ヒマワリの彼女へ

金木星花

ある夏の日のことでした

 それは、今日のようによく晴れた夏の日のことでした。


 ある女子高生が、交通事故に巻き込まれ死んでしまったのです。

 別に、珍しいことではありません。交通事故で亡くなるケースなんて、今の日本じゃ、しょっちゅうあるじゃないですか。

 それに今だって、皆さんの周りには見えないだけで、死というのは実はすぐ近くに潜んでいます。

 そうです。人が死ぬというのは、特別なことではないのです。命あるもの、皆等しくやってくる。

 それでも、やっぱり誰にだって死んでほしくない人の一人や二人はいるでしょう。

 彼にとって、彼女の死はそういうものでした。


 それでは、これから彼の思い出の中を覗いてみましょう。



 *



「あおい、今度の祭り、いつもみてぇーにみんなで行こうぜ」

 みんな、というのは「マイ」「テツ」「ちぃ」「ミカ」、そして俺と「アオイ」の6人組のことだ。

 あおいの本名は「向日葵こうひあおい」。夏の日に生まれたので、ヒマワリのように明るく育って欲しい。そういう思いがこもっている名前だと自慢している。

 そんなあおいは、俺と幼馴染。物心ついたときには、既に隣にいたのがあおいだった。

 あおいは、よく笑っていた。よく泣いてもいた。怒ってもいた。それでもやっぱり、いつも笑ってた気がする。あおいの笑顔は、その名前の通り、明るくてヒマワリのような笑顔だった。


 俺は、その笑顔を見るのが大好きだった。


 そんなあおいの反応を待っていると……。

「ごめん、今年はいけない」

「え? なんで?」

 予想外の答えに、俺はびっくりする。

「おばあちゃんのお墓参り、行こうと思ってて……」

 そうだ。忘れていた。あおいのおばあちゃんは、ちょうど一年前の夏に亡くなったばかりだ。それはさすがに、無理やり祭りに行かせられない。

「そっか。じゃ、また今度どっかいこーな! おばあちゃんによろしく伝えといてくれよ」

「……ありがと!」

 優しく微笑んだあおいは、俺の心を温かくしてくれた。


 そんなこんなで、迎えた夏祭り。やっぱり、あおいがいないと寂しいかんじがした。

「あおいがいなきゃ、やっぱりしまんないねぇ」

 とミカ。他のメンツもうんうん、と頷く。

「じゃあじゃあ、あーちゃんにお土産買わない? 別にここで買うとかじゃなくて、単なるプレゼントとしてお店で買おうよ!」

 と提案したのは、ちぃ。

 みんなが賛成した。


 いつもより、ちょっと早めに祭りにお別れを告げ、みんなでチャリに乗って近くのショッピングセンターに行った。

 こういうのって、なんか青春ぽくて好きだ。この場にあおいがいないのが、やっぱり寂しくなる。

 ……いや、あおいが恋しかった。


 ショッピングセンターの雑貨屋さんを、みんなで周る。

「っつても、あいつ何が欲しいのかねぇ」

 とテツ。

「ヒマワリの物を、あげるのはどう?」

 と俺が提案してみる。

 みんなが同時に頷いた。


 ヒマワリグッズをそれぞれ探し、時間になったら見せ合って、その中で1番良いものをみんなで買うことにした。

 俺は、なんとなくぶらぶら歩き回る。


 すると、背後にあおいの気配がした。まさか、と思って振り返ったが……誰もいない。あるのは、電気屋さんの新型のテレビだけだ。

 なんとなく、テレビの画面を見てみる。ニュースを流しているようだ。

「続いてのニュースです。……今日、午後三時頃に、大型バスが歩道に侵入し、女子高生が一人死亡する事故が起きました」

 画面が、現場の様子に切り替わる。

「死亡したのは、東京都に住む向日葵さん」


 ……あおい?


 あおい? まさか、そんな……。


 嘘だろ?



 待て、誰だ。誰だよ、こんなデタラメを流したのはっ!!


