第2話 夢追うもの
「この大馬鹿野郎!本気でお前はそんな事を言っているのか?!」
幾重にも機械油の染みが重なり合って、えも言えぬ色をしている重厚な色をしたコンクリの床に、何十年と使い込まれたような古びたモンキーレンチが激しい音を立てながら転げまわる。
「本気も本気、俺は大真面目だ親父!俺はこんなちんけな田舎の、古びれた修理屋で一生を終わらせるつもりなんて、これっぽっちもねえんだ!」
あからさまなツギハギが目立つ鋼鉄鬼子操縦者用の戦闘服に身を包んだ少年が血気盛んに吼え返した。
「だからといって都会に出て行くならともかく、傭兵になって一旗揚げて来るとは何事だ!よりにもよって最低野郎の道を選ぶなんぞ言語道断だ!」
鏡のように磨き上げられた丸々とした頭は、すでに真っ赤に燃え上がり、口の周りから泡を飛ばしながら父親は雷を叩き付け続ける。だが、その息子といえば全く聞く耳を持たないどころか、反撃の高射砲をデタラメに打ち上げ続ける。その様子を妹は固唾を呑んで見守っていた。
「いいか親父!今チャンスが目の前に転がっているんだ!あと四ヶ月足らずで戦争が終わっちまうからってんで、ガダールとデラージのどっちについても気前が良いんだ!しかも手柄を立てれば、こんなところでセコセコとガラクタを修理して手に入る金の何十倍だって手に入る!」
「それは生きていればの話だ!どっちも遮二無二かき集めた傭兵の命なんて、連中はクズ芋の価値だって認めちゃいねぇ!」
「それが違うんだ!クズ芋どころか、金貨何十枚積んでも惜しくないって認めている傭兵の連中が居るんだ!そいつらがすぐそこまで来ているんだよ!俺は認めてもらって仲間に入れてもらうんだ!」
「あんな偶然で賊を追い返せたぐらいで逆上せあがるんじゃねぇ!お前みたいなへっぴり腰で渡り抜いていけるような生易しい世界じゃねぇんだ!」
(お兄ちゃん、あの時の事で自信をつけちゃったんだ……)
彼女は二月ほど前の事件を思い出していた。傭兵団くずれの盗賊集団が、このお世辞にも賑わってなどいないうらぶれた町に目をつけ襲ってきたのだ。どの町にも居る自警団が迎え撃ったが、手慣れの賊に大苦戦。その危機を救ったのがその兄ジャードだった。親に黙って使えそうなスクラップをこつこつと集めて組み上げた、二世代前の上に赤錆だらけのワイルドレオンを駆って乱入したジャードは、ドシロウトの滅茶苦茶な運転テクニックと持って生まれた強運を武器に盗賊たちを掻き乱し、ついには頭と一騎打ちという展開に持ち込む事に。そして機体を一方的に破壊されながらも、間合いを無視してカウンターで放ったジャッキアームが暴発して打ち出され、それが頭の機体を粉砕。連中を追い返し町を救ったという“英雄”となっていた。
「俺の活躍はこの辺りの町で知らない奴はいない!遠くから来た行商人だって知っていたぐらいだぜ!」
「……」
「だから俺はもっとビッグになる!もっとメジャーになる!ロケットパンチ・ジャードの名前をこの大陸どころか、この星系中にも轟かせてやる!」
その息子の傲岸不遜な大演説に、ついに親父の怒りはレッドゾーンを完全突破した。
「もう手前なんぞどうなっても知ったことか!金輪際親子の縁は切る!世間の現実って風に吹かれて何処へでも根無し草になって生きて行きやがれ!」
「言われなくたって出て行ってやらぁ!後で吼え面かかせてやるから見ていやがれ!」
そう言い放つと、ジャードは唾を吐き捨てて振り返りもせずに飛び出していった。やがて外に鬼子の鈍い駆動音が響き渡り、特大の土煙を巻き上げてジャードのレオンは走り去っていった。
「お兄ちゃーん!無茶しないでねー!」
妹の背中からの声が聞こえたのだろうか、兄はぎこちない動きで右腕を振って見せた。
(やっぱりちゃんとしたパーツ、見つからなかったんだ……)
姿が蜃気楼に消えてしまうまで、妹は心配そうに旅立った兄の背中を見ていた。そして見えなくなったところで自宅に戻って見ると、そこには吐き付けられた唾を何度も何度も無念そうに踏みつける父親の姿があった。
「あんの大馬鹿野郎がぁぁ……。金貨何十枚も積んで貰える傭兵なんて、そんじょそこらの傭兵なんぞと比べ物にならねぇ位のろくでなし揃いって事が何でわからねぇんだぁ!」
父親の絶叫が、静まり返る整備場の中で何度も木霊した。
大地を焦がした灼熱の炎の帳が下りて、空は二つの月と星々、そして光帯の光によって支配される。だが、人の大勢居るような町ともなると、それに人の生活している証がそれに加わる。さらにそれが荒くれ者たちの欲求を満たそうとする場所ともなればそれに喧騒な楽曲までが加わる事になる。
「おいおい、なんで人生を豪快に謳歌しているこの俺様が、お前のようなお子様連れで酒場に出向かなきゃならねえんだよ」
同じ目的地に向う少年にそうエイジャックスはぼやくと、ニンジンステックをブリキ製のシーガーケースから取り出し、口に咥える。
「しょうがないじゃん。ああいうところは保護者同伴の方が入りやすいんだから」
顔を上げることもなく、淡々と無愛想にナンジは答える。
「なーに言ってやがる。お前がおしゃぶりくわえてよだれかけ着けて出向いたって、あの近辺の連中で文句をいう奴はいねえよ。間違いなく大好物のミルクとお子様ランチを嫌な顔するどころか、極上レストランのボウイーも真っ青なくらい、恭しく丁寧に準備してくれるに決まってるぜ」
