第10話:飢えて死ぬということ

太陽の印を背負った集団が森を駆けている。

その先頭を行くツンツン髪の耳に、集団で争う音が届いた。


「ちっ、ジャイアントオークはもう結界を突破したようだ。

 俺はオークを、お前らは村に入ったゴブリンどもをやれ!

 人にあだなすものへ、我らが神の威光を示すのだ!

 散れ! !」


集団が散開し、男だけがさらに真っ直ぐ走る。


するとそれが見えた。


オークとは違う、赤黒く染まった大地の上に立つ、異形いぎょう姿すがた

それは周囲にゴブリンを壁のように従えているのだった。


「ゴブリン、リーダーか?

 オークを解体する前に、まず貴様だあ!」


掛け声と共に、男の腕が空をいだ。


それは大気に異常を起こし巨大な風の刃を形成する。


風の刃は木々を切り倒し、壁のゴブリンを散らし、


ばばばばば!


異形の姿を切り飛ばした。


「先手は取った。

 さあ、出てきやがれジャイアントオーク!

 教会の威光を、今ここに…!」


ツンツン髪はゴブリンの群れに突っ込んでいく。




その頃、森林の奥では、


「…ば、ばばば!」


僕は木の皮をかじる。


とどまれ、とどまれ!


傷口を加護でふさごうとするが、


がふっ


血を吐く。塞ぎきれない。


「ばばばば!」


加護を使い空腹になり、手当たり次第に草木だろうが食べる。


とどまれ、とどまれ!


補充した栄養を使い加護で再び傷口を塞ぐが、


げはっ


血を吐く。塞ぎきれない。


「ば、ばばば!」


虫を食し、木を齧り、草木を食べ、森にあるあらゆるものを食い散らしながらこれをぐるぐる続けていた。


死にたくない!

死にたくない!


空腹で意識は朦朧もうろうとし、理性はない。

ただ生への執念だけが、僕を動かしていた。


まだ何もできてない! 死にたくない!

まだ何も始まっていない! 死にたくない!


「ばばばばばばば!」


生への執着に取り憑かれた餓鬼が、森を徘徊はいかいしていた。


「…ワタル」


その餓鬼の腕へ、誰かがそっと手をえた。


「……!」


空腹感に従い、腕が反射的にそれへ掴みかかる。

かすむ視界の中、伸ばした腕が何か肉質っぽいものを掴んでいた。


「……」


しかしそれは何も応えない。


「ヒール」


……!


突如、何か暖かいものが胸に広がった。


何か言った、何か言った!


どうやら動物のようだ。つまり、これは食える!


「…あ! ぐが! ばばば、いが!」


しかし、食えると思っても行動に移せない。


この暖かいものは、つい最近までその大事さに気付かず、俺がにじっていたものに似ていた。

母が、父が、姉が、タカホが、そしてスズネが、屈託なく微笑んでいる。


俺はまた、これを喰い荒らすのか?

俺は、変われないのか?


「うがああぁあ! ばば! がああぁあああ!」


空腹感が、飢餓感が、喰え! 喰え! と叫び続ける。


「…ワタル、苦しそう」


喰え! 喰え!


やめろおおぉおおお!


エ! エ! エ!エ!


やめてくれえぇえええ!!


「いいよ、私を食べて?」


…え?


少女は餓鬼の手の平を自分の頬に当てる。


「ワタルがいなかったら、あの時、私は犯され、殺されていたんだよ?」


ア、アアア


「あそこで無駄に死ぬはずだった私が、今なら意味を持って死ねる。それはきっと、幸福なことのはず」


少女はゆっくりと、自分に言い聞かせるように言葉をつむぐ。


アアアア、アアアアアア!


「おらを、食べて」


手が温もりを感じ、霞んでいた眼が視界を取り戻す。


少女は震えず、真っ直ぐ僕の瞳を見ていた。


「……」


その顔に恐怖はなく、慈愛をもって微笑み、涙を溜めているのだった。


ウツクシイ


僕は思った。


コレヲベルグライナラ、エテヌベキダ


空腹感が、飢餓感が、僕の命を圧迫する。


僕は死ぬ前に、もう少しだけこの美しいものに近づき、


「…え?」


その頬にキスをした。


落ちる意識の中、僕が最後に口にしたものは、花のように甘い香りで、涙の味がするものである。


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