三章
ゆずSIDE
あれ以来、柏木君は目に見えてよそよそしくなってしまった。
いつも
休み時間に思い切って勉強を教えてもらえないかと
ああ、もう完全に脈はないな……とさすがの私も
「やっぱり、
「やっと気付いたようで何よりだ」
しみじみと
今は昼休みの日直の仕事で、ゴミ捨てに行く
「ただ、柏木君がこの二、三日、元気がないように見えるのが気になるんだよね……」
「そうなのか?」
「うん。これは
親衛隊
「何か
「まあ、悩みのない人間の方が
「失礼な! 私だって悩みはあるよ。どうしたらヒロインになれるのかな、とか、
「そういうのは悩みとは言わない。つーかカレー好きだな!」
ほぼ同時に慧君も、ハッと息をのむ。
そこに設置されたコンテナを、一人の男子生徒がガンガンと激しく
太陽の光を浴びて
後ろ姿しか見えなくても、
柏木君……?
まるで持って行き場のない、やるせない感情をぶつけるように、ひたすらコンテナを蹴りつけていた柏木君は、はあはあと大きく全身で息をしながら、肩に下げていたテニスラケットを手に取ってしばらく見つめた後──そのラケットを、ケースごと
そして、両の
「柏木、それ……テニス部で使ってるラケットだろう? 捨てるのか?」
慧君が問いかけると、柏木君は……まるで何事もなかったかのように、いつもの品のいい
「もう、テニスは
「どういうこと? 毎朝ずっとランニングをするくらい
さっきまでの光景が
「もしかして、
「そういうわけじゃないけど……別に、君たちには関係ないことだろ? 僕自身がもう、
「うそだよ。そんな風には全然、見えなかった」
感情の読めない笑顔で
だって、こんな風に笑ってても……本当は苦しいんじゃないの?
さっきのガンガンという音が、まだ
本当は、ものすごく
「……うそなんかじゃないよ。もう、テニスなんて、どうでもいいんだ」
まるで能面のような笑顔でそう言われた
ぷちん、と何かが
「この……ばかちんがーー!」
ガーン! とものすごい音が、その場に
慧SIDE
「この……ばかちんがーー!」
相原の
「あ、相原……さん?」
「ちょっと来て!」
コンテナに捨てられていたラケットを回収すると、反対の手で
俺もとりあえず、二人の後を追っていく。
たどり着いたのは、テニスコートだった。
先にコートで遊んでいた生徒から「ごめん、ちょっと貸して!」とラケットを
「どうしてもテニスを辞めるというなら、私に勝ってからにしなさい!」
スポーツ
その
「サーブ権はもらうね」
ベースラインの外に立ち、ボールをポーンポーンとバウンドさせながら
柏木は一年生にしてレギュラーを勝ち取るほどの腕前の持ち主だ。女子が勝負できるはずがないのに──と思った
ズギュン!!!
なんだ、この
「あ、相原さん……君は一体……?」
「テニスは昔、おばあちゃんの手ほどきを受けたことがあるの」
フシュウウ……と深い息を
──おばあちゃん何者だよ!
相原にもこんな一面があったなんて……確かにいかにも脳筋っぽいが。
「次!」
ドギュン!!! と再び
うまい、相原の真逆のコート
一瞬、その球とともに
ギュウン……という形容しがたい音とともに、ボールがコートにバウンドし、柏木の真横をすり
「こんなものなの……?」
「!?」
「あなたのテニスへの情熱は、こんなものなの!? もっと……もっと本心をぶつけなよ! もっと熱くなれよおおおおーー!」
と声を大にしてツッコみたかったが、これがなんと柏木の心には響いたらしい。
「……わかったよ。レディーファーストはここまでだ」
形のいい
「おいで、じゃじゃ馬プリンセス」
……その
「「「柏木様、がんばってー!」」」
先日相原を囲んでいた親衛隊も
そこからは手に
「はあっ」
「クッ」
「やああ!」
「まだまだ!」
……相原、おまえ少女漫画のヒロイン目指してたんだよな?
完全にスポ根ものになってるぞ!?
「──やるわね、柏木君」
ゼエゼエと呼吸を乱しながら、ニヤリと笑って見せる相原。
「君こそ……ここまで熱くなった
はあはあと
「相原さん……僕、やっぱりテニスが好きだよ」
柏木の言葉に、相原がハッと息をのんだ。
「──実は、先日の実力テストで成績が下がって、父にテニスを
「柏木君……!」
喜びの表情に染まる相原へ、力強く
「ここからはただ
「うん、負けないよ! はちみつレモン王子!」
パチパチパチという
相原のサーブから、試合再開。
ポーンポーン、とバウンドさせてから、高く空へと放たれたボールがドシュッと撃ち込まれる。これまでよりも
ツ、ツイストサーブ……もう完全に少年漫画になってるぞ! テニスの王女様!?
しかし柏木もさるもの、冷静にバックハンドで対応し、ネット前に落とした。うまい!
これはさすがの相原も届かない!? いや
その手からラケットがすっぽ抜け、ネット
「…………!」
シン、とその場を
「かかか柏木君、ごめんごめん、本当にごめんなさい、
「大丈夫か、柏木!?」
青くなって謝り
「……いい……」
柏木から、
「いいよ! やっぱり君は僕が求めていたご主人様だ!!」
………………は? なに? 『ご主人様』?
「曲がり角で
ポカーンとする俺たちの前で、
「あれ以降、君の姿を見るだけで興奮しすぎちゃうから、あえて距離を置いてたんだ。僕の
「ほ、本性……?」
「うん。実は僕、ドMなんだ」
「「「「────どええええええええええ!?」」」」
とんでもないカミングアウトに、ギャラリー
「……つまり、これまで相原がやってきた
「ご
実にいい笑顔で断言する柏木。
ラケットを捨てる前にコンテナをガンガン
「さあ、ご主人様……いや、女王様。僕は
「ちょ、ちょっと待って、落ち着いて……っ慧君、助けてー!」
「俺を巻き込むな! イケメンをここまで
「なんか
「あ、僕、一ノ瀬君のSっぽい感じもかなりツボで、密かにずっと
「断る! 寄るな変態!」
「あっイイよ、その
ちなみに、この一幕をもって『はちみつレモン王子親衛隊』は
しかしこれ以降、俺と相原は、王子と思いきや実は下僕だったドMに付きまとわれるようになったのだから、結果としてはプラマイゼロどころの話ではないのだった……。
※カクヨム連載版はここまでです。お読みいただきありがとうございました。
続きは本編でお楽しみください。
放課後ヒロインプロジェクト!/藤並みなと 角川ビーンズ文庫 @beans
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