二章
ゆずSIDE
あんな生物兵器を(文字通り)食らわせて、帰らぬ人になってしまったらどうしよう……と心配していたけれど、幸い、柏木君は午後の授業が始まる
放課後、いつも通り
「差し入れ作戦も失敗……次はどうしたらいいと思う?」
「いいか、相原」
ジージーと余命わずかな
「はっきり言うが、少女
「……確かに、キャラとしてなら俺様もドSもツンデレも大好きだけど、実際に付き合うとなるとかなりストレスがたまるかも。漫画なら、根は優しかったり
「そうだろう?
「ツッコミどころ……そういえば私も前から思ってたんだけど、よく告白シーンで
「『
「非現実的と言えば、『やたらと権力を持った生徒会』もだね。中学入って、実際の生徒会活動のあまりの地味さに
思わずヒートアップして『ここがヘンだよ、少女漫画!』大会に興じていたら、同じく
「──わかっただろう、相原? 漫画と現実は
「
◇
……って慧君は言ってたけど、やっぱり
「今日のロングホームルームでは
こんな人となら、きっと少女漫画みたいな
『この間はごめんなさい。
『うわあ、なんて
『ちょっと味付けを変えただけで、基本的な材料は変わらないよ。お魚とかイカの
『えっゆずちゃん、それって……(トゥンク)』
『わ、私、何言ってるんだろ。ごめん、忘れて(ダッ)』
『待って、ゆずちゃん!(バックハグ)』
『か、柏木君……?(ドキンドキンドキン)』
『……
なんてね! やーん、柏木君ってば
ハッと顔を上げると、柏木君の甘いマスクが私を見下ろしていた。
「席替えのクジ、引いてくれるかな?」
「は、はい!」
黒板を見ると、席の番号とすでに引いた人の名前が書き込まれていた。
柏木君は、
15番15番15番15番……!
心の中で唱えながらクジを引き、開いた紙の中に書かれてた数字は──15。
きたーーー!
「柏木君、お隣だね。よろしく!」
「相原さん……うん、よろしく」
新しい席に着いて声を
難しそうな問題にもつまずくことなく、ノートにスラスラと解答が
窓から差し込む光がいい感じに彼の
はあ、
って
とりあえず教科書の練習問題に取り組もうとしたけれど……二次関数……解の公式……共有点の座標……うっ、頭が!
必死で文字と数字を追おうとしても、段々視界がぼやけて、意識が遠くなってきた。
私にとって、数学は最高の
「──原さん、相原さん」
「はい!?」
顔を上げると、はちみつレモン王子のご尊顔がそこに。
「ロングホームルーム終わったよ。今日はこのまま、帰宅していいってさ」
「……そうなんだ。起こしてくれてありがとう……」
ハッ、私ってば、よだれが! ギャー、
頰が熱くなるのを感じながら口元をぬぐっていたら、ぷっと柏木君が小さく
「ぐっすりだったね。そのまま
「ううん、助かる。……もう、この問題、難し過ぎて。あまりにも訳がわからないから、寝ちゃったよ」
「へえ、どの問題?」
え、まさか教えてくれるの!?
「問10なんだけど……」
ドキドキしながら教科書を指さすと、柏木君は二秒ほど視線を落としてから、「ここに書いていい?」とノートを引き寄せた。
「これはまず関数の式をこういうふうに変形するんだ……aが0より大きいからグラフはこういう放物線になって、その
私ではまったく
「──あとは①、②、③の共有
「なるほど! そういうことか~。ありがとう、よくわかったよ!」
「よかった。それじゃあ、また
「うん、ありがとう! テニスがんばってね」
やっぱり柏木君、素敵だな。ビバ! はちみつレモン王子。ビバ! 隣の席。
夢のスクールライフが今日からスタートだね……!
◇
「相原さん、ちょっといい?」
ハッピーな気分で下校しようとしていたら、クラスの女子三人に声をかけられた。
返事をする
「あのさ、相原さん最近、柏木君に
「……はあ」
「『はあ』じゃないし。柏木君は優しいから顔に出さないけど、絶対内心
「お弁当とかそーゆーの、マジやめて。王子になんかあったらどーするわけ?」
「隣の席になって、調子に乗られたら困るから、あたしたちが忠告してるんだよ。わかってる?」
──やった! これぞ少女
やっぱり食パンかじって角でぶつかる効果は
心の中でガッツポーズをしていたら、「ちょっと!」と親衛隊Aさんに肩を押されて、よろめく。
「聞いてるの? いい気にならないでって言ってるの」
「いい気になんてなってないけど……」
「なってんじゃん!」
「口答えするわけ?」
ひえ~、やっぱ生で囲まれると
でも、このパターンならそろそろ王子が助けに来てくれるはず……。
「あんたレベルの女子、柏木君に全然
「痛っ、髪引っ張らないで」
「もう近づかないって約束してよ」
「なんであなたたちにそんな約束しなきゃいけないの?」
思わずムッとして反論したら、私を見下ろす六つの目がますますきつく
あわわ。柏木君、早く来て~。
「──思い知らせる必要があるね」
そう言いながら、親衛隊Bさんが近くにあった水飲み場で、バケツに勢いよく水を注ぎ始めた。……まさか、あれを私にかける気?
