第一章 バラバラの後継者たち_1




 通された部屋には、既に私以外の全員がそろっていた。

『おじようさま、ファイトですよ』

 ひかえの間で待っていてくれている、メアリーの声がよみがえる。

 体はがくがく震えているし、正直顔を上げるのすらこわい。

 それでもこれが、お祖父様の遺言なのだ。

 ご存命の間たくさんのご心配をおかけしたのだから、遺言ぐらいはまつとうして差し上げたい。

 その気持ちだけが、私をその場に立たせていた。

 そうの日以来のコルセットに、歩きづらいヒールのくつ

 それでもなんとか足を進め、先に待っていた三人の前に立つ。

「お初にお目にかかります。ファネル公エリオットが娘、フランチェスカ・ファネルと申します」

 こしかがめたお

 顔を上げると、そこにはまだ若い男性が三人。

 ひきこもっていたので面識はないが、しようぞうで既に見ていた顔とそれらがいつした。

 向かって右から、マクニール公スチュワート。二十一歳。

 お祖父様の末子で、私から見ると叔父おじに当たる。父とのねんれいずいぶんはなれているが。

 幼いころにお茶会などで会っているはずだが、いくら思い出そうとしてもできなかったのでほとんどせつしよくがなかったのだろう。

 はなやかな銀の巻き毛に、ひとみは涼やかなうすあいいろ。肖像画を見た時も思ったが、本当に絵にいたような王子様だ。

 祖父が子をした女性は数人いるが、その中でも彼の母親が最も位が高い。だからこそ選ばれたのか、それともちがう理由でこの場にいるのか、それは分からないが。

 しかし彼の顔には、高位貴族特有の選民意識のようなものが感じられた。周りにいる人間を、すべて見下すような目。私の思い込みかもしれないけど。

 次。三人の真ん中にいるのが、モランこうシアン二十五歳。

 若くしてくなられた第一王子のご子息で、私の従兄いとこということになる。

 リンドールではめずらしいのうこんかみに、ダークグリーンの目の下にはくまいていた。どこか神経質そうな印象がある。

 隈をかくすためなのか眼鏡をけていて、けんたしなむ他の二人と比べると体は少しきやしやだ。

 皮肉屋で、スチュワートとはそりが合わずいつもいがみ合っていると聞いた。

 彼はチェスの名手だと聞いているので、機会があればいつか対局してみたい。

 最後が、ラックウェルはくアーヴィン。三十歳。

 お祖父様のおいにあたり、若くして団の団長を任せられている。

 はくしやくということで他の二人より位は低いが、そのとうそつ力は折り紙付き。がっしりとした体格に、長めに垂らした髪はこげ茶色だが、光の加減によっては金にも見える不思議な色。はくに近い瞳は、りよ深そうな色をしていた。

 他の二人がどこか不満げな表情を浮かべているのに対し、彼だけが考えの読めない無表情を保っている。

 以上が、お父様が事前に教えてくれた彼らのプロフィール。

 必死に頭にたたき込んできたけれど、だからといっていきなり親しみをいだくのは無理だった。それなりのけつえん関係にあるとはいえ、全員がほぼ初対面なのだから。

あいさつはしたのだから、早くかべとお友達になりたい)