途中言い寄ってくる、極彩色の化粧と目に厳しい派手な衣装に身を包んだカナリヤたちを、ハンカチで追い払いながら二人は目的地の酒場に向う。そこには先に場所取りをしている同じ部隊の傭兵たちが待っているからだった。
ようやくカナリヤたちを諦めさせたところで酒場に向うと、いつも目にしているようで見慣れない光景が繰り広げられていた。大人三人が悠々と入れるだけの広さの入り口をバリケードのように封鎖しているでっぷりとした体格のマスターと、リサイクル臭さ丸出しのパイロットスーツに身を包んだ少年が激しく問答をしていたのだった。
鬱陶しく感じたのか、エイジャックスは大振りの身振りで自己主張をしているその少年の襟をつまんで軽々と投げ飛ばす。少年は勢い良く転がって、反対側に積まれていた空き樽の山に突っ込んで埋もれてしまった。
「おいマスター、何だありゃあ?」
やれやれと言いたげな様子でマスターは迷惑そうに答える。腕を組んで大きく溜息を漏らすと、その隙にひょいっとナンジは店内に入ってしまった。
「五日向こうのちんけな町から来たって言う小僧でしてね、洟垂れなんて飲み食いするってだけでもお断りだってのに、旦那の傭兵団が屯しているって聞いたから会わせろって五月蝿えんで」
「五日分向こうってことは、そうか……」
そうマスターがぼやく最中にも、その少年は起き上がって向ってきていた。
「だから、その傭兵団のメンバーに会わせろって言ってるじゃねえか!」
「威勢がいいな、兄ちゃん」
ニンジンスティックを咥えたまま、エイジャックスはわざと屈んで少年に目線を合わせると、その額を人差し指で勢い良くデコピンした。爆竹が破裂したような音が鳴り響き、少年は額を押さえて悶絶する。
「一度ならず二度までも何しやがる!」
エイジャックスの襟を掴もうとして手を伸ばすが、あえなく彼の左腕に捉えられる。それでももがく少年に男は告げた。
「俺がその傭兵団、スペードレッドの隊長だ。解るか?た・い・ちょ・う、だ」
その言葉を聞いた瞬間、それまで顔を真っ赤にして犬のように歯をむき出しにしていた少年の顔つきが変わった。
「あ、ああああ、あんたが隊長さんだって?!」
「そうだ」
その言葉が耳に入り込んだ瞬間、少年は化学変化を起こしたように態度を一変させた。
「俺を、俺を仲間に入れてくれ、頼む、頼む!」
瞳をいたいけな子犬のように潤ませながら、まるで神様でも拝むように少年は懇願を繰り返す。その様子にエイジャックスは呆れ顔を隠しきれず、マスターもうんざりした様子に。そして野次馬達は腹を抱えて笑い転げていた。
「旦那、これ以上はさすがに営業妨害ですぜ。どうにかしてくださいよ」
「了解した。これ以上行き着けの店に迷惑は掛けたくないからな」
足にすがり付いて懇願する少年を鬱陶しい視線で見下げながらそう答えると、エイジャックスは先に入って飲んでいた仲間達を呼び出した。そしてマスターに何事か耳打ちする。するとマスターは店内に戻って、従業員に何かを準備させ始めた。やがて仲間達は店の周囲の人垣をどかして、机と椅子を店内から手際よく持ち出し並べる。続いて従業員がシミだらけのテーブルクロスを敷き、ついでに集まった人垣に向って見物料を集め始めた。
配置されたテーブルの周囲にできた人垣を、屈強な男達が塞ぎ、準備が整ったところでエイジャックスは野次馬達に向って宣言した。
「ここにお集まりの暇を持て余した紳士淑女の皆様、いかがお過ごしかな?ただ今より、我がスペードレッドの即席入隊テストを開始する!」
口笛の甲高い音が喧騒を切り裂き、万雷の拍手が周囲を揺らす。この町に到着してから一週間と僅か。それだけの間にこの行事は名物と化していたのだ。観客を抑えながらエイジャックスは続ける。
「さてさて、今宵我がスペードレッドに入隊を希望しているのは、この命知らずの少年だ!ええっと、名前は何ていうのかなぁ?」
意図的にお子様に語りかけるようにするエイジャックス。それに少年は大声で吼えて見せた。
「俺の名前はジャード!ロケットパンチ・ジャード様だぁ!」
その名前に歓声が上がる。噂を聞いたことがある者、あるいはその物言いに受けた者、思惑はそれぞれだが、その威勢のよさが受けているのには違いなかった。
「ではジャード君、我が部隊は知っての通り傭兵部隊。能力さえ認めれば現地採用も当然いとわない訳だが、当然その能力ってやつを見極めなければならない」
「おう、剣でも銃でも何でも来い!」
「抑えろ抑えろ。いいか、血を見るような野蛮な方法は俺達はしない。お前に課せられる試験は、いつものように……これだ!」
すると店内からファンファーレ高らかに一人の人物が姿を現した。その人物の登場に野次馬達からさらなる歓声が上がり、そしてジャードはあんぐり口を開けて仰天していた。
「我が部隊の最年少、ナンジとの勝負が試験だ!」
この喧騒に興味も無さそうな顔で、ダルそうに両手を上げてみせるナンジ。そのやる気の無さそうなパフォーマンスにさらに沸く野次馬。
「だってさ、勝負するんだってね」
「ちょっと待てよ?!こいつどう見ても俺より年下だろう!?何で、何で?」
どう見ても年下にしか見えない少年が試練と聞いて抗議するジャードだが、周囲は誰も意に介そうともしない。直後に店内から従業員がペンキ缶と大きな水差し。そしてマスターが手提げ籠とピッチャーを二つもって現れた。
「本来なら強烈なアルコールの一気飲みと行きたいが、生憎だが挑戦者がお子様なのでパスにする。代わりに今からジャードが挑むのは、ナンジとの一気飲み対決だ!」
(一気飲みってんなら俺は自信がある!)
