鋼鉄鬼子(アイゼンクィーズ)

むげんゆう

第1話 その名はナンジ

 その世界は、はるか宇宙の彼方にあった。

 三つの太陽と、二十四の惑星。その中で人間と呼ばれる生き物たちがすんでいる惑星が、同じ軌道に青と緑と赤の三つ。青い星はオパルト、緑の星はエメラダ、そして赤い星はルビルスと呼ばれていた。

 遠い宇宙の彼方から見れば、美術作品のように美しい、この三つの星だったが、その世界に生きる人間たちは、永い永い間、激しくむなしい争いを続けていた。


 時に移転暦一二三四年。

 三百年もの長い間続けられた戦争が、終わりを迎えてようやく三十年。

 この世界はオパルトとエメラダの二つの星が、仲違いしながらもバランスを取って平和を保ち、発展していた。戦火の果てに荒れ果ててしまったルビルスを置き去りにして。


 雲は一つも見えないが、ひたすら白い大空が広がっている。

延々と続く赤茶色の荒野のむこうを見わたすと、ひょっこりと小高い丘が見えてくる。

 ゴロゴロとした赤茶色の砂や石のかたまりにおおいかぶせられた丘には、わずかな緑さえ見ることができない。焼けつくように熱くかわいた風が、緑を残らずなぎはらってしまうのだ。

 けれどもその丘のふもとには、緑がなくても人間は住み着いていた。絶え間なくふきつける風を受けて回り続けている、古ぼけた巨大な風車の塔がいくつも立ち並び、その下には灰色の町なみがあるのだ。

 オパルトやエメラダのような平和な世界に住みなれた者から見れば、ここは町ではなくゴーストタウンにしか見えないだろう。

 だが、このルビルスにおいては、人が人として生きて生活するのに、まだ無理のないくらいであるらしく、立ち上る煙などから、人が生活している様子が見て取れる。

 しかし、その町で生活している者たちといえば、そのほとんどが荒くれた男たちばかり。それも戦いを職業としている雇われの兵隊、傭兵たちばかりだった。

 この町の中でも、風車以外で最も高いコンクリートでできた建物の屋上に、急ごしらえで作られたトタン屋根の小屋があった。ときどき、その小屋からキラキラと小さな光が反射されているところを見ると、どうやらそこは見張り小屋らしい。

「おいガキ、何か見えてんのか?!」

「……」

 つきさすように痛い日差しを、かろうじて防いでいる波トタンの小屋の下に二人。やぶれた屋根の間からさしてくる日差しから身を守るために、二人とも頭からすっぽりと日差しよけのポンチョをかぶっている。

 まん中でイスに座っている大きな体格の方は、かすれにかすれた黄色のポンチョ。床にうつぶせしている方は、床と同じコンクリートト同じ色のポンチョをかぶっていた。

「おい、話を聞いているのか!」

 大きい方は、三脚でしっかり固定された、大型の双眼鏡で周りをせわしく見回している。対して小さな方は、ぶら下げ型の双眼鏡を両手でしっかり持ったまま、ピクリとも動かずに、鉛色の空のあるところを、だんまりして見続けていた。

「おい!」

 イラだった大人の方は、双眼鏡から離れて小さな方のところに向う。手をグーににぎり固めて、どうやら一撃なぐるつもりのようだが、その前に小さな方は静かに答える。

「四時の方向、蜃気楼が見えている辺りに何かいる。そっちの方が性能いいんでしょ?確認してよ」

 やけに落ち着いているが、聞こえて来る声は間違いなく子供の声だった。

「てめぇ、寝ていたんだろうが!ごまかす気か?!」

「敵を見つけずに見すごしていたら、ねていた事より怒られるよ」

 すぐさま返事が返ってきた事に、腹立たしさを覚えた男だったが、ちぃ、と舌打ちすると言われた方向に双眼鏡を向けた。レンズを一番遠くが見える倍率にして、備えつけの電子修正・解析のスイッチを入れる。

「な、に、も、見えな……。クソ、向こうのほうで竜巻でも上がってやがるのか?砂がまいあがってしまって、さっぱりわからねぇぞ!」

 高性能の双眼鏡を使っていても、何も見えないと毒づく男に、レンズだけがピカピカで、それ以外はオンボロの双眼鏡を使っている少年の方が、どうやら異変をかぎとっているようだ。少年は感情をこめずに淡々と、自分の目にうつっている情報を並べはじめた。

「砂じんにまぎれて天びんらしきの、五、六、七……、最低八機。高度二百くらいから来てるよ」

「くそっ、俺には何も見えねぇぞ!」

 怒りがてっぺんに来た男は、うつぶせにしていた少年の胸ぐらを強引につかみ上げた。頭にかぶっていたフードがうしろにすべり落ちると、ゴーグルを備えたデニム地のキャップをかぶった、幼さを残している顔が出てきた。しかし目に年に似あわないほどに鋭い光をもっている。

(なんだコイツ?!ハンパなく重めぇ!)

