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 ぼくは人を殺した。


 それは厳然たる事実だ。

 それでも、ぼくは生き長らえることを選んだ。

 

 だからまず社会的に罪を償わなければならない。ぼくは自然にそう思いついた。

 もちろん社会的制裁というものは、望まずして受けるからこそ罰としての意味を持つ。自首など茶番だ。単なる自己満足に過ぎない。それを理解していてなお、ぼくは自分を赦すために表層だけで罪を償うことに決めた。

 

 ぼくは館に向かった。

 かつて館があったはずの場所に。

 

 けれど、そこにはただまっさらな更地だけが広がっていた。

 もちろんふたりの残骸もなかった。

 確かにそこで殺したはずなのに。

 ぼくは何度もその光景が幻覚ではないかを確かめようとした。

 でもやはりその光景が、ぼくの意識から塗り替えられることはなかった。

 ぼくはなにか得体の知れない巨大なものを感じながら引き返した。

  

 いったい、なにがどうなっているのか。

 ぼくが壊した館は、もはや跡形もなく。

 ぼくが殺したふたりは、あくまで単に行方不明ということになっている。

 普通に考えるなら、瓦礫の撤去時にふたり分の血肉と臓物と汚物の海が露見するはずだ。

 なのに、その事件自体がそもそも報道されていない。大体、いったい誰が瓦礫を撤去したのか。あそこは私有地だというのに。所有者の許可なしに誰がそんなことをしたというのか。

 いや、それよりも――

 過剰な力でふたりを殺し、館までを壊し、憔悴しきって倒れていたはずのぼくをいったい誰が保護したのか。

 ぼくはとっさに鏡子の言葉を思い出した。

 ――大丈夫。かまちはわたしが護ってあげるわ。

 ――お金よ。お金を積んだの。

 ――前例もまるでないケースなのよ。

 それらの言葉はいったい何を意味していたのか。

 鏡子。きみは何者なんだ? ぼくの知らない何を知っている?

 そもそも。どうしてきみは、ぼくのつくった架空の世界にまで着いてこれたんだ?

 考えれば考えるほど、疑問は尽きなかった。

 そしてそれは、ぼくをあの頃以上に心配させた。

 鏡子は強くなり過ぎた。

 まるで苦しむために強くなったみたいだ。

 鏡子はきっと今、ぼくの知らない巨大ななにかに振り回されている。

 鏡子はクソみたいな両親から離れて、ゆっくりでも心が幸せに向かい続けているのだと、ずっとそう想っていた。

 でもそれは幼稚でおめでたい希望的観測に過ぎなかった。鏡子は今でもまだ、狂った世界の手のなかにいる。

 護るべきものは由梨ちゃんだけじゃなかった。

 ぼくは今さらになってそれを気づかされた。

 けれど、それはもはや遅すぎる気づきだった。

 ぼくにはもう、誰かを大切にしてみせる資格など到底あるはずもないのだから。

  

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