余裕を目に見えてぶちまけるジャードに対し、ポーカーフェースのまま、頭をポリポリと掻くナンジ。二人の目の前にピッチャーが置かれ、開けられたペンキ缶からクリーム色の粉末が大匙五杯ほど入れられる。ペンキ缶にみえたそれに書かれていた文字を見て、目が飛び出んばかりに仰天するジャード。
(ぐ、軍用脱脂粉乳!それも五杯も……!)
「ご覧の通り、今飛び込んだのは家畜も思わず宙を舞う、栄養価抜群の軍用脱脂粉乳だ!」
その言葉に思わず目頭を押さえてみせる観衆達。
「それに追加するのは、この店特製の……、爆弾卵!」
おー、と溜息とも受け取れる声が観衆達から洩れる。
「この爆弾卵は、この町特産のオーボウ鶏が産んだ卵を、コールタール真っ青のマスター特製のエキスに腐乱寸前まで漬け込んだ味わい深い一品!本来なら茹で上げて食するところだが、今回はこいつを生で!」
次の瞬間、ピッチャーにそれぞれ五個ずつ、黄身と白身の区別も付かないほど変色し、異臭を放つ卵とはもはや言えない物体が飛び込んだ。
「仕上げに、こいつを水で溶いてよくかき混ぜる!」
ミキサーが勢い良くピッチャーをかき回す。すると中の物体は解きほぐされて、肥溜めもかくやと思えるほどに悪臭を撒き散らす液体に化学変化したのだった。
「名づけてクィーズ・シェイク!こいつを残さずに、かつナンジより早く飲み干すことが出来れば君を我々は仲間として歓迎しよう!」
臭いを嗅ぐだけでも気絶しそうなこの液体を飲み干すのが試練。その余りに過酷な条件ゆえに、この町でブルースターズに採用された者は皆無だったのだ。そして挑戦者たちを全く寄せ付けずに淡々と顔色一つ変えずに飲み干す、年端も行かない少年。故にナンジはこの界隈でも堂々と歩き回れるのだ。
「……っ」
「どうしたジャード君、いきなりあきらめるのかい?」
ニヤニヤと哂いながら、エイジャックスは蒼白したジャードの顔を覗き込む。そのエイジャックスの幼児でも見るような目を見たとき、ついにジャードは吼えて見せた。
「っちくしょぉぉ!やってやる、やってやるぜ!」
何とまあ仰々しい。とでも言わんばかりの視線を、恐怖を強引にねじ込んで振舞うジャードに向けるナンジ。ともあれ用意は整った。
「はじめぃ!」
エイジャックスの合図と同時に、マスターがシンバルを力の限り響かせる。両者共にピッチャーに口をつけて、喉を鳴らして流し込み始める。
『やるじゃねえかあっちの兄ちゃん』
『どこまで持つかねぇ?』
特にペースを上げるわけでも下げるわけでもなく、淡々とヘドロのような液体を飲み干していくナンジ。当然顔色どころか表情一つ動かす事もない。一方のジャードといえば、白から赤、赤から青と、顔色を信号機のように点滅させながら液体を胃の奥底へと流し込んでいた。
(乗り越えろ、乗り越えろオレ!未来への第一歩、第一歩なんだぁぁ……)
大の大人でも半分を飲んだところで脱落するものが殆ど。中には途中で失神の上失禁してしまうほどの試練であるが、この勇敢な少年は半分を過ぎてもその闘志を衰えさせる事をしない。
(ほう、こいつは大したもんだ)
エイジャックスはジャードの様子に感心しているようだった。
ジャードの残りはおよそ三分の一。対するナンジはおよそ半分。だがここからが勝負の分かれ目になってくる。大多数の人間は、この残り三分の一を境にしてペースが落ちてしまう。沈殿してしまう濃いエキスの破壊力と、臓器の抵抗が脳神経に反抗し始めるからだが、ナンジは勝負にこだわらない、というより勝負とも思っておらず淡々と食事をこなしているつもりなので、ペースが落ちることがないのだ。
(の、残りは見えている、見えているんだ。受けろ、受け付けろ、おれの胃袋ぉ!)