 つかみあげた男の腕に、思っていた以上にずっしりした重みが。子供の体格なのに、ジャラジャラと音を立てるものを、体中に着けていてやたらに重たいのだ。

 どうやらポンチョの下に様々なものを仕込んでいるらしい。

「ねぇ、こんな事やっていてどうすんのさ。早く規則通りに警報出さないと」

「うるせぇ!適当な事ばっか言いやがって!」

 頭に血が上って殺気だった大人につかみ上げられていても、平然と他人事のように話す少年。そのうす気味悪い態度に恐怖を感じた男は、少年のほほに平手を打ちすえた。

 少年は口元が切れたらしく、唇から血がうっすらと流れつたう。しかし、顔色を一つも変えようとしない。

「……、だから警報」

「ま、まだ言うか!」

 次の一撃をおみまいしようとした時、がっしりとした体格の良い男が、下の階から上がってきた。

「おい、お前ら!何をしてる!」

 少年のえり首をつかんでいた男は慌てて手をはなし、棒が背中にさしこまれたようにピンと体をのばして、その男に敬礼する。離された少年は軽くせきを一回はらうが、特に姿勢も正さずに、さっきと同じように淡々と見たことを報告する。

「四時の方向から敵ヘリと思しきもの、最低八機接近中」

「おい、まだ言うのか!」

 細身の男は少年をどやしつけるが、少年はまったく気にしていない。細身の男を無視して、ただ、するどい眼光を体格の良いほうに送り続けるだけだった。

 その様子に感じるものがあった男は、細身の男を押しのけて固定式の双眼鏡にむかい、少年の示した方向にむけた。

双眼鏡をのぞきこんで一呼吸。男の表情が一気にけわしくなる。

「お、おぃ!」

 男が見たレンズの先には、ブンブンといきおいよく回っているローターが映し出されていた。それも腹に軽量人型車両、鋼鉄鬼子(アイゼンクィーズ)を抱きかかえている。

「こんのデクの棒!何を見ていやがった!」

 細身の男にうらみの言葉を投げつけ、あわてて警報のブザーをならす男。だが、警報の調子がおかしいのか、なかなか音が出ない。

「クソ、こんな時に限って!」

 ふとっちょの男は、口をパクパクさせているばかりの細身の男を思い切りけとばし、今度は警報用の鐘に駆け出した。しかし、警報の許可が出たものと受け取っていた少年は、すえつけられていた木槌で、鐘を手あらに叩きはじめていた。甲高い警報があたりに広がり、眼下の様子が一気に騒がしくなった。

「よくやった坊主!」

「 あ 」

 何事かに気が付いた少年は、木槌をその場にポロリと離すと、二人に階段のほうを指差す。

 自分の指先を二人が確認したと見て取った少年は、手すりを飛び越え、高さを無視して建物の真下に飛び降りる。そのまま飛び降りるのではなく、手すりにアンカー付きのワイヤーを巻きつけるのも忘れずに。

 唐突な少年の動作が何事を意味するのか理解できない二人。

「来るよ!」

 それが少年の最後の情けだったのかもしれない。少年はワイヤーを巻き取り、トントンと壁をけって落下速度を調整し、手近な建物の屋根に飛び降りると、すぐさま下に降りて物陰に身をふせた。その一連の動作に十秒も時間はかかっていないだろう。

 その時だった。ぽかんとする二人もろとも建物のてっぺんは、一直線に伸びてきた火線の直撃を受けて、こっぱみじんにふきとばされた。爆発とほとんど同時に、少々太めのヘリが建物をかすめるように飛び去る。

 見張り台はライブラの装備していたミサイルの攻撃を受けたのだ。そして今度は、この町で一番立派な建物に、腹に抱えた機関砲を浴びせかける。たちまち火山が噴火したような火柱が上がり、続けてコンクリの破片があたりにまきちらされた。

「だから来るって、教えたのに……」

 少年はまるで他人事のようにつぶやくと、姿勢を低くしたまま小走りに、煙のくすぶるがれきの中に消えていった。


 大地をフライパンのように焼く強烈な日差しの下。前に車輪、後輪にキャタピラを装備した装甲車を先頭に、後には厚い装甲が施された大型トラックが一列に、灼熱の砂煙を上げてひた走っている。

 先頭の装甲車はアンテナこそ立派なものだが、よくよく見るとそれは取って付けられたものらしく、サビや痛みがところどころに見える。どうやら旧式のオンボロらしい。いや、この星で動き回っている乗り物なんて、どれもこれも同じようなものだ。

 しかし後に続く大型装甲トラックは、デザインといい状態といい、まだ新品と言ってよいくらいの立派なものである。

 トラックが掲げていたのは、抜けるような青地に黄色の星二つの旗。この星系を又にかける傭兵派遣企業、ブルースターズの社旗だ。そしてトラックのドアには、赤い色のスペードが描かれている。どうやらこの部隊のエンブレムらしい。

 装甲トラックの一台目の運転席。それは車両の運転席というよりも、簡単な話し合いなら楽に行なえそうなくらい、広くスペースが取られている。そこに砂漠用の迷彩が施された戦闘服を着くずした、短髪でまっ赤な髪の男が、たおした座席に寝そべっている。その正面にはモニターがあって、銀髪の美しい女性の姿が映し出されている。どうやら画面の向こうと交信しているらしい。

「そういうわけで急いでくれる?アダムス将軍からの直々の命令よ」

 ノイズ交じりの画面に映し出されるのは、真珠のように輝きなびく、銀色の豊かな長髪のりりしい顔立ちの女性。深い紺色の軍服そっくりな制服をぴっしり着こなしていて、その魅力は、左側運転席の男も思わず運転を忘れて画面をのぞき込むほど。

