第4話:一日一善


クカッカッカー


「……!」


奇妙な鳴き声で目が覚めた、と同時に空腹感が襲い、僕は無意識に近くのものへ掴みかかる。


「ひぃい!?」


それは少女の右腕だった。


「あわわわわわわ!」


持ってきたかごの中の食べ物を掴んでは相手の口へ、掴んでは相手の口へ押し込む。


がじがじ ごくん がじ ごくん


食べ物はあっという間になくなった。

僕の空腹も少しはやすまる。


「ふう、ありが…いて、いて、いて」


中身が空になると籠でバシバシ叩いてきた。

そこで腕を掴みっぱなしだったことに気付き、急いで離す。

すると距離を取って籠を盾のように構えられた。そこまで警戒されると少しショックだった。


「お、おはようございます」


籠越しに挨拶あいさつされる。


「…おはよう」


だから僕は籠に挨拶した。

どうやら朝のようだ。


「お、おらの名前はスズネ、です」


そういえば自己紹介してなかったな


「僕の名前はワタル ―― 」


スタタタタタタ


少女は走ってどこかへ行ってしまった。


「…です」


聞こえただろうか…


僕はわらの上で横になっていた。

ガラスの付いてない開けっ放しの窓から太陽が斜めに差し込んでくる。朝日だ。


病院、ではないな


酒神や悪魔神との会話が脳裏をよぎる。


あの子もいるし、おそらく、ここが世界…


昨日のゴブリンを思い出す。

名前を知ってても見たことないはずだ。あれはげん世界では空想の存在なのだから。


うーん、…うぐ!?


そして考え事をしていると突如とつじょ、さっき食べたばかりだというのに、空腹感が襲ってきた。

しかしこれが何なのかも今ならわかる。

腹が鳴らないこれの正体。

それは、自分の世界における空腹感。

こっちの世界にとってはちがう世界なのだから、世界空腹とでも名付けようか。


“ 一度 異世界のもので腹を満たせば、お前は二つの世界で飢えを知るのだ ”


僕はこの世界で朝食を済ませた。でも自分の世界での朝食を終えていない。だから、。これが『世界せかい空腹くうふく』だろう。

おそらく向こうの世界に行って腹を満たすまで、この空腹感は消えない。しかも朝、昼、夕と時間が進むに連れ飢餓感は増すはずだ。

これを今いる世界で解消するためには、


“ 善行をなせ。さすれば水で飢えは癒される ”


簡単にいうと、一日一善、そして水。


まだ異世界空腹が軽い今の内に行動しないと…


僕は藁から起き上がる。

そして走っていった少女の後を追うのだった。

何か手伝いをするために。


小屋から出ると木製の大きめな家が目の前にあった。

ここが少女とその家族の住む家に違いない。


ドアはあったがこっちは裏口だろう、そう思い、玄関へ向かおうとすると、


ガチャ


裏口のドアが開いた。

そこから気の弱そうな青年がひょっこりと顔を出す。


「ワタルくん、こっちこっち」


そう手招きするので裏口からお邪魔させてもらう。

どうやら少女に僕の名前は伝わっていたようだ。


裏口から伸びる廊下を歩く。

靴を脱ぐ習慣はないらしく、僕は裸足はだしの足も洗わずそこを歩いた。


「僕の名前はタカホ。

 妹を助けてくれて、ありがとう」


彼は少女のお兄さんらしい。


「僕らはこの家に奉公へ来ていてね。

 雑務をしつつ、お酒の作り方を学んでるんだ。

 とはいっても作り方に大差はなくて、正確にはいろんな商人の顔を覚えたり、覚えてもらったりが大事なんだけど」


廊下の分かれ道までやってくる。

すると別の方から少女がやってきた。


「あ! あんにゃ…、に、兄さん! 出掛ける準備できたから、あとはこれを洗濯して ―― 」


兄の後ろに僕がいることに気付く。

少女はシーツを抱きしめ、嬉しそうに手を振ってきた。


よかった

嫌われてはいないみたいだ


僕も手を振り返す。


「僕は彼の準備をするから、それが終わったら薬草採取に出発だ」


薬草採取?