 私にみついたひきこもりこんじようが、そうするべきだとうつたえかけてくる。

 なのに体勢を正したしゆんかん、スチュワートがみ付くようにこちらに近づいてきた。

「候補に女を選出なさるなど、陛下は一体何をお考えなんだ!」

 いきなりりつけられて私の頭は真っ白になった。

 次期国王候補に女がいることで、よく思わない人間もいるだろうとは思っていた。けれど、予想できたからといって平気であるはずがない。

 スチュワートのり上がった目に、体の震えがより大きなものになる。

「そんなこともうだれにも分からないさ。誰かれ構わず嚙み付くのはめたらどうだ? こうしやく閣下」

 まるでスチュワートをあざけるかのように、〝公爵閣下〟にイントネーションを置いてシアンが言った。

「何か言ったか? モランこうしやく殿どの

 どうやら、この二人の仲が悪いというのは本当らしい。

 スチュワートの意識がシアンに移ったことで、私はひっそりとあんした。あのまま非難され続けていたら、この場に立っていることすら難しくなっていたことだろう。

「別に。ただ、王子らしからぬゆうのなさだと思ってね。この中で最も位が高いというのに、どうやら公爵は自分が選ばれる自信がないと見える」

「なんだと!?」

 ぜんとしている間に、二人は私を置き去りにして言い争いを始めてしまった。

 元々母親の身分が高い末っ子と、異国生まれの母と第一王子の息子むすこというみような立場の二人だ。

 しかし私に対して挨拶を返さないというのは、いささか礼を失している気がしないでもないが。

(まあ、返してくれなくて全然いいのだけれど。むしろ私のことはそのまま忘れていてください)

 二人の意識がれたすきに、私はいそいそとかべぎわのがれた。

 これが世に言う壁の花というやつか。自分を花にたとえるなんておこがましいにもほどがあるけど。

 壁に寄りいながら、私は静かに三人を観察した。

 存在を無視されたことはかいではないけれど、二人のように短気な人に祖父のあといでほしくはなかった。けれどずっとだまり込んでいるアーヴィンも、何を考えているのか分からなくて次期国王に相応ふさわしいかと言われると微妙なところだ。

 そして私はと言えば、論外。よりにもよってこんなひきこもりが、リンドール初の女王になれるとは思わないしなりたくもない。

 私がこの場にいるのは、お祖父様のごゆいごんの意味を知るため。

 どうして私を女王候補に選出したのか。そこにどんな意味があるのか。

 そのために、なんとか家を出てここまでやってきた。

「それにしても、一体この四人の中からどうやって次期国王を選ぶというんだ」

 いらたし気なスチュワートの言葉にはっとした。どうやらいつの間にか、口論は終わっていたらしい。


 するとまるでその言葉に呼応したかのように、先ほど入ってきたとびらからじゆう長のマリオが現れた。

「方法に関しましても、陛下からご指示を頂いております」

「投票でもするつもりか?」

 シアンが皮肉っぽく言うと、侍従長は彼をちらりと一目見て、こくりとうなずいた。

「左様にございます。投票にてお決めになるように、と……」

「投票だと? それは貴族全員が対象か? それとも王族の? まさか全ての国民などと言うつもりではないだろうな?」

 スチュワートが不可解そうに口をはさむ。

(国民全員というのは流石さすがに不可能でしょうけれど、対象を貴族にするか王族にするかで結果は変わりそうね)

 それぞれおのれの立場によって、国王にすいせんしたい相手というのは違うだろう。スチュワートとシアンの二人がかたんでマリオを見つめている。

 しかし老人の答えは、スチュワートが挙げた三つの内のどれでもなかった。

「いいえ。投票に参加なさるのは、あなた方四人のみでございます。投票用紙をお配りしますので、推薦する候補者の名前を書いて投票をして頂き、三票以上をかくとくなされた方にお仕えするようにと、陛下からはうけたまわっております」

 流れるような侍従長の説明に、私たちは啞然とした。

(だってそんな方法、ちやよ!)

 自分で自分に投票したとしても、必要な票は三票。四人の内、他二名の同意が必要ということになる。

 今までの成り行きから見て、おそらくスチュワートとシアンによる票のうばい合いになるに違いない。

 私ははなから女王になどなりたくないし、アーヴィンだってその意志ははくそうだ。

 投票というおん便びんな方法を採用しながら、その実これでは二人のいさかいを助長しているようなものだった。

 私が不安に思っていると、マリオはさらおどろくような言葉を付け加えた。

「更に、自分で自分に投票なさるのは禁止でございます」

「なんだと!」

「なんですって!?」

 ほかの三人と同様、私も驚きで思わず声が出た。

(つまり、自分以外の三人をなつとくさせなければ次期国王にはなれないということ? そんなこと絶対に不可能だわ)