 だが、のぞき込んで来た運転手の顔に、赤い髪の男の太い手がぴたりとはりついて、強引に運転手の視線を、目の前の殺風景な光景に向けさせてしまった。

「運転手は運転するのが仕事だ。こんな所で事故なんて起こされたら、お前さんにやる分から、全員の給料を払ってもらう事になるぜ?」

 ふところから小箱を取り出しながら、赤い髪の男はやれやれと片手をあげてみせた。

「ねえちょっと、ちゃんと聞いているの?」

「ああ、よく聞こえているさ。どのみち今日中にあそこには届く予定だったからな」

 横柄に答える男は、両足を前に投げ出して、鮮やかな朱色のニンジンスティックをくわえなおした。きれいな女性の前でも、まったくためらう様子はない。

「まったく、エイジってば、本当にニンジン好きなのねぇ」

「まったくだ、ディディ。俺の髪の毛が赤いのもソレが理由に違ぇねぇ」

 火がついたようにまっ赤なの短髪をかきながら、エイジは口元をニヤニヤさせている。

「もう少し車を飛ばさせれば、五時間ってとこだ。確かあそこには重量級のタウラスがそこそこいただろ。まともに使ってりゃあ大抵の相手なら問題ねぇんじゃないか」

「それがねぇ……」

 わざとらしく困ったように腕を組み、左の人差し指を軽く、ほのかなうす紅色のくちびるにあてがいながら答える。

「相手はどうも空挺部隊くずれらしいの。現地はかなり混乱しているけど、ライブラで襲ってきた事だけはハッキリしているわ。多分少数でも手慣れでしょうから、ひょっとすると、やられちゃったかも」

「やれやれ」

 両腕を頭の後ろで組むと、そのまま席に深くもたれる。

「あんなショボくれた鉱山一つ落とすのにそこまでするもんかねぇ、連中は」

「しょうがないでしょ。あのくらいの鉱山なんてこの星系どころか、この星でだってありふれた規模だけど、このあたりでは重要な資源よ。キッチリ確保しておけば、停戦を向かえたときにそこそこ美味しいからよ。それに……」

「それに?」

「あそこには砂漠地帯では珍しいくらいに水がたくわえられているのよ。占領しなくても、こわされちゃったら、私たちの方、しばらく身動きが取れなくなっちゃうじゃない。この大変な時に」

 くわえていたニンジンスティックを、大口を開けてそのままバリボリと一気にかみ砕いて飲み込む。

「あと四ヶ月で強制終了させられる戦争だからな。その四ヶ月間、大部隊が身動きとれなくなりましたじゃあ、給料減らされちまうな」

「そうそう、あと四ヶ月よ。我が社のためにも、アナタのためにも、そして私の成績のためにも、しっかり生き残って、しっかりかせいでちょうだいね。でないと、赤いスペードの名が泣くわよ」

「へいへい。んじゃあ、しっかりホコリにまみれて働くとしますよ」

「汚れちゃった分は、戻ってきたらしっかりきれいにしてあげるから、がんばってね」

 通信が終わったところで、となりから恨めしげに冷やかすような口笛が聞こえる。

「おいおい、うらやましいってんならお前さんも体をきれいにして街に出向くんだな」

「でも隊長、おれたちみたいな貧乏人は、きれいにしているだけじゃあ誰も来ちゃくれませんぜ」

「だからここで稼いでいるんだろうが。給料欲しけりゃ仕事だ仕事」

「とりあえず、小汚い町まで、隊長を運送ですね」


「くい止めろ!これ以上連中の侵入を許すな!」

 爆発や建物がくずれ落ちる雑音が混じるうえに、時折キリキリと音の入る音質の悪いマイクから聞こえてくるのは、いつもにましてキンキンと甲高い守備隊長の声。

 その聞き取りにくい命令を、どれだけの者が理解できて、かつ従って行動できるのか、はなはだ疑問だが、それでも命令を聞き取って行動するのが彼ら傭兵の仕事。何せ大将が倒されて、支払う者がいなくなってしまって給料を取りはぐれてしまっては、危険に身をさらす意味はないからだ。

「そういう次第だお前ら。あんなケンケンゴーの命令でも、命令は命令だ。あの威勢のいいヤギどもに、オレたちの戦い方を教えてやるぞ!」

『ガッテン承知!』

 開いていた背中のコクピットハッチが勢い良くしめられ、町から外れた洞穴の奥から、ゾロゾロと機械じかけの牛たちがはい出てきた。これが人型のロボット兵器“鋼鉄鬼子(EISEN GUIZI 略してEG)”だ。

 EGはほぼ三 頭身のロボット兵器である。

 頑丈でコンパクトに作られた胴体と、その胴体とほぼ一体化している頭部。歩く事よりも、車輪による走行を重視した、申し訳程度に生えている短い足。武器を持つためと、転んだ時に機体を引き起こすジャッキの役割も持たされた、伸縮可能な両腕。そして機種に関係なく、ジョイント部分が共通化されているため、整備・修理がおどろくほど簡単にできる設計。

「ようし、お前ら!バネはしっかり巻いてんだろうな!途中でゆるみきったなんて事になったら、今度はそいつの首にバネを巻くぞ!」

 ヒゲにまみれた団長の、冗談めかした言い回しにどっと団員たちから笑いがもれる。そう、このEGという兵器は、ゼンマイ動力のエンジンで動くのだ。

 いや、ゼンマイ動力で動いているのは何もEGに限った話ではない。この世界は、時計はもちろん、そこかしこに走っている車やバイクなどの乗り物から、洗濯機に冷蔵庫と、エネルギーを必要とする機械は、全てゼンマイによって動いているのだ。

 人間が住むことができる星が三つもありながら、どの星も地球の石油のような液体の燃料がなく、その代わりに、地球のバネとは比べ物にならないほど軽くて強い力を蓄えて引き出すことのできる特殊な金属、ゼンマニウムが大量に手に入るこの世界ならではの動力源だ。さらにゼンマニウムのバネは、エンジンだけでなく、脚部へもショックを吸収するアブソーバーや、腕の伸縮などにも用いられている。

 つまりEGというのは、この世界でありふれていて、安く簡単に使える技術を用いて作られた、大量生産の大量消費を前提にしたロボット兵器なのだ。

 そのEGは、この世界で百年ほど前に作られて、三つの星のどんな戦場でも使われ続けた兵器。もちろんこの星でもかつて大量に使われたものだから、ちょっとした傭兵団ならまとまった数をそろえているものである。

