阿神 千夜は微笑む

「たまたまパパの仕事の都合で、この近く来てたんだけど。水本さんに会えるなんてすっごく奇遇だわ。本当に会えて嬉しい」

うふ、と目を細めている彼女に私は食われてしまうんじゃないかと本気で思った。今、蛇に睨まれたカエルの気持ちを50字以内で答えよ、と問われたら満点を確実に取れる回答を出せる自信がある。

「そ、うだね。本当、久しぶり」

必死に表情筋と声帯を動かして、精一杯の対応をする私を、ぷっ、と彼女が吹き出した。

「やだぁ、緊張してるの?もーう、ほんっと水本さんって可愛らしいわね」

くすくすと笑う彼女を呆然と眺める。これは夢なのでは?いつかテレビで見た明晰夢とかいう類の。いや、むしろ悪夢かもしれない。

「ねえ、水本さん。いいの?」

いい?なにがいいんだ?全く気分は良くないが。

彼女の長い人差し指がすっ、と動く。

「アイス、溶けちゃってるけど」

「うわぁぁあ!」

目の前の阿神 千夜に夢中で、放ったらかしにしていたパフェは、どろどろとアイスが溶け、トッピングの苺のデコレーションが崩れはじめていた。

慌ててパフェを食べ始める私を、面白そうに阿神 千夜は見ている。見世物じゃねえんだぞ!と言いたくなる気持ちを抑えて、巨大なパフェを食べ進める。

「ねえ、水本さん」

顔を上げ、目でなに?と訴える。

彼女の指が目の前に迫る。どくん、どくんと一気に心音が跳ね上がった。一体何をするのだろう。きゅっと目を瞑ると口元に触れられた。

「クリーム、付いてるわ」

彼女は、口元のクリームを拭った指を、自らの舌に運び、ぺろりと舐めた。

ぞわり、と背筋に悪寒が走るのと羞恥で顔が赤くなる。

男の憧れ、されたらイチコロの仕草をされるとは。

「あ、水本さんlimeやってる?」

上品な皮のカバーのスマホを彼女がポケットから取り出す。

頷く以外なにも出来ないで、渋々スマホを取り出した。

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星の見えない夜に 文吉 @153ton

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