第二章 不動の騎士_2
私が連れていかれたのは、演習場の近くに建つ
詰め所と言っても貴族子息が
ご
そうしてしばらく待っていると、部屋に防具を外したスチュワートとアーヴィンの二人が入ってきた。
「フランチェスカ。どうしてあんな所にいた? ひきこもりのお前が」
部屋に入ってくると
先ほど令嬢たちに対応していた態度とは大違いだ。
「───騎士団の練習を見学していたのです。いけませんか?」
言い返してくるとは思っていなかったのだろう。スチュワートは
私はと言えば、どうして
「二人とも落ち着いて。座って話そう」
年長者の
残ったのはかぐわしい
「それで、聞かせてもらおうか。どうして演習場にいたのか。私たちの弱みでも
どうしてここまで言われなければならないのか。怒りのあまり、頭に上っていた血が
「お言葉ですが、別にあなた様を見に来たわけではありませんわ。わたくしはアーヴィン様にお会いするためにこちらに参ったのです」
「おい、それはどういう……」
「俺に? 一体どのようなご用件でしょうか」
このままでは
勢いで〝会いにきた〟と言ってしまったが、別に用事があったわけではない。
内心では
「用、というほどのことではないのです。ただ、わたくしはあまりにあなた方のことを知らないので、どのような方か知るために参りました。
「それは、投票のために?」
「何も知らないのに、適当な方に投票するわけにはまいりませんから」
人見知りの私にしては、堂々とした受け答えができたと思う。彼らのことを知るためにここに来たのは本当だし、スチュワートではなくまずはアーヴィンを見に来たのだって本当のことだ。
「……何も、知らないだと?」
信じられないとでもいうように、スチュワートが言った。
「ええ。ご存じの通り、わたくしは十年以上
言いたいことを言うと胸がすっとした。
(そうだ。ひきこもっていたのが今更外界と
すると絶対言い返してくるだろうと思ったのに、彼は顔を
「……急用を思い出したので、今日は失礼する」
スチュワートは彼らしくない小さな声で押し殺したようにそう言うと、すたすたと部屋を出て行ってしまった。
私は啞然として、心なし小さくなったように見えるその背中を見送った。
「くく……ははははっ」
すると先ほどまで
彼は口を大きく開けて笑い、あろうことか
「な……なにがおかしいのですか?」
意味も分からず笑われるというのは、
思わずそう問いかけると、彼はさきほどとは打って変わって
「いや、失礼。スチューをあんなに落ち込ませられることができるのは、あなたぐらいだと思いまして」
「落ち込ませる? わたくしがですか?」
アーヴィンの言う言葉の意味が理解できない。
スチュワートは少し話しただけでも、
一体彼は今のやりとりの何を見て、どうしてそんな風に思ったのか。
「ふふ。あなたは
アーヴィンはおかしそうにそう言って、カップを
一体何が言いたいのだろう。面と向かって話すのは初めての相手だが、まるで言葉の通じない異国の人と話している気分だ。
「スチューが
彼は独り言のように言って、カップのお茶を飲み干した。
ふと、私はあることに気が付く。
「あの、お二人は
アーヴィンは今、スチュワートのことを
同じ王族なのだからファーストネームで呼ぶことは珍しくないが、愛称で呼ぶとなると
今までの
「親しい、といっても
会議で会う時よりも、彼は
「では、どうして後継者会議の際には、不仲そうに
何より不思議だったのは、彼らがお
不仲であるシアンやひきこもりで女の私より、気心の知れた相手に投票したいと思うのは当然だろう。
だというのに、投票の結果はいつも
「それには俺も困っているんです。スチューは曲がったことの
「というと?」
「自分に投票するなということですよ。彼は親しいからというだけの理由で自分に投票されるのが
仕方がないやつだとでも言うように、アーヴィンが小さく笑った。
先ほどの大笑いでも思ったが、彼のそんな顔を見るのは初めてで私は驚きを
「───それはまるで、あなたがマクニール公に投票したがっているように聞こえますわ」
「実際その通りですよ。俺はあいつこそ、次期国王に
突然謝られたので、
しかしよく考えてみれば、候補者の一人なのだからまあこういう風に言われるのもおかしくはないのかもしれない。むしろ、女である私をアーヴィンが正式に候補者の一人として見ていることの方が意外に思えたが。
「いいえ。
そう言うと、なぜかアーヴィンは
「立派に───ご成長なさいましたね」
彼の口調は優しかった。
私は彼の言葉に
(まるで、以前どこかで会ったことがあるみたいに言うのね)
