない事実だ。わたしは、すでに失敗しているのだ。
先生は応接室を出て行く。去り際にドアの前で立ち止まり、やはり優しげな面持ちで言葉を添えていった。けれどどちらが仮面なのかは、身勝手に傷つき怯えるわたしの心にはもはや判断できなかった。
「あなたは疲れているわ。今日はゆっくりしていって。アリシアもあなたが来るのをいつも楽しみにしているのよ――ともかく、彼が悪転しないことを祈るわ」
先生が去るとすぐに、溜まっていた疲れがどっと押し寄せた。
先生がわたしに優しくしてくれるのは、それもまた仕事だから? それとも、強力な天使を宿したアリシアがわたしを慕っているから?
わたしはそんなバカみたいな疑念をめぐらすうちに、応接室のやわらかいソファで眠ってしまった。
それから、長い夢を見た。
ここよりずっと大きな施設で訓練を受けていた頃の、記憶と想いの奔流――
†††
「――さあ、あなたたちはこれから天使として生きていくことになるわ。今までも辛いことばかりだったでしょうけれど、みんなで支え合っていっしょに乗り越えていきましょうね」
施設での訓練は一般の教育課程と平行して、段階を追って行なわれた。
わたしが初めに受けたのは「天使と悪魔についての基礎知識」というオリエンテーションだった。教室には、わたしとタイミングを同じくして引き取られた幼い天使たちがいた。
「まずは自己紹介をしようかしら。天使としての訓練はね、これからずっとこのチームで受けていくことになるのよ。わたしは吉野さつき。これからあなたたちにいろんなことを教えていくわ。よろしくね」
チーム全員の自己紹介が終わったあと、オリエンテーションは二回の講義に分けて行なわれた。その内容のいくらかは、組織に引き取られる際に受けた説明とも重複していた。他の子たちはみんな退屈そうにしていた。それでも、わたしは期待に高鳴る胸で講義を聴き続けた。
――まず悪魔は何処とも知れず現れて、人類の脳に潜伏を始める。
人間界に現れた幼い悪魔は、転移を繰り返しながら長い時を経て覚醒する。そして宿主を苦しめ、貶め、人をすら殺めさせるようになる。悪魔は宿主が持つ特定対象への愛着を、その気まぐれで突然に断ち切り、代わりに耐え難い破壊衝動を起こさせる。それが大切であったならあったほどに強く。
この説明を聴いたとき、わたしはかまちの不可解な態度の意味をようやく理解した。かまちは、決して人間へ愛着を持つことのないように気を配り生きていたのだった。一度愛着を持てばいつかは心も移ろい、きっと暗い衝動のままに壊してしまうから、と。
それはあまりに辛く残酷な宿業だった。わたしはそんなかまちを護ってあげたいと思った。だから、かまちから離れて一人前の天使になることを幼い心に誓ったのだった。
――そして天使もまた、悪魔とおなじように何処からともなく現れ、長い潜伏期を経て覚醒する。
わたしに宿った天使は未だ覚醒を迎える前の幼い天使だった。戦闘の素質を持たないわたしは施設に引き取られる際から、いずれは監視任務に就くための契約を取り付けていた。当時のわたしにとって、力を持たないことはむしろ好都合だった。これでかまちを護ってあげられる。わたしはひたむきにもそう信じていた。
「――どうして私たちがそんなやつらのお守りみたいなことをしなくちゃならないの?」
「そうそう。あんなやつら、みんな殺しちゃえばいいのに」
わたしたちはみんな、心に痛みを抱えていた。天使たちは、人の世に渦巻く悪意に対してあまりにも繊細だ。だから、ヒトが懸命に繕って織り上げる人間世界をまっすぐに受け入れることが出来ない。些細なことでも傷ついてしまうし、小さな悪意にも激しく怯えてしまう。そしてきれいごとを憎む。大人たちの放つ耳触りの良い言葉を憎んでしまう。そしてなによりも、そんな弱く歪んだ自分自身を。
