日帰りファンタジー・リアルロボット編

赤王五条

荒野の再起

 その日は曇り。時刻は昼過ぎ。気温は氷点下を下回っている。とはいえ、比較的寒すぎない時間だ。冬だから当たり前だが、この場所は豪雪地帯。本来であれば高い木々の幹を低くしているのは積雪だ。雪が降り積もり、人通りなどあるわけもない森林の中に伏せる男が一人。男の格好は白いコート。雪でコートが白くなったわけではなく、もとから白いコートだ。この迷彩効果で、本来であれば彼を視認することは困難だ。

 伏せている男が双眼鏡を覗いている。この森林は積雪によって丘ほどの高さになっている。その高い位置から見えるものは、閑散とした村のバス停だ。バス停を示すシンボルは半ば降雪に埋まり、停留所の周囲が雑然と雪かきされているだけの人気のない場所だった。

 停留所の周囲は降雪のため高い壁になっている、村へと続く道路も同じく、道路脇が降雪で壁と化している。道路は辛うじて雪かきされて通れるようにはなっている。天気は曇りとはいえ、ここ一日、二日は豪雪ではない。つまり、天気はいいほうであり、であれば、一、二時間に一本程度の寒村にもバスは通るということだ。 時間通りではないが、十分ほどのずれでバスはやってくる。

 男はバスの到着前に双眼鏡を置いて、目の前の白いカバーを取り外す。カバーの下にあったのは黒くて長い銃だ。いわゆるスコープが付いている狙撃用のライフルだ。銃の位置を固定する黒い二脚に固定されている。

 スコープの下にはレーザー照準補正機が付いている。それはまだスイッチを入れず、スコープを覗いてバスの停留所を見る。

 やってきたバスは停留所に止まり、扉を開いた。バスからは山帽子を被った男が降車してくる。降りてきた男の顔の特徴は、銃を構えている男の記憶の中のものと一致する。機械的にレーザー照準のスイッチを入れ、降車した男の額にレーザーポインタを当てる。レーザーを照射された目標の男は赤い光に気付くが、銃を構えているほうは構わなかった。

 息を吸って、一瞬息を止める。そして引き金を引く。この時間はほんの一瞬。機械的な一連の動作で、狙撃銃から撃たれた弾は停留所に降り立った男の頭部を撃ち抜き、即死させる。撃たれた男は背後のバスに倒れ込み、不運なことに閉まる扉に挟まれた。

 狙撃者の意図しない事故が起こったが、それは彼にとって関係のないことだ。

 男の名はヴァルケア・ザカリアス。仕事をしている時はヴァイスと名乗っている。年齢は四十近く、貿易商の身分で各国を渡り、金で殺しをする殺し屋である。主に銃を獲物に使い、もっぱら狙撃をしている。

 今回は待ち伏せするのに一週間をかけた。ヴァイスの年齢ではもうかなり辛い張り込みだった。明日には帰国しようと、銃を回収して、森林から抜け出した。寒村に続く道とは違う道路に停めたレンタカーに乗って、泊っているホテルに向かった。その時に迷彩用の白いコートを脱ぎ、狙撃銃と一緒のスーツケースに詰めてしまった。

 この地に来る時に一泊、帰る際に一泊するだけにしか使っていないホテルだが、この寒空の下では貴重な暖が約束された場所だ。ヴァイスは数少ない休息を求めてホテルに帰る。道中に何も問題は無く、先ほどの寒村とは違うきらびやかさある都市部のホテルにたどり着く。時間はすでに夜が深い。

 ホテルの入り口のロータリーで、スーツケースを持ったヴァイスが姿を現す。身長は170から180。黒髪は長く、着ている茶色のコートの肩よりも伸びて垂れている。まるで女性のような黒髪だが、顔つきははっきりと男性のものだ。しかも目は腫れぼったく、頬は痩せている。明らかに疲れ切った表情だった。

 入り口のホテルマンにカギと車を預け、ホテルロビーのフロントで部屋の鍵を受け取る。すぐに部屋へ戻ろうとせず、ホテル内のバーへと足を踏み入れる。時間が遅すぎて、ホテル内のレストランは閉店してしまっていた。疲れているとはいえ、何かしら腹に食物と水分を入れるべく、やってきた。

 バーのカウンター席で、簡単なつまみとアルコールを注文して、黙々と食べる。ホテルの小洒落たバーなのでテレビやラジオではなく、小粋なジャズが店内に流れている。他の客は二人組が多く、性別の組み合わせは様々だ。一人のヴァイスが珍しいほうだ。そんな状況下で、彼は酒量を重ねる。口を開くのは酒の注文だけだ。誰が見ても酔っ払っているのが見えた。

 そしてそんなことは当のヴァイスも自覚していた。酒が止められない。元々深酒が過ぎる方でもない。明らかに飲み過ぎだった。明日は帰国の飛行機に乗るだけだ。飛行機の時間は昼前で、ホテルからタクシーで空港まで三十分という距離なので、よほど寝過ごさなければ間に合う。

 それ以上に、ヴァイスはヤケになっていた。生活に困っているから殺し屋で金を得ているわけではない。金遣いが荒いからリスクのある大金を得られる仕事をしているわけではない。

 二十年近く人を殺して金を得ている。一応、仕事として請けているが、ヴァイスにとって日常と化している。何かが怨恨があったような気がしたが、それはとうに忘れ去ったものだ。特に大事なことではなかったのだろう。

 仕事とはいえ日常の一つをできなくなるのが辛かった。年齢のせいもあって走りにくくなったし、最近は特にかすみ目が酷い。昼間にレーザーポインタを使った狙撃など、昔は考えられなかったことだ。運動量を増やして体力は維持できても、今回のような長時間の局地の張り込みは体力どうこうの問題ではない。若い時にできて、今できる精神力はもうないのだ。むしろそこまでがんばっていた理由に覚えがない。そもそも記憶として過去の思い出がよく思い出せなくなっていた。どんな人生を歩んできて、どんな過去を持っていたか。昔のことだけではない。それはごく最近のことも含む。年齢として物忘れがひどくなっていると納得している。