えーと、かなりピンチなんですけど。柏木君は、来ないの?
こんなベタな展開なのに……ヒーローだけは不在なの?
──「少女漫画はファンタジーだ」
慧君の冷たい声が、脳内に
「──ウザいんだよ!」
親衛隊Bさんがそう言いながらバケツを振り上げる。
「…………!」
息を止め、身をすくめたその時。
「やめろ!」
男子生徒の声が
しかし、バケツの水はそのまま勢いよくこちらにぶちまけられる。うわあ、危ない!
囲んでいた女子たちのガードが
「……悪い。一歩、
すごい勢いで
慧SIDE
「このタイミングで現れるなんて……まさか、私のヒーローは慧君……!?」
「アホ。相原があいつらに連れていかれるのに気付いたから、追いかけてそこの陰から見てたんだよ」
俺が説明すると、相原は「なんだ」と脱力した。
「②ストーカーのパターンか……」
「
相原はあまりにも無防備に柏木に接近していたから、いつかこうなるんじゃないかと思ってそれとなく注意していたのだ。
もともとこいつを
「でも、見てたならもっと早く助けてくれてもいいのに」
「現実ではそんな都合よくヒーローは登場しないってわかってほしかったんだ。だからギリギリを見計らったつもりだったんだが……しくった。悪かった」
「…………」
相原は少し
「この気温なら濡れてもむしろ
「……ああ」
「
「
「じゃあ
今日の相原はベストを着ておらず、上は白いブラウス一枚。今はまだ
俺が、バッグから自分のジャージを取り出して相原にかぶせると、相原はキョトンと目を
なんだ!?
「ナチュラルに少女漫画・再び!」
「は? 何言って……」
「
「
「着る着る絶対着る。だからあと五秒嗅がせて!」
「
「そんな、
相原とやいやい言い合っていたら、不意に「えっ……」という男の声が響いた。
目を向けると、ちょうど校舎の角のところから現れたらしい柏木篤臣が、
──
思わず心の中で
「お、
「相原さん、どうしたの、その
「……えーと……」
心配そうに
「おまえのファンの女たちに囲まれて、水ぶっかけられたんだよ」
代わりに俺が説明すると、柏木は口元を引き結び、しばらく
「……そうだったんだ。ごめん、相原さん」
「ううん、別に柏木君のせいじゃないし」
相原は何でもないようにからっと返したけれど、柏木は
「彼女たちの
直後、それまでびしょ濡れでものほほんとしていた相原の顔がムッとしたようにこわばっていくのに気付いて、驚いた。
「──そう思ってるなら、ちゃんと本人に言ったほうがいいよ」
ビシッと声が響いて、柏木もハッとしたように目を
「あの子たちに届く言葉を持ってるのは、柏木君だけだよ。
「…………!」
強い調子でいさめるような相原の言葉に、柏木は
「……ってごめん、
「別に、今回のことで柏木君を責めてるわけじゃないの。本当だよ。ただ──」
「いや……君の言う通りだよ。僕が
相原の言葉を
「だから柏木君は全然悪くないし──」
「ちょっと、頭を冷やしてくる」
そんな言葉とともに一方的に会話を打ち切ると、柏木は足早にその場から去っていった。
「か、柏木君……!」
追いすがるように手を
「あああ、
「確かに。なんであんな
「怒ってるように見えた!? そっか……」
はあ~っと
「なんか、あの子たちも柏木君が好きだから暴走しちゃってるのに、
「…………へえ」
こんな目に
「でも上から目線で偉そうだったよね。柏木君も責任感じちゃったみたいだし……余計なこと言ったかなあ」
「別に
俺がそうコメントすると、相原は「そう?」と少しホッとしたように表情をゆるめた。
しかしすぐに「でもでもやっぱり柏木君、よそよそしかったし!
……忙しい奴だな、ほんと。
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