余興(前)

 食事、宿泊、優勝者予想、仕事、お祭り、デート、汚職、不倫、お金、遊戯、快楽、絶望、恨み、怒り、喜び、楽しみ、妬み、苦しみ、不安、うぬぼれ、感謝、拒絶、疑惑、満足、脳天気、冷笑、戦い……


「どう、何か分かった?」

「いや、調べた範囲内には参加者はいないようだ。もしかしたら人の姿をしていない可能性もあるから何とも言えんが、少なくともここら辺ならのんびり出来そうだ」


 ブラックが行っていたのは、完全統制制御を使って周囲の人物全員の考えていることと、視覚や聴覚、他感覚を視ることだ。ブラックに感情がないため、楽しいだとかは理解できないが、考えていることからしてこれからこれをするんだなと言うのは感じ取れる。


 これは他の参加者など、あわよくばそいつらの情報を掴んでおこうというものだが、それ以外にもこの世界を乱そうとしているものがいないかを探していた。

 しかしまだ来ていないのか、それとも参加者はどこかへ行ったのか、彼が指定した半径3km範囲内には誰も存在しなかった。そしてトーナメントにとって邪魔な存在も、また見つけることはなかった。


「ならどうする?まだ時間は十分にあるけれど、お姉ちゃんとデートする?それとも食事?お風呂?」

「姐さんにしてみれば全部変わらないだろ、それ」

「うふふ、何だって良いのよ。ゆっくり出来るなら今のうちにしておいた方が良いし」


 手を繋いで歩く姿はやはりただのカップルにしか見えない。

 それでも二人は姉弟なのだが、そう見える原因を作っているのはセリスの方であろう。


「確かに始まったらゆっくり出来ないかもしれないけど、デートすることをゆっくりするとは言わない」

「あら、私にはクロツグといることが何よりの幸せの時間なのよ」

「俺じゃなくて姐さんがゆっくりするのか……」


 相変わらずだとは思いながらも、どうせ自分にはトーナメントが始まるまで、予定していたこともやることも一切ないので、付き合ったところで特に支障が出るわけでもない。

 せいぜい食事とか身の回りのことをする程度だ。 

 なので姐さんに言われるがままに動くのも構わないのだが。


「それより姐さん。近くに敵がいないと分かったんだから、その妖怪達や亡霊達をしまってもらえないか?少し見苦しい」


 そう、カップルに見えるのは霊感の弱い人たちだけ。ブラック達から見れば周囲は人よりも霊の密度の方が高くなっていた。

 これはセリスの武器にある呪札に封印されているものだが、クロツグを守るためだと彼女が一斉に解き放ったものになる。


 うーうーとうめきが聞こえたり、殺すとか、苦しみの奇声を上げたりとか、食べたいとか、耳障りな声が聞こえたり、通りすがりに人々に取り憑いていったりするのでいちいち解除させるのが面倒である。


「あら、でも彼らはいい防壁よ。どんな攻撃だろうと身代わりになってくれるもの」

「デートしたいならしまってくれ。戦う分には良いが、歩く際にまでいるのは少々気が滅入る」


 と変わらぬ真顔で否を唱える。


「仕方ないわね。でもそれであなたに攻撃を仕掛けた奴がいたら、今度はそいつに私たちの警護をして貰うことになるわよ」


 と変わらぬ笑顔でセリスは霊達を呪札に戻した。


 視界がすっきりして日の光もちゃんと浴びられるようになり、ブラックは一呼吸付く。

 だが実際すでにブラックにわざと肩をぶつけてきたチンピラを、セリスは音も立てずに亡霊に変えてしまったので、ブラックとしてはセリスの言いがかりにあまり納得はできなかった。



 そんな中である。突如として街中にサイレンが響いた。



『緊急事態です。先ほど、トーナメントの余興に使われる予定だった、触らぬ神の炎帝竜フィクスド・エンファイア・ドラゴンが脱走しました。市民及び観光客の方は速やかに地下壕に避難してください。繰り返します。緊急事態です……』


 そして近くのスピーカーから大音量で一斉に声が流れる。

 焦るような男性の声は、あまりにも急いでいることが分かり、それが尚更人々の不安をかき立てる追い風となったが、いかに緊急事態であるかもしっかり伝わるものだった。


「あら、急な騒ぎね」

「触らぬ神の炎帝竜か、聞いたことあるな」

「私たちの世界にもいる比較的おとなしいドラゴンだったかしら。けれど暴れると神でも手が付けられないから、危険度最高ランクに指定されていたはずなのに、よくそんなもの余興に使おうとしていたわね」


 自分の世界にもいるというのが何とも気がかりだけれど、ブラックとしてはこのまま見過ごすわけにはいかない。トーナメントが潰れればエルティナの任務自体が失敗になるし、おまけにこの世界の秩序と安定を壊すことになる。