 だから、酔っ払って直近数時間の記憶をなくそうとも構わないと思っていた。そういう気分でいたからであろうか、いつの間にか周囲の忍び笑いが耳に聞こえなくなっていた。

「おい、ウィスキーロックだ」

 もっとも、次の酒を持ってくるように言ったら、ウェイターが声に反応しなくなったが。ヴァイスは舌打ちして、氷しか残っていないグラスに残る水分を浅ましく飲む。氷が歯に当たり、ひたすら飲みにくいが、ちょろちょろと、解けた水分が口の中に入ってくる。だがそれも束の間。満足できず、グラスを置く。不満そうにテーブルに叩きつける音をわざわざ立てる。

「兄さん、流石に飲み過ぎだよ」

 見覚えのない、かつ聞き覚えのない声をする男がカウンターに近づいてくる。ヴァイスのおぼろげな視界では判別がつかないが、その男はウェイターではない。テンガロンハットのようなカウボーイハットのような鍔広の帽子を被っている。それ以上の特徴はヴァイスには分からない。

 客観的事実として、この第三者が現れたことで、周囲の時間は停止した。ヴァイスはそれに気付けないし、気付くことはない。

「誰だ、お前」

 空のグラスを握り、カウンターに突っ伏した状態で、顔だけを振り向かせてヴァイスは言う。その顔は言い訳のしようのない赤ら顔だ。やせ細った顔つきも相まって、嘆きのようにも見える。

「日々の生活に疲れた兄さんに耳寄りな話を持ってきた」

「知るか。帰れ。ウィスキー、まだか?」

 帽子を被った男は胡散臭いことを言い、微笑んだ。若者は白髪か銀髪を持つ甘いマスクのハンサムである。もっともそれ故に怪しさ爆発である。

 ヴァイスは酒を注文するも、一向にカウンターの向こうの店員が反応しない。やはりヴァイスは、この異常事態に気付かない。

「ヴァルケア・ザカリアス。銃による殺しで生きて二十年。

その人生に後悔はないか?

別の道が本当はあったのではないか?」

「お前は、誰だ」

 ヴァイスには若者がどんな男なのか見覚えがない。声にも聞き覚えは無い。元より記憶がおぼろげなので、覚えていることを頼りにできない。殺し屋としては『ヴァイス』でしか名が通っていない。『ヴァイス』に連絡するルートは特定の仲介人しか知らない。仲介人が裏切れば、当然ヴァイスの身分はバレる。しかし、それをするメリットが仲介人にない。『ヴァイス』の目標達成率は裏の世界に轟いている。そのために積まれる金はキャッシュにしろクレジットにしろ、億は下らない。仲介料として一割か二割取り分が確保されるのだから、金の問題で裏切ってくることはないのだ。

 『ヴァイス』の地位が邪魔で裏切ってくる場合においても、ほぼメリットはない。ヴァイスへの依頼は必然的に高額な報酬が提示される。腕前と報酬が吊り合っているということだが、ヴァイスはすでに全盛期を過ぎている。どんな相手でも、時間をかけてでも、きっちり目標を撃ち抜く。それは裏を返せば、完璧安全安心の状況に持っていくリスクを取らない、派手さのない仕事ぶりである。殺し屋という仕事は、依頼人から派手さも多少なり求められる。ヴァイスはそれらに一切応えなくなった。いつの頃か分からないが、リスクを取らなくなった。そういう意味でも、腕前は評価しても、派手さがないヴァイスから離れた客は多い。

 今回、寒村に現れた目標を撃ち抜くために一週間張り込んだのは前述の通り。おびき寄せるために一ヶ月は掛けている。どこだかの国の麻薬王で、海外逃亡中だったので、逃亡先を提供するという信頼関係を培い、程よいところで罠にかけて殺す、という手法だった。普通に考えれば回りくどく、道楽的な方法である。

 有効な手段とはいえ、その手に嫌な顔をする同業者は多い。何せ、殺し屋でなくても大物になれば、いつ遭うとも分からない裏切り方だからである。

 誰もが思いつくが、一寸先は闇、いつ自分が降りかかるかもわからない方法で殺しをするなど、当然忌避する。

 そういうタブー的なことをする『ヴァイス』を嫌う、ということであれば殺しに来る理由としては一番大きいかもしれない。

「俺はシーゼル。あんたをちょいと旅行に連れて行くガイドさんだ。どうして連れて行くかといえば、あんたがちょっと親父に似ているから、でいいかい?」

 ヴァイスのおぼろげな視界ではどうすることもできない。そして、一つも言葉を理解できない。相変わらず、名前は知らない。旅行を頼んだ覚えは無いし、こんなでかい子供を持った覚えもない。

 瞬間、視界は暗転し、次に目を覚ました時はリノリウムコーティングの禿げ欠けが目立つ床が目の前にあった。

 不思議と先ほどまでの酔いはなくなっており、疲れた体の重さもない。どころか。立ち上がった時の、中年特有の膝の痛みや腰の負担も感じられない。瞬きをしても視界はクリアで、遠くの方を見るのに目を細める必要はないほどだ。

 体の調子の良さに、一瞬何が起こったことへの理解を隅に追いやってしまった。室内で軽く動こうとした途端、襲った揺れに彼は状況への理解を迫った。

 しかし、理解するよりも彼の記憶の経験上、あれこれ悩むよりも危険な場所からさっさと逃れるのが一番の近道だと知っている。見知らぬ部屋だが、扉は付いている。ドアノブを捻って開けばよし、開かなければ力づくで開ける。ゴム質の床が破壊されるのは稀だが、天井は地震で崩れる可能性はあるから、すぐの避難は間違ってはいない。

 幸いにもドアノブは捻って開けることができた。地震でドア枠が歪んで通れない可能性もあった。

 しかし、状況的な不運さは続いている。見知らぬ建物内にいること自体、運の良し悪しで計れることなのかは人による。その点では、彼は運の良さに救われてきた。圧倒的不運の中でも、運が良くて生き残れば明日は繋がると信じているからだ。