 普通の傭兵団の場合、手に入る機種がまちまちになるので、一つの機種にあわせることが難しくチームワークもバラバラになりがちだ。しかしこの傭兵団は団長以下、かなりまとまった集団らしく、機種は四メートル級の大型で、厚い装甲をほこるタウラス型のグランタウラスで、色も砂漠用の黄土色と黒っぽい色の迷さい色に統一されていた。

 このタウラス型は重量級なので、動く事のできる時間は限られてしまうが、そもそも町などを守るために作られた機体である。今回のような町を防衛する戦闘にはうってつけなのだ。

 団長機は見た目にもわかるように、本当に牛の角のような形をしたアンテナを二本頭に装備し、大型のバズーカランチャーを手にしている。他の団員たちのものは、それぞれ武装が異なっているが、そのほとんどがライフル型の二十ミリ機関砲を装備していた。

「よし、突撃!」

 団長の号令が下ると同時に、十一機の砂漠の雄牛たちがうすぐらい洞穴から、あらされてしまった町に向って突進していく。向う先には、なすすべもなくけちらされる防衛側の歩兵ばかりの傭兵団と、攻めこんできた敵のEGの一団がいた。


 市街地を縦横に駆け巡るのは、全高三メートルで標準的なサイズのEGであるカプリコン。まっすぐに伸びたアンテナと、頭部カメラが胴体から山羊のように張り出している事と、足のかかとに大型のタイヤを装備しているのが特徴で、荒地よりも整えられた町中や平原で使うことを目的に作られた、機動性重視の機体である。

「リーダー、新手が丘から接近。数は十ちょっと。全部ドン牛ですぜ」

 町中に向って駆け下りるタウラスを確認した一人は、手際よく足のタイヤを逆回転させて後退する。おみやげとばかりに肩から下げていた、対EG用手榴弾を歩兵陣地に投げこむのも忘れずに。大きな花火が上がり、そこから抵抗の銃声は聞こえなくなった。

「連中、最近になってここいらに出かせぎに来た連中だな。丘の上から地形を見取ったつもりだろうが、そうはいくか。我々、天駆けのカプリコンの恐ろしさを思い知らせてやる」

 リーダー機は肩から信号弾を上げる。それは敵の接近を知らせると同時に、通信を妨害するジャミングもまき散らすものだった。

 突然通信ができなくなったことに雄牛たちは一瞬たじろく。だが、相手はこちらのかく乱だけでなく、混乱させた上で一機一機とつぶしていくものと読んだ団長は、互いを認識できる距離に全員を集めさせた。

「通信をできなくさせただけで有利になったと思うな。俺たちも、このくらいの事

なら手馴れたもんだぜ!」

 その時だった。風を切りさく、かん高い音がつきぬけた。直後に団長の目の前を走っていたタウラスが、まるで紙ふうせんのようにふき飛んだ。

「何だと!?」

 あわてて仲間たちをあちこちにバラけさせる団長。だがその間にも動きが遅れたものから一機、また一機と砲弾をあびて血まつりにあげられていく。あるものは直撃をうけて粉々にふきとばされ。あるものはパイロットもろとも上半分がなくなったまま、ゼンマイがつきるまで荒野に向って突進。またあるものは爆発しなかったが、大きな穴を開けられてその場に立ったままになってしまう。

 あっという間のできごとに、だらだらと脂汗をながしながら、団長はうめくようにつぶやいていた。

「この攻撃の威力はヤギの、いやEGのもんじゃねぇ!あいつら、戦車も持ちこんできやがったんだ!」

 その予想は正解だった。

 天駆けのカプリコンたちがこの戦場に持ちこんでいたのは、EGだけでなかった。空挺戦車とよばれる、あまり重くない特別な戦車を持ちこんでいたのだ。

 この戦車は、大砲が普通の戦車よりも小さく、何より装甲がギリギリまでうすくなっている。そのかわりに軽いので、ヘリなどでも持ち運びができるので、普通の戦車では目的地まで何日もかかってしまう道のりを、空から運ぶ事であっという間に運ぶ事ができるのが強みだ。

 その空挺戦車をカプリコンたちは、歩兵などがかくれやすく、思わぬところから攻撃を受けてしまう町の中に乗り入れさせず、わざと町から離れたところに降ろしていたのだ。

 作戦も事前に練られていた。

 無線通信をぼう害するのをはじめから計算に入れ、偵察隊に通信線を引かせて、そこからジャマされずに情報を入手。あとはその指示の通りに砲撃するだけ。砲塔の左右に合計二本備えられていた主砲の一○五ミリ砲は、同じ戦車を相手にするには弱い武器だったが、戦車に比べればうすい装甲のEGを相手にするには、十分すぎる威力を持っている。

 タウラスはEGのなかでは重装甲といわれていたが、それでも一○五ミリ砲の力の前には、自慢の重装甲もティッシュペーパーにすぎない。

空挺戦車の主砲が火をふくたびに、タウラスたちは四散するもの、直撃しなくても半壊して動けなくなるものが続出。次々と仲間たちが倒されてしまい、残ったものたちはパニック状態に。

「いいぞいいぞ。連中、あわてて逃げだしやがった。さあ、オレたちの狩りのはじまりだ!」

 カプリコンの隊長の命令が下り、部下たちはバラバラになったタウラスたちにおそいかかる。

こうなると展開は一方的なものに。重量級のため機動力におとるグランタウラスは、小回りがきくカプリコンから逃げることができず一機、また一機と撃破されていった。

「ひ、ひぃぃ……」

 EGに乗っていれば的にされる。団員たちを次々と失い、パニック状態になった団長は、半壊した建物につっこんで愛機を乗りすてると、そのまま一目散にガレキの山の中に逃げだしてしまったのだった。