それも手伝いになるけど…


「それ洗ってきな」


うぐ…そろそろ、我慢が辛い


「あ、あの!」


歩き出そうとする青年へ声をかける。


「すみません。

 その、宗教上の理由で、…い、一日一善しないと、僕 落ち着かないんです!」


主に空腹が

うん、嘘は言ってない


「一日一善?」


少女が不思議そうに首を傾げる。

青年の方も何を言ってるのかわからない顔だ。


「何か今すぐに! 手伝いをさせてください!」


これ以上この空腹感はキツすぎる!


腹を押さえ切実に訴える僕に青年が思案する。


「…スズネ、ワタルと一緒に洗濯してきなさい」


それを聞くとうんと力強く応え、少女は僕の手を取って走り出した。


「裏庭に井戸があるから!」


ドタバタと2人が裏口へ向かって行く。

それを見送ると、青年は準備に取り掛かるべく廊下を進むのだった。


舞台は裏庭。

桶に水を溜め洗濯板を使い、スズネと僕はシーツや衣類を洗っていた。


少しは空腹が収まった


洗い物をしながら時折井戸の水を飲むと、すうっと空腹がやわらぐ。

僕はやっと一息つき洗濯へ専念するのだった。


「ワタルの神様って何なの?

 一日一善ってやつ?」


スズネと僕では彼女が下かもしくは同年代だろう。

この世界でも僕は10代の体に戻っていた。


「えーと、酒神のビロールって神さま、だったかな」


悪魔神の話は避ける。


「わあ! おら達と一緒だべ!」


どうやら気を抜くとなまりが出るようだ。


「急さワタルが落ちてきた時はびっくりしたんど、酒神さまのお導きだったんだべ!」


少女は一歩近付いてくる。


じーー


そして顔を覗き込んできた。


「ワタルさ、どこの人だべ?

 瞳も髪も真っ黒な人なんて珍しいだ。

 純血だど?」


一番聞かれて困る質問だった。


「…実は、僕、頭を打ってから、その、記憶が無くて……」


目を逸らし、何とかしどろもどろにそう応える。


ゲーム主人公あるある設定

記憶喪失

うん、これしかない


「頭って、あのゴブリンのとき?」


僕は頷いておき、名前だけ思い出したんだけどと付け足しておく。


「父ちゃんや母ちゃんのことも忘れただ!?」


父さん…母さん…


元の世界の父と母のことを思い返す。

思い出すのはあの居間で見た、元気そうな父と母との再会。

あの時の喜びがまた胸に湧き上がり、少し涙ぐむ。


「…うん。

 少しは、覚えてるんだけど」


声が自然と涙声になってしまった。


「…可哀想だ、ワタル……」


…ん?


