3日目 第2試合 後編
(ドルドロスの杖の効果が通じないと言うことは、あの暴走は効果によるものではなく、自立意識と言ったところか)
格段に素早さや威力を増したダイタラボッチは、獲物を追うかの如く猛進と闘技場内を駆け回っていた。
しかし、一つ一つの攻撃を見極めながら、ブラックはそれをできるだけ少ない行動で躱していく。
それはまるで幽鬼のように、ゆらりゆらり、とステップを使い。
ひたすらに当たらないように動き続ける。
ダイタラボッチは壁を背にして攻撃を繰り返していた。
そのたびに地面に亀裂が入るなり地形を変えてしまうので厄介なことないが、ブラック自身に当たらなければどうと言うこともない。
相手はただ力強くて早いだけだ。
的としても十分なほど大きい。
小さくなることも出来るみたいだが、それはたいした問題ではない。
「さて、どう倒したものか」
事実、すでに倒し方は様々に思いついている。
もっとも手っ取り早いのは妖力で時間を緩め、その隙に剣で一刺しすることだ。しかしそれでは観客には何が起こったのかも分からないし、妖力という時点であまり使いたくはない。
(ならば順当に魔法で倒すか)
一瞬目をつぶると、ブラックは無詠唱で即座に魔法を発動させる。
定義魔法項目、重力魔法。
「ひれ伏せ」
瞬間、ズシーンと言う大地が割れるような音と共に、ダイタラボッチがその場で跪いた。
無論ブラックの言葉に従ったわけではない。
この世界にかかる重力が、ダイタラボッチのところだけ数十倍にも強くなったのだ。その巨体ならばかかる力は、いくら体が強かろうが、到底立ち上がれるものでもない。
ましてや、強すぎてダイタラボッチを中心としたクレーターが出来上がるほどである。
「グワアアアオオオオオオオ!!!」
よほど苦痛な力だったのか、ダイタラボッチは咆哮を上げる。
だがその悲痛そうな叫びを聞いても、ブラックは容赦も慈悲もない男である。
片手を振り上げると、ダイタラボッチの真下から柱形の炎が勢い良く巻き上がる。
灼熱の炎は紅蓮の輝きを見せながら、大地から吹き上がるように中にいるものを焼き尽くした。
恐るべき熱量に、近くの観客はともかく、反対側の観客もどうやら暑さを感じているらしい。
これはさすがに勝負は決したのではないかと、観客が見守る。
だがそれは早計であるとただ一人感じたブラックはその場から一気にはね除け、炎と重力魔法を解除する。
それと同時、炎に巻き込まれていたはずのダイタラボッチが、今しがたブラックのいた場所に巨大化して現れたのだ。
若干くすぶけて焼けただれているが、動きに支障は無い。
一歩遅ければ、下から繰り上げられた拳に吹き飛ばされていたことだろう。
「ほう、体を小さくして受ける重力を減らしたか。傀儡にしては小賢しい真似が出来るものだな」
ブラックはわずかに鼻息をならすと、共感するように声を出した。
話の通じない相手に声を掛けるのは愚策だ。それは分かっていることだったのだが、出さずにはいられなかったのだ。
そこにダイタラボッチが自我を持って話を聞いているかどうかなど関係ない。
本質的に、『元より人形として作られたか』、『人形にすべく作られた』かの違いを感じた、つまりは似たもの同士の戦いという事実に気付いたからであった。
「だが、同じ傀儡でも思考の差とは恐ろしいものだぞ」
「グギャラアアアアアアア!」
刹那、両方の姿が消えた。
否。
両方が目では追いつけないほど加速をし始めたのだ。
ダイタラボッチはその巨体であるにも関わらず、全身の力をひねり出すように。
ブラックは空中を飛びながら自身に加速魔法を掛けて。
そうして目が追いつけない速度の中、ブラックはわざと追いかけられるような構図で前方を飛び回っていた。
ダイタラボッチの方に正面を向けているあたり、先ほどのように避けるのではなく、正面から受け止める体勢だ。
しかし、絶妙な距離を保ち続けるおかげで、ダイタラボッチは腕をいくら振り回しても攻撃が当たらない。