「あーあ。もったいないことするなぁ」

タウラスが見すてられたガレキの中から、ひょっこりと人がでてきた。小柄な体格に灰色のマントをまとったその姿。誰あろう、見張り台でカプリコンたちを最初に見つけた少年だった。

 少年は、建物にうつ伏せにもたれかかったタウラスに向う。

ジャラジャラと重たい物をぶら下げているような音が聞こえてくるが、足どりも身のこなしも軽快そのもの。遊びなれた小山にでも登るような足取りで、あっという間に乗りすてられたタウラスの上にたどりつく。

頭からつっぷしたタウラスの背中のハッチは、乱暴に開かれたままになっていた。少年はのぞきこんで様子を見るが、今しがた乗りすてられただけあって、計器類にまったく問題はないようだった。

ゼンマイの巻き残量も、ほとんど消耗した様子がない。戦闘がはじまって早々に乗りすてられてしまったのではやむを得ないことではあるのだが。

「んじゃ、代わりに」

 少年は身につけていたマントを、タウラスの左腕に手際よく巻きつける。どうやら少年のトレードマーク代わりらしい。まき終わるとそのままコックピットにすべりこみ、ハッチを閉める。

重量級であっても大人には都合手狭になるEGのコックピット。だが、小柄な少年にとってはそこそこ余裕があるものになる。

正面の画面パネルの映りを確認し、同時に左右にある操縦桿と足元の操作ペダルも確認。度胸はともかく図体は人一倍だった持ち主の体格を反映してか、操縦桿の位置はともかく、ペダルには足が届かないようだった。

「大は小を兼ねるって言っても、小の人にはやっぱりこの差は厳しいんだよね」

 シートベルトを装着しながら少年は、己の置かれた状況についてまるで他人事のようにつぶやき、懐から取り出したシートらしきものを靴底に貼り付ける。軽く踏むとそのシートが膨れ上がって靴底を押し上げる。これで届かない分をフォローすると言うわけだ。

「こんなところにいやがった。それで隠れたつもりか?」

 逃げ出した隊長機を探していたカプリコンの一体が、二本角のタウラスを発見した。その様子から各坐して動かなくなったものと見なしているらしく、悠々と近づいてくる。空挺訓練を受けていても、元の素性が良くなかったらしく、生来の手癖の悪さが頭をもたげたらしかった。

「完全に動けなくしてパーツでも……」

 その直後、眠っていたグランタウラスのカメラに火が灯る。だが濃い煙と油断で、相手はなおも気が付いていない。

 捕獲しようと伸ばした腕が、タウラスの肩に触れようとした時、ようやく彼は異変に気が付いた。ゼンマイが動いているらしくその振動が腕を伝ってきたのだ。

 だがそれは、彼の生涯が幕を下ろす、ほんの直前の事だった。

 タウラスの左腕部による、狙い済ましたアームの鈍い一撃が、さほど装甲の厚くないカプリコンの頭部を一撃。真下のパイロットを諸共にぐじゃりとひしゃげさせたのだ。

「おい、どうしたってんだ?」

 通りかかったもう一機が異変に気が付く。そこには瓦礫の山に突っ伏した僚機の姿があるではないか。

「っつ、油断して返り討ちにされたのかよ」

 その時、彼もまた十分に注意しておくべきだっただろう。まだ足元には真新しいローラーによって刻まれたタウラスの轍の跡が残されていたからだ。

 だが、残念ながら彼もその事に気が付く事は、ついになかった。

 舌打ちの直後に背後から衝撃が走り、思い切り前方に弾き飛ばされる。機体は前方に倒れこみ、操縦者は体をそのままコントロールユニットに強かに打ち付けて悶絶。

戦場で身動きできなくなった哀れなカプリコン、その命運はそこまで。非情のタウラスは見逃すことなくハッチのある背中に向けて腰部に装備された機関砲による一連射を浴びせる。

 至近距離からの射撃の前に、乗り手の命を守る装甲扉に無残に風穴が開き、その上中で跳ね回った、銃弾によって内部は見るも無残な光景に様変わり。様子を覗く事はできないが、戦場慣れしたした者なら、中がどうなってしまっているのかぐらいは想像に難くないだろう。

「野郎!」

 事態を察したもう一機が駆けつけライフルを構える。その位置は斜め後ろに位置しており腕巻きのタウラスには見事に死角。

 だが直後、ポスっと、間の抜けた音が響いた。

相手の射撃が早ければ、腕巻きのタウラスが血祭りに上げられてしまった事だろう。だが、その相手は引き金を引くこともなく唐突に動きを止めてしまった。直前に鳴り響いた軽い銃声が原因らしい。

「?!」

 見れば機体に僅かな穴があけられ、そこから真っ赤な鮮血が流れ始めている。狙撃されて、主が失われてしまったようだった。当然、中で主を失ったカプリコンはそのまま立ち尽くしたまま動き出すことはなかった。

 腕巻きのタウラスは近づき、相手の状態を確認する。僅かに開けられた穴の位置を確認すると、その方向に視線を向ける。

 瓦礫と化す寸前の建造物の間に、長大なライフルを抱えた男の姿が見える。男は重々しく見える巨大なライフルを軽々と扱うと、飛び跳ねるように腕巻きのタウラスの傍に近づいてきた。少年が銃口を向けようとしないことから、どうやら仲間であるらしい。

「もう少し周囲に気を配れ」

 男は腕巻きのタウラスに向って独り言でも言うような音量で、少年に注意を促した。

 男は白いものが半分以上混ざった髭にまみれた顔に、山脈のように深く刻まれたシワと細かい傷跡。姿は灰色の外套を少年と同じように纏っているが、頭は唾の広い陣笠風のヘルメットという変わったもの。それに長大なライフルを抱えているところを見るに、いわゆる鋼鉄猟兵であるらしかった。