 それは貴族全員や王族による投票よりも、あつとう的に危険でぼうな方法のように私には思えた。

 考えれば考えるほど、お祖父じい様が何を考えてこんな遺言をのこしたのか、分からなくなるばかりだ。

 もし決めるのが国王という大役でなかったら、話し合いでどうにかなったかもしれない。

 しかし国王というのはゆいいつ無二、並び立つ者のない絶対の立場だ。

 それをたった四人の、それもまだ若い貴族に話し合いで決めさせるなんて、はっきりいって無謀と言ってよかった。

 そんなめんどうな結論を待つぐらいなら、他の三人を殺した方が早い。そう思う候補者だって、出てきてもおかしくはないのだから。実際歴代の国王選出の際には、少なからず血なまぐさい事件が起きている。次期国王を決めるというのはそれほどまでに重大で、重要な事案なのだ。

「本当に、お祖父様のご遺言なのですか? この方法はあまりにも……」

 小声でぼそぼそと口にすると、マリオはわずかに同情するような目で私を見て言った。

「本当でございますひめ。それではみなさま、こちらを」

 するとマリオは、私たちにそれぞれ小さく切った紙を配り歩いた。

 ていねいかれた高価な紙で、せんの中に黄色い花弁のようなものが閉じ込められている。

「こちらはとくしゆな製法で作られた紙で、我が国では再現不可能。製造元である国に行くだけでも、船を使い一年以上はかかる貴重な品でございます」

 つまりぞうはできないというわけだ。

 紙を複製しようにも、同じものを手に入れるのには往復で最低二年はかかってしまう。おそらく紙の中にふくまれている黄色い花弁も、我が国ではかない花であるにちがいない。

 私はなやみに悩みぬいた末、だれの名前も書かず白紙で投票した。

 今日会った三人の印象からでは、誰が王に相応しいかなんて判断がつかない。

 それに四人という人数では、たとえ無記名で投票しようとも誰が誰に入れたかすぐに見当がついてしまうだろう。

 それだけで投票しなかった人間からうらまれたりうとまれたりすることも十分にあり得た。

(どうせ一回では決まるはずがないのだから、最初は様子を見よう)

 私はふるえる手で、何も書かれていない紙を二つ折りにし、投票箱に入れた。

 他の三人もほど悩むことなく、次々に投票していく。

 一体どういう結果が出るのか、知りたいような知りたくないような気持ちだった。

 部屋中にじゆうまんするきんちようかんが目に見えるようだ。

 空気がピンと張りめ、息をすることすらおつくうに思えるふんの重さ。

「それでは、開票いたします」

 全員が投票したのを確かめ、マリオが投票箱を開けた。

 結果は───すべて白紙。

 ある意味とうな結果に、部屋の中にはなんとも言えない空気が流れる。

 しかしマリオは特にらくたんするでもなく、何でもない顔で明日から毎日同じ時間に投票を行うと告げると、さっさと部屋を出て行ってしまった。

(そんな! 置いていかないでマリオ!)

 私もすぐに部屋を出たかったが、まだ緊張感のいんが残っていて体が上手うまく動かない。

 すると先に我に返ったスチュワートが、立ち上がりテーブルをたたいた。

 バシリとかわいた音があたりにひびわたる。

「こんな鹿なことがあってたまるか!」

 スチュワートがおこるのは当然だ。

 当然とはいえ、そのいかりをぶつけるべき相手はすでにこの世にはいない。

 げそこなった私はびくびくと、に座ったままで震えた。

 自分が怒られているわけじゃなくても、他人のというものはただそれだけでおそろしいものだ。

 それも彼は、今日会ったばかりの相手。

 その行動パターンが読めないことが、なおさら私を落ち着かない気持ちにさせた。

 しかし彼は間もなく、かたを怒らせて部屋を出て行ってしまう。

 この場に残っている者たちにりつけても、だと感じたのだろう。彼の高いきようが、八つ当たりなどというこうを許せなかったに違いない。

 とにかく彼が部屋を出たことで、どうしようもなかった体の震えも少しだけましになった。

 恐らくスチュワートは、自分がちがいなく次の王になると確信していたに違いない。私も自分がこんな立場でなければ、唯一前王の息子むすこであるスチュワートが次の王になると予想しただろう。