とりわけ施設へ引き取られてくるような子は、みんな両親から不条理な仕打ちを受け心に深い傷を負った子ばかりだった。
だからわたしたちはみんな、共に解り合い、支え合える仲間のはずだった。
わたしたちは親睦の意味も兼ねて、互いの痛みを打ち明け合うセラピーを行なった。共感者の存在をすぐそばに実感することで、心は少しでも安らぐはずだった。
けれど、わたしはもうかまちのことしか頭になかった。あの男とあの女のことなど、もはや取るに足らない問題だった。あの人たちはどうせ幸福の破壊者が居なくなれば、また円満な仲を取り戻すだろう。それはどうでもいいことだった。ただ、かまちをどうにか護ってあげたい。わたしが想うのはそのことばかりだった。
それに、わたしはみんなと馴染む気になどなれなかった。幼い彼女たちは悪魔を宿した知人などひとりもいないくせに、宿主までをも激しく嫌悪し憎んでいた。まるで自分たちを苦しめる悪意の化身であるとでもいうように。そうして、宿主にはなんの罪もないというのに、悪魔が宿るのはそういう人間だからと勝手に決めつけていた。
彼女らは才能も持たないのに、宿主たちとの危険な闘争を望んだ。
わたしはけっきょく、彼女らに心を開くことが出来なかった。
また、先生によればわたしたちはみんな、自己に対する正常で健康的な認知力を著しく欠いているとのことだった。端的に言うと、果てしなく自分を責めてしまう思考の癖が心に深く刻みつけられているのだという。それを改善するための療法についても一通り講義を受けたけれど、効果が得られたかどうかはよくわからなかった。それよりも、わたしは早く一人前の天使になりたかった。一刻も早く、天使としての実質的な訓練に入りたかった。だから、療法に関する講義の内容もその後すぐに忘れてしまった。
「――いい? まずはイメージしやすいように、身を堅く縮めて」
「こんな、感じ?」
「そう、その感じよ。あなた、ずいぶん素質があるわ……」
「そうなの?」
「ええ、そうね……」
オリエンテーションのあと、わたしたちは繊細すぎる心を自衛するための手段を学び始めた。それは悪意の渦に耐えるためのシールドを心に練成する基礎技能だった。要するに、心を、感受性の一部を、自ら殺すための技術だった。
わたしはすぐにこれを修得した。心に深く巣食った痛みも、この技術を拡大解釈することで容易に抑え込むことが出来た。だから誰かの支えは要らなかった。こうして、わたしはますます自分の描く甘い夢しか見えなくなっていった。
「――こんなの意味あるのかな?」
「ほら、ちゃんと真面目にやるのよ」
「だって、みんなもぜんぜんできてないよ」
「あのね。これはわたしたち天使にとって一番大事な能力を磨くための訓練なの。一見意味がなさそうに思えるだろうけど、この積み重ねが大切なのよ」
すべての天使たちは、悪魔の思念を読むための素質を持っている。わたしたちの脳に刻み込まれた天使としての印が、悪魔たちのそれと同期しやすい性質を持っているのだという。それは天使と悪魔との間の不思議な蜜月関係を想起させ、幼い彼女らを嫌悪させた。
けれど、わたしにはそれがうれしかった。早くかまちの心を解ってあげたい。わたしはひたすらその想いのままに訓練へのめり込んだ。
訓練の内容は先生の言うとおり、一見無意味に思えるものだった。
わたしたちは毎回ランダムにペアを組み、互いに隔離された空間に配置される。それから、まず片方のパートナーが先生から与えられた話題に沿って文章を書く。そして、もう片方のパートナーはそれとまったくおなじ文章を書き取ろうと試みる。この際、パートナーに与えられた話題がなんだったのかはまったく示唆されない。そのため、たとえ何百回と繰り返したところで誰一人として正解者は出る事がなかった。
