第二章 不動の騎士_1




 翌日もさらにその翌日も、投票は四票とも白紙という日が続いた。

 次期国王はなかなか決定しない。

(こんなことで、本当に国王が決まるの? 空白期間が長引けば長引くほど、しよみんの不安は増し新国王の信用は失われていく。こんなやり方、お祖父じい様らしくないわ)

 私はいまだに、きお祖父様の意図を測りかねていた。

 チェスでも政治においても、先読みを得意としたお祖父様なら、こうなることは分かり切っていたはずだ。

 なのになぜ、彼は王家の血を引く者たちの中から私たち四人を選び出し、わざわざ投票によって次期国王を選出するようになんていうゆいごんのこしたのだろう。

 考えれば考えるほどなぞは深まるばかりで、お祖父様の意図に沿おうとすればするほど誰に投票していいのか分からなくなるのだった。

 家格から言えばちがいなくスチュワートだろう。人望もそこそこにあると聞く。主に高位貴族からの支持が多く、立ちいも申し分ない。国王としてのげんも備えている。

 しかし彼のしやくじようなやり方は、時に策略を必要とする国王業には向いていない気がした。

 以前、お祖父様からの手紙にはこんなことが書かれていた。

 ──人をあざむき、おのれすらも欺くことができなければ、よい国王にはなれない。

 シアンは個人的にはそりの合わない相手ではあるけれど、実務に関してはゆうしゆうだろうと予想された。スチュワートに対してだけ異常なライバル心を発揮して冷静さを失っているように見えるが、意外なことに人望がないというわけでもないらしい。彼を支持しているのは主に下位の貴族。中には彼をもうもくてきに支持している貴族子息などもいると聞く。

 彼のチェスでのをいくつか見てみたけれど、どれもりよ深いからめ手のいい手だった。

 少なくとも彼なら、スチュワートのようにその真っすぐさで不適格だということにはならない。

 しかしだからと言ってシアンが一番相応ふさわしいのかというと、それもまた首をかしげてしまうところだ。いつもいつもスチュワートにっかかっていくところを見ると、ばんに対して冷静であるとはどうしても言いがたい。

 最後にアーヴィンだが、この人はこの人でよく分からないのだった。

 騎士団の団長をしているのだからとうそつ力はあるのだろう。彼がその職に対して不適格だという話は聞かない。

 しかし如何いかんせん無口すぎて、私はまだ彼がどういう人間なのかよく分かっていなかった。

 何を考えているか相手にさとらせないポーカーフェイスという意味では、もしかしたら彼が一番国王に向いているのかもしれないが。

 そういうわけで、私は父からの情報やうわさなどからの情報収集に限界を感じ、実際に騎士団で働いているアーヴィンを見にいくことにした。

 元ひきこもりにとってたくさんの人がいる屋外の演習場はとてもハードルが高い場所ではあったが、例のひきこもりになった原因がスチュワートの言葉だと分かって以来、外出に対するていこう感も弱まっているのを感じる。