「了解」

 そう呟くと少年は軽くタウラスの手を掲げて答える。返事を見届けると、男は再び瓦礫の戦場の中に溶け込むように消え去り、少年の機体もまた砂煙を巻き上げながら、戦場の喧騒のなかに紛れていった。


 カプリコンたちが異変に本格的に気が付いたのは、それから数分後だった。

「あの状況で三機もやられただと?!」

 大方カタがついたものとして、手はず通りにカプリコンたちは、中央の広場に集結していた。だが総数から三機も抜けていたのだ。すでに通信妨害も収まっており、遊んでいるのならすぐにでも連絡がつく。応答が無いという事は撃破されたということになる。

「何が起こったのか、誰か調べて来い!」

 だが誰かが調べに出る前に、その回答は示された。

合流しようとと集合地点に向ってきた、今回の侵攻作戦の主役である空挺戦車が、全員の目の前で、装甲の薄い側面から機関砲で攻撃されて蜂の巣になったのだ。

 やがて弾薬に引火して大爆発。砲塔がびっくり箱が開けられたように吹き飛び、数多くの雄牛たちを葬り去ってきた滑降砲が、火事で廃棄された建材よりも無残に焼け焦げて転がった。残った胴体からは、火薬とたんぱく質が焦げる、吐き気を催す臭気が伴う黒煙を吐き出されていた。

 突然の事に呆然とするカプリコンたちの前に、煙に向こうで姿を見せたのは、左腕に灰色の外套を巻きつけた砂漠迷彩の二本角のタウラスだった。

「ふ、ふざけやがって!」

 カプリコン残存の五機がぱっと散開し、一気に襲い掛かってくる。各機に標準装備されていた二十ミリ機関砲が唸りを上げ、同時に放たれたロケット弾の弾着の炎と煙がたちまちタウラスの周囲を包み込む。

 重装甲ゆえに鈍重なタウラスの機動力では、到底回避などできるはずもない激しい攻撃。

 だが、腕巻きのタウラスは明らかに動きから普通のものと違っていた。

 腕巻きは、ただでさえ脚部が短く低い腰を、さらにかがめて重心を低くしたままローラーを全開で回し前進。相手の攻撃が着弾する寸前に、勢いに任せてゼンマニウム製の脚部バネを用いてジャンプし、その鈍重な図体を強引に宙に舞わせる。

その一瞬の間に、左右に装備した二十ミリ機関砲を周囲にばら撒いて、カプリコンたちの次の行動を押さえ込んでしまった。

 重量級にあるまじき跳躍を見せた、腕巻きのタウラスのサーカスショー。だが演目はまだ始まったばかりだ。着地の際に、単純に重力に従って降りずに壁を蹴り、さらにもう一飛びして落下の軌道を強引に修正。ひらひらと変幻自在に飛び回って狙いを付けさせない。

 着地してしまうと、滑り込むように、瓦礫の後ろに飛び込み、驚き戸惑う一機の背後に回りこんで、そのままの勢いで右肩でショルダーチャージ。金属の塊同士の重たく甲高い轟音を立てて相手が吹き飛ぶと、地面に激突するより早く、滑るようにまわった左の銃を浴びせ、瞬時に止めを刺す。

 様子に気付いた仲間が、慌てて銃口を向けるが、腕巻きは今度は左足を折れんばかりに回して急速旋回。その動きは正に駒だ。そして回転を見せるとそのまま離脱してしまう。出遅れてカプリコンたちが放った銃弾は、倒れていた味方の機体をさらに穴だらけにし、ついでゼンマイ機関の外郭をも砕いてしまう。

 砕かれたゼンマイ機関からは、臓物でもブチ巻けるように、ズタズタになった板バネが飛散。かくして鋼鐵鬼子の無残なオブジェが又一つ完成する事になってしまった。

 その様子を見て取った、カプリコン隊は腕巻きの技量に肝を冷やす。残存四機のうち三機は慌てて後退したが、一機は蛇に睨まれた蛙のように動かない。操縦者は恐怖によって動けなくなってしまったのだ。だがそんな相手に情けをかける事など、戦場であるはずはない。腕巻きのタウラスは、怯えて硬直したあわれな雄山羊に対し、正中線に向けて右の銃弾を浴びせ、完全に粉砕した。

「バケモノめ!どこから湧いてきやがった!」

 後退した三機はバラバラに逃げ惑う。

「おい、天秤はどうなっている!」

 隊長はマイクに友軍機の存在を求めた。ライブラは両腕部にローターを装備した、短時間のVTOL(垂直離着陸)飛行が可能なEGだ。シルエットが天秤に似ている事からその名が与えられている。

 今回の襲撃において、先制攻撃を仕掛けたのはこのライブラ隊であったが、彼らは滞空時間が短いため、すでにこの場から離れてしまっていた。故に返答は芳しいものではない。

「クソったれども!」

 追撃してくるタウラスに背を向けずに後退するカプリコンたち。眼前の脅威への対処と機動性重視のカプリコンの能力を活かすため、歩兵を伴わない戦術を取ったのだが、それが裏目に出た。先ほどカプリコンたちの奇襲を受けて大損害を被った歩兵部隊が、退路に待ち受けており、その背中に向けて対戦車ロケットを叩き付けたのだ。