膝立ちになり、少女が僕の頭を胸に抱く。

どうやら慰められているようだ。


…ないよりあるな

中学生ぐらいか


振り払うほどウブではなかった。

どうしようかと考え、少女の気が済むまでしばらくそうしていることにする。


「…お邪魔だったかな」


すると後ろから声が掛かる。青年の声だ。


「あんにゃーー!」


少女は叫ぶと抱えていた頭を投げ捨て、僕は手元の洗濯板へ頭をぶつける。


痛い…


「こ、これはその…虫、…そう! 悪い虫! 悪い虫がおったでな!」


顔を赤くして少女はさっきの行動を否定する。


「そうだね。

 妹に付く悪い虫かもしれない」


そんなことないですお兄さん


青年に見下ろされながら、僕は洗濯の続きを再開したのだった。


そこからは青年も加わり洗濯物はさっさと片付いた。

僕の空腹も粗方あらかたおさまり、残す課題は薬草採取となる。


「…え? あんにゃ?」


君には薬草を取ってきてもらう。

薬草採取の内容を聞かされるにあたって、そう青年が語り出した時の少女の反応がこれだ。


「これが地図とサンプル、そして籠だ。できるだけ均等にたくさん取ってきてくれ」


青年は少女の反応を無視して事務的に話を進める。


「そげな! 場所もよくわからんのに、ひとりじゃ無理だべ!」


そう叫んだ少女の方を向いて青年は言った。


「お前はに、僕に黙ってひとりでも行ったじゃないか」


それは責める口調だ。


「お、おじさまが採ってこいって、じゃねぇど2人とも追い出すって…」


青年は呆れたように息を吐く。


「あれの言うことを間に受けるな。いつも言ってるだろ。

 運で金を握り、親方さまに置いてもらってるだけだ。いずれいなくなる」


少女はしゅんとして黙り込んでしまう。


「……」


話は終わったのか、青年はこちらへ向き直る。

そしておもむろに自分のネックレスを外し、僕の首へ掛けてきた。

するとそれの先に付いている石が、ぽうっと虹色に光る。


「こ、混合色だべ…」


少女が呟いた。


「君はやっぱり、神の加護を持っているんだね。

 こんな少年がひとりでゴブリンを倒したって聞いたから、まさかとは思ってたけど。

 …混合色、複数の加護を持っているなんて……」


青年は膝を折り、僕より目線を下にして話を続ける。


「…ワタルさん、薬草が足りないのは本当なんだ。

 でも普通に買うと高くて、僕らは今まで通り自分たちで薬草を取りに行かないといけない」


青年は顔を苦しそうに歪めている。


「いつもならなんでもないことなんだけど、ここ最近、ゴブリンが出始めて、そのせいで余計に薬草が値上がりしてるんだ」


…そんな所に、大事な妹を送り出すわけにはいかないよなぁ


「そこに君が現れた。魔物を倒し、僕の妹を救って…救、って ―― 」


……?


「……」


じーー


青年は僕の顔を見つめ出す。


スズネと鼻元とか似ている

やっぱり兄妹なんだなぁ


「…あの、何か?」


ずっとそのままなので、さすがにどうかしたのか聞いてみる。


「ワタルさん、どこの人ですか?

 瞳も髪も真っ黒な人なんて珍しい…。

 純血…ですよね?」


どこかで聞いたような質問が投げかけられた。


「あ、あんにゃあんにゃ」


後ろから少女が割って入り、兄にあれこれ耳打ちする。

青年はそれらのひとつひとつに真面目に頷いていく。その途中で、なんと!とか、まさか!とかの合いの手も入った。


「なるほど、記憶喪失ですか」


やはりと頷きながら立ち上がりつつ、僕の頭からつま先までじっくり見ていく。


なんか立ち振る舞いがおかしいか?


そんな兄を妹が肘で小突こづく。


「いや、失敬しっけい失敬しっけい、ワタルさん」


ワタルでいいですと返すと、青年はにっこり笑って頷いた。

その表情はどこか、憑き物が落ちたような晴れやかな顔をしていた。


「やはり、3人で薬草を取りに行きましょうか!」


…今なんと?


「記憶喪失の少年をひとり森へ送り出すわけにはいきません。

 僕はてっきり、教会の特殊訓練を受けた子供が逃げ出してきたのだとばかり。

 早とちりもいい所です」


はっはっはと青年は元気に笑い出す。


うーん?

ひとりで魔物を倒す少年プラス加護持ちイコール教会の人間、だったわけか?


「すいません。

 ゴブリンのこととか、教会のこととか、ひとつひとつ教えてもらってもいいですか?」


特に教会はやばそうだ

特殊訓練?

魔物退治の専門家集団って感じなのだろうか


「うんうん、記憶喪失なら仕方がない。

 歩きながらでも話すよ」


青年の口調も元に戻っていた。

いや、ずっと軽くなったかもしれない。


「ピクニックだー!」


少女がはしゃいでいる。

ちょっと待っててというと、青年は家に戻り、そして本当にすぐ出てきた。


あ、なんか


「あんにゃさまはねえ、魔法士なんだよ」


魔法、士?

