2日目 第3試合 前編
『
昨日掴み、そして整理された情報の中からかろうじてブラックは対戦相手――ダリアの情報を思い出すことが出来た。
「範囲空間内での世界の改変か、飲み込まれたら大変だが打てない手が無いわけじゃない」
誰かに言うわけでもなく呟く。
空間内であるのなら、自分が空間内から隔離されていれば良いのだ。なにも妖力は時の流れを変えるだけではないのだから。
動かすものは時間、存在するのは空間、互いに影響を及ぼしながらも干渉しない一対の原則。両方制してこそ、真の力を発揮するのだ。
時を止められたとしても、空間を掌握されても、ブラックが勝てるのはそれが規則なのである。
◇
第二試合の開始、その合図が今ここに出された。
「先に言っておくが、戦いに話は必要ない。今使える力で全力で向かわせて貰う、それだけだ」
「ほう、貴殿は膝を交えることにも袂を分かつか。昨日の試合も俯瞰されて貰ったが、食えない男よの」
「……人の見方など個人の思考に過ぎない。対等に持ち合わせる意思がある限り、お前が俺をどう見ようとそれは個人の自由だ。無論、その体が偽物であろうともな」
「すでに、掌握済み、か」
答えを返すのには少し迷った。
だが、仕込みをする時間をこの間に作るのは昨日の戦いにおける効率的な面から悪くないと判断した結果に過ぎない。
そしてそれは完了した。
必然、ブラックは攻勢に走る。
右手に七剣フィリアスと、左手に三杖ドルドロス。
いつもの組み合わせであるが、今回はちゃんとした理由からこの装備を武器とした。
勝利条件、疑似肉体の破壊または心臓の破壊。
つまるところ相手の体を直接破壊すれば良いのだ。それを行うには近距離で剣、遠距離で魔法とするのが一番である。
だが爆散魔法などで一撃でけりを付けないのにはこれまた理由があった。
『全ての夜を愛して』と同列に面倒な能力を、対処しづらいもう一つの力を持っているからだ。
だから仕掛ける。
猛烈なうねりをあげた炎が地面から飛び出しては相手を襲う。
また天からは大量の矢が降り注ぐように光が落ちる。
それは執拗なほどにダリアを狙った。外す外さないではなく、全て当てるように調整した。
そして飲み込まれるようにブラックの攻撃は消え去った。
「やはりか」
少しばかり危惧した力、それは『悪食の王』あらゆるものをエネルギーとして飲み込む力である。
こればかりはドルドロスの杖でもエネルギーとしての変化は消せても、力までは消すことは出来ない。つまり現段階で魔法による攻撃は通りづらいというわけだ。
「良き筋だが、甘露」
「……さて、な」
「ふむ、思弁はまだある様子、ならば機あり余からいかせてもらうぞ」
ブラックはドルドロスの杖を消し去るようにしまった。
逆にダリアはどこからか金属によって構成された硝煙の匂い漂う道具を取り出す。
(魔力銃、いや実弾の方の銃か)
しかし考えている暇など無かった。
ガトリング、ミニガンと呼ばれる大きめな武器が猛威を振るう。
弾丸が秒も数えないうちに大量に吐き出される。
轟音、耳を切り裂いてもおかしくないような機械音が鳴り響き、そして聞き慣れない周波を与える。
だが恐るべきはその威力だ。
生身の人間がこの距離で当たれば体に風穴が開くのは必須、地面に当たっても小さなクレーターが次々と出来上がるほどだ。
幸いにも当たったところで運命のパラドックスがあるので問題は無いだろうが、当たりたいとも思えない凶器だ。
即座に出された障壁魔法がブラックを攻撃から防ぐ。
ガラスが割れるような軽快な音を立てながらも、そう簡単には壊れたりなどしない。
けれども相手の攻撃は無限大だった。
撃ちきったその武器をリロードするのかと思いきや、それを捨て新たなものを取り出して撃つのである。
「ほれ、どうした。もっと余を歓喜させんか!」
ズバババババババババババ!