 見知らぬ通路と、扉を開けて良く響くようになった音。彼は戦場に出たことはないが、爆発音には数種類記憶がある。その記憶によれば、爆発音は装甲車両等の弾薬で起こされるものに似ている。この廃墟のような建物のどこかを破壊するためか、断続的に音が響き、また建物が揺れている。

「右手奥だ!」

 聞き覚えのある声が、言葉通り彼の右手から聞こえる。一瞬、騙りの想像が働くが、言うことを聞かずにいれば脱出の可能性や選択肢が狭まってしまう。彼は声の言葉に従い、通路の右手を進んだ。騙されたなら不運極まったり、と思うことにしていた。

 だが、進んで現れた光景は彼の驚くべきことだった。

 目の前に広がるキャットウォークはさることながら、広い空間と、下層にある人型の機械が目を見張ったからだ。

 その人型の機械は、三メートルほどの手足のある機械だ。なぜか西部劇のガンマンスタイルのような意匠をしており、ガンベルトに差し込んであるリボルバー銃のようなものが遠目からでも作り込まれているのが見えた。

「正面に回れ。こいつの胸の緑の宝石が乗り込み口だ。」

 先ほどと同じ声が彼を招く。彼がいる場所は、人型機械の後頭部の上だ。声の言う正面へは、キャットウォークを回り込んで、機械の正面へと誘う昇降機に乗っていくルートが容易に見えた。

 そのルートが見えるのと同時に、この空間の扉が爆発音と共にひしゃげる。何者かがこの空間に押し入ろうとしているらしい。扉のひしゃげ方と爆発音、そしてこの人型機械を見るに、何が破ってこようとしているかは予想がつく。

 さらに言えば、ここでぐずぐずする暇もないということだ。流されるままなのが彼にとって気に入らないが、文句を言うのも、不満を叫ぶのも、生きていなければできない。まずは生きねば。

 彼は、微妙に揺れるキャットウォークを進み、人型機械の正面へと回る。声の示す通り、機械には不似合いな宝石が胸部に埋め込まれている。これが搭乗口というが、どう見ても顔をぶつけそうな硬質感が漂っている。

 しかしそれよりも、『彼』はそこで初めて宝石に映り込んだ自分の姿形、顔つきを見た。宝石に映った姿は、若々しく、疲れたり痩せこけた顔はしていなかった。見る人が見れば、少し陰があり女性的な髪を持つハンサムな男がそこに映っていた。それは今の『彼』なら覚えている。『ヴァイス』の若い頃、全盛期だった自分の姿そのものであった。自分の姿を確認しようとして、それが鏡でもないのに顔を近づけ、扉を破る衝撃で足を踏み外す。落ちないような危機管理能力でも働いたのか、胸部の宝石の中へと昇降機から跳ぶ形で入り込むことに成功した。

 そうして入り込んだ人型機械の内部、コクピットと言うべき場所は意外に広く、コケた『ヴァイス』の目にも、それらしいシート席と操縦桿が見えていた。つんのめった形で入ってきた『ヴァイス』はそれらの機器に顔を突っ込ませてしまい、鼻をぶつける。

「遅い。もう来るぞ。」

 操縦桿に近い位置にあるコンピューターの側に立体映像が浮かび上がっている。今までの声の主はここからだったようだ。その立体映像は、『ヴァイス』をここに招き入れたシーゼルの姿そのままだが、『ヴァイス』がはっきり彼を視認したのはこれが初めてだ。

「早く座れ。奴さんの狙いはこの機体だ。」

 そう彼は急かしてくる。『ヴァイス』は鼻を痛がりながら、渋々とシートに腰掛ける。すると正面の映像が扉を破って入ってくる人型機械の姿を捉えていた。

 対面するその人型機械は、『ヴァイス』が乗るものと違い、胴が細く、脚が小さく、全体的に細いという印象を持ってしまう機体だった。扉を破って入ってくるようなパワーを持っている印象はない。人型機械の左手と思われるものには指が三本しかなく、また右手と思われるものにはショットガンのようなものが握られている。

『見つけたぁ!』

 対面する人型機械から男の甲高い声がする。それを聞いて、むしろ当然のことだが、『ヴァイス』はその機械にも人が搭乗していることが分かった。

「殺人者のあんたなら分かるだろ。金目当ての強盗を相手に、もし正面から姿を現したらどうなるか。」 

 シーゼルは、固まる『ヴァイス』の様子を観察してか、口を開いた。

 強盗は二種類いる。空き巣に近い形で忍び込んでくるのと、正面から奪っていくのと。そして強盗と呼ばれる所以は、時に殺人も厭わないことだ。強盗殺人にまで及ぶ事件は、大概追い詰められているからこそ起こりうる事件だ。だが例外もある。単純に目撃者を黙らせるなら殺す方が簡単だからである。

 『ヴァイス』は今、事情が分からない。ここにいる理由も、なぜ人型機械に搭乗しているかも、分かっていない。そうであるのに、他人の事情に踏み込んで、撃ち合いを避けて対話しようなどと、偽善を通り越して頭のイカれた発想だ。

「操作方法が分からない」

「各種モーションパターンは作成済みだ。トリガーボタンを押せばすぐに撃てる。相手は正面だ。余計なことをしなければ弾は当たる。」

 理解しがたいが、言い様はなんとなく分かる。

 銃を撃つには三つ動作がある。銃を持つ、狙いをつける、引き金を引く、だ。そういう動作がすでにできる、という理解で構わないだろう。

「ボタンを一回押せば、一発出る、か?」

 一応、聞く。正面腰前あたりの両方のレバーに言葉通りのトリガーボタンがある。そのほかにスティックレバーやスイッチが三つほどついているが、触るべきではないだろう。

「リボルバーだから6連発だ。比較的安価な弾薬で、リローダーも豊富だ。この敵機。」

 シーゼルの言葉の途中で、敵機のデータと思しきものが詳細に表示される。文字はアルファベット、文法からして欧州系の言語パターンだ。『ヴァイス』はその名の通り、ドイツ語系には明るい。もっとも、読めても喋れない。

