第一章 バラバラの後継者たち_2



 翌日。

 言われた通りの時間に、用意を整え城へと向かった。

 本当は朝起きた時からずっと、行きたくないと暴れるおくびような自分と戦っていた。昨日のことを思い出しただけで、体が震えてまともに喋れなくなるのだ。

 けれど───それでも。

 私はお祖父じい様のゆいごんを破ることなんてできなかった。

 安全な場所に閉じこもっていることは簡単だ。いままでもずっとそうしてきたのだから。

 けれどその性格のせいで、私は一生分のこうかいをした。祖父の死に目に会えなかったのは、今まで安全な場所にかくれていたむくいなのだろう。

「おじようさまだいじようですか? ご気分がすぐれないのなら、城に上るのはおやめになりますか?」

 様子のおかしい私をづかって、メアリーが何度もこう問いかけてくれる。

 そのたびに私は、必死の思いで首を横にった。甘えてしまいたいのはやまやまだが、それではきっと元にもどってしまう。

 何もできずに、ひきこもっているだけだった自分に。

「だいじょうぶ……大丈夫よ……」

 そうり返すたびに、メアリーはげんな顔をするのだ。

「やっぱり昨日お城で何かあったのですか? 私からだん様にお伝えして───」

「いいの。なんでもないんだったら」

 ここまでくると、もう意地だった。

 確かにお父様に言えば、父はシアンにこうするなり、マリオに言って城へ行かなくても済むように取り計らってくれることだろう。

 けれどそれではだめなのだ。

 逃げ出した私を、シアンはなんて気が弱いとわらうだろう。

 そしてライバルが減ったと、喜ぶにちがいない。

(そんなの、くやしすぎるじゃない)

 私だって生半可な気持ちで会議に参加したわけではないのだと、シアンに───そしてほかの二人に思い知らせたい。

 だから私は今日も、きよう心をにぎりつぶして城へ上るのだ。

 ずっと気持ち悪さや後ろ向きな自分とたたかっていたからか、城に着くころにはすっかりつかれ切っていた。

 馬車から降りて、れない地面に降り立つ。

 そしてメアリーに連れられて、王族専用の入り口から城に入った。

 城ではその身分によって使う門や部屋が細かく決められていて、少しでもちがえるとれい知らずだと白い目で見られるのだ。

 それでも王族専用の通路はまだ人が少ないので、気が楽だと言えた。

 これが下級貴族専用区画ともなれば、しゆくじよたちは広がったクリノリンのせいで身動きもできないのだそうだ。

 まあ実際に見たことがあるわけではなく、すべては小説からの受け売りだけれど。

 そのまま城の使用人に案内されたのは、昨日の応接間とは違う部屋だった。

 部屋と呼ぶには広すぎる。廊下の先にあるのはてんじようけになっている円形の大広間だ。だんは貴族院の会議場として利用される場所である。

(たった四人の投票に、こんな場所は必要ないでしょう!)

 内心で悲鳴を上げたくなるのを必死でまんした。

 どうして大広間がいやかと言えば、それはその部屋がだれでも出入りできる区画にあるからだ。

 思った通りその入り口には、物見高い貴族たちが押しかけていた。

 特に若いごれいじようが多く目につくのは、私以外の三人がけつこんしたい貴公子のじようじんだからに違いない。

 私の存在に気付いた何人かが、ひそひそとこちらを見ながら何事か囁き合っている。

みなさんお嬢様をうらやんでらっしゃるんですよ。メアリーはほこらしいです!」

 付きってくれているメアリーの囁きに、私は全く同意できなかった。

(あの子たちはみんな私をあざわらってるのよ。ひきこもりがちがいだって言ってるに違いないんだから)

 花のようにかざる令嬢たちを横目に、私はなぜか泣きたくなった。

 死ぬまで地味に静かに生きていこうと思っていたのに、どうして私がこんな場所に引っ張り出されなくてはならないのだろう。

 きんちようして顔がこわくなっているのは承知の上だ。

 その顔を恐がられるのが嫌で、ずっと外出しないでいたというのに。

(これではものいつしよじゃない!)