鳴り渡る銃声、漂う硝煙の焦げる匂い。
観客も聞き慣れないものもいるのか、耳を塞ぐものがいたり、鼻をつまむものもいた。
だがその程度でひるむブラックではない。
「ならば撃てば良い、後ろに控えるそのデカ物を」
降り注ぐ訛りの雨の中、ブラックは確かに確認していた。
ひときわ大きな存在を見せびらかす殊更凶悪そうな武器を。
「嘗められたものだな。だが甘えるとしよう」
銃弾は鳴り止まない。
けれどもダリアは示された武器をブラックの言う通りに構えた。
そしてそれは真っ直ぐと孔を向けられながら発射される。
BGM-71 TOW。
その威力故に人ではなく対物兵器として用いられる武器。無論人に向かって放たれれば、人である面影を残せるかは運次第となる。
破壊的なほどの射出音。
そして空を切る音すらも凌駕する進撃。
それはこれまでの試合の中で、明らかに一番巨大な爆発だった。
煙が上がる。土の混じったそれは、視界を奪う上に目に入ればひとたまりも無い。
また爆音のせいか鼓膜も正しく動けているかは誰にも確認できない。
観客は勝敗を決したものだと判断していた。
これだけの大爆発が起これば、人である限り誰一人とて生き残れるものはいないだろうと。
だが、戦場に舞うもの達は違った。
爆発と同時、上がった煙に混じりながらブラックは一気に加速した。
なにせこの時を待っていたのだから。
七剣フィリアスを片手にずっと開きぱなしだった距離を詰めにかかる。
相手も姿が見えなくてもその気配に気がついたのか、再び銃撃を開始する。
しかしこちらもあちらも煙の中、視界が悪い上に先ほどの爆発で耳なんて誰も機能していないはずだ。
銃弾を当てるのは極端に難しくなる。
蛇足を噛ましながら、ブラックは迫ってきた銃弾のみを感覚だけで切り裂いた。
キンッと金属と金属がぶつかる音が響くが、それもたいした音ではない。
最小限だけの動きで剣を振るい、銃弾を真正面から受け止める。
その数、十発ほど。
魔法で加速したブラックにこの程度の距離を詰めるのは、数秒ともかからない手間だった。
煙からダリアの前に咄嗟に現れた彼は、ぶちかましを掛ける攻撃を振るう。
「はあっ!」「ふんぬっ!」
彼女はどこからか現した剣でブラックの斬撃を受け止める。
ギイイン!と剣と剣がぶつかり合う。
だがブラックの剣はただの剣ではない、武器破壊の特性を持つ武器なのだ。
ダリアの出した剣は一撃で斬り落とされ、その刃を半分にした。
だがそれでは済まさない。
ブラックはすぐに二撃目を、ダリアは新たな武器を適当に取り出す。
足を踏み込み、上段振るい。
彼女はそれを当然の如く受け止め、そして一歩下がりながら別の手で新たな武器を取り出す。
武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し、武器破壊、取り出し。
無限とも思えるその攻防は、あるところで一定の区切りを付けた。
そう、後ろへ下がれないほど壁際に追い込んだのである。
「まさか余の攻撃を利用するとはな」
「言葉も使いようには兵器だ。乗ってくれて楽になった」
「それはどうだか、まだ余の力を抑えきれていないではないか」
「それも今終わる」
ブラックはゼロ距離で魔法を撃ち放とうとする。
ダリアはそれに対しては、当然そちらを発動した。
人とは一度対処できたものは同じ方法で対処しようとする。それは追い詰められているときほど余計に作用するものだ。
だからブラックは仕掛けようとした攻撃をやめ、手を突き伸ばしてダリアのみぞおちの部分に張り手を入れた。
バキリ、何ともいえない感触が自分の手に伝わる。
「なんだとっ!」
ダリアの『悪食の王』は作用しなかった。
それだけでない、脳内に張り込ませていたであろう複数の意識が壊れたのである。
そしてブラックの手には一枚の札が握られていた。
「なんだそれは」
「呪札。魔法使いがそれまで倒せなかった霊や精神体を倒すことに特化した武器だ。また、それらをこの札にしまい込んで使役させることも出来る」
ブラックが放ったこの一手は、この全てのため。ダリアの持つ『全ての夜を愛して』以外の攻撃手段を全て封じるための前撃なのだ。
「この札にはすでに取り込んだ強力な霊が封印されている。エネルギー体でもないこの霊が食物として取り込まれることはない、そしてそれを取り込んだ悪食の王、つまりお前がどうなるかは分かりやすいだろ」
霊が浸食した、つまり強引に霊に取り憑かせたことになる。
また空となった呪札にはダリアの持つ二つ目以上の精神が取り込まれたことになる。
ダリアの力を戦う前に思い出したとき、ブラックは真っ先にこの方法だけを思いついた。そうすれば相手は切り札以外使えなくなり、またブラックも切り札だけの対処考えれば良いのだから。
「そうか、だが黒き若人よ、余の力忘れたわけではあるまいな。ここはもう、すでに余の圏内だ」
半径五メートル、いや密接するほどにブラックはダリアの前にいた。
もちろんそこはブラックが切り抜けなければならない、もう一つの力の範囲内である。
逃げることもなければ、後ずさりすることもなく、黒き魔法使いは黒き世界へと招かれるのであった。
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