 敵機の名前はグランズ、と言ったところだろうか。詳細は省いて要約すると、旧式機という扱いである。

「本来は空戦機を無理矢理歩かせている。構造上脆い部分が多い。銃撃を直撃させれば簡単に倒せる。反撃を受けることはないだろうが、この距離だ。あのショットガンを撃たれれば、こちらもひとたまりもないぞ。反撃させずに確実に撃て。」

 シーゼルの言葉がいつのまにか命令口調だが、特に気にすることはない。そういうことは、昔にいくらでもあった。

 そしてやはり初体験ともなれば、思い出すことは多々ある。それはただボタンを押すだけでも。

 正面の敵機は、『ヴァイス』がぐだぐだしている間も何か小刻みにわちゃわちゃしているが、一向に近づいてくる様子はない。これまでの爆発音といい、仲間がいるのかもしれない。

 『ヴァイス』は敵機を正面に見定めてトリガーを三連射。すると『ヴァイス』の機体は右の腰のホルスターに収まったリボルバーを取り、すぐさま射撃した。銃声と衝撃が、少なからずコクピット内に響く。

 弾は外れることなく、敵機に突き刺さり、その場で動かなくなった。

「上出来だ。」

 立体映像のシーゼルが大きく頷いた。落ち着いたら正体を探らねば。

「脱出する。移動は左レバーの上部に付いているスティックで動かせる。右レバーのスティックはあまり動かさない方がいい。視点移動だ。慣れてないと酔う。」

 なるほど、直感的に動かせるというわけだ。人型の機械がこうも簡単に動かせるなど考えられなかったことだ。『ヴァイス』のよく知る現代文明では考えられない科学技術だ。ここが自分の知る世界や時代ではないことは、機械を動かしてみて分かる。よほど発展した文明の世界なのだろうと、期待して屋内を脱出すると、外に広がっていたのは植物だった。無機質な建物にツタが絡みつき、まるで本当に廃墟だったのかのような印象を受ける。

「現行エネルギーの暴走と、汚染と言い難い生活圏の侵食。それがこの世界における病であり、末路だ。まぁそれはいい。ただそういった状況においても。」

 シーゼルの話に合わせたかのようにコクピット内にアラートが響き渡る。右に接近反応を示している。正面視界ほどではないが、狭いながらも周囲のモニターはされている。そのモニターで、茂みが揺れ、動体反応を捉えていることを機体は伝えてくれているのだ。

「人間を脅かす者たちは活動する。貧困あるいは、単純に力を行使したいだけで、こいつらは動く。ひたすら奪うために動く。」

 シーゼルの言葉はどうにもならないの世界の原理だろう。誰かが金持ちになれば、誰かは貧しくなる。一定の幸福は平等に得られない。誰もが食うに困らなくなれば、今度は経済が立ち行かなくなる。誰もが平等の理想の社会を作り出すには人間は不適当と言わざる得ない。人は満ち足りれば怠けるし、食うに困れば最悪他人から奪う。奪うだけでいいものを、時に奪うものは命や精神にまで及ぶ。

 殺し屋は金で一方的に目標の命を奪い取る。こんな説教じみた話をすべきではない。

 接近警報から数十秒後。やはりというべきか、先ほど撃った敵機とほぼ同型機が姿を現す。『ヴァイス』は咄嗟にトリガーボタンを三連射する。目標へのターゲッティングが自動でかかり、また敵機を撃ち倒す。だが、その敵機が後ろへ倒れ込む際、弾が開いたコクピットに突き刺さるのが見えた。

 グランズはデータで見たが、この機体と違い胸部宝玉を持たない。コクピット扉が開いて搭乗するタイプであるらしい。

 『ヴァイス』は一気に汗が噴き出る感覚に襲われる。実感として人殺しをする感覚。それは久しぶりの感覚であり、額を手で押さえて、頭を振って気を紛らわせるほどであった。

 『ヴァイス』ほどの者であれば人殺しに無感情だ。初めてのことなどもう忘れ去ったように思ったが、久しぶりに思い出してきた。自分の若い肉体がそうさせるのか、あるいは、ただセンチメンタリズムに酔っているのか。

「大丈夫か? 脱出ルートを表示させる。今はこの場を移動するぞ。」

「あ、ああ」

 胸焼けと吐き気を感じながらシーゼルに返事をし、モニターに映し出されるルートに沿って機体を移動させる。そうして植物だらけの敷地を出ると、今度は見渡す限りの荒野が広がっていた。その荒野をナビゲーションに従い移動し、人里に近づく時には天高くあった太陽が沈み始めていた。

 荒野の宿場町らしい。街中には直接機体で乗り入れず、少し離れた場所に機体を置く。機体から降りる際、距離感を誤って尻持ちを着いたが、些細なことであった。

 その後すぐに、今まで我慢していた胃の中のものを吐き出すことが先決だったからだ。


 ヴァイスが忘れ去ったと思った記憶。それは銃を持ったきっかけと、初めての人殺しだ。

 今でこそヴァイスなどと、気取った名を名乗っていて、ヴァルケア・ザカリアスという名も外国で暮らし始めた後の変名だった。

 ヴァイスは日本人の父親とドイツ系の母親との間に生まれた。ハーフで眼の色が他とは違う男子として育ち、スポーツよりも文化系が得意という彼に、女子はちやほやし、男子は嫉妬した。年齢差を考慮せず、また空気を読まずに余計な口答えが多かった。怒りを買って、暴力沙汰やリンチ対象になることもままあった。

 ヴァイスが十代の頃は家族関係も拗れていた。父親がリストラされ、ギャンブルで身を崩した。別居、離婚とすぐ話は進んだが、恥知らずな父親はそのあとも母親に金の無心に来るようになった。