 ぼうになりかけていると、メアリーがやさしくなぐさめてくれた。

「お嬢様、大丈夫ですよ。メアリーがついてますからね」

 もうずっと長い間めいわくをかけ続けているのに、彼女はいつも変わらず私に接してくれる。

 そんな彼女のためにも、ここでくじけるわけにはいかない。

 ろうりようわきじんった貴族たちは、口々に何かを話していた。おうぎで口を隠し、またある者は口さがなく堂々と、次期国王は誰になるのかとうわさし合っている。

 そんな彼らの───私に気付いた時の目。

 あわれむような楽しむような、うすら笑い。

 全ては今日までひきこもっていた報いなのだろうか。だとしたら私はその視線を正面から受け止める義務がある。

 歩く廊下は永遠のように長く感じられた。

 そして入り口の数歩手前で、じよのメアリーとはなれなければいけなくなる。

 一人のたよりなさにめまいがするが、ここまで来てしまえばもうげだすことだってできないのだ。

(大丈夫。恐がられるのもけられるのも慣れてるもの。気にしなければないのと同じ。ずかしいと感じるのは、まだくだらないきようを捨てきれずにいるからだわ)

 ひきこもりの持つプライドにどれほどの価値があるだろう。

 持っていても苦しいだけなのに、私はいまだにそれを捨てきれずにいるのだ。

 きっと今の私の顔は、ひどく引きつっているに違いなかった。

 メアリーがたんせい込めてしてくれたしようも、すでにくずれているかもしれない。やはり白粉おしろいをはたいただけでは、緊張してこわった顔を隠せるはずもない。

 逃げるようにとびらへ歩き出すと、後ろから朗々たる声がひびわたった。

「何をしている。お前たちは神聖なる次期国王を決めるつどいを、サーカス見物とでもかんちがいしているのか?」

 周囲がそうぜんとする。思わず振り返ると、そこに立っていたのはスチュワートだった。

 まっすぐに背をばし、私と違って何を恥じることもなく、ただまっすぐ前だけを見てこちらに近づいてくる。

 彼の言葉に青くなった貴族たちが、そそくさと逃げていくのが見えた。

 令嬢の中には、泣いてしまったむすめまでいる。

 しかしスチュワートは、そんなものにまるで目もくれない。

(よっぽど自分に自信があるんだろうな。羨ましい……)

 彼が通り過ぎるのをぼうっと見ていたら、何を思ったのか急に立ち止まり、うでを差し出してきた。

「お前も候補の一人なら胸を張れ。中までエスコートする。手を」

 まどっていたらにらまれたので、おそるおそるその腕に手をけた。

 いつしゆん揶揄からかわれているのかもしれないと思ったが、彼は宣言した通り私をエスコートしてくれた。

 ───多分、優しさではない。けれど同情でもない。

 プライドの高い彼は、同じ王族である私がじよくされているのが見るにえなかったのだろう。

 広間に入り扉が閉まると、私はあわててスチュワートのひじにかけていた自分の手をほどいた。いつまでさわっているのだと、おこられるのが恐かったのだ。

「……私のめいなら、顔を上げていつでも誇り高くしていろ」

 それは私にはどうしようもない無理難題のように思えたが、反発する気も起きなくてだまってうなずいた。

(不器用な人。私のことが気に入らないのに、助けてくれるなんて。きっと普段から、自分を強く律しているんだろう。言葉が厳しいのもそのせいね。だからいつも、誰の前でも正々堂々と胸を張ってられるんだわ)

 まるで他人ひとごとのように、そんなことを思った。

 どうやら彼は、身分をかさに着てただり散らしているだけの人ではないらしい。

 私は心のノートに一行それを書き足して、部屋に待っていた残りの二人に目を向けた。






 結局その日の投票でも、次期国王は選出されなかった。

 投票結果は昨日と変わらず全てが白紙。

 一時的にこの〝こうけいしや会議〟の見届け人に就任したじゆう長が、今日の結果を貴族院に報告するため去っていく。

 広すぎる会議場には、昨日と同じく四人の候補者が取り残された。

「いい加減にしてもらいたいものだ」

 大きなため息をき、そう言い放ったのは意外なことにアーヴィンだった。

 今までこれといって何も発言してこなかった彼の言葉に、自然と視線が集まる。

「私には団の団長としての職務がある。いつまでもこんな会議に出席するのは本意じゃない」

「じゃあどうするっていうんだ? お前が会議から辞退すれば結果が出るのが早まるぞ」

 シアンがちやすように言う。

殿でんこそ、次期国王に相応ふさわしいとは言いがたい言動はつつしまれよ」

 アーヴィンの言葉に、私はおどろいてしまった。物静かな彼が、こんな好戦的な返し方をするなんて思いもしなかったのだ。

「なんだと!?」

 案の定、シアンはいきり立って席を立つ。

「やめないか二人とも!」

 そこに割って入ったスチュワートに、アーヴィンとシアンの視線が集中した。

(あれ?)