しかし
「失礼ですが、以前どこかでお会いしましたでしょうか?」
アーヴィンの不興を買うのは覚悟の上だったが、返ってきたのはただの温和な
「覚えていらっしゃらないのも無理はない。以前お会いした時、あなたはまだ幼かった」
彼の言う、〝以前〟というのはいつだろうか。幼いということは、物心つく前。少なくともひきこもりになる前のことだと思うのだが。
「あなたにお会いしたのは、ファネル
他人の家の庭を勝手に散策するというのは、今の
しかし十五年前なら私は三歳。アーヴィンは十五歳の少年ということになる。
どんなに
「あなたはお
くすくすと思い出し笑いをされ、私は自分の顔がかっかと熱くなるのを感じた。
今では信じられないことだが、当時の私は人見知りなどまったくしなかったらしい。
「けれどその時、屋敷の庭に野犬が迷い込んできたんです。あなたは
「そんな!?」
自分がそんな
危険なのはもちろんだが、
「ご心配なく。ちゃんと追い
「本当に、ご
穴があったら入りたいどころか、自分で穴を
しかしアーヴィンはどうやら、私に謝ってほしいわけではないようだった。
「いいえ。俺はあなたにお礼が言いたかった。当時の俺は、そのまま王族として
「そ、そんな大層なものでは……」
私が深く恥じ入っていると、アーヴィンはそれまでと
「それに、野犬を追い払ったお礼にと、あなたは俺を自分の
そう言って彼が指さしたのは、右の
遠い遠い記憶がほんの少しだけ
「とっ、とにかく今日は突然お
ばねのように激しく
これ以上自分の黒歴史と立ち向かう勇気はない。どころか、もうアーヴィンの顔を直視する勇気すらなかった。
(ああ幼い
マナーなんてかなぐり捨てて、エスコートを待たず自らドアを開く。
外で待機していた
そして転がるように、私は部屋を出た。
しかし、ハタと気が付く。そう言えばメアリーと我が家の馬車は
私が自分の
「そう急がないで。外までご
そう言って、アーヴィンが私の
思わず
家族でもない男性に、腰を
アーヴィンは小姓の少年に馬車と御者を用意するよう伝え、私と並んで
ところが、私の騎士団訪問はそれだけでは終わらなかった。
建物を出たところで、
「失礼ですが、次期女王候補フランチェスカ・ファネル
騎士団といえば貴族子息の集団。つまり実技よりもむしろ外見とか
人見知りでひきこもりをしていた私が、そんなきらきらとした集団に囲まれて平気でいられるはずがない。
それも、腰には相変わらずアーヴィンの手が
(ああ、今すぐに気を失うことができたらどんなにいいだろう)
「お前たち。一体なんの
アーヴィンはこの上なく冷静に、部下たちをたしなめている。
「しかし団長。我々は団長こそ、次期国王に
「そうです。もしあの頭でっかちのモラン
「そうだそうだ!」
どうやら同世代の彼らの間で、シアンの評判は最悪らしい。
(同世代の貴族からの支持なし……っと)
現実
(若手貴族の支持が強いのはスチュワートだけかと思っていたけれど、なかなかどうしてアーヴィンも有力なのね。本人は望まないでしょうけれど)
私の
アーヴィンはスチュワートこそ次期国王に相応しいと思っているのだ。けれど当人が
「落ち着け!」
熱くなる団員たちを、アーヴィンが
「この際だ。お前たちにははっきり言っておく。俺は国王になるつもりは無い!」
「団長!」
「そんな……っ」
騎士たちの中から、悲鳴のような声が聞こえた。
「俺は、この騎士団を大切に思っている。何より国の危機には、前線でお前たちと共に戦うつもりだ。国王となれば、そうはいかないだろう。どうか分かってほしい」
朗々と宣言したアーヴィンに、騎士たちが一気に静かになる。
「団長……」
「そこまで我々のことを……」
騎士たちの目には、
なんだか、一気に熱い青春に巻き込まれた感がある。
(
既にすっかり存在を忘れられているような気がしないでもないが、私は多少
「お前たちには、
アーヴィンの宣言に、その場にいた全員が息を
なぜなら今の王宮は、四人の中の誰が国王になるのかと誰もが息をひそめて見守っている。
誰が国王になるかで大きく勢力図は書き
私としてはもっとお
「団長!」
涙を堪えきれなくなった
私はたまらず、目立たないように
きっと見る人が見れば感動のシーンなのだろうが、いささか温度と
※カクヨム連載版はここまでです。お読みいただきありがとうございました。
続きは本編でお楽しみください。
女王陛下と呼ばないで/柏てん 角川ビーンズ文庫 @beans
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