さかいにて
ぎりしゃ
さかいにて
気が付くと私は暗闇の中を歩いていた。ここは寒くて、静かで、ふわふわとした浮遊感が現実感を失わせていた。と、その時私の前方に光が見えた。目を凝らしてみれば何やら白い人影のようなもやが何人もこちらに手招きをしているようだった。私は妙に懐かしい温かさを感じて、気が付けば私は火に飛び込む蛾のように、ふらふらと光の方へと歩き出していた。
曖昧な時間感覚の中、光へ向かって歩を進める私が何歩目かの足を踏み出したその時、唐突に腕をつかまれた。
「何やってるんだ!」
それは死んだはずの父の声だった。すっ、と現実感が戻ってくる。私は川岸に立っていた。踏み出した足の先に地面は存在せず、1mほどの急斜の先にはごうごうと音を立てる河が横たわっていた。
いつの間にか光は消えていた。
私はいったい何を見ていたのだろうか。何に誘われていたのだろうか。急に怖くなった私は対岸から目をそらし、振り返ることもなくその場を離れるのだった。
「生命兆候はすべて消失しました……手術は失敗です」
緊急手術室の誰もが悔しそうな顔をしていた。事故患者を蘇生させようと皆必死に努力を重ねていた。確かに患者の容態は回復に向かいつつあったのだ。それが唐突に容態を急変させて、そのまま帰らぬ人となってしまった。意識すら戻りかけていた彼はいったい何を見ていたのだろうか。何に誘われてしまったのだろうか。手術室のみなは白衣のまま、もはや何も映さない彼の空ろな瞳から目をそらすこともなくその場から動けずにいたのだった。
さかいにて ぎりしゃ @girisya
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