 ヴァイスは父親を避けていたが、不意に出会ってしまうと、母についてどんな女か罵声を浴びせられた。だがその中で気になる言葉を聞いた。母は人殺しだと。

 ヴァイスの母は名家の生まれ。本来ならサラリーマンであった父親と結婚することはないほどの。母方の生家に一度訪れたが、豪邸だった覚えがある。

 それを含めても、別れた父が金目当てだったことは言うまでもないことだ。ただ花屋をする母と人殺しがまったく結びつかなかったのだ。だから恐る恐る聞いてみた。

 そして打ち明けてくれた。母はというか、母方の家系は殺しの仕事を裏で請け負う家だった。母は一人娘でやったことはないものの、一通りの訓練を受けていた。家の地下室に射撃場があり、息子に実銃を見せる母はどこか楽しそうだった。

 母贔屓だったヴァイスはその変人ぶりを受け入れてしまった。年齢的に激変した世界観を好意的に受け入れてしまっていた。地下室に射撃場があるなど、根本的にまともであるはずないのに。

 無論、ヴァイスはここから人が変わった。上級生からの暴行に徹底的に抵抗し、病院送りにした。陰口を叩く同級生は力で分からせた。遊び半分で誘ってくる女子には恥を掻かせた。出会ってしまった父親には顔面に蹴りをくれてやった。

 その攻撃性の発露を母親が好意的に認めてしまったのも延長上にある。ヴァイス自身は家族関係が良くなったと思っていた。

 だがその幸せも長くなかった。元父親が逆恨みして、母を刺殺した。彼はヴァイスをも殺して心中しようとした。ヴァイスはそこで初めて銃で人を撃った。最初は足、次に腹。二発撃って、虫の息だった母に、一発でトドメを刺さないのは格好悪いと言われ、頭を撃った。その時、初めてヴァイスは人殺しをした。


「大丈夫か」

 ヘットセットからシーゼルの声が聞こえる。胃から吐き出したものでいがらっぽい喉を少しでもすっきりさせようと咳払いする。

「ン・・・問題ない」

 問題ないわけはないが、ヴァイスは大の大人である。シーゼルは深くはツッコミを入れなかった。

「この体が、慣れなくてな」

 どうやったか理解が及ばないが、この体がヴァイスであることに間違いはない。二十代くらいの力が漲る体。それとともに、今までぼやけた記憶も蘇った。それを前向きに歓迎したかった。

「お前は、初めての人殺しの相手はなんだ?」

 ただ感傷的にもなる。ろくでもない両親だが、母親のような華やかさを持てず、父親のようなクズになり果てていることは、一番嫌なことだ。そんな境遇を不運に思いはすれど、結局自業自得だ。

 ただ、なんとなく境遇的に同じ匂いを感じ取って、ヘッドセットの音声相手に質問をする。

「顔も知らない敵の兵士さ。多分、あんたほどじゃないさ。」

 知っているのか知らないのか、曖昧な答えを含めてくる。それに軍人か何かをしていたのだろうか。

「まぁいい。それで、この宿場町は?」

「その体の休憩もある。この世界では電子マネーが一般的だ。多少払えるクレジットはある。宿を取って落ち着くとしよう。」

「分かった」

 今のヴァイスの格好は黒のタイツスーツにポンチョ状のボロを纏っただけのものだ。彼の美的感覚では少々気恥ずかしさを感じるが、表向き何ともないように、酒場と宿が一体になっている店に立ち寄る。

 言葉が通じるかどうか一瞬気にはなったが、フロントから英語のような言語が聞こえると安心した。それで思い出したが、ここに来る前に撃ち倒した敵機からの言葉は日本語だったと記憶している。言語についてもシーゼルに聞かねばならないようだ。

 チェックインのみとはいえ、無駄なことを喋るのは経験上よくないことと記憶している。何しろこの世界のことは知らない。下手に怪しまれる行動を取るべきではない。

 ただ人間とは不思議なもので、怪しまれない行動をしようと思うと逆を行ってしまう。ヴァイスにとってみれば、それは不運とする。昔からそうだったので、半ば諦めている。

 カウンター席でもめている客とウェイトレスを横目に通り抜けようとして、客のビールジョッキが通り抜け中のヴァイスの肩に当たった。あろうことかジョッキでウェイトレスに殴りかかろうとしていた。振り上げたジョッキで小突かれた形だ。

「チッ、邪魔だ!」

 客は時代錯誤な西部劇スタイルだ。というか、ここの客はみんなそうだ。周囲が荒野だからそうさせるのだろうか。

 さて客はヴァイスに謝りもしない。すこし当たったくらいでキレるヴァイスでもない。ただ、ヴァイスは客の腰のホルスターに収まっている銃を見咎めた。

「なんか文句でもあんのかゴラァ!?」

 黙って客を見ていたヴァイスに、客は逆ギレする。酔いもあったのだろう。唾交じりに叫ぶが、それで気圧されるヴァイスではない。

「いい銃だな」

 客の言葉をガン無視して、ヴァイスは客の銃を抜き取ってしまった。彼の手にずっしりと重く収まったリボルバー銃は真新しく、ほとんど使われていないように見えた。

「てめぇ、何を!?」

「しかもシングルアクションのみか。こんなの普通売ってないぞ。」

 連射できないリボルバー銃ということである。いちいち引き金を引かなければ撃つことのできない銃だが、アンティーク価値のあるものだ。おそらく、ファッション的に持っていたのだろう。ヴァイスはリボルバー銃に指紋を付けないよう注意しながら細部を観察してから客に返す。

「あぁ、いきなり悪かったな。返すよ。」

「てめぇ、ふざけんなよ!!」

 リボルバーをカウンターテーブルに置くと、客はいきり立って、持ったジョッキを今度はヴァイスに振り上げる。その大振りな動作に対し、ヴァイスは容赦なく腹に向かって蹴りをくれてやった。踏みつぶされたようなうめき声をあげて、客は後ろに倒れ込んだ。

「じゃあな」

 もう付き合いきれないという風に、立ち去るヴァイス。階段で二階客室フロアに上がり、チェックインした部屋に入ってすぐ、ベッドの感触を確かめる。

 バネの感触は固い。それなりにいいベッドらしいが、少しカビくさい臭いがする。ホテルのグレードが分からない以上、文句を言っても仕方ない。

「暴れたな」

「久しぶりだと刺激的で最高だ」

 ヘッドセットからシーゼルの声が聞こえる。どこかから見えていたのだろうか。見られていたことを気にすることはなく、感想を述べる。銃を持った相手に、プライドを砕く暴れた所業。ヴァイスのやりたくてもできなかったことである。

「あの客、アンティークリボルバーを持ってたろう?

