第3話:懐かしい香り


「……」


懐かしい香りが鼻孔をくすぐる。


「―― 起きて。ほら起きて。ベットに戻りなさい」


ゆさゆさと揺り動かされ目が覚めた。

僕はゆっくりとうつぶせから起き上がり、起こした人を確認する。


…え?


「寝ぼけてないで、自分の部屋に戻りなさい」


部屋の電気は消えており、暗いが、間違いない。間違えようがない。

その人物は、


か、母…さん?


最後に見た時より肌にハリのある母が、そこにいた。


「なんだ? 中学にもなってひとりで寝れないのか?」


横からいたずらっぽくそう話し掛けられる。

首を回してそちらを見ると、


「と、父、さん…」


僕に殴られ腫れ上がった顔を最後に、見ていなかった父の表情。

それが微笑んで、こちらを見ている。


「……」


ぽろぽろと、涙があふれてくる。


驚いた二人がどうしたのか話し掛けてくるが、言葉が詰まって、謝りたいことが多すぎて、何を言えばよいか、うまく話せない。


「ごべんよお!

 ごべんよぅお! どうざん! があさん!

 おで、いまばでふたりになんでごとを…!」


ようやくそれだけ言葉を吐き出せた。

悪魔神により記憶を掘り起こされた時、もし二人に会えたら、まず謝りたいと思っていたのだ。それが叶った。


しかしそんなことを言われても狼狽うろたえるしかない父と母。


「どうした、怖い夢でも見た…か……」


父が僕の肩を掴んで顔を上げさせる。


これは夢だろう

そうだ、夢に違いない


「お前どうしたこの体!?

 母さん、渡のやつガリガリに痩せてるぞ!」


しかしこの空腹感が、飢えの苦しみが、これは現実だと嫌でも教えてくる。

こんな嬉しい苦痛は初めてだった。


「きゃああ!

 どうしたの!? 何があってこんな!」


居間の電気を付けると、そこにはガリガリに痩せた僕の姿が。

しかし痩せこけた20代の体ではなく、僕は10代の若い頃に戻っていた。


「すぐに病院へ連れて行くぞ!

 俺が車に運んでいくから、母さんは台所から飲み物や食い物を!」


二人は大慌てで動き出す。


「ありがどう…

 ありがどうございばす……」


父さん…母さん…


「ありがどうございます…」


僕は父の背に背負われながら、譫言うわごとのように何度もそう呟いていた。


それは両親に対して。

そして死にかけていたクズに加護を与え、人生をやり直す機会をくれた神に対してであった。


「ありがとうございます」


父さん、母さん、…神さま

僕、変わるから

あんな未来、二度と、繰り返さないよ


僕は今日この日、クズだった自分を見直し、生まれ変わる決心をする。

腹には何もなく飢餓感で狂いそうだったが、胸には感謝と幸せが満ちていた。


ホント、気持ちじゃ腹は、膨れないんだな


そう思ったのを最後に、僕は意識を失った。


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