その強烈な悪臭はすでに味覚と嗅覚を破壊して久しい。だがその威力は目と脳髄に襲い掛かり続けている。口を転がり落ちる液体の濃度が上がるにしたがって、喉を焼く感覚はより不快になり、目からはとめどなく涙が滴り落ち続け、鼻からも伝って流れ落ちる。もはや呼吸が出来なくなってどれくらいだろうか。ここで動きを止めて息をつこうものなら、その微粒子が肺の奥底まで侵入して、内部をズタズタにしてしまうことを少年は理解していた。
前進、前進、ただ前進。一心不乱に前進あるのみ。これがジャードの取れる、唯一の未来への道なのだ。
だが、それでも肉体は限界に達しようとしていた。極度の緊張もこれに加わって体力の消耗もレッドゾーンに突入して久しい。どうしてもペースが落ちてゆく。そして相も変らぬ淡々とした速度でナンジは追い上げてくる。沸き立つ観衆。
(どうしてこんな事でみんな盛り上がるんだろうなぁ)
この場でそんな事を思うのは彼だけであろうが、思うだけで緩める理由にもならない。何しろ自分はともあれ周囲は緩めない事も期待しているらしいと判るからだ。無視しても受け入れても損にならないなら淡々と受け入れるだけ。ぼちぼち流れが悪くなったので、ここらでひょいとピッチャーを傾けてみせる。
『でたぞ、坊主の殺人技!』
『裁きの斜塔だ!』
何時の間にやら誰かに勝手に名づけられた“技名”とやらが叫ばれる。特に意識もしないナンジだったが、ここで燃え尽きる寸前だったジャードの闘志に、最後の燃料が注ぎ込まれた。
『おい、兄ちゃんの方がもっと角度が急だぜ!』
『やれ、やっちまえ!昇天しちまえ!』
無責任な声援が大渦となって巻き上がる。だが、ジャードの耳にはもはや何も入っては来ていない。ただ、その液体らしい何かを全身全霊をかけて体に封印する事、それだけだった。
そして、その時が来た。
『見ろ!兄ちゃんの方が勝っているぞ!』
カウントダウンが降ろされる。十秒以上吐き出さなければ最終的な勝敗が決まるのだ。そして誰もが固唾を呑む中、ついにマスターの腕が十回目の合図を振り下ろした。
割れんばかりの大歓声が辺りを包み込み、囲みを破って観客がなだれ込む。もはや何がなにやら誰も把握できる事態でなくなっていた。
異変を察した傭兵たちは足早に惨状から脱出し、飲み干した姿勢のまま意識を天に送ってしまった少年は、無責任な観衆達にもみくちゃにされて消えていった。そして全てが終わった後に残されたのは、周囲に散らばったビンやコップの残骸とゴミ。点在して異臭を放つ液体と、その液体にまみれてボロ切れのようになったまま、道端に放置されてた少年の姿だった。
「あーあ」
全く他人事のようにつぶやくナンジ。
「こいつはちと悪い事をした、かな?」
ばつが悪そうに頭を掻くエイジャックス。
「後片付け手伝ってくださいよ。ついでに費用も全額」
不機嫌を隠そうともせず箒で掃除を始めるマスター。
「で、コイツどうすんですかい?」
傭兵の一人がボロ切れの首筋をつかんで持ち上げてみせる。鼻は当然摘んだままで。
「約束、だからな」
真顔で答えるエイジャックス。他の仲間は驚きを隠さない。
「まあ、根性だけで迎えるわけじゃないからな」
ジャードが目を覚ましたとき真っ先に知覚したのは、腹の奥底から湧き上がる内容物への拒絶反応と、脳天を直撃する神経的なものと、全身を打ちのめす外的な苦痛の三重苦だった。正に生き地獄。彼自身すぐに気が付く事はなかったが、寝かされていたのは干草の山の上。家畜小屋のすぐそばだった。
やがて呻き悶えていた所へ、飛び上がるように冷たい水が浴びせられる。気が付くと彼は自分が粗末な下着姿にされていたのを認識する。
「ど、どうなってんだぁぁ」
そこへ再び水の洗礼が来る。水そのものは実はぬるめなのだが、全身のアザが原因で刺すように痛むのだとようやく気が付いた。
「やっと目、覚めたみたいだね」
地面を砂まみれになって転がった先から見下ろしていたのは、忘れもしない。夜に競った仏頂面の悪魔だった。
「て、てぇんめぇ!あんなおぞましいモンを平然とゴクゴクと。お前本当に人間かぁ!」
「さあ、ね」
自身は猛烈な頭痛と吐き気が続き、一夜明けた程度で平然など無理難題であったが、どうも眼前の相手は胃腸の構造からして違うらしい。
「それはそうと、隊長“殿”がお呼びだよ」
「た、隊長……」
頭を抱えて昨夜の悪夢を強引にほじくり返すジャード。そう、自分があんなドブ液を飲み干したのは、憧れの傭兵団に入れてもらえると告げられたからだということをようやく思い出したのだ。
「ほ、本当なのか?!本当なのか、おい!?」
頭痛も吐き気もどこへやら。顔にぱぁっと精気が蘇ると、ナンジの襟首を掴んで揺すって問い質し始めた。ナンジはといえば、やれやれといった風に両手を上げて呆れた様子を示しつつ淡々と答える。
「嘘だと思うんなら、あそこの天幕に行ってくれば?」
