Guardian

@kuroma2

第1話

 秘境ソルト。世界地図のどこにも載ってないこの国は〈守護〉の隠れ里だった。守護とは物や人を守るゴーレムやドラゴンのような存在であり”守護の祝福”を受けた者はどんな災いからも逃れることができるという……

 里の中の住人全てが守護ではなく、成人すると幻獣に選ばれた〈守護〉と選ばれなかった〈無者〉に別れる。守護になる者は幼い頃から何かしら兆候があり成人の儀式に幻獣と契約を結び、晴れて守護になり里を出入りできるが、無者は守護に守られながら一生涯里の中で暮らす。一族の血が途絶えないようにするためなのだ。


 今年も成人の儀式がやってきた。

 シュクレは不安でいっぱいだった。自分の血縁者は全員〈守護〉になっているがシュクレだけは今日までただの一度も守護の兆候が現れていなかったから。幻獣に選ばれなかったら〈無者〉として一生を里の中で過ごすことになる。それだけは嫌だった。

「おまえに儀式を受ける資格なんてあるのか?」

 いつのまにか後ろにいたキルシュがにやにやしている。シュクレの2つ年上の姉が彼の気に入っている幻獣と契約してしまったことを根に持っていて、姉ではなくその妹のシュクレに何かと文句や言いがかりをつけてくるのだ。

シュクレは言い返した。

「成人の儀式は誰にでもある権利よ。資格なんか関係ない」

「だとしてもだ、おまえが最強の戦士の子孫というのは間違いだな。”ガイジン”に英雄の血が流れているわけないだろう」

 ガイジン。守護が無者に対して使う卑下した言葉だ。幻獣を守護神として崇めているこの国では幻獣に選ばれた〈守護〉は神の使いだと勘違いしている者もいて、〈無者〉を何もできない劣っている者と見るのだ。キルシュはそういう輩の一人だった。

「…っ」

 恥ずべき行為だと言おうとしたとき長老が姿を現した。キルシュはもうシュクレの後ろにいなかった。

「皆の者、聞け……」

長老の言葉が始まると広場に集まった参加者たちは口を閉じて耳をすませた。

 今年の成人の儀式は精霊の洞窟を抜けた闘技場で行うことになった。精霊の洞窟は幻獣の世界と繋がっていると考えられており、幻獣との契約の場にされていた。 参加者たちは受付でふられた番号順に洞窟の中に入っていく。シュクレは一番最後だった。シュクレの前の順番の者が洞窟の中に消えるとラクレがシュクレに近づいてきてまじないを施した。無事に洞窟を抜けられるように。洞窟の中は全て開拓されているわけではない。毎年ではないがこの洞窟では時々行方不明者が出るのだ。成人できなかった者の霊が成人する者を仲間に入れようと道連れにすると言い伝えられている。

「シュクレ、決して諦めないのですよ。精霊はいつもあなたを見守っているわ」

「ありがとう、姉さん。行ってくるよ」

シュクレが手を離すとじわじわと侵食するかのようにラクレの心がざわついた。

「何事もないとよいのだけど…」


 洞窟の中は明るかった。松明の火が必要ないほどヒカリゴケがそこかしこに繁殖していて足元を照らしていた。ヒカリゴケを楽しみながら歩いていると風の声がした。2,3メートル先に白い靄のような、霞のような何かがゆらめいている。

おじいさま?

シュクレは理由もなくなぜかそう思うと嬉しくなった。

 祖父ブランと過ごした日々は少なかったが、銀色の狼の子供のことを思い出した。干し肉を一緒に食べたり、泉で泳いだり、昼寝をしたり。今思うと不思議なことだった。言葉は通じなくとも狼の子供が何を望んでいるか、何をしようとしているのか手に取るようにわかっていた。

「おじいさま、もし選ばれるのなら私はあの子がいいです」

シュクレが白い靄に向かって笑いかけるとゆらりと消えた。

 松明の火がぱちりとはじける。道は1本道だった。ヒカリゴケの群生が少なくなってくると人の声が聞こえてきた。なんだろう?

