エントリー受付

「あら、結構人がいるものなのね」

「いろんな世界から集まっているようだし、それに観客だって大勢いるみたいだからな」


 ブラックはとうとうエルティナによって転送された、この闘技場のある世界へと足を踏み入れた。


 今ブラックの隣にいるのは、エルティナでもなければ百合華でもない。

 淡いピンクの髪の毛に勾玉らしきものと札を組み合わせた髪飾りをしている、ラフな格好をした女性。セリスである。


 彼女とはブラックは特別な関係を持っている。

 とは言っても変な意味ではなく、裁判所でエルティナに同じく兵器として育てられた存在、そして鬼神の力を分けて埋め込まれた片割れである。


 ついでに話しておくと、このようにセリスやブラックと同じ裁判所でエルティナに存在は、血は繋がっていないが、同じところに住んでいたため本当の兄弟として過ごしてきている。

 そのためセリスのブラックに対する愛情はたっぷりだ。


 なでなで。


 人前であることを気にせず、セリスは自分より身長の高い弟の頭を手を伸ばすようにしてなでていた。


 なでなでなでなで。


 こんなことはいつものことなので、頭が将来はげないか以外は気にすることはない。だがブラックはその代わりに気になることを声に上げた。


「それはともかく何故姐さんまで付いてきたんだ?エルティナ様の予定だと俺一人で来ることになってた気がするんだが」


「あら、だってクロツグを一人で行かせるわけ無いじゃない。もしもあなたに傷を付けた奴がいたらお姉ちゃんが代わりに殺さなくちゃいけないでしょ?おまけにエルティナの命令よ、あいつがただでさえろくなことをしでかさないって分かってるじゃない」


 なでなでなでなでなでなでなでなで。


 確かにエルティナが本心だけを語っているとはブラックにも分からない。だからといって自分の任務に付いてくるのはその危険性に自ら突っ込むような諸刃の剣の性質を持っているのもまた事実。

 セリスの同行を許可したのはそれほどの脅威が存在するというのだろうか?


「姐さん、心遣いはありがたいが、絶対に鬼神の力だけは使わないよう頼む。それと闘技場なのだから傷つく可能性があるのは当たり前の話であることを忘れないでくれ」


「そう?クロツグがそう言うのなら仕方ないけど、でも本気であなたを殺しに来た奴は後でお姉ちゃんが始末しといてあげるわ。それくらいは良いでしょ?」


「帰る際に支障が出ない程度に収めてくれ」


 そろそろ頭がはげそうになるので、手を払いのける。

 するとその手はするりとブラックの手を繋ぐ。

 そして満面の笑みである。


 周囲の目が収まったところで、ブラック達は丁度よくエントリー受付をする場所までやってきた。


「こちらは参戦する方のエントリー受付になります」


 丁寧に受付の女性はブラックに声を掛ける。その表情に若干の安心感が見えたのは、別の誰かの受付時に何かが起きたのだろうか。


「ブラック・ヒーターで参戦登録を頼む」


 常に真顔。感情がない故に一切表情を動かせない彼は、最初に会うものには五割方不気味がられるが、彼女は普通の人間だと思ったのか、やはりどこか安心している。


(ふむ、予想よりもずいぶんと異質な存在がいるのかもしれないな。これは確かにエルティナの兵器集めにはもってこいだ)


 ペンと紙が出されたので、とりあえず手書きで参加表明を書いておくと、彼女は明るく受け取りルールや対戦の開始時刻などの情報を(すでにエルティナから聞いていたが)耳に入れた。


 そうして受付を済ませたブラックは、手を繋いだままのセリスの方にひょいと目を向ける。


「みゃあー」

「ふふ、こんなところにも動物はいるのね。クロツグほどではないけどこの子もかわいいわ」


 と近くにいた猫をもふもふとなでている。身体の毛が抜けないか心配だが、ブラックにはどうでも良いことだ。

 しかしそれよりも気になることがあった。


(何かこの猫から禍々しい気を感じるな、本当にただの猫なのか?何も起こさなければ良いが……)


 そう感じるのは、こういう戦闘活気な闘技場に来ているからかもしれない。けれども試合が始まる前に何も起こらない共限らない。存分に注意は敷いていた方が良さそうだ。

 それともし必要ならば一旦戻って対策を練ることも。まだ開始までには時間があるので、ありとあらゆる方向に視野は入れておいた方が念のためと言えよう。


「姐さん、そんなことしてないで一旦町の方に向かいますよ。適当に食文化でも探りに行ったりとか」

「ふふ、あなたが食事に興味を示すなんて珍しいのね。お腹空いているのならお姉ちゃんが作ってあげるわよ」

「いや、これほど人が集まる場所だ、不意に新たな技術を見つけるかもしれない」


 セリスは猫から手を離し、まるでカップルのようにブラックにひっつくと、足を踏み入れ始める。

 ブラックはそれを確認すると、周囲から姉弟と認識されていないことに気付きながらも無視して彼女を引っ張っていった。


 その場周囲にいる数千以上の人の心の奥底を読み取りながら。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る