第一章 バラバラの後継者たち_1
通された部屋には、既に私以外の全員が
『お
体はがくがく震えているし、正直顔を上げるのすら
それでもこれが、お祖父様の遺言なのだ。
ご存命の間
その気持ちだけが、私をその場に立たせていた。
それでもなんとか足を進め、先に待っていた三人の前に立つ。
「お初にお目にかかります。ファネル公エリオットが娘、フランチェスカ・ファネルと申します」
顔を上げると、そこにはまだ若い男性が三人。
ひきこもっていたので面識はないが、
向かって右から、マクニール公スチュワート。二十一歳。
お祖父様の末子で、私から見ると
幼い
祖父が子を
しかし彼の顔には、高位貴族特有の選民意識のようなものが感じられた。周りにいる人間を、
次。三人の真ん中にいるのが、モラン
若くして
リンドールでは
隈を
皮肉屋で、スチュワートとはそりが合わずいつもいがみ合っていると聞いた。
彼はチェスの名手だと聞いているので、機会があればいつか対局してみたい。
最後が、ラックウェル
お祖父様の
他の二人がどこか不満げな表情を浮かべているのに対し、彼だけが考えの読めない無表情を保っている。
以上が、お父様が事前に教えてくれた彼らのプロフィール。
必死に頭に
(
私に
なのに体勢を正した
「候補に女を選出なさるなど、陛下は一体何をお考えなんだ!」
いきなり
次期国王候補に女がいることで、よく思わない人間もいるだろうとは思っていた。けれど、予想できたからといって平気である
スチュワートの
「そんなこともう
まるでスチュワートを
「何か言ったか? モラン
どうやら、この二人の仲が悪いというのは本当らしい。
スチュワートの意識がシアンに移ったことで、私はひっそりと
「別に。ただ、王子らしからぬ
「なんだと!?」
元々母親の身分が高い末っ子と、異国生まれの母と第一王子の
しかし私に対して挨拶を返さないというのは、いささか礼を失している気がしないでもないが。
(まあ、返してくれなくて全然いいのだけれど。むしろ私のことはそのまま忘れていてください)
二人の意識が
これが世に言う壁の花というやつか。自分を花に
壁に寄り
存在を無視されたことは
そして私はと言えば、論外。よりにもよってこんなひきこもりが、リンドール初の女王になれるとは思わないしなりたくもない。
私がこの場にいるのは、お祖父様のご
どうして私を女王候補に選出したのか。そこにどんな意味があるのか。
そのために、なんとか家を出てここまでやってきた。
「それにしても、一体この四人の中からどうやって次期国王を選ぶというんだ」
するとまるでその言葉に呼応したかのように、先ほど入ってきた
「方法に関しましても、陛下からご指示を頂いております」
「投票でもするつもりか?」
シアンが皮肉っぽく言うと、侍従長は彼をちらりと一目見て、こくりと
「左様にございます。投票にてお決めになるように、と……」
「投票だと? それは貴族全員が対象か? それとも王族の? まさか全ての国民などと言うつもりではないだろうな?」
スチュワートが不可解そうに口を
(国民全員というのは
それぞれ
しかし老人の答えは、スチュワートが挙げた三つの内のどれでもなかった。
「いいえ。投票に参加なさるのは、あなた方四人のみでございます。投票用紙をお配りしますので、推薦する候補者の名前を書いて投票をして頂き、三票以上を
流れるような侍従長の説明に、私たちは啞然とした。
(だってそんな方法、
自分で自分に投票したとしても、必要な票は三票。四人の内、他二名の同意が必要ということになる。
今までの成り行きから見て、おそらくスチュワートとシアンによる票の
私は
投票という
私が不安に思っていると、マリオは
「更に、自分で自分に投票なさるのは禁止でございます」
「なんだと!」
「なんですって!?」
(つまり、自分以外の三人を
それは貴族全員や王族による投票よりも、
考えれば考えるほど、お
もし決めるのが国王という大役でなかったら、話し合いでどうにかなったかもしれない。
しかし国王というのは