ただ追いかけ、追いかけられる構図に、地面のみが固まっていくだけである。
もちろんそれが目的なわけではない。
きらりと光受けて反射するものが多数。
見れば、ブラックの回りには無数もの魔法で作られた鋭い短刃が平行して並んでいた。
「このトーナメントにはナイフ使いもいたようだがな、それはこう使うものだ」
声は早さにかき消されて誰にも聞こえないだろうが、独り言を呟くように彼は言った。
そして手を前にかざして狙いを定めたように標準を合わせる。
指をタクトのように振ると、その短刃はブラックから飛んでいき、まず一つ、ダイタラボッチの左腕に刺さった。
その次は右腕に刺さり、更には首元に刺さる。
脇腹、脳天、足首、胴体、ふくらばぎ、手のひら、胸元……
連続して出される短刃は気がつけばダイタラボッチの体中に刺さっていた。
(避けられまい、この加速した中で正面からの攻撃というのは。おまけにこれだけ小さいナイフをあの巨体で抜くのは、体の中に入った木くずを取り除くようなものだ)
魔法でエンチャントされた短刃は柔い攻撃では到底傷つけることも出来ない頑丈な体を貫き、固定する。
からくりとしては、物理で抜けないのなら、ナイフに原子レベルでの分解効果を付与すれば良いという発想にいたるものだ。
効果は絶大だった。
刺さった箇所からは血が流れる代わりに酸性の液体が流れ出ており、小さな刃を巨体が抜くことはほぼ不可能になっている。
だが一つ誤算があるとすれば、全身に刺さっているにも関わらず、その速度が全く落ちないということであった。
おまけに体を守るためか、背中から新たな腕が二本生えている。
(生存本能か、自己意識か、確かめてみたいものだな)
けれどその時間を作ることはしない。
「リュクレイア・ローム・ファライデル」
唱えられた三節の魔法、それは転移魔法だった。
そして移動したのはブラックではなく……
「グオオオオオォォォォォ!」
突如として闘技場の中央に穴が空き、そこから今まで目視が厳しかったその巨体が姿を現す。
加速していたためか止まることも体勢を立て直すことも出来ない。
寂しく足が空をもがき、ダイタラボッチはそのまま落下する。
そして中央に最大のクレーターを作り上げながら、地面に強くたたきつけられるのだった。
突如現れた巨体に、響き渡る鳴動に、観客は一斉に唾を飲む。
それも束の間。
いつの間にか空に姿を現していたブラックは、七剣フィリアスを手に、その体に紅蓮の炎を纏いて、追い打ちを掛けるように急降下をしていたのだ。
まるで隕石が振り落ちてくるかのよう。
未だ立ち上がることも出来なかったダイタラボッチが避けられるはずもなく。
バギリという何かが割れるような音を立てながら、ブラックの剣は深々とダイタラボッチの体の中央に刺さった。
静まりかえる闘技場の中、ついにその巨体は動かなくなる。
審判がそれを確認すると、途端、観客席は大きな歓声を上げた。
◇
(ナイフを体のあちこちに少しずつ刺すことで、体の中を動き回る
観客席で遠目に眺めるセリスは、愛しき弟の活躍に心の中で拍手を送った。
あくまで短刃を仕留めるものとしてではなく、敵の行動を利用しながら弱らせるものとして使った攻撃の仕方には、ナイフという小さな刃の特性を存分に生かした手段であり、驚愕を覚える。
(はあ、切り札はほとんど封印、鬼神の力さえ使わずによく戦っているわね。今までの対戦相手が弱いわけではないけど、正直面倒な戦い方ばっかりしてるわね……余計に恨むわよ、エルティナ)
もし、エルティナが敵の性能を確かめるような発言をしなければ、戦い方は変わっていたかもしれない。彼が前の試合などで怪我をすることもなかっただろう。
恨み節を頭に抱えながら、セリスは一足先に闘技場から出て行くのであった。
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