魔法使いみたいなもんだよな


出てきた彼は杖にローブ、背中にリュックを背負しょっている。

ぱっと見て、RPGでいう魔法を使う人の見た目だった。


「ワタルはこれ」


そういうと青年から靴を、そして剣を渡された。

大人からしたら中途半端な長さの剣だが、今の僕にはちょうどいい。


「抜いてごらん」


言われるままに剣を抜こうとを握る。

そしてそれは思ったより軽く、僕は剣をすらりと抜いてみせた。


おー、なんか格好かっこいい


僕はゆっくり剣をさやに収める。


「スズネはこっち」


少女も何か渡される。それは青い石の入った指輪だった。


「え? いいの!?」


青年はこくりと頷く。


「スズネは僧侶の素質があるみたいで、回復魔法を使うと通常より効果が強く出るんだ」


青年はそう説明してくれた。

少女はニコニコと指輪をはめ、それを光にかざしている。


「それじゃあ日も高くなってきたし、薬草採取に出発しよう」


そして青年を筆頭に僕らは歩き出す。

これはいわゆる、僕の異世界に来て初となる『冒険』だった。


「なんかわくわくするね」


少女にそう話しかけられ、


「うん、わくわくする!」


僕は胸の中の高揚こうようを隠さず述べた。


村の出口で手続きをし僕らは森へと向かう。

村の周囲にはバリケードが張られており、それを兵士の人達がさらに強化しているのを見た。

彼らに挨拶してバリケードの一部を開けてもらう。

そして歩きながら青年からゴブリンや教会の話を聞くのだった。


ゴブリン。


不浄なる存在と呼ばれ、人間の汚いものを全て持っていると言われている。

自分より大きい雌とならどんな種とでも交尾しゴブリンを産ませる。

集団化すると厄介極まりなく、1匹見つけたら即殺し、複数見つけたら各個撃破が望ましい。


へえー


教会。


信仰する神の種類によらず、神の加護を破滅の抹殺にのみ特化させることを理念に掲げた集団。

彼らの目的の妨げとなり殺された人も多くいる。

加護持ちは必ず彼らに声を掛けられ、監視されると言われている。


こっわ!


「最後の方は迷信だけどね。

 でも気を付けた方がいいよ」


僕はこくこくと頷く。


薬草園までの道のりは穏やかで、途中に出てきたのもキラーラビットと呼ばれるうさぎや、レッサーバットと呼ばれる蝙蝠こうもりだった。


特に動きも早くなく、ワタルが剣を振るうだけでスパッと切られ倒れていく。


兎の方は青年が血を抜きリュックに掛けて持ち歩く。帰ったら食べるのだとか。

少女はとても喜んでいた。普通に兎肉のごとくうまいのだろう。


僕は試しに魔物を倒した後で水を飲んでみる。するとかえしつつあった空腹感が引いた。どうやら魔物を倒すことは善の扱いみたいだ。これはいい情報だった。


結果、薬草をそれなりに入手し、兎も2匹捕まえた。

普通の兎は近付くと警戒して逃げていくが、魔物は逆に襲いかかってくる。しかも弱いというのだから、棚からぼた餅だった。


「よかった。今日はゴブリンが出ないみたいだな。

 逆にキラーラビットは数匹出るなんてラッキーだ。

 さあ、日が沈む前に村へ戻ろう」


薬草園で食事を済ませ、そこを発つ。日が傾きかけていたから、村に帰れるのは夕暮れ時かもしれない。

ちなみに、食事は燻製肉くんせいにくをチーズとパンに挟んで食べるシンプルなものだった。


帰り道も特に何もない。レッサーバットが時折ときおり出たぐらいだ。

せっかくだからとハチミツも探してみたが、さすがにそこまで幸運ではなかった。


僕たちは夕暮れ時を歩く。

そのまま順調に村へ帰れる、


「あれ?」


と思ったが、


「……」


立ち止まり、少女が耳を澄ませる。

僕は警戒して辺りを見た。青年も同じように警戒する。

どうやら少女は耳がよく、何度もレッサーバットの不意打ちを事前に防げていた。


「村の方が、騒がしい、の…?」


…村が?


「…まずいな。

 森に隠れて近付いてみよう」


よくわからないが、僕も少女も青年の案に頷いた。


そして森に足を踏み入れると、


ぴぎぃ!


ぴぎゃ ぴぎゃ ぴぃぎゃ


5匹ぐらいのゴブリンの群れが現れた。


「ひぃい!」


少女が悲鳴を上げる。


「ちぃ!」


青年も舌打ちしていた。


「……」


僕は駆け込んだ。群れの中に。


ぴぎゃぎゃ!?


こいつが一番でかいな


まとめ役っぽいやつに狙いを定め、


『とどまれ!』


と念じる。

今まで兎や蝙蝠を倒したのと同じやり方だ。


するとそれだけで相手の動きが鈍くなり、


一撃で『とどめ』だ


スパッ


その脇をくぐり抜けながら、剣を振るう。

脇腹から斜め上に切り上げた剣筋は、そのゴブリンの腕と首を、きれいにはね飛ばした。

それは正に会心の一撃。


周りのゴブリンがそれを唖然あぜんと見上げている。


剣筋を返し『とどめ』の一撃をもう一度振るう。

2匹の首が飛んだ。

残った2匹の内1匹が我に返る。そいつが大声を出そうとしたのでそれを『とどめる』。

そしてまたまとめて首をはねた。


…ふう


『とどめ』ていた罪悪感や恐怖を元に戻すと、少し可哀想に感じた。しかし、こうでもしなければこちらが攻め崩され、少女がゴブリンの餌食になっていたかもしれないのだ。慈悲など与えてはいけないと、自分に言い聞かす。