 止められるものが近くにいない限り、聖賢者としては絶対に傍観できる立場には存在していない。


 あいにくと言うべきか、周囲の人々の情報は先ほど全て頭の中に直接インプットしたばかりだ。目の前にいる人物が誰なのか、考えていること身長体重など全て聞かなくても言い当てられる。

 そしてその情報からは近くにあのドラゴンを止められるような能力を持った人は誰一人として見当たらなかった。


 つまりいまのところ倒せるのはブラックかセリスくらいだ。 


「姐さん、状況はあまり読み込めていないが向かう」

「そう、ならデートは少しお預けね。ぱぱっと片付けちゃいましょう」


 セリスもブラックに攻撃するものは許さないという反面、怪我をする恐れがあってもブラックから攻勢に出るのは許すという妥協点を持っていた。


 ブラックはセリスに一回頷くと、空中にいくらでも浮遊している精霊の声に耳を傾け、竜のいる方向を知る。

 そのままセリスを抱くようにして抱えると、足を踏み込んでそのまま高く飛び上がった。


 ◇


 竜の姿は空からでも確認できた。

 天界で聞いていたとおりに同じく、赤い身体をしており頑丈な鱗に覆われている。体格は平均的な竜より1.5倍くらい大きく、爪や牙は鋭く針のように尖っていた。


 竜は古代語を話せる生き物なので、ブラックはまず最初に空中から意思疎通を図ってみたが、反応はない。

 完全に怒り狂って暴れている状態だった。


 仕方が無いので、一旦少し離れたところでどうにかして止めようとしている係員のところへ向かい、話を聞くことにした。


 ふわりとマントがはためいて二人の足は地面に着地する。

 竜の力か、石で作られた道路はすでに熱を持っており、靴越しにその熱さが伝わってきた。


「わっ、君たち。ここに来ちゃダメだ。今すぐ市民は逃げて……」

「俺が市民に見えるか?」


 ゆっくりと低い声で放たれたブラックの言葉は、身体から放たれる威圧と共に係員に冷酷な刺激を与えた。

 そのおかげで少しだけ冷静さを取り戻すことが出来たその係員の男は、手に持つ魔力銃みたいなものを下げてこちらに正面と向かう。


 黒い服に黒いマント、姐さんの格好も含めればここに住んでいる市民の格好ではないことは明らかである。


「君たちはなにも……」

「状況を聞かせろ。あいつは俺が対処する」


 放置する時間がもったいないので、男の言葉を遮ってブラックは問いただす。

 変化しない表情のせいか、その男はすぐにブラックに負け、彼が誰であるかなんかなど聞かずに話を始める。


「余興のためにあの竜を連れてきていたんだが、突然目を覚ましたと思ったら暴れ出して、最高峰の頑丈さを誇る檻を壊して攻撃を仕掛けてきたんだ。そしたらあの通り、誰も手が付けられないし全然刃が立たない。おまけに係員も君たちみたいに先に向かった勇者とやらも颯爽と死んでしまってね、押さえつけるのに難航しているんだ。出もこのままじゃ危ないから避難勧告を出して……」


「よくあんな奴を余興なんかに使おうとしたな。あいつは神でさえ手に付けられないほどの竜だぞ」

「いや、じゃあそんなのどうやって倒せば良いんですか!というか君は倒せるんですか!?」


 ブラックは取りあえず誰かが仕組んだことではないと聞いて安心する。これで誰かが裏引きをしているのなら更に面倒なことになるからだ。


「倒しても良いなら倒す。ダメなら押さえつけるのは可能だ」

「いえ、こうなった以上押さえつけても余興には使えませんので、殺すなり逃がすなり好きにしてください、出来るならね!」


 最後やけくそ混じりだったが、好きに処分して良いらしい。


「分かった。なら俺があいつを相手にするから、姐さんは人が入ってこないよう結界をひいていてくれ。あと人がいたら追い出してくれ」

「分かったわ。面倒だったら私が倒してあげても良いのよ」

「いや、訓練にもなるから一人でやる。あの程度どうでもない」


 単純な殺傷力で言えば、セリスの方が遙かに上だ。しかし、ブラックはセリスの手を借りるでもないと判断し、自ら戦うことを選んだ。


「それでお前だが、ボイスレコーダーにさっきの言葉録音しといたから、責任はお前が取れよ」


 ブラックとセリスの会話をぼーっと聞いていたその男は、彼の言葉を聞いて顔が突然青ざめた。

 お前かとでも言いたげな顔である。


 こうしてその男を置き去りにしてブラックは竜のいる場所へ、セリスは結界の晴れる場所へと向かったのだった。



 

 

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