その答を聞くや否や、ジャードは小躍りしながら天幕に駆けて行った。
「やれやれ、元気だね」
コキコキと首を左右に振りながらナンジは呟いた。
「あれが若さというものだ」
気が付くと後ろにランドゥがそびえていた。慣れない者であればその唐突な出現に驚き慌てるところだろうが、共にこの稼業を続けているナンジは微動だにしない。
「あんなものなの?」
「いずれ判る」
互いの会話にほとんど間はない。
「何で?」
「お前はもっと若いからだ」
天幕の中で待っていたのは、傭兵企業ブルースターズの制服を随分と着崩して椅子にどっかと腰をすえていたエイジャックスだった。机の上に広げてあるのは、この周囲の地図と、シュガレットケースに入れられているニンジンスティック。
「ようやくお目覚めのようだな、ジャード君」
「お、オレの名前、覚えてくれたんですか?!」
「無論だ。まさかアレを飲み干せる奴が居るとは思わなかったからな」
この言葉には裏表の無い賞賛の気持ちが込められていた。事実、あのスペシャルを飲み干せる人間が、ナンジの他に存在するとは思ってもいなかったからだ。とはいえ、平然と飲み干せる人種と、苦悶の果てにようやく飲み干せた人種を同種と思うつもりも無かったが。
「とまあ、そういうわけで約束通り、君を迎え入れようと思う」
その言葉に感極まって言葉もだせないジャード。そんな少年に、エイジャックスはニンジンスティックを加えながら言葉を続ける。
「ただし、今のところ君の採用はこれからの作戦の間だけのつもりだ」
「え、えええ?!」
ジャードにしてみれば予想できなかったエイジャックスの宣告。
「当然だ。その度胸と根性は認められても、それが即戦力として認められるかとは別問題だ」
「でも、オ、オレは自分で修理したEGに乗って盗賊団を……」
「残念ながらその現場を、我々のメンバーは誰も見ていない。見ていたとしても、それだけを理由に入れることもしない」
突き放すような言葉に戸惑うジャード。
「今のところ我々が君に期待しているのは、君がこの近辺に住んでいて、かつここ数日でここにやってきたという事実があったからだ。つまり、我々、いや俺は君を道案内として受け入れたいということなんだ」
「み、道案内……」
自分の実績と、あの試練を乗り越えたから受け入れてもらったものと思っていたジャードにとってはショックな宣告だった。
「ハハハハ!要はそれをどう受け取るか、だ。これからメジャーになりたいってんならこれも足掛かりだろうが。きちんと実績を見せれば本格採用だって有り得る話だ。それにこの任務で手切れになっても、ここで実績作っておけば次があるだろうが」
そのエイジャックスの優しい兄貴ぶりに、すっかりジャードは惚れ込んでしまっていた。その言葉を聞くと、目をギラギラ輝かせながら、自分の見聞を見せ付けてやると意気揚々として天幕を出て行ったのだった。
「隊長どのも人がわりいなぁ。ああやって小僧を手玉にとって使うって訳ですかい」
部下の一人が呆れたように呟く。
「手玉に取られて使われて消えるのか、それとも本物になれるのかは言うまでもなくアイツ次第だ。言えるのは、この任務の間に逃げだすようなタマじゃないって事だ」
そんなほかのメンバーの思惑を他所に、ジャードは嬉々としながら自分の愛機らしいレオンを整備していたのだった。
空を支配しているのは、遥かな天空の高みの星々と光帯の煌き。この星の赤道上を覆う光の帯は、百年近く以前の第二次星系大戦の影響によるものだと歴史書には記されている。
この辺境の惑星マガホ近郊で行なわれた大規模な宇宙戦闘によって、数多の軍船と戦闘機と人命が失われ、この星の軌道に偶然乗ったのが惑星マガホの外周を象る光帯の正体である。乗り切れなかったものの殆どはこの星に流星雨として降り注ぎ、この星の主要な国々を焼き尽したとも伝えられている。
それを裏付けるように、この星の中央政府と呼ぶべき国家はかろうじて代表として星系評議会に参加しているものの、惑星マガホの全てを掌握しているとは言い難く、中央大陸の一部を除いては未だに軍閥が覇を競う乱世の只中にあった。そしてこの辺境とも言うべき東南大陸では二大軍閥が未だに覇を決するべく鎬を削っているのだ。
故に、この星系で最大の国力と繁栄を誇る第三惑星ラント、その最大の商業都市に対する大規模テロを敢行した宗教結社が、このマガホの東南大陸に本拠を構えていると判明した時はこの星の一大事となった。ラント星中央政府からの取り締まり並びに討伐要請(事実上の命令)に対し、主権が及んでいないため協力はできても討伐は実行不可能との回答を行なわざるを得なかったからだ。
このマガホの回答に対してラントが下したのは、星系最大の軍事力を誇るラント軍による宗教結社、並びに彼らに協力する土着勢力への直接討伐。しかし、軍勢を通すことについて評議会の他の惑星との調整などがあって、部隊を展開させるのに最短でも半年もの時間が必要であることが判明した。これがマガホの東南大陸で現在行なわれている“限定戦争”の星系的な視点の話である。