あれは、この辺りを縄張りにする強盗団の仲間の証だ。もっと言えば、乗ってきた機体を狙ってた奴らの仲間だ。」

「む」

 ベッドで横になってくつろいでいたヴァイスは呻く。相手がチンピラのつもりで考えなしに恥を掻かせたが、シーゼルの話の通りであれば面倒なことである。あの客は理不尽な小者。復讐ついでに仲間を連れてくるのは明白である。

「まぁ、降りかかってくる火の粉なら振り払えばいい」

 と、ヴァイスは調子のいいことを言っている。それが慢心からなのは明らかだった。シーゼルはそれに対し、無言の一拍を挟む。

「ダメだな。それにその体を休ませると言った。少し、頭を冷やして来い。」

 という声を耳で聞いた直後に、ヴァイスの意識は暗くなった。疲れた体で倒れた時のように、頭と体が抵抗できずに力なくなる。それでも頭で起き上がろうとして、声を上げる。

「あぁ!!」

 ヴァイスは呻き声を上げて、起き上がった。直後、周囲で含み笑いが広がった。

「お客様、その、辛ければ」

 ヴァイスの様子を気になってか、カウンター越しにウェイターが声をかけてくる。それは通常の対応だろう。ただ、ヴァイスにとっては状況がよく分かっていなかった。

 微妙に重く、冷えた体。磨かれたテーブルに映るぼやけた自らの顔つき。何より側に置かれた手荷物のスーツケース。

 まるで今までの出来事が夢だったように、ヴァイスは現実に引き戻されていた。

「ああ、くそ」

 小さな声で毒づく。今まで眠っていたのか、あるいは酔っ払った夢だったのか、区別はつかない。それを差し引いても、最悪の立ち直りだった。

「騒がせて悪かった」

 財布の中から札を出す。明らかに多めのチップだが、ヴァイスは妥当だと思っている。表向きは冷静にバーを出ていく。そして、ホテルの部屋へと入る。

 このホテルに初めてチェックインした時は何とも思わなかったが、つい先ほど見た一室に比べると豪勢で上等な部屋だった。そして何よりカビ臭くはない。清潔感溢れる部屋だ。ただこれが現実である。

 洗面台の鏡を見ると、痩せこけた顔つきをしている男が映っている。手は骨が筋張っているし、長い黒髪はなんとなくぼさぼさで、白髪も混じっている。

 この現実の時間の、少し前は自分の若いころの姿やどんな生き方をしてきたかのことをまったく思い出せなかったが、今なら思い出せる。

 現実と夢の剥離、本当の自分の望み、現在とのギャップ。それらは目まぐるしくヴァイスの脳内で駆け巡った。そして、吐き気がして咳き込み、嫌な予感がして、シャワールームに駆け込んだ。併設されている便器に向かって、現実でも、胃の中のものを吐き出した。夢だけど夢じゃなかったとはこういうことを言うのだろうか。

 便器に吐くだけ吐いて、カビ臭くはない清潔なベッドに半ばやけくそのように身を沈めて眠る。嫌なもので、眠る時間はこの年齢になっても体がちゃんと覚えている。何も夢を見ることはなく、六時間後に目を覚ます。この国は日照時間が少ないため、窓の外はいまだに薄暗い。本来ならば二度寝をするぐらい余裕はあったが、その気分じゃなかった。

 荷物をまとめ、銃器類の偽装工作を済ませて、早々にチェックアウトをする。その時に請求された代金の中に含まれた、昨夜のバーの料金を見て顔をしかめ、酒は一人で飲もうと心に誓った。

 ホテルの自動販売機でホットコーヒーだけ買って飲み、空港へのタクシーを捕まえる。ホテルで呼んだわけではないタクシーは当たり前だが、ぱっと見で分かる観光客に話しかけない。タクシー代をさらにせびろうとか、初めから騙そうとかいう偽タクシーなら、それでもフレンドリーなのだが。なんとなく、堅気でなさそうな雰囲気でも感じ取ったのだろうか。何も問題は無く空港に到着し、ヴァイスはチップを含めて代金を渡し、釣り銭をもらわずに降りた。

 ホテルからタクシー乗り場に向かう寒い風、そして今のタクシー乗り場から空港ロビーへと向かう建物内を流れる突風的な風、それらがヴァイスの苛ついた気持ちを冷ましていく。

 ロビーで手早く搭乗手続きを済ませて、荷物を預けて、ラウンジに入る。座り心地のいい席に腰を沈めて、ヴァイスは肘を着いてため息をつく。

 あの昨夜の出来事は未だ冷めやらなかった。それと同時に、自分の過去の出来事もよく思い出せた。ただそれを考えるだに、後悔の念しか起こらず、自己嫌悪と苛立ちを繰り返した。空港までの不機嫌さはまさしくそれのせいだった。

 ただ、今冷静になると、若い時には本当に無茶をしたし、後先を考えずに行動をしたものである。そしてそれは、昨夜、別の世界でもやらかしている。つまりこれらはヴァイスの生来の性質なのだ。

 本質的な攻撃性としては、子供の頃から何も変わってはいない。そう思うと、恥ずかしいものだった。シーゼルも呆れるというものだろう。ただ、反省はしつつも、男として、心が躍る。

 ただ殺し屋として生きることしか知らなかった毎日だったが、昨夜の出来事だけで若返った気分であった。それは年齢で下降気味のやる気と身体を鞭打っても、暴れたくなるような気分でもあった。