 突然外に出た。月の光が闘技場を照らしている。今夜は満月だった。

「シュクレ!」

ラクレが叫んだ。遠目から見ただけだがすごく喜んでいる。闘技場に集まった里の者たちも驚いた顔をしている。何だろう?

シュクレの問いに答えたのはキルシュだった。

「これは驚いた。夜も更けてそろそろお開きにしようとしていたところなんだ」

「……?」

 松明の明かりはまだ全然消費されていなかった。1時間ごとに新しいものを取り換えるはずだった。おかしいと思った。何が起こっているのかわからないけれど何かおかしいことが起きている。

声をかけられた。キルシュだった。

「なに、遅れたのは契約に時間がかかったのだろう?さぁおまえは何の幻獣なんだ?まさかここまで皆を待たせておいて、誰にも選んでもらえませんでしたってオチじゃないだろうな〈無者〉さま」

 キルシュのいつものネチネチした言葉にうんざりして見上げた月は銀色だった。いや、銀色の何かが月から降ってきた。自分の中に何かが飛び込んできたように感じた途端、シュクレは身体を何者かに乗っ取られていた。


「我が名はフェンリール。くふふ…、これが人間か…、なんともまぁ…」

自分の口から声が勝手にあふれ出す。握ったり開いたり動く手は止めたくても止められない。

「待った甲斐があるというものだ」

先ほどまでシュクレだった少女の瞳は月の色と同じく爛々と光り輝いている。

「おい何言ってんだおまえ、精霊の洞窟で彷徨って頭がイカレたのか?」

キルシュが言うやいなや少女はキルシュの首を絞めた。

「我が主を愚弄するか?愚かな〈無者〉よ」

「…う…ぁ……」


 警備隊長のアナナスは事態を飲み込もうとしていた。フェンリールという名の幻獣は知っていた。銀色の大きな狼の姿をしていて〈英雄〉ブランの幻獣だった。あの少女はそのブランの孫娘でありその力を受け継いでいてもおかしくない。おかしくないが少女には兆候が今まで一度も現れていなかったことに疑問を感じた。

 精霊の洞窟には幻獣を意のままに操る術が書かれた書物も保管されている。厳重に管理してあるが、少女が洞窟に入ってから出てくるまでの時間を考えれば調べることもたやすいことだと結論付けた。

 自分の従える2匹の幻獣に今起こっていることを聞けばまた違った答えをだしたかもしれない。けれどそんな余裕がアナナスにはなかった。素早く少女の後ろに回り込み槍の矛先を向けた。

「シュクレ・ニノミヤ。禁忌を犯したことにより幻獣を剥奪する」

「禁忌もなにも我が主は私が選んだのだ」

フェンリールが言った。

「あり得ぬ!」

アナナスの怒号が闘技場を包んだ。

「同調は〈守護〉の禁忌だ。どうやったか知らんが後で調べれば済むことだ。さぁ早く同調を解け。解かないというのならこの場で貴様を処刑する」

 フェンリールはキルシュの首を掴んでいた右手を外してキルシュが地に落ちるまでには槍の矛を素手で叩き折りそのままアナナスを正面から殴り飛ばした。たたみかけようと動こうとしたとき、声がフェンリールを制した。


”やめて、傷つけないで!”


動きが一瞬止まった。

そこに1本の矢がアナナスを通り過ぎ、少女の頬を掠めた。

弓の使い手が遠くから少女を狙っている。

「お行きなさい、ここはあなたの居場所ではありません」

ラクレが叫んだ。

凛としたよく通る声は少女の耳に届いたのか彼女は一瞬弓の名手を見つめると身をひるがえし闇に包まれた森の中へと姿を消した。








  





 

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