 重装甲を誇る戦車さえ粉砕する強力な兵器を前に、装甲車両程度の防御しか持たないうえ、装甲の薄い後方を狙われ、直撃を受けてしまった、カプリコンは無残に散華した。

 すると破壊されてしまった動力のゼンマイ機関からゼンマイの板バネが飛び出し、その反発力を周囲に暴れさせて、喜び勇む歩兵部隊に踊りかかる。総重量が七トンを越えるような車両さえ楽々動かせるゼンマイ機関。その活動源たる板バネが一度暴れだせば人間の力で止めることなど不可能。とっさに身を伏せられなかった兵士達を、無残に跳ね飛ばして、一面に鮮血の海を作り上げてしまった。

 ともあれ残るは二機のみ。この状況で留まっていては確実に仕留められてしまうだろうと判断し、残存二機は慌てて市街地から逃げ出そうとする。だが、腕巻きはこの廃墟の地形をすでに調べ尽くしていた。建物にして五軒ほど真横に距離を保って、追撃を仕掛けてきたのだ。

 時折牽制の為に反撃を試みるカプリコンだったが、瓦礫に阻まれて攻撃が届く事は無い様子。やがてカプリコンは煙によってさえぎられる視界と、追い詰められた恐怖から道を見失い、崩れた建物によって袋小路になっていたところに迷い込んでしまった。

「ひ、ひぃ!」

 タウラスの脚部から出る車輪の音は聞こえてくるが、肝心の追撃者の姿は見えない。だが確実に追い詰められている事だけは、嫌でも自覚せざるを得ない。その恐怖に耐えかねた隊長は、慌ててハッチを開けて逃げ出した。

 彼は逃げ出したその時、瓦礫の山の隙間から一瞬だけ、レンズの光が漏れるのを目にした。複雑に折り重なった廃墟の向こう。一直線に開いた人ですら通れるか怪しい僅かな空間。その先から何かが飛んでくる。男が駆け降りた直後、カプリコンは爆炎に包まれ、男も衝撃に巻き込まれて廃墟に叩き付けられ、崩れ落ちた瓦礫に埋もれてしまった。タウラスは機関砲を捨てて、置き捨てられていたバズーカランチャーを手にしていたのだ。

 取り回しが利かず、運用が難しいのがバズーカランチャーだが、腕巻きの操縦者はそれを高速走行を行ないながら、手足のように自在に扱って見せ、瞬時に瓦礫の空間を見つけて狙撃してきたのだ。

「やれやれ、ひとまず片は付いたかな?」

 廃墟の向こうに煙の柱を見て取ったところで、仲間の仇を討たんと己の能力の限界を超えて奮戦したタウラスが、がっくりと力を落とした。機体のあちこちから白い煙も出ている。動かなくなったのはゼンマイの限界が来たからではない。機体そのものに限界が来ていたのだ。

 少年は周囲をモニターで探る。周りに見えるのは自軍の兵士達ばかりだと確認する。狙撃される危険はさておいて、ともかく少年はハッチを開けて外に出る事にした。

 ハッチを開いて顔を出してみる。すると彼の体は待ち構えていた男達によって強引に引っ張り出されてしまっていた。気配に悪意は皆無。やれやれと少年は流れに身を任せる事にした。

『やったじゃねぇえか!』

『お陰で助かったぞ!』

『お前が今日のヒーローだ!』

 しばらく胴上げされたり、もみくちゃにされる少年。適当なところで指揮官によって止めさせられるが、その指揮官さえ顔のほころびを隠せずに、少年の頭をめちゃくちゃに撫で回していた。

「お、俺の部下にあんな腕利きがいたのか?」

 一人生き残った雄牛の傭兵団の団長は、瓦礫の隙間から、呆けたように腕巻きのタウラスの姿を眺めるばかりだった。


 町を脱出できたのはカプリコンのリーダーのみとなってしまっていた。

「悪夢だ、あってたまるか!俺達が、天駆けのカプリコンがたった一機に壊滅させられるなんてあってたまるか!」

 だが、彼の眼前に新手のEGの一団が姿を現した。先頭に立つのは薄い水色に染め上げられた、最普及品であるレオンタイプの第三世代機、スペンディング・レオン。特徴は弱点の無いバランスの良さ。なお、辺境のこの星で出回っているレオンタイプは、第一から第二世代機ばかり。第三世代機など転がっているはずはない。

「う、噂に聞く傭兵企業の連中かよ!」

 逃走先で偶然出くわしたのは、エイジャックスたちの傭兵部隊スペードレッドだった。特に隊長機には大型の指揮用通信アンテナと、右肩に赤のスペードのエースが描かれている。

「こっちの方向に逃げてきたのはご苦労だったな。五秒で決めろ!」

 エイジャックスは機関砲を突き付けつつ、拡声器を使ってカプリコンに告げる。あっという間に観念したのか、リーダーは機体をあわてて乗り捨て、両腕を後ろに組んで焼けるように熱い石ころの大地にうつ伏したのだった。

「何だぁ?拍子抜けじゃねぇか。折角の出番がこれで終わりかよ……」


 エイジャックスの一団がこの鉱山の町、デボテに到着した時には、すでに戦闘は終わっていた。仲間達を治療施設に運ぶ者、転がっている敵味方の残骸を片付けている者、そして無事に済んだ車両や鋼鉄鬼子のゼンマイを巻き直すために、風車の方に輸送している者など。

 出迎えの兵士に話を聞けば、敵の空挺戦闘可能な傭兵団、天駆けのカプリコンの小隊規模のチームは壊滅したものの、防御側の守備隊もまた壊滅に等しい損害を受けていた。戦況を覆したのは、EG装備の傭兵団のただ一機のタウラス。それも正規のメンバーではなく、乗り捨てられたものに乗り込んだ、声変わりもしていない少年の活躍によるものだったという。同じ内容のことは、この町の守備責任者の口からも聞くことができた。

