一章
ゆずSIDE
翌朝。午前六時二十五分。
私は指定された公園で、そわそわしながら慧君の
慧君がヒロインプロデュースを引き受けてくれた直後にSNSのIDを
『明日の朝、六時半に、
メッセージの下に、ここ、風祭公園の地図のリンクつき。
必死に
やっぱり若くして
そんなことを思いながら、スマホケースについたミラーで、身だしなみをチェックする。
桐葉高校の制服は白のブラウスに緑系のタータンチェックスカート(男子は同
今日は女子力! と思って選んだ赤のリボンに、ベージュのサマーニットを重ねてきた。
あとは黒のハイソックスに白のスニーカー、オレンジのリュックサック。
九月
「師匠! おはよう!」
わくわくしながら
「
「…………」
高い位置にある顔を見上げながら頰をゆるめる私を、まるで宇宙人を見るような目で
「
「師匠って言うな。なんで朝からこんな元気なんだ……って
はあっと小さく
私はいつも目覚ましが鳴るとパッと目が覚めて、すぐ動き出せるタイプ……その代わり、
「じゃあ、一ノ瀬君。
「……まあ、
慧君は私を制するように手を
私もその
「ヒロインになりたい──ということだが、それはつまり、少女漫画に出てくるようなカッコいい男と
「イエッサー!」
ビシッと敬礼のポーズをとると、小さく
けれど、次に彼の口から出た
「となると、相原に相応しい男はあいつだろう──『
「ええっ!?」
思わず立ち上がっていた。
「柏木君……!? いくらなんでも
柏木篤臣君。
私たちと同じ一─Aのクラス委員で、人望厚く、特に女子からは
頭が良く、スポーツもできて家はお金持ちという、神様の
にもかかわらず、
ひたすら
「まさに少女漫画のヒーローそのものだろう」
「いや、それはそうだけど……あんなパーフェクトなイケメンが私ごときに振り向いてくれるとは思えないよ?」
「思い出せ。元気しかとりえのない
「!」
ビシッと宣告されて、
た、確かに……!
「さすが一ノ瀬君!
「…………そういうことだ」
世界の真実をつかんだかのような感覚で興奮しながら手を打った私に、慧君はワンテンポ空けてから、こくりと頷いた。
「この辺りは、柏木が日課にしているランニングコースなんだ」
「そうなの!? よく知ってるね」
「俺の家もこの近所なんだが、仕事で
仕事で徹夜……そうか、慧君が一学期にしょっちゅう
「……すごいね」
改めて尊敬の気持ちが
「ほんと、どこまでも爽やかな
そう言って、公園に面した道路の曲がり角を指差す慧君。ほうほう。
「というわけで──」
慧君は、しゃべりながら、自分の
「相原はそのタイミングに合わせて、このパンをくわえながら柏木にぶつかっていけ。台詞はもちろん『キャー、遅刻遅刻~』」
…………なんですと!?
慧SIDE
俺が食パンを差し出すと、相原は意表を
よし、いい反応だ。
ヒロインプロジェクトを引き受けたものの、はっきり言って俺は全くやる気などない。
わざわざ苦手な早起きをして、こんな風に集まったのも、一刻も早く相原に非情な現実を突きつけて、この
──「思い出せ。元気しかとりえのない平凡なヒロインが学園の王子様に溺愛される──これぞ少女
ああは言ったが、もちろん、現実ではあり得ないからこそ漫画になるのだ。
この時点で相原には目を覚まして欲しかったが……
──「さすが一ノ瀬君! 盲点だったよ。実は私みたいな普通の女子にこそ、チャンスがあるってことだね!」
普通じゃない! おまえは普通よりかなり馬鹿だ!!
内心、大いに
ザ・少女漫画のベタなシチュエーション、『食パン遅刻少女』……しかし現実でこんなことをするなんて、
これなら相原でも気が引けるに
「一ノ瀬君……それはさすがに
ほら、思った通りだ!