「行きましょう、タカホさん」


茫然ぼうぜんとしていた青年に声を掛けると、彼はハッとして我に返る。


「お、おう!」


がらにもない声を上げると、ギクシャクして森の奥に入っていく。


……


少女も目を点にしてこっちを見ていた。

目の前で手を振るとハッと我に返る。

足元に気を付けるよう注意すると、青年に追いつくべく、少女の手を引いて森の奥へと向かった。


加護を使いすぎたな

少し腹が減った


先を歩く青年、彼がぶら下げている兎達を目で追いながら森を突き進む。


「なあ」


ん?


「ワタルには酒神ビロールさまの加護があるって妹から聞いたんだが、それってもしかして、闘神ビロールさまの加護なんじゃないか?」


闘神、ビロール?


「何か違うんですか?」


あ、そうだった、と青年は頭をく。


「えーと、ビロールさまにはいくつもの地位があって、その中でも加護を与えると言われてるのが、情神、酒神、そして闘神の3つと言われているんだ」


すごい神さまだったんだな、やっぱり


「あの戦い振り、闘神ビロールの加護じゃないのか?」


…いや、あの神は酒神と名乗った


「いいえ、酒神ビロールだと名乗りました」


なら誰がなんと言おうと、酒神さまは酒神さまだ


「…そうか。

 うん、僕の勘違いだった。忘れてくれ」


納得を示し、先を行く青年。

僕たちはそれから黙々と森を突っ切った。


「よし、横に出た。

 …うっわあ」


青年は叫びそうになって、自分で自分の口を押さえる。

そして僕と少女に驚かないようにと念を押して、彼は村の正面を指差す。

そこには、


「……!」


少女は口を押さえて目を見張る。


「…なんですか、あのでっかいの」


ブォオオォオ!


5メートルはあろう巨人が、丸太を片手に持って村の正面を叩きにかかる。

村を出るときに強化していたバリケードなんてすでに吹き飛んでいた。


バチチチチ!


すると、放電するような現象と共に、村と丸太の間に青白い膜がかかった。


「あれは?」


青年へと問うてみる。


「…結界だ。

 この村自慢の防御術だが、あれじゃあ持って、一晩…」


……


「その間に立て直しや、救護要請は?」


考え込む。


「…いや、助けは早くても3日後。

 兵力は…あの結界を頼りにしてたんだ。察してくれ」


絶望的、か


「…絶望的だ」


青年が僕の胸中を代弁した。


「……」


僕と青年が黙っていると、


「…げよう」


少女がぎうっと、手を握ってきた。

僕は振り向く。


「ねえ…逃げよう」


……


彼女は、そう、呟いた。


「ねえ、あんにゃ」


横を向き、兄にも同意を求める。


「…そう、だな。

 僕たちだけでも、外に出てて、よかった。

 …うん、ここを離れよう。みんなで遠くへ逃げるんだ」


2人の眼に力が戻り始める。

あきらめ、なげき、それでも決断し、次に進む。

この兄妹は、強い。強かった。


いや、それだけじゃない。名前しか知らない、記憶喪失なんてうそぶく僕を信じ、優しくしてくれた。

無知を笑わず、ひとつひとつ丁寧に言葉を教えてくれた。


異世界に来て初めて出会った少女。


初めての冒険。


それが、こんな終わり方…、いや、これから始まる生き方が、こんな悲しいところからのスタートだなんて…。


それで、いいのか?


お前は変わるんじゃなかったのか?

彼らにまだシラを切り続けるか?



「…最後に ―― 」


今までの俺なら逃げた


「最後にひとつ ―― 」


可能性があっても、自分の楽できる方ばかりを選んできた


「僕の ―― 」


なら、そこから変われ

何ができるか見定め、覚悟を決めてみせろ…!


「……」


僕は、可能性を目指すんだ


「 ―― 僕のわがままを、聞いてくれないか」


そう誓ったんだ


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