 その時、私はみようかんを覚えた。

 一見ただの不毛な言い争いのように見えて、何かがちがうように思えたのだ。

 シアンはいつも通り好戦的な様子だが、アーヴィンの視線にはけんを売っているのとはまた違う、スチュワートをためしているような色が見えた気がしたのだ。

 そこにどんな意味があるかなんて、その時の私にはちっとも分からなかったのだけれど。

「───失礼する」

 そう言って、無責任にもアーヴィンは会議場を出て行ってしまった。

 ふんまんやるかたないシアンと不本意そうなスチュワート。それに二人から離れてほうけていた私が取り残される。

「はっ、なら自分なら国王に相応しいとでも言うつもりかよ」

「アーヴィンに対する暴言は慎んでもらおうか。彼はほこり高い騎士だぞ」

 めんどうなことになった。今度は二人が言い争いを始めそうなふんだ。

(部屋を出て行く? でもいくらなんでもそれは無責任かも……。次期国王選出のためには、候補者ともっと話を……でも、でもそんなこと本当に私にできるの!?)

 もう十年以上、堂々とひきこもってきた私だ。

 正直家族や使用人以外のだれかと同じ部屋にいるだけで、緊張して呼吸が浅くなってくる。

 それでも今ここでん張らなければ、きお祖父じい様の意に添うことはできない。

 私は勇気を出して、一歩だけ足を前に踏み出した。

「お……お二人はどうしてそんなに不仲なのですか? 貴族にふうじられたとはいえ、お二人とも国王の血を引く王族ではありませんか」

 体は終始ふるえていたが、言いたいことを最後まで言えたのだから私としては上出来だ。

 するとシアンが私の言葉を鼻で笑い、あざけるような口調をかくしもせずに言った。

「王族同士は仲良しこよしすべきだと? 流石さすがに人生のほとんどをしきこもっていた箱入りは言うことが違うな!」

 ぐさりと、彼の言葉が自分の胸にさったのが分かった。

 本当のことで、自分でも十分後ろめたく思っていることを、改めてつまびらかにされるとこんなにも居たたまれなくなるのはどうしてなんだろう。

「ロード・モラン。レディに向かってな口をくな。たとえそれが真実であろうと、公式の場では言っていいことと悪いことがあるぞ」

(スチュワート……それってフォローになってないです)

 ざくざくと切り刻まれた心臓をおさえていると、再びシアンのほこさきはスチュワートへと向かった。

「レディか。流石このひきこもりひめきゆうこんしただけのことはあるな。サー・スチュワート」

 シアンはわざわざ、スチュワートをからかう呼び方をした。名前にサーをつけるのは王子に対する正式なそんしようではあるが、彼はすでにマクニールこうしやくに封じられているので本当はデューク・マクニールと呼びかけるのが正しい。

 立派な大人であるスチュワートに対してそうするのは、〝まだまだ子供〟とでも言っているようなものだ。

(いえ待って、今はそれよりも)

「ほう。ということは貴殿も同類ということだな。おい殿どの?」

 けつえん的に、前国王の息子むすこであるスチュワートはシアンの叔父おじということになる。たとえねんれいはシアンの方が上であっても。

 甥御殿と呼ばれたシアンは顔を真っ赤にした。

 正直、こんなに表情が読みやすい人がチェスの名手だなんて信じられない。

(じゃなくて!)

