二日目終了後

 乗り切った。


 心なしか、二日連続で強敵に当たり力を使い果たしたような気分だ。

 しかし今のブラックには疲労感よりも爽快感みたいなものがのし掛かっている。

 それは日頃の鬱憤を晴らせたからかもしれないが、その類いの感情があるかと言われれば頭をまた悩ますことになる。

 とにかく、勝利。

 また明日のためになにか策を練らねばならぬが、それが終わった暁にはさっさと睡眠を取ることにしよう。

 侮るなかれ、体調を崩したら元も子もない。


 そうしてブラックはベッドで眠りへとついた。


_________


 同じ時刻、夜の町を霊の如く彷徨うようにうごめく影が一人。

 色気漂う見とれるような美女ではあるが、不思議とと近づくものはいない。

 いや近づけないのだ。


 なぜならセリスの回りにはいくつもの霊が漂い、守るように動きながら自然と人を押しのけていくためだ。


  そんな彼女が向かった先、そこには何やら頭巾を被り背には荷物を抱えた、いかにも怪しい人だと言わんばかりの格好をしている男がいた。


「こんばんは、着ぐるみの人」


 びくりと肩が跳ね上がり、恐る恐るこちらを振り向く。

 それもそのはず、この男が着ぐるみ中身だと分かる要素はどこにもないのだから。


「おー、な、ないすとぅーみーちゅー、ふーあーゆ?」

「自分の言語を使ったらどうかしら?慣れない言葉を使ったところで何も進展しないわよ」


 セリスの持つ気迫は素であれどブラックよりも強いものだった。

 その笑顔だけで人を殺せそうだ。


「な、何奴っ!」

「あなたと同じ裏方といえば分かりやすいかしら?もちろん私はまだ何かをしてるわけじゃないのだけどね」

「つまり明日の対戦相手のものというわけだな!くっ、ついに私の存在がバレてしまったわけだ」

「……最初から知ってたわよ。あれだけ随所で目立つことを行えばいやでも目に耳に入り込むわ」


 シュタッと華麗に逃げようとする相手をセリスは一睨みするだけで動けなくした。

 おかげで彼は変な体勢で固まったままになる。


「う、急に動けなく、おまけに寒くなって……へっくしゅん!」

「逃げようとしても無駄よ。私は少し話がしたいだけ、殺すような真似はしないから安心してちょうだい」

「いや、それ安心できませんから!なにさらっと人殺しの供述をしてるんすか!」

「うふふ、私は人殺しじゃなくて神殺しね。しかも神殺しをする神を殺すための存在、クロツグに害為すもの以外人を殺すことはないわ」


 あまり信用されていないみたいだが、ようやく話はする気になったようだった。

 まあセリスにとってはそれで十分だが。


「私はあなたたちのことを探らない前提で話すわ。クロツグは下作なことはしないわ。だからあなたもこそこそしないで正々堂々と正面からかかりなさい」

「それさっきもどこかで……」

「何か言ったかしら?」

「いえ、それで何故その話を」


 するとセリスは満面の笑みでこう返す。


「少しあなたが危なっかしいからよ。クロツグ……私の弟ブラックは優しいからあなたが何しようと見逃すだろうけど、私は見逃さないからね」

「それはつまり?」

「直接的にでも間接的にでも害を加えたら命は無いと思いなさい」


 きっぱりと告げられた言葉、それはセリスの恐ろしさが月明かりの光に照らされることで垣間見えるようなものだった。

 しかしわざわざ告げに来たというのだから、これはこれでセリスなりのに対する優しさであるのかもしれない。


「は、話は終わりですかね?」

「あっ、ちょっと待って。もう一つあるわ」

「え、ええー」


 彼はいかにも嫌そうな顔をする。

 しかしそれに反するように彼女の顔は一点変わってウキウキしていた。


「あなたの持っていた着ぐるみ、一つくれないかしら?」

「そ、その心は?」

あの子ブラックに着せたらかわいいと思うのよ。いっそのことあの格好で戦いに出してみたい気もするわ。そしたらあの子をもふもふしやすくなるじゃない。うん、もふもふ出来るクロツグ、これは欲望が止まりそうにないわね。ああ、想像しただけで少しよだれが出て……っとごめんなさい」

「ええーー!」


 この時彼は思っただろう、こいつキチガイだと。

 弟に対する愛は果てしなく、ブラコンブラザーコンプレックスならぬブラコンブラックコンプレックスであると。


 よだれを垂らす綺麗な女性と、変な格好にポーズで固まっている男性は実にその滑稽さを参加者の知らぬところでさらしていたのだった。

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