第2話:落ちた先
☆
ドカッ
まず感じたのは鈍い痛み。
「ばーばばば! ばばば! あばばばばばば!」
そして気が狂うほどの空腹感。
それはぴぎぃという鳴き声を上げる。
どうやら動物のようだ。
生き物!? これは食える!
がじり
食えると思うなり行動は早かった。
もっと肉を! 血を! 渇きに
がじ ぶちり がじがじ ぶちぶち がじ ぶちり
確かな手応え、
もうこれは僕のものだ!
僕は飢えが満たされるまで、この
すう
すると突然、飢えが半分に減った。
「…あ、……が?」
そしてその状態でようやく食欲以外への興味、詰まる所、自分が何を食べていたのかに思考が回り出す。
…赤茶肌の、サル?
サルぐらいの大きさだが毛はない。
僕はそれの首筋に後ろから
…うわ、血が緑色
赤というより緑っぽい流血を見て、若干食欲が失せる。
どうしよっかなぁ
今さら食うの止める?
背に腹はかえられないというか、それがくっ付きそうな
常人であれば吐いて捨てるだろう。
しかし未だ残る飢餓感が食事を要求しており、どうしてもそれを
これ以上食べるかどうか空腹と相談していると、
ぼか
ん?
後頭部に何か当たった。
膝をついたまま後ろを振り向くと、
ぼか
同じように前頭部をぶたれた。
「…ひ…ひ、ひぃい!」
比較的すぐ後ろ。
ぶるぶると震え、少女が棒を握り締め座り込んでいたのだった。
そして恐怖のせいだろう、振り下ろした棒にはまったく力が入っていなかった。
…あー、やらかしたかな
「これ、君のペットだった?」
少女がビクリと反応し、首をぶんぶん横に降る。
「ゴ、ゴブリンは、ぺ、ペットじゃないべ」
…べ?
え? ゴブリンって言った?
へー、これが
おかしな感覚だった。その単語をどこかで聞いたことがあるはずなのに、実物を見るのはこれが初めてだった。
まだまだ腹が減りすぎててうまく思考が働かないが、食べてはいけないものだった気がしてくる。
「………」
それは臭く、不潔で、常時であれば狩って食べようなどと思わない。
「うーん…」
ちらりと少女を見ると、少女は僕の方を見てぶるぶる震えている。
……
僕はゴブリンの死体をそっと横たえた。
さすがに食事を続ける気が引けたのである。
口元についた血を腕で拭い、中を舌で洗う。
そして立ち上がり、少女へ向き直った。
「……」
服の所々が破け、顔には涙の
おそらくゴブリンに襲われているちょうどその時、僕が落ちてきたのだろう。
僕は何でこんな所に…
…あれ? あれはゴブリン、じゃあ僕の名前は?
……ああ、まだ腹が減りすぎてて、頭がくらくらする…
「ねえ」
声をかけると少女はまたビクリと反応する。
「食べ物 持ってない?」
腹の虫をぐるぐる鳴らしながら僕は尋ねた。
少女のほっぺを見ながら
「す、すまねえけど…」
少女は食べ物を持っていなかった。
ぐぬぬ
「村に帰ればあるだ」
よしすぐ行こう
早く向かおう
しかし少女は腰が抜けて立てないという。
肩を貸してくれるようせがまれた。
太ってはいないが、ガリガリな僕より体重はありそうだった。どうしたものかと取り敢えず少女の腰を持つと、意外に軽く感じた。
これなら…
「え?」
よいしょと少女を肩に
「ええ!? 嘘だど!?
お、おら重くねえべか?」
肩の上で少女が身じろぐ。それもあまり負担に感じない。
「まあまあ。
それより食べ物は…、じゃなかった、家はどっち?」
少女があっちと足を伸ばす。
顔の隣にある尻が、足でピンと前方を指した。
僕はその方角へと歩みを進める。
腹が減って動けなくなったらどうしようと思っていたが、不思議とさっきから空腹感はとどまっているのだった。
僕は少女を担いで歩き続けた。
歩調は早く、少女も村はもう少しだという。
しかし、それからしばらく歩いたその時、
「…ぐ!? くそっ!」
それは突然だった。
とどまっていた空腹感が
ずいずいと押し寄せてくる飢餓感。
嫌でも自分が飢えているのがわかる。
僕の腹、どうなってんだよ…!
まるで腹痛の波のように空腹感が急にやってきて、さすがに
飢餓感に苦しみ出す僕。腹は極限にまで減っていた。
…食いたい
そんな僕には、隣にある少女の尻が、とても美味しそうに思え出す。
同時に、先ほど食い殺したゴブリンのことが脳裏をよぎった。
…このままでは、まずい……
「な、なんだ!? 魔物が出ただか!?」
少女は突然
ぐごるるるるる
「ひぃっ! ち、近くから鳴き声がしたべ」
安心しろ、それは僕の腹の音だ
「このままは、無理だ」
食いたい…
食いたい…!
食いたい!!
ついに限界がきた。
飢えのあまり意識が薄れ、僕は前のめりに倒れそうになる。
「あ、あんにゃさま!」
倒れる
僕はよろめきつつ踏み止まる。
そして少女は後ろ歩きでたたらを踏むと、そのまま立っていた。
「行け」
行って早く食料を…
ぐごるるるるる がおっ がおっ
「でも、このままじゃ魔物に…!」
しかし少女は一向に去ろうとしない。
「…走れ!」
このままじゃ、お前を…!
少女を
「……!」
ぐごるる ぐごるるる がおーん がおーん
「すまねえだ! すまねえだ!
すぐに村の兵士さ呼んで戻ってぐっから!
生きててけろー!」
いや、人じゃなくて、食べ物を…
空腹のあまり足が震え、とてもじゃないが立っていられない。
何でついさっきまでこんな状態で少女を担いでいられたのか、自分でも不思議だ。
「…ぐふ」
霞む視界の先で少女の後ろ姿を追いながら、僕は飢えのあまり、意識を手放した。
☆
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