心の中でガッツポーズをしながら、俺はあえて
「無茶? だが、この程度のことを
「食パンをくわえたまま、『遅刻遅刻~』なんて上手にしゃべれるわけないでしょ? だから、食パンは手に持ったまま走ることにしよう」
…………そこ?
「あ、でも
相原はノリノリのようだった。マジか。
「で、タイミングはどう見計らうの?」
「……俺が植え込みの
「らじゃ!」
満面の
もうどうにでもなれ、という気分で曲がり角にある植え込みの後ろに身を
規則正しいリズムを軽快に刻みながら、生まれつき色素の
柏木とはたまに話す程度の仲だが、本当に、ミントの風が
「来たぞ。曲がり角への
「
相原の
高校の始業時間は八時半。こんな早朝で遅刻もへったくれもないだろうが──
「キャー、遅刻遅刻~」
相原はなんの
一方、柏木はちょうどその
「「!」」
結果、全力で
……なんという
「ギャー!」
地面に
「ごめん、柏木君、
「相原さん……? うん、僕は鼻血だけだから……君こそ、
流血しながらも弱々しく
「私は全然平気! ティ、ティッシュ……もしくはハンカチ……!」
「ごめん、よかったらこれ……」
相原が差し出したのは、食パン。
アホかー! 怪我した男に食パンを差し出すヒロインがどこにいる!
吸収力は高そうだけどそういう問題じゃない。
「……じ、自分のティッシュがあるから、
わずかな
「お、王子……!」
「まあ、現実はこんなもんだ」
柏木の遠ざかる背中に向けて力なく手を
正直、ここまでの展開は予想外だったが……道路に点々と飛び散った
「悪いことしちゃった。まさか怪我をさせちゃうなんて……印象は最悪だろうし……」
「俺も配慮が足りなかった。出会いがしらの激突なんて考えてみれば
「でもまだまだこれからだよね! 少女漫画のヒロインたちも、色んな苦難を乗り
パッと顔を上げた相原の全身からは、メラメラと燃え上がるやる気の
「プロデューサー、なにかいい
「……普通に考えたら、お
適当に答えただけだったが、相原は「なるほど!」と大いに感心したように
「それをきっかけに話題も増え、
両手を
◇
翌日の、昼休み。四時間目が終わった直後。
「柏木君、昨日は本当にごめんなさい!」
相原が、そんな言葉とともに柏木のところまでやってきた。
ちなみに俺は今、柏木の
「お詫びと言ってはなんだけど、お弁当を作ってきたの。食べてもらえるかな?」
相原が弁当と
柏木ファンの女子たちが(
「えっ……そんな、気にしなくていいのに……」
柏木は
「せっかくだし、いただこうかな。今日は学食にするつもりだったから、ちょうどよかった。でも、今後はもうこんな風に気を遣わなくていいからね」
相原の
はちみつレモン王子は
一方相原は、そんなやり取りが周囲で
柏木が受け取った包みを開くと、二つのタッパーが出てきた。
「こ、これは……!」
タッパーの
「特製シーフードカレーだよ。柏木君のイメージで、英国風にしてみました♪」
弁当にカレーという時点で変化球だが、何よりそのカレーはなぜか──青 か っ た。
何を入れたー!?
パッと見、魚の骨やよくわからない
英国風ってなんだ?
ヒロインの料理がド
こーゆーとこだけしっかりヒロイン属性持っててどうする!
しかし、柏木篤臣は根っからのジェントルマンだった。
「どうぞ、
にこにこしながら期待に満ちた目で反応を待つ相原に、「不味そうだから無理」なんてすげなく対応することは、彼にはできなかったらしい。
「い、いただきます……」となんとか引きつった
お ま え こ そ 勇 者!
「柏木君!?」
「……お、
「相原、そのカレー、味見したか?」
「ううん」
「一口でいい、食べてみろ」
「えっ、でもそんなことしたら間接キス……」
「いいから食え!」
かあっと一丁前に照れる相原の口に
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