「つまり、この町は見張り番をやっていたお子様一人に救われたと?」

「信じられんが、そういうことなのだよ」

 かろうじて落ち着きを取り戻したこの町の守備責任者が、額の汗を薄汚いハンカチで拭いながら答える。どうやら、自分への責任の追及を恐れているらしい。

「元々は、腕利きの猟兵を雇う時のおまけで付いてきたらしい。ああ、その時も少年はEGに乗れると申告していたそうだが、誰も相手にしなかったので見張りに回したそうだ」

「彼らに、特にその少年に会わせて頂けますかな?」

 エイジャックスの目には興味の光が灯っていた。無論こんなさびれた町の守備隊の指揮官の進退問題など気にも留めはしない。


 エイジャックスが案内されたのは、かろうじて焼け残った屋敷の、主人用と思われる書斎の跡の部屋だった。判断材料は比較的最近に運び出されたらしい本棚の跡が残っていたからだ。そこだけ日差しで焼けた跡がない。

 その部屋の中は植物油のランプの明かりに照らされており、その空間を灯りの油、機械用の油、そして鼻を突くような食品らしいものの匂いが漂っていた。思わず咳き込みそうになるエイジャックス。

 部屋に居たのは二人。床に座って黙々とライフルの整備を続けている屈強だが老木のような雰囲気の白髪半分黒髪半分の男と、椅子に座って用意されていたパンの切れ端と、異臭漂う飲料を口にしている少年だった。

(この臭い、軍用の栄養補助用の脱脂粉乳のだぞ。それも水で溶いたやつか!?)

 エイジャックスにもその臭いには覚えがあった。傭兵になる前に務めていた軍役の頃、部隊内のバクチでの敗者への罰として執行されていた、軍用脱脂粉乳のそれだった。彼自身は暗黙の常識であった酒に溶かして以外は飲んだことはなかったが、水で溶いたそれはとても不味くて飲めたものでないことは承知していた。

「コホン、俺はエイジャックス。ついさっき援軍として到着した部隊の、まあ、隊長だ。君がタウラスを駆って連中を撃退したんだな?」

 少年は口にしていたコップをテーブルに置いて、口を水ですすいでから答えた。彼なりの礼儀らしい。

「一人じゃないよ。丸腰じゃあ何も出来なかったわけだし、開けっぴろげの場所じゃあ的だったわけだし。あちこちに味方がいてくれたからできたんだよ。第一、まだまだ僕は未熟だし」

 あっけらかんとした口調からして謙遜しているのではなく、心の底からそう感じているようだった。

「おいおい、未熟な腕でEGの小隊規模を単機壊滅させられる訳がないだろうに。全く、とんでもないことを口にしやがるな、お前さんは」

 呆れたように感想を口にするエイジャックス。

「隊長さん、僕の名前はナンジ」

「ナンジ、か」

 ナンジが自ら名を名乗ったことに、猟兵の男が反応した。

「乗るのか?」

「いいでしょ、ランドゥ」

「ほう、話が早くて助かるよ」

「条件はランドゥとセット。それだけ」

「問題ない。うちは基本的にEGが主だが、猟兵に居てもらうに越したことは無い」

 話は以心伝心で進んだ。二人の目的は不明だが、どうやら一箇所に留めて置かれるよりは、広範囲を動き回る傭兵団に拾ってもらいたがっていたらしい。それをエイジャックスの服装を見て判断したらしい。ブルースターズ所属の部隊なら、この戦線のあちこちに引っ張り回されるのは確実だからだ。

「では明朝、君たちを正式に迎えたい。依存はないと判断するが?」

「そういうことで」

「……」

「じゃあ決まりだ」

 同意を得たと判断したエイジャックスは、二人にそれぞれカードを投げ渡した。リンゴにでも投げれば、両断してしまいそうな鋭い一閃。だが、二人とも事も無げにそれを日本の指で受け止めて見せた。

「スペードの十二」

 ナンジが受け取ったのは赤いスペードのトランプのカード。数字は十二、すなわちジャック。ランドゥが受け取ったのは十四、すなわちキング。

「特に数字に意味があるわけじゃない。たまたま今回空席だったから、お前さんたちに回ってきただけだ」

 エイジャックスが指揮する傭兵部隊スペードレッドの正式メンバーには、それぞれ符号としてトランプの手札が渡されていた。己を一のエースにし、以下数字の順に十四まででフルメンバーというわけらしい。

「了解です、隊長“殿”」


 強烈な臭いで体が染まったことが少々腹立たしかったが、面白くて有能な人材を拾えた事にエイジャックスは概ね満足していた。

「貴方が出撃先で現地採用なんて珍しいわね」

 到着報告で通信を開いた相手からの感心の言葉。

「それぐらいの権限は認められているだろう、ティディ“嬢”」

 わざとらしく、己の権限を確認する傭兵部隊隊長。

「はいはい。後で面会させてね」

「それまであいつらが生き残っていりゃあ、な。まぁ、多分大丈夫だろう」

「貴方がそこまで言うならそうなんでしょうね。じゃあ、元気に生き延びてね。待っているわ」

「へいへい」

 通信が終わり、画面が暗くなる。エイジャックスは傍らのニンジンスティックをつまみ上げると、軽快に奥歯で噛み砕く。ほのかな甘みが口中に広がる。至福の一時。

「残り四ヶ月の限定戦争。精々楽しませてもらおうかな」

 一言呟くと、彼は歯を磨きに外に出た。

 砂礫の大地の夜は冷え込む。冷たく光る二つの月の色は白い。日中のむせるような臭いも、夜風が運ぶ冷たい臭いに薄っすらと和らぐ。この大地に染み渡った消え去らぬ戦火の臭いも、この時だけは。

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