「求婚とは、どういうことですか?」

 ぼうぜんとしてそう問いかけると、二人が同時にこちらをり向いた。それもぜんとした表情で。

「知らない……のか?」

鹿な!」

 言い争っていた二人が仲良く目を見開いている。

 どうやら私の発言は、それほどまでのしようげきを二人にあたえたようだった。

 けれどおそらく、二人よりもよっぽど私の方が驚いている自信がある。

「ええと……まさか、ええと、うそですわよね?」

 小首をかしげてみたが、部屋の空気はじようだんからほど遠いと分かっていた。なにせ二人とも、さっきから身動きもできず固まったままだ。

「求婚というのはその……プロ、プロ……」

 その言葉を口に出すには、ひどく勇気が必要だった。

 しかしその勇気をしぼり出す前に、スチュワートが冷たいこわで言った。

「ファネル公爵家には、前々から君とのけつこんを申し入れてある」

「俺もだ」

 馬鹿らしくなったのか、シアンがおのれの頭をきむしっていた。

「そんなのおかしいですわ。だってお二人とも、わたくしと会ったこともないのに!」

「会ったこともない相手に求婚するのはおかしいって? 貴族にはつうのことだろう。ましてやお前は、現在のところてきれいで最も高位なひめぎみだ。いくらひきこもりだろうともな!」

 ずいぶんなロマンチストだと、シアンは八つ当たりのように私をちようしようした。

「やめろ。かいだ」

 自らの信条に反すると感じたのか、スチュワートがかばうように私とシアンの間に入る。

 しかしそんな彼も、どこか気まずそうに私を見ているのが居たたまれなかった。

「やめだやめだ! いつまでここにいても不快な思いをするだけ。俺は失礼する」

 そう言って、どしどしと足音をひびかせてシアンが出て行った。

 スチュワートと二人で取り残されて、気まずさは倍増する。

 シアンの背中を目で追っていたスチュワートは、静けさの中私をいちべつして言った。

「───その様子だと、君は知らなかったらしいな」

 うなずくのがせいいつぱいだった。

 私はスチュワートからどんな激しいいやみが飛んでくるかときようしたが、予想外なことに彼はそのままふらふらと部屋の外に出て行ったのだった。






「お父様お母様!」

 メアリーの手も借りず、むしろ彼女を置き去りにする勢いで屋敷の中にけ込んだ。

 使用人たちの驚いた顔が多数向けられるが、今はそれどころではない。

「フラン?」

「どうしたんだい。そんなにあわてて」

 両親は居間でそろってお茶を飲んでいた。

 貴族のふうは朝食時しか揃わない冷めきった夫婦が多い中で、私の両親は鴛鴦おしどり夫婦として知られている。

 私ははあはあと上がった息を整えた。

「……マクニール公スチュワート様と、モランこうシアン様から結婚の申し込みがあったというのは、本当なのですか?」

 真実でなければいいと願いながら、しかし見上げた父親の顔は私の質問をこうていしていた。

「彼等がそう言ったのかい?」

「……本当なのですね」

 父と私の会話は、嚙み合ってはいなかった。

 生まれた時から何度もき合わせている両親の顔だ。

 父の顔には分かりやすく、「まずいことになった」とそう書かれていた。

「と、とにかく落ち着いて。フランもいつしよにお茶を飲みましょうよ」

 母が取り成そうとするが、私はそれどころではない。

 うつむくと、かたがふるふると震えだした。私の中には様々な感情がせめぎ合っている。

「どうして、お断りなどしたのですか! どちらも王族。お断りすれば角が立つこともあったでしょうっ」

(ああ、これでは八つ当たりだわ)

 言いながら、己の言葉のじんさは誰よりも自分でよく分かっていた。

「ええと、フランは二人のどちらかと結婚したかったのかい?」

 私と似た容姿を持つ父が、困った顔で首をかしげる。

「そうじゃありませんわ! でも、貴族が政略結婚をするなんて当たり前のこと。それぐらいのかくはとうにできています。なのにどうして……わたくしのような面倒なむすめ、さっさと追い出してくださらなかったのですかっ」