 あおいは、おばあちゃんのお墓参りに行ったんだ。交通事故なんて……。



 アナウンサーは淡々と続ける。


「向日さんは、お墓参りに行く途中、国道脇の歩道を歩いていたところ、居眠り運転の大型バスに巻き込まれ、その後病院に搬送されましたが、午後六時頃に死亡が確認されました」


 うそだ。うそだ、うそだうそだうそだ。うそだ。


 うそだ……。


「こんなの嘘だろぉぉぉぉ!!!!」





 


 人間は、いつか死ぬ。

 そんなのこと、わかってるつもりだった。

 けれど、こんなにも大切な人がいなくなると、それとこれとは別だ。死ぬことはわかっていても、それを自分の魂が受け入れてくれない。


 こんな言い方をしたら、ちょっとおかしい人のように聞こえるかもしれないけど……俺の魂は明らかにあおいの魂を欲している。


 ずっと一緒にいれると信じていた。だから、失ったものはずっとずっと大きかった。


 ただ、死にたかった。


 たかが、異性の幼馴染が死んだだけで大袈裟だ。……ほとんどの人がそう思うだろう。けれど、俺にとっては、そのくらい大きな出来事なのだ。

 あおい。

 俺は、ずっと君が好きだった。いや、今でも好きだ。

 どうしたら、前のように笑ってくれる?

 遺影の中の君は確かに笑っているけど、そういうことを言いたいんじゃない。

 俺と話しているときの笑顔は、一体どこにいったんだよ。

 なぁ、教えてくれよ。

 なぁ……、見せてくれよ。


 お願いだからさぁ……。



 あおいに借りっぱなしの本があるのを口実に、あおいの家に行った。もしかしたら、と思ったのだ。

 だって、ほら。小説とか漫画とか映画とか……大切な人が死んでしまったら、その人の幽霊と会えているじゃないか。

 だから、きっと。

 現実でも会えるんじゃないか?

 なにか、会うヒントがあるんじゃないか?


 そう期待して行ってみた。


 しかし、何も起こらなかった。

 遺影の中のあおいが動き出すこともなければ、物音がするわけでもない。気配もない。なにかメッセージが残ってるとか、そういうのもない。


 何もない。


 何を浮かれていたんだろう。わかっていたはずだ。幽霊なんていないと。死んだ人はもう二度と生き返らないと。


 それでも、やっぱりこうしてすがりつくのは……どうしてもあおいに会いたいからだ。

 会って、「ずっと好きだ」と伝えたいからだ。



 帰るときに、ふと庭に目を止めた。一輪のヒマワリが咲いている。

 今日はよく晴れている。

 まるで、あの事故の起きた日のように。太陽に照らされて、ヒマワリは笑っている。

 もし、生まれ変わりがあるとすれば……あおいは、ヒマワリになって生き返ってるかもしれない。


「あおい……」

 そのヒマワリの花びらにゆっくりと、手を触れた。






 *



 彼の手が、そっと私の体に触れました。彼の思いが、その手からよく伝わってきます。


 私はヒマワリです。

 向日葵さんの庭に咲く、一輪のヒマワリ。

 彼女の死は、私もショックでした。

 けれど、私は神様とか妖精とか……そういうものではなく、ただの植物に過ぎないですから、彼女の声を聞くことなどできません。私も、彼と同じように、何もできないのです。

 人が皆等しく死ぬように、私も生き物なのでいつかは死にます。それも、人間よりずっとずっと短い人生です。

 悔いのないように生きる。

 これが、今の私たちにできることではないのでしょうか?


 私はあと一週間もすれば枯れて死ぬでしょう。彼女がいなくなった今、水をあげるのは彼くらいしかいませんしね。

 けれど、子孫に思いをつなぐことはできます。今を一生懸命生きることもできます。

 どうせ死ぬ運命にあるのなら、生きることに命をかけるべきなのでは? 私のこの思い、どうか彼に届きますように。


 おや、彼の手がゆっくり離れていきます。なにかを決心したかのような表情です。彼は、走ってどこかへ行ってしまいました。けれど、迷いのない走りでした。……これなら、大丈夫そうですね。


 さて、陽も傾いてきたことですし、私もそろそろ寝るとします。


 お付き合い頂き、ありがとうございました。

 彼のことを、よろしくね……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒマワリの彼女へ 金木星花 @kaneki-hoshika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