 あとはどうやって、周囲に自分だとばれないようにするかだ。

 次期国王を決めるこうけいしや会議は、貴族たちの注目の的である。私がその候補の一人であると知れたら、内情をさぐろうと色々な人に話しかけられかねない。

 そういうわけで私は黒を基調としたドレスにえ、に服していることを表すベールをかぶった。

 つうは夫をくした未亡人などがこうして社交界に顔を出すものだが、私自身祖父を亡くして日が浅いので一応れいにはかなっている。

 今日も今日とてメアリーに付きってもらい、私は城内にある騎士団の演習場に顔を出した。

 城内とは思えない土のしゆつした殺風景な場所に、よろい姿の男たちがけんわしたり型のかくにんをしている。

 あらあらしいけ声を聞くたび身がすくんだ。

 ところが一方で、演習場には専用の観覧スペースがあり、若いれいじようたちががさ片手にせいえんを上げている。

 口に手を添えてこそこそと何かを話し合う彼女たちに、私は剣に対するのより更に強いきようを感じた。

だいじようですか? おじようさま

 私の異変に気付いたのだろう。

 心配するメアリーに、大丈夫だと軽く手をる。

 か弱いしゆくじよ相手に恐怖してどうする。私は彼女たちよりあつとう的におそろしい国王候補たちを相手にしなければならないのに。

 そうしてなんとか観覧スペースのはしじんり、持参したオペラグラスでアーヴィンをさがした。

 するとちょうどいいタイミングで、近くにいた令嬢がアーヴィンの名を呼ぶ。

「アーヴィン様、がんってくださいませ」

「きゃー、スチュワート様負けないで!」

 と、彼女たちの口にする言葉から聞き捨てならないめいしようを拾い、私はそちらに目をやった。

 彼女たちの視線の先には、剣を交わす二人の騎士の姿がある。

 頭にもかぶとを被っているので顔は見えないが、おそらくあれがアーヴィンとスチュワートなのだろう。

(どうしてスチュワートが、騎士団の演習に参加しているの?)

 貴族子息で構成される騎士団だが、王族がそこに参加することはまずない。なぜなら騎士団とは王族を守りかしずくものだからだ。

 そこで団長をしているアーヴィンがとくしゆなのであって、間違っても王族としての自負にあふれたスチュワートが騎士団に所属するなんてことは考えられなかった。

 恐らく力だめしというところだろうが、それにしては甲冑姿の騎士の動きはどちらも堂に入っている。

 素人しろうと目には、彼らの動きだけでどちらがどちらか判断するのは難しそうだ。

 剣を打ち合い、一合二合。

 二人の騎士はきよを取り、そしてまたとつしんしてぶつかり合う。

 それはきゆうていけんじゆつというにはあまりにも荒々しく、アーヴィンはともかくとしてその片割れがスチュワートだなんて、とても信じられなかった。

「はあ、スチュワート様やっぱりてき

 近くにいた令嬢がうっとりとつぶやいたので、私は思わず彼女に話しかける。

 おどろいていたのだ。

 だんの私なら見知らぬ相手(しかも若い令嬢)に話しかけるなんてこと、絶対にできなかったにちがいない。

「あの、あなたにはどちらがマクニール公か、見分けがつくのですか?」

 すると彼女は、信じられないものを見るような目で私を見た。

「信じられない! あなたあのゆうな動きを見て、スチュワート様がお分かりにならないとおっしゃるの!?」

 そうめ寄られても、私にはどちらの騎士も優雅とはほど遠い動きをしているように見える。

 彼らの足元からはつちけむりが立ち、練習を行っていた騎士たちも段々二人の応援に集まり始めていた。

「あなた! その言い方ではまるでアーヴィン様が無骨のようではありませんか」

 そこに、また別の令嬢が参戦する。

 どうやら彼女は、アーヴィンのシンパであるらしかった。

「実際、そうではありませんか。アーヴィン様の剣は王族としては乱暴すぎます」

「なんですって!? あの方はウィルフレッド一世陛下の弟君のご子息であらせられるのよ。それを乱暴だなんて……ご自分のことをおっしゃっているのかしら?」

「なんですって!?」

(まずい)

 あれよあれよという間に、口を出す令嬢がどんどん増えて大人数での言い争いになってしまった。

 予想もしない展開に、私はあわあわと後ずさるよりほかない。

「お嬢様。いつたん馬車にもどりましょう。ここにいてはお体によくありません」

 心配したメアリーが、一時的なてつ退たいを申し出る。

 私もそうするべきだと思ったが、思わぬところからじやが入った。

「お前……フランチェスカか?」

 ぎょっとして声のした方を見ると、そこには冑を外したスチュワートが立っていた。

 どうやら口論が激化している間に、二人の立ち合いは終わっていたらしい。

「こんなところで何を?」

 彼がげんそうにするのはもつともだ。その後ろにはアーヴィンもいる。

 私はさあっと血の気が引くのを感じた。

 次のしゆんかん、二人の存在に気付いた令嬢たちがかんだかい悲鳴を上げる。

「スチュワート様!」

「とっても素敵でしたわ」

「アーヴィン様のけんれいたしました!」

「これわたくしがしゆうしたハンカチです。どうか受け取ってくださいませっ」

 観覧スペースには一応さくがあるのだが、彼女たちはそれから身を乗り出し今にも溢れかえりそうになっていた。

(ああ、やっぱりこんなとこにくるんじゃなかった!)

