余興(後)

 触らぬ神の炎帝竜フィクスド・エンファイア・ドラゴン

 天界リューテに存在する竜の一種。

 危険度SSS(最高ランク)、ただし近づかなければ危険度はない。


 そんな相手が戦える戦力すらあまりいない町で暴れているとなれば、ただ事ではすまない。どうにか対処をしなければ、数時間も経たないうちに町を焼き尽くしてしまう。


「さて、どうしたものか」


 ブラックには上記以上の情報がなかった。なぜなら、神ですら倒せない上に、近づかなければ危険度がないのだ。誰がそんな竜を倒しに行くというのか、当然のことごとく相手の情報は無いに等しい。


 建物の影に背を合わせるようにしてブラックは竜を見る。

 奴はその大きな翼を使って空を飛ぶこともせず、咆哮を上げながら近くの建物に炎を浴びせ続けていた。

 吐く炎は青く、いかに高温であるかを示しており、それは口から放射状に伸びてはものに当たれば拡散していた。


(あの炎だけが攻撃パターンではあるまい。神が倒せないというのだから、別の何かを持っているはずだ)


 ブラックは慎重に見極める。まさかあの竜がそんな程度であるとは思えない、人にとってはそれだけで苦戦するだろうが、魔法使いからしてみれば炎だけを対処するのはとても容易だ。


 動くのならばここから被害が広がらないように、セリスが結界を張るのを待つべきだが、竜の近くには先に討伐を試みようとしているもの達がおり、今にも踏み潰されそうにしている。

 どうやら剣が折れてしまったらしく、逃げようにも炎に巻かれて動けなくなっている状態らしい。


(妖力を使えば助けるのは至って簡単だ。けれど、使うほどの価値もなければ助ける価値もないか)


 力量を量らずに無闇に突っ込んだ人間はただの自殺行為に等しい。あの者達が死んだところでブラックに影響はないし、秩序と安定を乱すわけでもない。世界を歪ませる可能性のある妖力を使ってまで助けるのはいささか愚的行為に過ぎない。

 せいぜい奴らが役立つとすれば、少しでも竜と戦闘をして貰って竜の行動パターンなどの情報を得て貰うくらいだろう。


(待つか)


 結局ブラックはそいつらを見捨てることにした。

 セリスの結界がまだ張られていない以上、ブラックも派手に力を使うことが出来ない。

 念のためと彼の周囲には薄い透明の板らしき、障壁魔法が張られる。


 竜は炎で閉じ込めグループ三人を逃げられないようにする。

 その中の魔法使いが炎を消そうとするが、焼かれる火はすでにそこの広い敷地を一面に焼いており、消してもその先がまた炎となる。

 それでもわずかに進めるだけだが、竜の直接による攻撃を防がないわけにもいかない。

 竜は鋭い爪を落とし、空ごと三人を引き裂かんとする。

 しかしそこに大きな盾を持った一人が入り込み、何とか押さえ込んだ。

 剣が折れた残る一人が、その隙を突いて近くから魔法を放つが、竜の身体は硬く、一切の攻撃を受け付けない。


(腕の振り下ろし角度45度、連続振り下ろし回数は最大三回、炎の射程範囲30m、位置把握は目より鼻を使っている、体心を安定させた戦い方をし、直接と遠距離の攻撃を使い分けることが可能、その他攻撃は不明だが今のところ空を飛んで攻撃を行う方法は見られない)


 解析は順調だ。竜の攻撃手段が平凡的すぎて、他にどんな行動をするのかが分からないが、今のところブラックに対処不可能なことはない。

 そうしているうちに盾持ちの人間が盾ごと切り裂かれて血しぶきを舞い上げて死んだ。

 また、上空には霊的な力が込められたセリス独特の結界が張られ、周囲を大きく取り囲んでいる。


(結界が完了、そろそろぶつかりに行っても大丈夫か)


