カツアゲしようとジャンプさせたら跳躍力が凄すぎた件
ごんの者
カツアゲしようとジャンプさせたら跳躍力が凄すぎた件
「おい、ジャンプしてみろよ!」
出来るだけドスを利かせて、脅しをかける。
「なんで?」
目の前のひ弱そうな少年は、本当に疑問に思っているような口ぶりで返す。全く脅しが効いていない。
「なんでって……金だよ!金を取りにきたんだ!持ってんだろ?跳んでみろって!」
だが、ここで引くわけにはいかない。カツアゲくらいできないと俺に居場所がなくなってしまう。さらに睨みを利かす。
少年は渋々と言った表情で跳んだ。
その瞬間、視界から消えた。上を見上げる。少年は遥か高くを跳んでいた。誰よりも高く、そして長く。
気づけば少年の跳躍の虜になってしまっていた。なぜそんなに高く跳べるのか、そんな疑問を少年にぶつけていた。
「トランポリンをやってるんだ」
聞くところによると、少年は中学三年生で、都内のトランポリンクラブに入っているらしい。
さらに、昨年は東京都の競技会で金メダルをとったことがある実力者だそうだ。
「中学生以下は、東京都の競技会ではDjクラスに分類されていて……」
とよく分からないトランポリン用語を並べていたが、要するにトランポリンの凄いやつなんだと俺は理解した。
改めてその少年を見てみると、腕は細いが体幹がしっかりしていて、下半身は俺以上に引き締まっていることに気づく。
少年にトランポリンのことを根掘り葉掘り聞いていると、ふいに後ろから肩を掴まれる。
「おい!てめえ何ダラダラしてんだよ!カツアゲもまともにできねえのか!?」
今まで宙に跳んでいたのが、急に現実に戻される気分。
俺は、手を振って少年を追い払い、先に行かせる。
媚を売る笑みを浮かべて、
「すいません。どうやらあいつ金持ってないみたいでして……」
その瞬間、頬を殴られる。
「だったら、ダラダラ話してんじゃねえぞ、このヘタレが!」
高さ25.4cm。ダイヤモンドで最も高い場所が俺の定位置だった。
たかが25.4cm。だけど、そこに上がっている間だけは誰にも負ける気がしなかった。
されど25.4cm。もうそこに上がることはできない。そのわずか25.4cmは、俺にとって天よりも高くなってしまった。
中学時代、押しも押されぬエースピッチャーだった。小学校から続けてきた野球、それが俺の世界の全て。だけど、その世界は一瞬で壊れることになる。
不慮の事故。練習終わりの帰り道に、車で跳ねられた。飲酒運転だったらしい。幸い、命に別状はなかったが、利き腕の右肘はどうにもならなくなってしまった。
幸い、命に別状はない?俺にとってこの右肘は命よりも重かったのだ。全国の地酒、北海道から沖縄まで余すことなく叩き割ってやることを心に決めた。
強豪校へのスポーツ推薦が決まっていたが、もちろん取り消しになった。勉強のべの字も知らない俺は、都内の悪名高い高校に進学した。
地獄のような高校生活が始まる。荒れているとは聞いていたが、ここが法治国家だとは思えなかった。不良のふの字も知らない俺は、常に殴られ罵られていた。50音なら野球のやの字しか知らないのだから、当然の結果である。
だが、高校生活2年目にしてついに転機が訪れる。
「ヘタレなおめえでもよ!カツアゲぐらいはできんだろ?」
ここでカツアゲぐらいはできることを示せば、少しは状況もましになるかもしれない。俺は一世一代のカツアゲをするために街へ繰り出した。
その結果がこれである。
カツアゲならジャンプさせるもんだろ。そんな思惑で跳ばせてみたら、思ったより跳ばれてしまった。
その後、いつも以上にボコボコに殴られる。俺の校内ヒエラルキーは、もはや地中に埋まってしまっていた。
しかし、あの一件で俺はトランポリンに興味を持ってしまった。
高校にトランポリン部なんてものはなかったので、都内のトランポリンクラブに通い始めた。
学校では最底辺でも、トランポリンで跳んでいる瞬間だけは、誰よりも高くにいる。気づけばトランポリンに夢中になっていた。
あの少年は、トランポリン界では有名な存在らしく、期待の新星なんだとか。それを聞き、なんだか俺の鼻まで高くなってしまう。
もともと野球で体幹を鍛えていた俺は、それも相まってみるみる上達していった。コーチからは、次の都内の競技会に出てみないかと誘いを受けた。
競技会は正直どうでもよかったが、あの少年のジャンプが見たかった。今度はちゃんとトランポリンを使ったジャンプを。だから、高校生以上が対象のDsクラスで参加することに決めた。
競技会1ヶ月前、とある情報をトランポリンクラブで耳にする。あの少年が練習中に着地を失敗して、足を骨折した……と。2年前の自分と重なって見えた気がした。俺はある決意をする。
そして競技会当日。
俺はDsクラスの練習が始まる前に、あの少年を見つける。松葉杖をつき、足にはギプスが巻かれていた。
「よお、カツアゲぶりだな。お前なら怪我して出れなくても大会には顔を出すと思ってたぜ」
声をかけてきた俺を見て驚く少年。少年は何かを言おうとするが、それを遮って続ける。
「大会を見にきたってことは、まだトランポリンは続けられるんだよな?」
少年は軽く頷くと、まっすぐな疑問をぶつけてくる。
「なんでお兄さんがこんなところにいるの?」
俺はあの時と同じ言葉を、けれど全く意味の違う言葉を、少年に宣言する。
「金を取りに来たんだ」
カツアゲしようとジャンプさせたら跳躍力が凄すぎた件 ごんの者 @gongon911
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