 とはいえ、結局それが何になるのか。昔は名を上げるとか、誇りのためとか、理由はあった。今はそんなものはない。金のため、舞い込む仕事を機械的にこなすだけだ。確かに今なら多少派手に、無茶にターゲットの命を奪い取ることもできよう。だがそれをして得られる名声や自慢をするだけの友や仲間、後輩はすでにいない。ヴァイスは命を奪い取る世界でしか生きていけないと思い、同じ仕事で生きた仲間たちの足を洗わせた。その結果が今だ。孤独な殺し屋生活。帰国したところで、屋敷には使用人の一人すらもいない。

 ヴァイスはそういう生活を望んで生きてきたというのに、今更になって疲れている。生きてこれたのは、地味なリスクマネジメントのおかげだが、それで生来の攻撃性は鳴りを潜め、地味でずるいやり方に変わってしまった。今のヴァイスは、自分らしさなどどこにもない。それは、今のヴァイスにとって愚かに思えた。

 ただ自分の腕を腐らせる生き方。そんなことをしたくて、この道を進んだわけではない。とはいえ、どこかで死にたくないとも思ったのだろう。そうでなければ、この年齢まで殺し屋を続けていない。どこかで重傷を負い、一気に老け込むことなど、この世界にはよくあることだ。

 つまり、今までのヴァイスは大人でいられたのだ。認めたくないことに。

 そこまで考えて、再びため息をついた。

「落ち着いたか?」

 何の気配もなく、唐突に声がした。今度ははっきりと認識できる。立体映像でもない、誰が見ても若さとハリのある若者が横で声を発した。

 周囲をそれとなく見回して、シーゼルがいる時の異質さを観察する。それは一目瞭然だった。間違いなく、ヴァイスとシーゼル以外の時間が止まったように停止していることだった。

「ギラギラしてんね。そういう冷静さがあるなら、安心はした。」

 ヴァイスの変わりようはシーゼルの目でも明らかだった。酔っ払った状態という最底辺だから比べるべくもない。だがそれでも、今のヴァイスは年齢の凄味というものが感じられた。

「時間が止まるなら好都合だ。早く異世界に行かせろ。」

 しかし、口から開かれた言葉はチンピラみたいだった。シーゼルは少し安心したことを反省して、顔をしかめる。

「おっさん、俺の言いたいこと分からねぇのか?」

 営業トークを放り投げ、シーゼルは生意気な言葉を掛ける。彼としては、手ごろでストレスのあるおっさんを異世界に放り込み、適当に勇者じみた人間を選別するという営業をしていただけに過ぎない。しかし、今回はただの戦闘狂である。大体が死ぬ目に遭うというのに、掘り出しものだっただけに、見る目を疑うことになった。

「お前がどう思ってるかは知らんが、やったことの始末はつけさせろ。終わった後で、今後俺を呼ぶかどうかは貴様の決めることだ。俺の方はそれだけで一夜の幻で諦める。」

「ぐっ」

 正論で返され、シーゼルは呻く。遭遇戦で処理させるよう進行させたのは、ほかならぬシーゼルだ。そう言われたら止める正当な理由はないし、妥協するほかない。仮に後でとぼけられても、断絶すればいい話である。

「分かった。そう言うなら相手側を全滅させろ。あちら側の体はもう俺が機体まで移動させてある。迎撃の仕方の手順は教えるから、おとなしくしてろよ。」

 シーゼル自身がどうやってヴァイスの意識のみを異世界に飛ばしているかは分からない。気にしても仕方ないし、気にする必要もない。

 眠るように意識がなくなり、気が付けば人型機械のコクピット内部である。すでに起動しており、こちらの世界では朝焼けが届いているようだ。それと共に、機体が動体反応を次々とキャッチし始めた。

 レバーの手元の立体映像としてシーゼルが説明を始める。

「正確な数は掴めないが、総数およそ三十機ということだ。すべて陸戦機という情報だ。情報ミスがあったら適宜サポートする。現在、この宿場町へ移動中。到着は一時間程度というところだ。何か質問は?」

「まっすぐ来るのか?」

「ケンカを売った本人はここで伏せていることを知らずにな」

 ヴァイスたちが潜む機体は、宿場町から離れた場所だ。適当なシートをかけて、近づくまで分かりにくいという程度の隠し方である。遠目から何かあるな、と分かるので気休め程度の隠し方ではあるが。

「距離を稼ぐ武器が欲しいところだが」

「そう言うと思って用意はしてある。ただ弾は数を用意できなかった。全弾当てて、一桁まで減らせるかどうかになる。」

「十分」

 ヴァイスは狙撃が得意ではない。ただそれは一流と比べて得意でないだけで、客観的に標準から見れば、上手い方なのだ。

「まっすぐ来るなら狙撃位置を正面に据えるぞ」

「相手方が散開するとは考えないのか?」

「はっ、相手さんは面子を取り戻しに来てるんだ。たかだが一機の狙撃に回避行動なんか取るものかよ。」

「だろうな。俺もそう読むよ。」

 シーゼルはあえて聞いたが、同じ考えで安堵した。ヴァイスは戦闘狂だが、頭のまわる戦闘狂である。戦闘における合理的手段や、相手の弱みにはきっちりつけ込む。

 機体に被せていたシートを吹き飛ばして、ヴァイスたちは町の入り口に移動して陣取る。

「左、生成」

 呟くようなシーゼルの声。その後すぐに機体の左に長大なライフルが現れた。

「間に合わせのスナイパーライフルだ。機構はボルトアクションだが、弾は自動で装填される。残弾にだけ注意し、弾が切れたら捨ててくれ。」

「了解」

 ヴァイスは説明を聞き終わるとすぐに左のレバーにあるトリガーボタンを押し、まず一発撃ってしまった。

「おい」

 流石にシーゼルは突っ込む。ほとんど弾道も定まっていない予測射撃にもならない一射だ。貴重な弾薬を使うな、と続けたかったが、シーゼルだけが観測する望遠カメラの反応を見て言うのをやめる。