 そう思って右手に剣を取り出したとき、防御を失った残りの二人が同時に切り裂かれて青い炎の中に赤い血花火を打ち上げた。

 どのみち全滅、ブラックが出るしかなくなったようだった。


 言葉の通じない竜に話しかけても意味は無い。

 倒すと決めたのならば、慈悲をかけずに真っ向から決め撃つのみ。


「死してなお我に仕えよ、死教の導き」


 ブラックはまず属性魔法に入らない定義魔法を放つ。

 魔法を当てたのは先ほど死んだばかりの三人であり、それらはむくりと起き上がると、血を流し続けながら竜に刃向かった。


 ブラックは魔法を込めて杖を大地に突き刺すと、一面の炎を消す。

 そしてあの三人がまた向かっている間に武器をいくつか取り出した。


 竜はブラックの存在に気がつくことなく、また再び向かってきた三人に炎を吐く。

 皮膚がただれ、肉が焼き焦がれてタンパク質の焼ける独特の臭い匂いが周囲に巻き起こるが、それでも今度はその三人は歩みを止めない。

 各自それぞれ魔法を放つなど攻撃を行い、竜の気を引きつけた。

 動じない三人に腹を立てたのか、竜は再三咆哮を上げて爪で同時に真横に引き裂いた。

 輪切りとなった三人の身体はその場で動けなくなり、今度こそ息の根を止める。


 だが、そこから始まりだった。


「邪魔だ」


 ブラックは輪切りの身体を蹴飛ばしながら、剣を片手に竜に正面から突撃していった。

 突如現れた新手に竜は若干驚きを見せながらも、素早い動きで回避の行動を取る。

 だが、図体の大きい相手は動きが鈍く、身体の部位を全て同時に動かせるわけではない。

 ブラックは足下のみを狙うと、左足の足首からを剣でぶった切った。

 たちまち竜は咆哮を上げ、バランスを崩す。

 彼はそのまま追撃をかまそうと上段に剣を振り上げるが、そこには竜の爪があり引き裂きにかかっていた。

 追撃をやめ、ブラックは即座に攻撃の範囲に入らない45度より下の方へ回り込み、転がりながら持つ武器を変える。


(図体がでかい癖してかなり素早いな)


 ブラックは起き上がると共に即座に大杖から雷魔法を放つ。

 だが、竜も立っていられないと判断したのかブラックの攻撃が来る前にようやく翼を使って空へと飛び上がる。

 そのおかげで雷魔法は外れ、竜は制空権を覇する。

 しかし彼が用意していた魔法はこれだけではない。

 不用意に浮かべていた魔導書を軌道させると、それらは中にある文字を使ってお互いに結び付き合い、竜を捕らえる罠へと変わった。

 やつはもがき、当てずっぽうに炎を吐くが、無論ブラックに当たりもしなければ外へはセリスの結界が省いてくれる。

 空中には燃やされた空気だけが居残り、灼熱の地獄を与える。


 しかし、ブラックの予想は当たった。

 竜は突如として全身を炎に包み込むと、魔導書で縛った罠をそれだけで突破したのだ。


「一筋縄ではいかない、か」


 先ほどよりも素早く、太く炎が放射される。

 それは数秒も経たずにブラックを飲み込むが、すでに敷いてあった障壁魔法がその炎を防ぎ、ブラックの身を守る。

 そして反撃とばかりに彼は杖から貫通性の高い強烈な光魔法を放つと、自分に向けられていた炎を打ち破って、そのまま竜へと攻撃する。

 貫通とまでは行かなかったが、竜の鱗が数枚剥がれ落ちたのが見える。

 だが、それだけでブラックは竜の本質を見破れた。


「宿炎の纏いか。確かに竜が使ったら神は敵わないな」


 それは特殊な高温の炎を纏うことで攻撃自体を燃やして身を守る技である。だが自分の身体も燃やすので、その分自分へのダメージもでかい。竜の耐久力だからこそ耐えられるものであり、人や神が使えば致死性に至る自滅覚悟の技だ。