 私は演習場にのこのこやってきたおのれの判断をうらんだ。

 しかしとっくにおくれなことは明らかで、ベールの下で引きつった笑いをかべるのがやっとだったのだが。

「う……わっ!」

 そんな風に、ゆうちように構えていたのがいけなかったのかもしれない。

 私は集まる令嬢たちの輪からはじき飛ばされ、体勢をくずした。このままではふく姿のまま演習場の土にダイブだ。

(やっぱり外になんて出るんじゃなかった! 私なんてしきの中にひきこもっていればいいのよ!)

 ほんのいつしゆんのことだったと思うのだが、頭はこうかいでいっぱいになった。

 おくれの令嬢が、うら若き令嬢たちの前でみじめな姿をさらす。そんな自分の姿まで想像したくらいだ。

 しかし実際には、そんな風にはならなかった。

「淑女たち。そんなに柵から身を乗り出しては危ない。どうかお気持ちを静めてください」

 私にいやみを言った同一人物とは思えないほど、やさしい口調でスチュワートは言った。

 銀の巻き毛はあせかがやき、それを乱暴にかきあげる仕草がまた様になっている。

(う、うわぁ~)

 なんと私の体は、スチュワートのうでによって支えられていたのだ。エスコートのために添えられた時とは違う力強い腕と、息がかかるほど間近にせまった美しい顔に悲鳴を上げたくなった。

 実際、外野からは悲鳴ともせいともつかない声が上がっている。

 私はその場をげ出したくなった。

 スチュワートは私と目が合うと、まるで好きで助けたわけではないとでもいうように、ぷいとそっぽを向いてしまった。

 しかし詰めかけたれいじようたちには、別人のようなおだやかさでもって落ち着くよう声をかけている。

 その姿を見ていると、なんともいえない気持ちになるのだった。

(私には『変な顔』って言ったくせに)

 思わず過去の出来事まで持ち出して、彼を非難したくなる。

 助けられておいて、こんな風に思うのはおかどちがいだと分かってはいるが。

「フランチェスカ嬢。こちらへ」

 令嬢たちがスチュワートに気を取られているのを見計らったように、アーヴィンが声をけてきた。彼は場所を変えようとでも言いたげに、を外し手を差し出してくる。

「いえ、わたくしはこれで……」

 家に帰りたい気持ちではち切れそうな私は、当然断るつもりだった。

 でもアーヴィンのはく色のひとみが、無言の圧力をかけてくる。まるで、ここで逃げたらひどいぞとでも言いたげだ。

じよ殿どの。フランチェスカじようは当家の使つかいに送らせます。ファネルこうしやくにもそうお伝えください」

 アーヴィンはそう言うと、まどうメアリーを先に帰してしまった。

 メアリーは私を置いていっていいものかとしゆんじゆんしていたが、侍女が貴族であるアーヴィンに逆らえるはずがない。

「……失礼いたします」

(ううメアリー、私を置いていかないでっ)

 遠ざかるメアリーの背中を見ながら、私は心細さで泣きたくなった。

 しかし、ずっとこのままでいるわけにもいかない。令嬢たちは少しずつ私の正体に気付き始めている。このままここにいては再び彼女たちにもみくちゃにされかねない。

 最後には観念してアーヴィンの手を取った。

 けんの練習を重ねたせいだろう。それは貴族のものとは思えないような、かたい武骨な手だった。

 いつの間にか令嬢たちを説得したらしく、気付けばアーヴィンの後ろにスチュワートが立っている。

 彼はアーヴィンの手の上にっている私の手をいちべつし、分かりやすくまゆを寄せた。

(練習の邪魔をして悪かったわよ。でもそんなにあからさまに表情を変えなくてもいいじゃない!)

 どうも、ひきこもりになる原因がスチュワートだったと知ってから、時たま彼に対してはんこう的な自分が顔を出す。

 いつも他人の動向におびえてしまう私が、こんなにだれかを腹立たしく思うのはめずらしいことだ。

「行きましょう、アーヴィン様!」

 さっきまでと打って変わって勇ましく歩き出した私に、アーヴィンが驚いて目を丸くしていた。

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