 私がいきどおっているのは、つまるところそのことに対してだった。

 十八歳。早い者では十歳を前に結婚が決まるリンドール王国において、貴族としてどころか国内全土をわたしても十分き遅れと言って差しつかえない年齢だ。

 そんな私に結婚の話が一度もないのは、ひきこもりで悪いうわさが立っているのと、夜会に出席せず顔が知られていないからだと本気で思っていた。

 だというのに、本当は両親がえんだんを断っていたなんて。

 両親が腹立たしいんじゃない。

 彼らにそうさせた、自分自身がにくいのだ。

「───めんどうな娘などではないわ。私たちの大切な娘。その娘を手元に置いておきたいという、これは私たちのわがままなのよ」

 母が手を取り、やさしく語りけてくる。

 なぐさめるための言葉だということぐらい、私にだって分かることだ。

「ごめんなさい……ちゃんとできなくてっ。まんできるような娘じゃなくて!」

 私は縁談が来ないのをいいことに、両親に甘えてずっとひきこもっていた。

 縁談が来るまではと自分に言い訳して、十八という立派に成人しているはずの年齢まで、外に出ることなく義務も果たさずのうのうと生きてきたのだ。

 そんな自分が、情けない。

「何を言っているんだフラン」

 父の優しいうでに、そっときしめられる。

「お前は私たちの大切な娘だ。そう簡単に他家に取られてなるものか」

 私にはもったいないような、優しい両親だ。

 二人とも貴族の常識からは外れているかもしれないけれど、心から尊敬できる人たちだと思っている。

「それで、どうして急にそんなことを言い出したんだい? 我が娘よ」

 父の優しい問いかけに、私はおずおずと今日の会議でのことを話した。

 もちろん二人に心配はかけたくなかったので、ひどいことを言われたりしたことについてはせている。

 すすめられるままソファにこしを落ち着けると、思った以上に自分が疲れていることに気が付いた。綿のまったやわらかなクッションにそのまましずみ込んでしまいそうだ。

 使用人がれた熱いお茶を飲むと、ようやくほっと一息つくことができた。

「ははあ、モラン侯はまだしも、マクニール公には困ったものだな」

「どういうことですか?」

 先にきゆうこんの話を持ち出したのはモラン侯シアンの方だ。なのになぜ、父はマクニール公スチュワートの方を困ったものだなどと言うのだろう。

「どういうこともなにも、お前がひきこもったのはスチュワートのせいじゃないか」

 母親はちがえど、スチュワートは父にとっては年のはなれた弟ということになる。

 気軽に呼び捨てにするのは分かるが、その言葉の意味がとつには理解できなかった。

「え?」

「お前が五歳の時だったか。我が家で開いたお茶会でね、あの子がお前にその……『変な顔』と言ったものだから……」

「それ以来あなたは、外に出るのがいやだと言うようになってしまって……」

「えぇ!?」

 確かに、お茶会に来ていた男の子に、『変な顔』と言われたのがひきこもりの原因だと、私自身もおくしている。とてもれいな顔をした女の子のような男の子で、お茶会に来ていた子はだれもが彼と話したがった。

 その男の子に『変な顔』と言われたことで、幼心に大きなショックを受け、結果としてひきこもるようになってしまったのだ。

 ほかにも要因は色々あった気もするが、きっかけと言われればその言葉だった気がする。

 さいな原因だとあきれられるかもしれないが、当時の私にはそれぐらいショックな出来事だったのだ。

 スチュワートは当時、八歳ぐらいだろう。そんな子供のたわごとを真に受けて、私は今日の今日まで家の外を嫌がってきたのだ。

 だが、まさかそれがスチュワートだなんて思いもしなかった。

 深く傷ついたであろう当時の自分が可哀かわいそうではあるが、十八歳の私はそれを言った相手すらまともに覚えていないのだ。

 今までひきこもってきたことが、なんだかひどく鹿鹿しく思えた。

「では、スチュワート様はそのことに責任を感じて───?」

「どうだろうな。何度も構わないと言っているのだが、フランをよめにと聞かないんだ。縁談なら選び放題だろうにな」

がたい方ですね。そんな子供のたわごとに、いつまでも責任を感じる必要なんてありませんのに」

 いや、スチュワートが今の今まで責任を感じ続けたのは、その言葉を真に受けて家にこもった私のせいだと分かっている。

 そう考えると彼も私の身勝手でめいわくをかけた一人かもしれないと、たんに罪悪感で胸が痛くなった。

(改めて、もうお気になさらないでくださいと伝えられたらいいのだけれど)

「そうだね。お前の口からはっきり、その必要はないと言ってあげるといい」

 父がにっこりとみをかべて言う。

 そのひとみになぜか油断ならない光を見た気がしたが、おだやかな性格の父だ。きっと気のせいに違いない。





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