それをたった四人の、それもまだ若い貴族に話し合いで決めさせるなんて、はっきりいって無謀と言ってよかった。
そんな
「本当に、お祖父様のご遺言なのですか? この方法はあまりにも……」
小声でぼそぼそと口にすると、マリオはわずかに同情するような目で私を見て言った。
「本当でございます
するとマリオは、私たちにそれぞれ小さく切った紙を配り歩いた。
「こちらは
つまり
紙を複製しようにも、同じものを手に入れるのには往復で最低二年はかかってしまう。おそらく紙の中に
私は
今日会った三人の印象からでは、誰が王に相応しいかなんて判断がつかない。
それに四人という人数では、たとえ無記名で投票しようとも誰が誰に入れたかすぐに見当がついてしまうだろう。
それだけで投票しなかった人間から
(どうせ一回では決まる
私は
他の三人も
一体どういう結果が出るのか、知りたいような知りたくないような気持ちだった。
部屋中に
空気がピンと張り
「それでは、開票いたします」
全員が投票したのを確かめ、マリオが投票箱を開けた。
結果は───
ある意味
しかしマリオは特に
(そんな! 置いていかないでマリオ!)
私もすぐに部屋を出たかったが、まだ緊張感の
すると先に我に返ったスチュワートが、立ち上がりテーブルを
バシリと
「こんな
スチュワートが
当然とはいえ、その
自分が怒られているわけじゃなくても、他人の
それも彼は、今日会ったばかりの相手。
その行動パターンが読めないことが、なおさら私を落ち着かない気持ちにさせた。
しかし彼は間もなく、
この場に残っている者たちに
とにかく彼が部屋を出たことで、どうしようもなかった体の震えも少しだけましになった。
恐らくスチュワートは、自分が
しかし結果は白紙。何一つ決まらず、今後の見通しすら立たない結果だ。
私は
(とにかく、候補者についてもっとよく知らなくちゃ。お祖父様が選んだ人たちだもの。きっとこの中に
ちろりと、私は近くにいるシアンとアーヴィンを
「
姿勢を正したアーヴィンが、折り目正しくそう言って部屋を出て行く。
もしかしたら、彼の声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。
(こうなったら、しばらく待って最後に部屋を出よう。下手に
これ幸いと最後まで居残りを決め込んでいたら、
「おい、お前」
「ひっ」
引きつった
それに反応したのか、シアンがぎろりと私を
思わずその場を逃げ出したくなるけれど、足はまだ動きそうにない。大体こんな重いドレスでは、走って逃げることなんてできるはずもないのだ。
「
眼鏡の奥の
どうやら誰に対しても、彼はそういう
彼自身は王孫で決して低い身分ではないのだが、母が異国人ということで王族の中でも毛色が違っている。
(今まで、苦労することも多かったのかもしれない)
悪い人ではないはずだと言い聞かせて、どうにか言葉を
「あ、あの……」
勇気をもって、話しかけた。いや話しかけようとした。
しかし何か言う前に、シアンがずんずんと近づいてきた。ただでさえ近かった
(なに!? なんなの!?)
そのまま後ずさったら、結局
ダンッ!
私の背中が
「ひっ」
「公爵令嬢だかなんだか知らないが……」
眼鏡をはずしたシアンに、間近にのぞき込まれる。
深い深い冬の森のような目の色。森の中にひっそりと
美しい色なのに、それ以上に恐ろしい。父親以外の男性どころか、人間に対しての
彼はそっと私の耳に顔を寄せると、それまでより一段低い声で
「適当にスチュワートに投票なんかしてみろ。絶対に許さないからな」
押し殺した声には、はっきりとした怒りが感じられた。何がそんなに彼を
ぶつけられた生々しい感情に、先ほどより強く体が震えだす。
「───分かったな」
そう念を押すと、彼は何事もなかったように部屋を去っていった。
私は言い返すこともできず、その場にへたり込む。
そして心配したメアリーが
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