とは、ここに赴任する前に、ブルースターズから渡されていたマガホに関する資料の解説であった。エイジャックスはライトを点けずに闇夜の砂礫を突き進む、装甲車両の運転室の助手席で、光帯に支配されている外の光景を漫然と眺めていた。
(こうも夜空が明るいと、ドロンと忍んで隠密行動なんて出来やしねぇなぁ)
などと無粋なことを考えつつ、懐から機械式の懐中時計を取り出して眺める。何時の時代に作られたか調べるつもりもないが、年代ものであることは確かな時計。かつて戦友から盛り場に出る際に借り受けたまま、気が付くと形見になっていたそれだったが、傭兵になったころから壊れて動かなくなってしまっていた。特に修理するつもりもなかったのだが、今それは数年ぶりに時間を刻んでいる。
時刻が十二時を刻んだときにある事に気がついた。時を刻むばかりでなく、日付の表示までが動いている事にようやくエイジャックスは気が付いたのだ。戦友から借り受けたときにはとっくに壊れていた機能。
「あの少年、中々手先が器用じゃないか」
同時にこうも思った。傭兵なんか目指すより、こっちの方でメシを食った方がイケるんじゃないのかと。
当の本人は、そんな事を考えるどころか、目の前のチャンスに目を奪われているばかりだったのだが。
夜明けと共に、突き刺すような太陽の日差しが周囲の世界を地獄に引き戻す。砂礫の大地に点々と突き立てられているのは、金属の柱。
「この辺は何十年か昔に、光帯から転げ落ちてきた船の残骸が飛び散った跡だって聞いている。売ったら金になるんだろうけど、この辺りは地雷も一杯撒いてあるんで、中々人は寄り付かないんだぜ」
先頭車両の運転席から、ジャードは得意気に薀蓄を披露しながら、安全なルートを指示する。この付近は様々な種類の地雷が敷設してあるため、道を知った案内がないと容易に近づく事は出来ない難所なのだ。
「この調子で順調に行けば、目的地まで一昼夜ってところか」
ニンジンスティックをポリポリと食しながら、エイジャックスは呟く。
「ま、そんなとこさ」
楽勝、といったふうにジャードは答える。
「エイジぃ、今回の任務はね、補給線の確保の為に敵の遊撃部隊を叩いて欲しいんだって」
任務を告げるコマンダーというよりも、お使いを子供に頼む母親のような口調でディディはエイジャックスに今回の任務の内容を告げた。
「敵さんの遊撃部隊を叩けってか。そいつはまた内容が漠然として面倒な任務じゃないか、ディディ」
聞き分けの無い子供を諭すような口調でエイジャックスは答える。
「でしょうね。ほいほいと討伐されに出てくる遊撃部隊なんているわけないものね」
あっけらかんと答えるディディにエイジャックスも困惑した顔を浮かべてみせる。
「んじゃあ、どうやって出てきてもらうんだ?」
「決まっているわよ。こういうときは大切なものを運ぶっていう情報を流してあげるのが一番!ついでに秘密任務っぽく、それらしい道を使って行動するのもミソね」
「ルートはともかく、荷物はどうするんだ?こんな辺境じゃあ、稀少金属の輸送なんてうそ臭すぎて乗っちゃあくれないぜ」
「そういうときは絶世の美女の護衛任務よ、たとえばねぇ……私みたいな可憐な乙女なんてどうかしら?きっと遊撃部隊どころか、親衛隊まで追いかけて来ちゃうわよ♪」
ふうっと大きく溜息をついてエイジャックスは告げる。
「おあいにく様、この星の連中は女性を見る目が節穴だらけのだからな。折角他所の星から遊びに来ても、目の前の飲料水に向っていってしまう連中ばかりだ」
「あら、それは釣れない殿方ばかりだわねぇ」
「みんな余裕が無いのさ。俺と違って」
「へぇ、それじゃあ貴方は私が出向いてきたら喜んで追いかけて来てくれるんだ?」
「いえいえ、余りに恐れ多くて、遠くから眺めるだけで満足いたしますから」
「冗談。じゃああの夜は一体どう説明してくれるの?」
「はいはい」
冗談はこのくらいにしてと、ようやく本題に切りかかる事にする。
「で、本命は?」
「反重力発生のグラビニュウムとか、常温超伝導のモンディニュウムとまでは行かなくても、この星でも取れる貴重な貴金属ってやつよ。私もここにこうやって……」
そういってなびく様な髪を、艶かしくかき揚げて耳のピアスを軽く揺らしてみせるディディ。美しい光を放って見せたのはプラチナゴールドのそれだった。
「触媒としても貴重で、かつ、即現金にも化けられる貴金属を輸送と聞けば、きっと出てきてくれるわ。あとはそこをちゃっちゃっちゃとやっちゃえば」
「気軽に言ってくれるねぇ。分け前はキッチリもらえるのかい?」
「いくらかはうちの取り分よ。貴方たちにはきちんとお給料が“振り込まれる”から心配しないでね」
「振込み、か。この田舎じゃあ縁が遠い話だな」
