キスをしよう/Softy Pity

行方かなた

キスをしよう/Softy Pity

 札幌では珍しく、じっとしているだけでも汗が滲んでくるような一日でした。

 帰り支度をしていると、頬を少し赤らめた結衣さんが珍しく提案してきます。


「春香さん、今日は少し遠回りして帰りませんか」


 どうしたのかと話を聞いてみると、どうやら京都で有名な和菓子屋さん(抹茶パフェが有名らしい)の出張販売が近くで行われているようでした。私も結衣さんも甘いものには目がありませんでしたし、うだるような暑さの中、6時間にもわたる拷問を耐え抜いた私たちには相応のご褒美があってしかるべきではないでしょうか。


「それはいいですね。行きましょう」


 二つ返事で答えると、結衣さんは「ふふっ、やったあ」と声を上げて喜びます。結衣さんの笑っている顔を見ていると、ついついつられて笑顔になってしまいます。私たちは駐輪場へ向かい、駅とは逆方向に自転車を漕ぎ始めました。

 ――


 ――

「ごめんなさい。ごめんなさい」


 あたしは春香さんに謝ります。「仕方ないですよ。また今度来ましょうね」と言いつつ春香さんは道を引き返し始めようとしています。件の抹茶パフェ屋さんは、そのあまりの人気っぷりに商品が売り切れてしまっていたのです。ああ、なんてツイていないんでしょう。せっかく春香さんと一緒に甘いものが食べられると思ったのに!


 あたしがあまりにもしょんぼりしていたからでしょうか。春香さんは駅までの道すがら偶然通りがかった公園でひと休みしていこうと言い出しました。


 名前も知らない公園でふたり、ペンキの剥がれかけたベンチに座りとりとめのない話をしました。これが時間を忘れてしまうほど楽しいのです。陽の傾きを感じ始めたころ、春香さんはおすすめの曲だと言ってイヤホンを片方渡してきました。自ずと私たちの肩は触れ合います。スマートフォンの画面を見ると「Softy Pity」と表示されていました。春香さんがハマっているアーティストです。


次の公園で ベンチに座ったら

そっと目を閉じて キスをしよう


 アコースティックギターの優しい音色と透明感のある女性の歌声が私の耳に届きます。リズミカルに跳ねるようなストロークは聴いていて心地よいものでした。このまま聴いていたかったのですが、残念ながら1番を歌い切ったところで春香さんは曲を止めてしまいました。


「いい歌でしょ?」


 そうですね。と答えたあたしの頬が熱を帯びていたように感じたのはきっと自転車を漕いで体が火照っていたからに違いありません。

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