それでもわたしは真剣に取り組み続けた。わたしはかまちの暖かさに触れたことがあった。わたしはかまちの心に触れられる。その確信がわたしの意欲を支え続けた。
その成果は研修時に実感することができた。わたしたちは悪魔を宿した人間の思念を、ほんとうに手に取るように知ることができた。
訓練と研修を終え、わたしの読み取る力の有効圏内は半径約150メートル程度――天使たちのなかでもトップ・レベルと言えるまで広がっていた。相手がかまちともなれば、なぜかその範囲はますます広くなった。さらに顔をよく見つめることで力を補助すれば、かまちの見る幻覚の世界にまで着いていくことができた。
わたしはしばらくの間、かまちといっしょに夢のなかで過ごした。それはほんとうに心地よくて、そしてどこまでもやるせない時間だった。かまちには、できるならその夢をずっと見ていてほしかった。
「――わあ、なんだかゲームみたい!」
「でも、こんなの無理ゲーじゃない!」
「こらこら、あなたたち! 真面目にやるのよ! これはあなたたちの命を繋ぐための大切な訓練なのよ!」
わたしたちは読み取る力を磨く訓練と平行して、各種の調査術や諜報術、それから基礎戦闘術を学んだ。
わたしはすべてにおいてチームの誰よりもひたむきだった。そして優秀だった。
悪魔による攻撃をさばくための訓練でも、わたしは誰よりも長く持ち堪えることができた。悪魔の攻撃は宿主が思念を発するとほぼ同時に、目標座標に位置する物体を破壊する。わたしたちはその思念を読み即座に身をひねることで、かろうじて致命傷を避けることができる。訓練では悪魔の攻撃を想定し、目標座標の予告とほぼ同時に身体へライトが当てられる。仮想攻撃は段階に応じて毎秒1~3回ほど繰り返され、実際にどの部位にライトが当たったかでダメージ値が加算されていく。そうして体力値が0になるまでのタイムを計る。みんながゲーム感覚でそれを楽しむなか、わたしは意味もなく必死だった。
修了段階でのわたしの平均タイムは約4,87秒。持たざるものたちのなかでは群を抜く成績だった。けれどその成果はわたしにとってなんの意味もなかった。それはあくまでいざというときに、少しでも逃げ延びられる可能性を高めるための訓練だった。まったく意味のない、訓練だった。
わたしは河合由梨と山下たんぼを見殺しにした。目の前で惨殺される彼女らを尻目にただひとり逃げた。べつに助かりたかったわけじゃない。ただ、その後のかまちの行く末を見守ってあげたかった。
先生の言うとおり、確かにわたしは冷静なのかもしれない。そして残酷だ。わたしは最初から、彼女らをただ利用していた。そうして簡単に切り棄てた。
今になってようやく思う。わたしは戦う力が欲しかった。悪魔の力に対抗しうる才能が欲しかった。わたしは無力で無能だった。だから、かまちを深く傷つけた。河合由梨を護るという約束も守ることができなかった。
わたしはいつだって、いつかかまちを護ることだけを考えて修練を積んできた。それなのに、わたしは道を誤った。わたしはただ時間を無為に費やして、あげくかまちに取り憑いた悪魔へ自ら加担した。それがどうしようもなく虚しく、そして揺るぎのない結末だった。心の弱いわたしは、やはり幸福の破壊者にしかなれなかった。
――わたしは天使なんかじゃなかった。
悪魔はむしろ、わたしのほうだった。わたしの弱さと愚かさが、みんなを不幸にさせてきた。わたしはただ、この天使の印を誰にも転移させずに跡形もなく消え去ることを望んだ。それがなんの解決にも報いにもならないこともわかっているのに。そもそも不可能な事なのに。長い夢の果てに、わたしはただただそれだけを望んだ。
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