「そうそう、もう一つ」
「ん?」
「例の宗教結社の部隊も、その辺りで出てくるって噂よ」
「プラチナ輸送中に、“プラチナ・ウィッチ”に襲撃されるかも、ってか」
そういう次第で、彼らはプラチナゴールドの輸送任務についていた。極秘らしく振舞いつつも、部隊の存在そのものは大きくアピールし、かつルート選択は地元の道案内をつける手の加え方である。あとは釣られて相手が出てくるのを待つだけであったが、なかなか相手が仕掛けてくる気配は無かった。
そんなこんなで予定の目的地まで意図的に速度を落としたりして道を行く一行。ジャードが示すオアシスなどで休憩などを取り、息抜きを行なう。
各々警戒こそ解きはしないが、貴重な水の補給と、息抜きには余念がない。
「ほう、ここまで痛みの激しい部品を使ってコレを組んでいるのか?」
スペードレッドに加わっているものの、殆ど口も利かずに黙々と歩哨の任務をこなすランドゥが、珍しく口を開いた。
「へっ、要はあるものからの使える奴の品定めと、あとは気合のメンテよ。伊達にジャンクの山で鍛えてねぇって!」
ジャードが旅立ちに仕立て上げたのは、どこかの戦場か博打勝負で使い潰された、最普及品ワイルドレオンを母体とした機体だった。元来ジャンクを組み上げても動けるものが出来上がるといわれるレオンシリーズの派生系だけあって、確かに動く事は動くようだ。だが、使用されている部品の状態や年式を考えれば驚異的としか言えなかった。
「色々あったんで精度の高い部品は調達し損ねちまったけど、まずはこいつでその資金を調達して、今度こそちゃんとした鋼鉄鬼子を手に入れる!」
「そんだけの腕があるんだったら、メカニックとして食っていけるんじゃない?」
一時的に装甲トラックから乗機のタウラスを下ろしたナンジが会話に首を入れてきた。
「何言ってやがる!オレは完全自己完結の傭兵を目指しているんだ!メカニックオンリーなんて、あれこれとケチをつけられるばっかりで、ストレスが溜まってやってられねぇんだよ!」
これはジャードの父親を見てきた素直な思いだった。地元の人間はともかく、たまにやってくる傭兵用心棒たちは、時折無理難題を吹っかける事もしばしばで、大抵は互いに衝突して折り合いをどこかでつけるのだが、その様子に腹が立って仕方が無いのがジャードだった。
「だからよ、オレは自分EGを整備して、自分の戦いをやってビッグになってやるんだ」
「自分の戦い、ね」
やっぱり戦場の場数を踏んでいないな、と率直にナンジは思った。なにもかも一人で全てがこなせるわけは無い。どんなに腕が良かろうと、どんなにタフであろうと、人間には人間の限界がある。ドンパチやった直後に、手持ちの武器の整備ならともかく、ATや車両の整備なんて人数が居なければ出来る事ではないし、まして一人でどうにかすることは不可能だ。戦場に踏み出して幾星霜の少年にとって、彼の言葉は余りに理想論で現実に出来るとは思えなかった。
「だったらさ、ちょっと僕のタウラスの調子見てくれる?どうも細かい調整が難しくって、いざって時がね」
「おう、別料金は頂くが見てやるよ。どれどれ」
足取りも軽くタウラスに向うジャード。調子が悪い具体的な箇所を聞くと、早速原因に目星をつけて手早くそこだけをばらし、手際よくパーツを交換する。
「良い腕だな」
ランドゥはその様子に一言。
「同感」
ナンジも同意する。
だが、それが本当に傭兵として、兵士として必要な技能なのだろうか?同じ事も二人は考えていた。
周囲を警戒しながらの護送の旅は四日目の夜を迎えていた。これまで相手の斥候どころかすれ違う民間車両まで無い始末。確かに運搬物が運搬物ゆえ、地元ガイドでも居なければ把握し難いルートを経由しているのは事実だったが、あれだけ派手に自分達の存在をアピールしてきただけに、団員達にも少々緩みが見えていた。
「なあエイジの兄貴、うちの部隊が強いって知れ渡りすぎているんで誰も手を出さなくなってるんじゃねぇの?」
すっかりタメ口になった上に兄貴呼ばわりしてくるジャードに、エイジャックスは少々声をキツめに答える。
「ジャード、この装甲トラックのゼンマイの巻き直しが何時やらなきゃならないか覚えているか?」
「第二惑星ニイタンの正規軍採用のこの装甲トラックって確か、一度巻いたら標準六日は持つ、ってのが売りだったと思うけど」
「そう、舗装された道路で標準速度で走れば確かに六日だ。第五世代だったか、とにかくハイパワーゼンマイユニットを四基しているのは伊達じゃねぇ。だが、ここは荒地で荷物も結構積んでいる。感の良い奴らならもうボチボチだって睨んでくれるだろ」
ジャードは計器版に表示されているゼンマイの残存量を見た。確かに今夜辺りにでも一度巻きなおしておいた方が良い目盛になっている。
「そういうことだ。来るんなら今夜、俺達がゼンマイを巻くために停車した時だろうよ」