 しかし結果は白紙。何一つ決まらず、今後の見通しすら立たない結果だ。

 私はほうもないきよかんを感じながらも、必死でこれからどうするべきなのか考えをめぐらせた。

(とにかく、候補者についてもっとよく知らなくちゃ。お祖父様が選んだ人たちだもの。きっとこの中に相応ふさわしい人がいるはず───よね?)

 ちろりと、私は近くにいるシアンとアーヴィンをぬすみ見た。

団の訓練があるので、私もこれで失礼する」

 姿勢を正したアーヴィンが、折り目正しくそう言って部屋を出て行く。

 もしかしたら、彼の声を聞いたのはこれが初めてかもしれない。

 呆気あつけに取られている間に、部屋に残されたのはシアンと私の二人だけになった。

(こうなったら、しばらく待って最後に部屋を出よう。下手にろういつしよになったら大変だし……)

 これ幸いと最後まで居残りを決め込んでいたら、とつぜん声をけられた。

「おい、お前」

「ひっ」

 引きつったのどから、短い悲鳴がれる。

 それに反応したのか、シアンがぎろりと私をにらんだ。

 思わずその場を逃げ出したくなるけれど、足はまだ動きそうにない。大体こんな重いドレスでは、走って逃げることなんてできるはずもないのだ。

こうしやくれいじよう様は、俺などとはお話しにならないと?」

 眼鏡の奥のひとみゆがめて、シアンが皮肉気に言った。

 どうやら誰に対しても、彼はそういうしやべり方をするらしい。スチュワートと特別仲が悪いというよりは、敵を作りやすい性格なのかもしれない。

 彼自身は王孫で決して低い身分ではないのだが、母が異国人ということで王族の中でも毛色が違っている。

(今まで、苦労することも多かったのかもしれない)

 悪い人ではないはずだと言い聞かせて、どうにか言葉をしぼり出してみる。

「あ、あの……」

 勇気をもって、話しかけた。いや話しかけようとした。

 しかし何か言う前に、シアンがずんずんと近づいてきた。ただでさえ近かったきよが一気に詰められ、驚いて立ち上がる。

(なに!? なんなの!?)

 そのまま後ずさったら、結局かべぎわまで追い詰められてしまった。

 ダンッ!

 私の背中がかべにぶつかるのと同時に、シアンが壁を叩いた。

「ひっ」

「公爵令嬢だかなんだか知らないが……」

 眼鏡をはずしたシアンに、間近にのぞき込まれる。

 深い深い冬の森のような目の色。森の中にひっそりとねむる湖のような。

 美しい色なのに、それ以上に恐ろしい。父親以外の男性どころか、人間に対してのめんえきがないのだ。それなのにこの仕打ちはかい力が強すぎた。

 彼はそっと私の耳に顔を寄せると、それまでより一段低い声でささやいた。

「適当にスチュワートに投票なんかしてみろ。絶対に許さないからな」

 押し殺した声には、はっきりとした怒りが感じられた。何がそんなに彼をいきどおらせているのだろう。

 ぶつけられた生々しい感情に、先ほどより強く体が震えだす。

「───分かったな」

 そう念を押すと、彼は何事もなかったように部屋を去っていった。

 私は言い返すこともできず、その場にへたり込む。

 そして心配したメアリーがむかえにくるまで、その場で震えていることしかできなかったのだった。




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