「当たったならあいつらの運が悪くて、俺の運が良かっただけのことだ。当たるも八卦当たらぬも八卦。距離がある内に牽制するのが本来の狙撃だ。」

「昔、似たようなことを言われたことがある」

「そうか。俺の方も受け売りみたいなもんだ。」

 シーゼルのつぶやきに、ヴァイスは特に何とも思わない。

 ヴァイスの運の良し悪しは母親からの受け売りや、両親が亡くなった後、自身を身請けした恩人の影響からだ。口癖のようなものである。

 だが運の良し悪しという割には、ヴァイスの狙いは見事であった。相手方が旧式機ということを差し引いても、一撃一殺。相手はプロではなく、チンピラ集団。視認できない距離から狙撃され、直撃あるいは行動不能にされれば、ついて行く道理はない。一機、また一機と狙いすましたように脱落していけば混乱もするし、怖じ気づきもする。それでも真っすぐの進路をやめることはない。こうなってしまえば、不良集団と大人のケンカである。すぐに逃げるのが一番賢い選択で、それでもかみつこうとするのが一番愚かな選択である。

 だからこそ、ヴァイスが全弾狙撃し終える前に、集団の隊長機が接近することができた。隊長機以外は行動不能、あるいは逃亡である。

「だが、このブートレッシュにそんな鉛玉は効かん!」

 日本語に聞こえる言葉で叫んでくる。ブートレッシュという隊長機は、見た目にも重装甲で、グランズやヴァイスたちの機体に比べると一回りも二回りも骨太な体型だ。鉈のようなものを肩で背負っている。言うなれば昔の肉屋スタイルと言えばいいのか。無論、人肉捌きのほうの肉屋である。

「妙なモンを旗印にしてるな。まぁ、そうだな。重装甲だ。人型ではあるが、ほとんど戦車みたいな前時代的なシロモノだ。」

 シーゼルは立体映像で頭を抱えている。何か縁のある機体なのだろう。

「コクピットが首あたりにあるから、弱点といえば弱点だな。操作性も恐ろしく悪いから、方向転換も容易じゃない。それらをすべて補うのが、自慢の装甲だ。無反動弾や、光学兵器からも耐える。」

「それは厄介だな」

 ブートレッシュと呼ばれる重装甲機に、逆に向かっていく。左にはスナイパーライフルを抱えたままである。

「叩き潰してくれる!」

 隊長機は鉈を振り下ろす。当然そんな大振りに当たるわけはない。だが勿論、避けたところで、ヴァイスたちに重装甲を貫く方法はない。

「そういうことなら俺は」

「俺はこうするな!!」

 シーゼルもヴァイスも考えは同じだった。唯一装甲が薄いとされる頭部。あるいは首。そこにむかってスナイパーライフルを突きつける。

 そして狙いを付けずに、トリガー!トリガー!トリガー!

 残っていた弾全てを撃ち込むと、隊長機の頭部は醜く半壊し、コクピットと思われる個所は歪んでへこんでしまっている。

「倒した、か?」

「不明だ。敵機のエネルギーは動いてる状態。中のパイロットが生きているかどうかだろう。」

 隊長機は鉈を叩きつけた格好のまま動いてはいない。不気味な沈黙だが、確実なトドメを刺せる弾がない以上、これで退くしかない。

「ブートレッシュのコクピット領域は大人一人がようやく収まる程度だ。改造で多少拡張できるだろうが、それでも、三十センチ圧壊するだけで、パイロットも相応に圧縮されるわけだ。俺は生きてないほうに賭けるぞ。」

「賭けにならんだろう。なんだ、奴さんの運が悪かったのさ。」

 シーゼルは怖いことを言っている。ヴァイスは短く言って締めた。階級違いの重量級の頭に向かってひたすら鉄球を撃ち込み続けたようなものだ。それで倒れないのだから、作りの頑丈さを褒めてやるべきだ。

 もっとも、もう二度と会うことも無いだろうが。



 ヴァイスは現実の空港ラウンジへと戻ってくる。今度は、尻切れトンボではなく、シーゼルも一緒だ。あの後、宿場町の人々には何も言わず、その場を去った。当然である。特に何かあったわけではないのだから。

「なぁ、ヴァイス」

「気が変わりでもしたか?」

「む、まぁな」

 シーゼルにとって、結構相性のいい男だった。シーゼル自身は戦闘狂のつもりではないが、考え方は似ている。そういう意味では、彼は悪くないパートナーであった。

「またいつか呼んでくれればいい。俺は、とりあえず帰国する。心持はだいぶ変えられたからな。」

 ヴァイスはといえば、良くも悪くも過去を思い出すことができた。ただ孤独な殺し屋として道を選んできたつもりだったが、内心、自分自身を裏切り続けてきたようにも思えた。異世界の銃撃戦は楽しかったが、現実は現実で自分に折り合いを付けなければならない。

「そうだな。いつか呼びに行く。その時に、今度は本当に俺のやりたいことに付き合ってもらおう。」

「そうしてくれ。それまでさようならだ。」

 ヴァイスはシーゼルに別れを告げる。シーゼルは帽子を脱いで一礼し、掻き消えるようにその姿を消す。すると、止まっていた時は動き出し、夢は終わり、現実に戻る。

「さて、とりあえずは」

 伸びをしながらラウンジから出る。

「家に帰ったら掃除でもするか」

 現実の行く末は、あまりにも現実的なれど、今のヴァイスにとってはさほど暗くはなかったし、憂鬱でもなかった。それは殺し屋としてらしくはないし、人殺しの罪を背負って生きる姿ではないかもしれない。

 ヴァイスの名は、何物にも染まらない意味と、昔ドイツ語にかぶれていたからという理由からである。

 だから彼は、今度こそ染まらないように下をあまり見ないように進むのであった。


              【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日帰りファンタジー・リアルロボット編 赤王五条 @gojo_sekiou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