足を投げ出してニンジンスティックをポリポリかじる横柄な男だったが、その瞳が不気味に輝いている。その様子に思わず息を呑む少年。
「言いたいことは分かるな?」
「は、はい!夜に備えて整備に……」
「動いている車の上でできるのか?」
「ぐっ……」
言葉に詰まってしまうジャード。緊張で少々固まってしまったようだった。そんな彼の肩を軽く叩くエイジャックス。
「お前さんが夜な夜な全部の手入れをしているのは皆知っている。いつもより調子が良くなっているって評判さ。だからそれよりもお前は休んでおけ。そうそう、眠りこけすぎて敵襲に気が付かないんじゃあ話にならんからな」
「は、はい!」
背筋をピンと張ってジャードはあたふたと運転室から退席した。待機スペースで仮眠を取るつもりらしい。
「あのボウズ、キッチリ眠れますかねぇ?」
「まあ、気が張って眠れやしないだろう。今夜やりあうって言ってしまったからな」
運転手の問いにエイジャックスはいつもの態度で答える。
「しかし、本当にここまで仕掛けてこない連中となると、今夜は酷い事になるかもな」
「ここいらで有名な連中というと、砂蟹にサラマンドラ。あとは……」
「プラチナ・ウィッチ」
「ですね。特に魔女なんて戦ってまともに生還できた連中の方が少ないって噂ですから」
「まぁ、どいつが出てきても叩き潰すだけさ」
ジャードは待機スペースで懸命に目を瞑っていた。だが、夜にも戦いと告げられて寝付けるほどの肝の太さはないらしく、全く寝付くことができずにいた。ふと横を見れば年も近いはずのナンジは足を組んだまま静かに寝息を立てているように見える。
「すげーな、よく寝ていられるぜ」
一言呟くと、ジャードは懐から古びたリボルバー拳銃を取り出す。今の自分と同じように、一旗挙げるのを夢見て旅立ち、音信不通のまま今に至っていた叔父が、彼にくれた思い出の品だった。いつもなら銃弾を籠めたりはしていないがここは戦場。旅に出た時から入れたままにしていた。それをあえて前段取り出して、何気なく銃を昔のように眺めてみる。すると傍らで眠っていたように見える少年が、突然声を掛けてきた。
「銃で遊ばない方がいいよ。ツキが落ちるから」
突然声を掛けられた事に驚いて飛び上がりかけるジャード。おもわず膝に乗せていた銃弾を転がしてしまうが、それを拾い集めてくれたのはナンジだった。
「お、お前寝ていたんじゃあ……」
「休める時に休む。基本中の基本だよ。あといつでも動けるようにもしておくのも基本」
淡々と応えるナンジに、思わず圧倒されてしまうジャード。ふと、思ったことを口に出していた。
「なあ、お前さあ、いつから傭兵やっているんだ?」
「ランドゥと一緒になってからずっと」
即答だった。
「一緒になって、って事はそれより前は?」
「あんまり覚えていない。小さすぎてさ、あやふやなんだ」
あっけらかんとしたナンジの返答に息を呑むジャード。つまり眼前の少年は物心付くかどうかの頃から、戦場に身を置いてきたという事なのだ。
「もう一つ、聞かせてくれ」
「何?」
「お前は何の為に傭兵をやっているんだ?あのじいさんに連れられているから?俺みたいに一攫千金とか大物目指して?それとも傭兵やるのが……、当たり前だから?」
この時、初めてナンジは回答に間を開けた。答えを探しているというよりも、どこか回答すべきかどうか迷っているように彼には見える。しかし、その間は時間にして五秒程度でしかなかった。少年はゆっくりと顔をもたげて答える。
「兄弟を探しているんだ。この世界の、この星系の何処かに居るらしいから」
「きょ、兄弟探し?!」
「そう、兄弟探し」
「だったら何で傭兵やっているんだよ。探すんだったらもっとマシな方法があるだろう?」
ジャードの疑問にナンジは眉一つ動かさず答える。
「僕の兄弟は、僕と同じような生き方をしている可能性がすごく高いんだ。何故かって聞かれても、まあ、感だから。だから探そうと思ったら傭兵やって戦場を回るのが一番なんだ」
少年の返答には何一つ根拠は示されていなかったが、とにかく彼は自分の言葉に確信を持っているようだった。
「で、会ってどうするんだ?やっぱり一緒に暮らそうとか、それとも一緒に戦おうとか?」
「とりあえず、そういうことは会ってから考えるよ」
「まずは会ってから、か。会えるといいな」
「そっちも、まずは生き延びなきゃね」
自分は絶対に死なないとでも確信しているかのような物言いに、少々カチンと来たジャードは、少々声を荒げて返答した。
「お互い様だろう、そんなのは」
「だね。死は誰にでも平等だから」
そのまま車列は日中は何事も無く砂礫の荒野をひた走った。
そして、長かった陽光の支配が終わり、夜の帳が下りた。
鋼鉄鬼子(アイゼンクィーズ) むげんゆう @yuzumuge4
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