見つめ合う二人

はるまち

見つめ合う二人

「私、ジェットコースターとかお化け屋敷とか、ああいうの苦手なのよね」

 何の脈略もない。二人きりの寝室のベッドで、君は突然そう呟いた。

「へぇ、怖いんだ」

 ちょっとだけからかう様なニュアンスで僕がそう言うと、君は心底不愉快だという表情をした。

「違うわ。別に怖いわけじゃない。私はただ、寂しがりだから」

 そこで君の言葉は止まる。君はいつも、多くを語ろうとはしてくれない。結論だけ先に言ってしまって、肝心なことは教えてくれないのだ。だけどそれは、言いたくないという意味でもないらしいことを、僕は知っている。

「……それって、どういうこと」

 その一言で、君はすぐに答えを示してくれる。まるで、僕に質問されるのを待っていたかの様に。

「私は、寂しがりだから。好きな人のことを見つめていたいし、見つめられていたいの。二人が同じ方向を向いていたら、その間に相手はどこを見ているのか、何を思っているのか分からないから……不安になる」

 分かるようで分からない君の言葉に、僕は反応に困ってしまった。

「えぇと……それってつまり……?」

「ジェットコースターもお化け屋敷も、隣に並ぶだけで見つめ合えないじゃない。そのことを考えてたら、きっと私はドキドキもハラハラもできないと思う。それならいっそのこと、コーヒーカップや観覧車みたいに、相手と向き合っていられるものに乗りたい。きっとそれが幸せだから」

「ふぅん……」

 つまり君には遊園地はあまり向いてないんじゃないかな、という言葉は飲み込むことにした。しかし、ジェットコースターもお化け屋敷も嫌で、コーヒーカップや観覧車が良いなんて、如何にも『可愛い彼女』が言ってきそうな言葉なのに、君が言うと全くそういう雰囲気にはならないのが不思議だ。だけど、それが君なんだろうな、と思う。僕はきっと、君のそんなところに惹かれている。その想いに引っ張られる様にして、僕は、そっと君の唇を奪った。君は目を閉じて静かに応えたが、すぐにそれを引き離した。

「ね、あなたは、そうは思わないの」

「え、僕……?」

 突然自分に振られたことに驚いた。何と答えるのが正解なのだろうか。「私もあなたと見つめ合っていたいです」と、そう言えば簡単なのかもしれない。だけど僕は、ただただ君に話を合わせようとはしないし、君がそれを望まないことも知っている。だから、自分の素直な感想を言うことにした。

「僕は……、よく分からない。でも、そもそも人って、そういう生き物なのかもしれないな、とも思う」

「人……」

 僕の回答は予想外だったのだろうか、それとも何か不満があったのだろうか。君は少し、考える表情をした。僕は慌てるわけでもなく、付け加える。

「そうだとするなら、キスも、その先も、僕らのしていることは全部、人間らしいんじゃないかなって、思う」

 考えるより先に出た言葉だった。その言葉と同時に、僕は今までの君とのことを思い出していた。考えてみると僕らは、どれだけ付き合いが長くなっても、行為に新しさを求めることはなかった。お互いのことを最後まで見つめ合える、そのことに意味を感じていたからだろうか。だとするなら、相手と見つめ合っていたいのは、僕だって同じだということになる。君がここで突然ジェットコースターの話を始めたのも、もしかすると偶然ではなかったのかもしれない。

 君は僕の言葉を聞き、少し目を見開いたまま固まっていた。気に触る発言をしてしまったのだろうかと不安になったが、そういうわけではなさそうだった。少しすると君は、表情を緩め、軽く笑みを浮かべた。

「そうね。そうかもしれない」

 きっと、君も僕と同じことを考えていたのだろう。まるで抱えていた全ての謎が解けた様な、すっきりとした表情に変わった。君が時折見せる、その表情が好きだった。目の前にいる人が急に愛おしく感じられた僕は、君を連れてベッドの中に潜り込んだ。暗闇の中ではよく見えないけれど、僕は君のことを見つめているし、君も僕を見つめている。そこには確かに、君の言う安心感の様なものが漂っている様に思えた。だからこそ僕は瞳を閉じて、もう一度、そっと君の唇を奪った。

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見つめ合う二人 はるまち @harumachi_88

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