第3話

 レヴィンの顔は、名のある芸術家が作った彫刻のように整っていた。高い鼻梁びりょうにすっきりした顎のライン、唇は薄過ぎず厚過ぎずちょうどいい。赤い瞳は優しく煌めき、唇にはいつも笑みをたたえている。

 整えられた黒髪は艶があって柔らかそうだし、時々髪を搔き上げる仕草も様になっている。そんな彼はとても素敵だと、彼女は思う。


「どうしたの、リア。僕の顔に何かついてる?」


 セルリアは慌てた。いけない! ついジロジロ見てしまった。見惚みとれていたと正直に言えば、笑って許してくれるかしら?


「えっと……その……レヴィンがあまりにも綺麗でカッコよくて。つい目が引き寄せられてしまったの」


 まともに顔を見られるのは恥ずかしいので、少しうつむく。彼は、こんな賛辞には慣れているだろうけれど。

 顔を上げると、意外にも真剣な赤い瞳と目が合った。レヴィンは口を開くと、思いがけない事を言い出した。


「ねえ、リア。綺麗というのは、男にとってはあまり褒め言葉にならないんだ。それに綺麗なのは、明らかに君の方だよ?」


 照れて顔が熱くなるのがわかる。

 たとえお世辞だとわかっていても、好きな人に綺麗だと言われたら、やっぱり嬉しい。


「あ……ありがとう」


 いつもなら、話はここで終わり。レヴィンが優しく笑って、セルリアの頭をクシャッと撫でて終わる。

 けれど今日は、勝手が違った。


「本当に、君はどんどん綺麗になっていく。目を離したら、どこかへ行ってしまいそうだ」


 真顔でそんな事を言ってくるから、彼女の心臓はドキンと大きな音を立てた。変な期待をしてしまう自分の心をごまかすため、チェスの駒を片付けようと手を伸ばす。

 彼はセルリアの手を掴むと、続けてこう言った。


「話があるんだ。リア、少しだけ外に出ようか」


 頷いたセルリアはすぐにその場を片付け、彼と二人で庭に出た。

 洗濯物と少し黄ばんだシーツが青空の下ではためいている。その間を、青い上衣を着た黒髪のレヴィンと手を繋いで歩く。

 不安が広がる。話って何だろう?

「忙しいからもう会えない」と言われてしまうのかしら?



 レヴィンは庭の大きな木の下で立ち止まると、繋いでいた手を離した。木の幹に寄りかかった彼女を囲むように手をつくと、真剣な表情で語りかける。


「リア……セルリア、聞いて欲しい。残念だけど、僕は当分ここには来られそうにないんだ」


 やっぱり……

 さすがに大人になった以上、平民の相手をする時間はないということなのだろうか。

 覚悟してはいたけれど、終わりは意外にあっけないものらしい。セルリアは思わず、銀色のまつ毛を震わせた。


「違うんだ、リア。そんな顔をしないで」


 彼の言葉で、自分が泣きそうになっていたことを知る。たった今、好きな人に「もう会えない」と言われたのだ。これくらいは許してほしいと思う。


「君に泣かれると、昔から僕はどうしていいのかわからなくなる。お願いだから泣かないで」


 これから別れを告げられるのに、笑顔でいるのは難しい。だけど好きな人の『願い』は『絶対』だ。涙をこぼさないよう一生懸命歯をくいしばった彼女は、赤い瞳を見返した。


「リア、ごめんね。ずっと君の側にいると言ったのに……。僕は明日、王都を離れる。王立の士官学校に行くんだ。早くても三年は戻って来られない」


 レヴィンがつらそうに言う。


「貴族なのに、なぜわざわざ軍人になろうとするの?」


 不思議に思った。代々軍人の家系ならいざ知らず、今まで士官になりたいと彼の口から聞いたことはなかったから。


「父の方針だ。一人息子でも関係ないらしい。父は若い頃軍隊にいた。でも足を負傷して退役し、当時の恋人とも別れたそうだ。きっと破れた夢を、息子の僕に叶えさせたいんだろうね」

「そんな!」

「それにね、自らを鍛えるには士官学校くらいが丁度いい。甘やかされた貴族の息子にはうってつけだ」


 レヴィンはそう言うと、自嘲気味に笑った。

 セルリアには彼が甘やかされているとは到底思えなかった。彼は貴族でも、平民と分け隔てなく接する。細かな所にも気がつく優しい人だ。

 むしろ優し過ぎる性格が気にかかる。荒々しい士官の道を選んで、果たして無事にやっていけるのだろうか?


「大丈夫だよ、セルリア。こう見えて普段からちょっとは鍛えているんだ」


 そんな事を心配しているのではないのに……。軍で、彼の優しさが妨げにならなければいいと思う。三年は長いけれど、怪我をせず無事に戻ってくれれば嬉しい。


 そんな彼女の思いを知ってか知らずか、レヴィンは更に話を続けた。


「ただ僕は、君を残して行くことだけが気がかりだ。三年の間に、君が誰かのものになるのは耐えられない」

「誰かのものって?」

「言葉通りの意味だよ。君が誰かと恋に落ちて、結婚したら困るんだ。ねえ、セルリア。とっくに気がついていただろう? 僕は君が好きだ。君は、 僕のことをどう思う?」

「私も好きよ。だって、レヴィンは優しいもの」

「君の言う好きとは違うよ。僕は君と、恋人同士になりたいんだ」

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許されない恋の記憶 きゃる @caron

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