コンビニ強盗の観察

飛騨群青

末路

 9月になっても、まだ暑かった。


 夕方過ぎまで寝ていた僕は、何か飲むものが欲しくなり、ぼんやりと冷蔵庫を開けてみたが、そこには昆布だしの麺つゆしかなかった。

 麺つゆで喉の渇きを潤すことはできない。しかし、水道水を飲むのは王の中の王、無職のプライドが許さない。しぶしぶ、僕は家から徒歩で30秒もかかる遥か彼方の太陽系外惑星「コンビニ」へと旅立つことにした。

 約束の地であるコンビニへの道は長く、そして険しいものだった。太陽光はジリジリと僕の皮膚を蝕み、人の視線が被害妄想を刺激する。僕は吐血しそうになるのを驚異の精神力で耐えつつ、コンビニへと到着した。これはコロンブスの新大陸発見並みの偉業だ。

 コンビニに入ると「金を出せ」という大声が僕の鼓膜を破壊した。なんということだ。今、この店内でコンビニ強盗が行われようとしている。僕は未知との遭遇に胸を躍らせたが、それはすぐに幻滅へと変貌した。

 強盗は何とも冴えないおっさんだった。年は50代、背は低く、かつ小太りで、知能の低さが顔面からにじみ出ていた。強盗をするというのに顔を隠すというアイディアすら持っていないらしい。これでは両親はもとより、凶器として使用されている立派な出刃包丁がかわいそうだ。

 僕は二・二六事件(だっけ?)の犯人たちに投降を呼びかける例の文面を思い出した。


 今カラデモ遅クナイカラ豚小屋ヘ帰レ。デキレバ命ヲ絶テ。オ前ノ父母兄弟ラハ隣近所デ馬鹿ニサレルノデ皆ウンザリシテイルゾ。


 僕は、この強盗を取るに足りない猿野郎と見ていたが、どうやら若い女性店員の方も同じ感想を持ったらしく、おっさんに対して冷たい視線を浴びせていた。刺されるかもしれないという恐怖よりも、どうしようもないおっさんへの侮蔑の感情が勝っていたのである。

 女性店員はおっさんに千円札を1枚渡した。コンビニに金が1000円しかないわけがない。まるで「これをやるから失せろ豚野郎」とでも言わんばかりの態度だ。

 そんな立派な店員の姿勢とは対照的に、醜い容姿の中年強盗は無様にうろたえ、あからさまに混乱していた。なんて情けない奴だ。僕が警察なら公然猥褻罪で即時射殺している。

 結局、おっさんは逃げるようにコンビニを後にした。まさに負け犬だった。しかし、もしかするとこれは未来の僕ではないだろうか。僕に何の前触れもなく、脈絡もなく、予知能力が備わり、未来の僕の姿を見せているのではないだろうか。

 だがしかし、今はそんなことはどうでもいい。飲み物を買って帰ろう。


 クソ、金がねぇじゃねえか。仕方ない強盗でもするか。

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