 基本的に炎を纏っている間は攻撃を受け付けない上に、炎による攻撃が格段に飛躍するが、それでも燃やし尽くせないほどの強い攻撃を受ければ身体はボロボロと壊れる。

 そう簡単には落ちない竜の鱗がそうなるのもその結果故だ。


 ただブラックがそれを見破ったところで、すでに決着は付いたようなものだった。

 ドルドロスの杖の効果が発動し、竜に纏っていた変化は全て無くなっていた。無論、その効力も耐久力の変化も。


 ブラックは即座にその場から魔法の起動に入ると、同時に竜に束縛を掛ける。原初の神の力さえも束縛してしまうエルティナの力、当然のことごとくこれから逃げる術はない。

 竜は強くもがく、逃げる術はないかと。

 だが、縛られた時点で最後。奴は炎を吐き出すことも出来なければ爪でひっかくことさえ出来ない。声を上げることすら出来なければ、空中で時が止まったかのように佇んでいた。


 そして即座に起動の完了をしたブラックの魔法が一気に襲いかかった。


 一撃、真上から竜を貫くようにして雷が落とされ、全身をしびれさせる上になくなった左足には痛烈なダメージが入る。

 二撃、重力魔法により竜は為す術なく地面にたたき落とされ、その場に振動と共にクレーターを作り上げる。

 三撃、更に魔法による固定が働き、竜は完全に動きを止める。

 四撃、分解魔法が竜の鱗を剥がれ落とし、奴の素肌を空気にさらす。

 五撃、空中に飛ばしていた七剣フィリアスを突き落とし、首と地面を縫い付けるように貫通させる。

 そしてその他周囲に用意していた魔法が十数個混じり合いながら、竜へと攻撃をぶちかましていき、爆発という爆発がその地に爆弾を落とされたように響いていく。


 強風が吹き荒れ、ブラックのマントをはためかせ、髪の毛も乱す。

 混沌とした結界の中に破滅の音は鳴り続け、鼓膜を打ち破らんと周期を震わせ物質を振動させる。

 点滅の光が砂埃の中から度々顔を現し、晴れ晴れとした空に対抗を重ねてシャッターを続ける。


 打ち過ぎると思えるくらいの魔法の嵐が収まった頃、そこには竜であったかすらどうかも分からないくらい、身体のあちこちが破けて内臓や肉が焼けた死体があった。

 立派な翼にも穴が空き、鱗は周囲で割れながらも輝いている。

 まがうことなく、竜の討伐はここに終了したのだった。 


 周囲の建物は壊れてしまったが、すでに燃えていて住める状態ではなかったで、まあ問題ないだろう。

 責任も自分のものではないことだし、ブラックは後々が面倒でも嫌なので、早々に立ち去ることに決めた。


 姐さんもそれを知ったのか、結界を解いて急いでブラックのところへ駆け寄ってくると、ご褒美なでなでをしてくる。(いらない)


「ふふ、よくやったわね。んーさすが私のクロツグ」

「なでなではいいから、さっさと立ち去る」

「少しくらい勝利の余韻に浸っても良いのに……」


 早くも腕をほどかれ、残念そうにするセリスを引き連れてブラックはそのばから逃げ去るようにして消えていった。


 ◇


 宿泊施設。

 今日泊まりに来たばかりの場所で、セリスの希望により相部屋になったブラックは早々と部屋に入り込んだ。


 するとそこには何やら不審な手紙が一枚置いてあり、自分宛に名前が書かれていた。


「あら、誰からかしら」

「知らんな」


 中を開け、文を呼んでみるとこう書かれてあった。


『今日の余興はどうだった?あの程度じゃ相手にならなかったかしら?でも本番はもっと強いのいるから安心して良いわよ』


『エルティナ』


(全てあいつの仕込みよ、ふざけやがって)


 頭が痛くなるような行動に、ブラックはただため息をつくしかなかった。



※作者コメ※

・あまり得意ではないけど怪物系との戦いを書いてみました。対人戦と違って会話も武器の変化もあまりないのでやっぱり難しいですね。

・最後で分からなかった人のために追記しておくと、エルティナがブラックの近くにいる参加者を排除して、竜を送り飛ばして戦わせ、暇つぶしを行ったという内容になっております。

・戦いのシーンをできるだけ短くするのって難しい……w

 








 



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