最終話 君の名前、君の記憶

「拓海君〜、起きて〜。時間だよ〜」


優香が拓海の体を揺すり、起こそうとする。しかし、まだ拓海は夢から覚めそうにない。


「もう…起こしてって言ったから起こしたのに。最終手段出しちゃお…」


優香がそう呟くと、寝ている拓海の腹部の上にまたがり座った。そして腹部に全体重をかけた。


さすがの拓海もその重みに気づき、目を覚ました。


「お、重い…か、金縛りか…?」


「金縛りじゃないよ。私が乗ってるだけ。時間になったから起こしたのに起きないから…」


「え、マジか。もうそんな時間に……ん?」


腹部に座っている優香を見つめる拓海。

少し間が空き、言った。


「……入ってる?」


「入ってる?何が……って拓海君、変な事想像しないの!まったく、変態さんなんだから…」


「すまんすまん。寝ぼけてたみたい…。とりあえず起こしてくれてありがと。あー…そろそろどいてもらっていい?お腹痛い…」


「え…?あ!ごめん!」


優香が気づき、急いで拓海から離れる。起き上がった拓海は洗面台へ行き顔を洗う。そして、タオルで顔を拭きながらリビングへと向かう。


2人はその後、着替えをし朝ごはんはコンビニにする事にし、予定していた時刻よりも少しだけ早くアパートを出た。


近くにある、月極つきぎめ駐車場に駐車してある拓海の車に向かう。拓海は独身という事もあり、前から2人乗りのスポーツカーに乗っていた。趣味も特になくギャンブルなどもやらないため貯金はそこそこ貯まっている。そのスポーツカーも車検は通っているが、そこそこ改造などはしていた。だだ、峠道や高速道路などを攻めたりする勇気が無いため、街乗りとしてだけ使っているのだった。


拓海は車を走らせ、高速道路を走っている。


「女の人、隣乗せるなんて初めてだよ…」


「そうなの?」


「うん…。だいたい乗せるとしたら男友達とかお米の袋とか交換用のタイヤとか…」


「最後の方、おかしくない…?」


「まぁ、普通の人から見たら変だろうね。彼女がいたとしても、こういう車苦手っていう人もいるから、言い出しにくかったんだよね」


「私はカッコいいと思うよ?拓海君、自信もってよ」


「うん…ありがとうな。嬉しいよ」


優香がそう言われ、今にでも涙が出そうな状態だった。だが、運転中という事や流石に泣いているところを見られるのは恥ずかしいと思い、なんとか泣かずにその場をやり過ごした。



車を走らせる事、約20分。早朝という事もあり、あまり車もいなかった。ただ、トラックが多かったが、大きな渋滞なども無く順調に進んで行った。


ETCレーンを通過し、高速道路を降りた。


そして15分ほど車を走らせ、ある海岸へと着いた。駐車場に車を止め2人は降りた。まだ、太陽は上がっていない。波の音だけが静かに聞こえるだけの場所だった。


少し歩くと、小さな自由の女神像がある。

その海岸は、サーファーに人気らしく、この時期には花火大会も行われる。


2人は解体中の海の家の横を通り過ぎ、砂浜へと歩く。砂は少しだけ冷たいが非常にサラサラとしている。そして、2人は歩みを止め、海を見る。


「……まだ30分くらいあるけど…待つ?」


「うん!適当に話してよっか。拓海君の面白い話のコーナー!」


「なんだよ、そのテレビの企画みたいなやつ…」





2人は、その後、30分ほど雑談で時間を潰した。そして、徐々に空がオレンジ色になる。


そして一筋の光が見えて来る。その時、 拓海はある記憶を思い出した。


――あれ…前にも同じ光景を…どこで…見たんだ?


記憶の中で、ある女性を思い出した。

その名前は「優菜」。拓海の幼馴染だ。中学校まで同じだったが、高校は別々だった。

時々連絡をし、お互い就職する事は知っていた。


就職後、優菜との連絡が無くなり、忙しいのかな、と自分からは連絡しなかった。

拓海は優菜の顔を思い出す。


その顔は…今隣にいる、優香と一致した。

幼馴染という事もあり、優菜の顔の特徴はよく覚えていた。少し変わってたとしても、優菜だと、わかる。


拓海はゆっくりと、優香の方を振り向く。


それとほぼ同時に優香が拓海の方を振り向いた。その目には、涙が浮かんでいる。


「拓海…?拓海なの?」


「ゆ、優菜?」


拓海の目にも涙が浮かぶ。なぜ、この事を思い出せなかったのだろう。なぜ、優菜だという事に気付かなかったのだろう。


「全部…思い出した…。無くしてた記憶…全部戻って来た…。拓海……久しぶり…」


「優菜…」


拓海はそう言うと、優菜の体を強く抱きしめる。拓海も欠けていた記憶を思い出した。拓海も、記憶を少しだけ無くしていたのだった。


「もう、男の子が泣かないの!」


「だって…お前の事だって気付いてやれなかったから…ごめんな…ごめんな…」


「なんで謝るのよ。そもそも、私が悪いんだし気にしないでよ」


「ごめんな…ありがとう…」


拓海が強く抱くと、優菜も抱き返した。

そして、優菜は言いたかった事を口に出す。


「拓海、私と付き合おう?」


「え?つ、付き合う?」


「うん。付き合おう?いいでしょ?」


「優菜はもっといい相手がいるって…こんな俺なんかより別の人の方が――」


「また言わせる気?私は拓海がいいの。付き合ってくれるよね?」


「お、おう…いいよ。付き合おう!」


そう言った、拓海だったがもっと別の事を言おうと考えた。そして、口に出した。


「つ、付き合うより……その…結婚しない?」


「え?結婚…?」


「あ…ごめん、やっぱ今の無し。取り消――」


「喜んで。結婚しましょ。よろしくね。旦那さん」


ノリでプロポーズしたつもりが、本当になってしまった。2人は熱いキスを何ども交わしたのだった。








その後2人は、お互いの両親に挨拶をした。

優菜の両親に結婚する事を伝え、無事、OKが出た。


その後日、市役所に婚姻届を出し晴れて2人は夫婦になった。婚約指輪も貯めていた貯金で一括で購入した。



結婚式には、中学の時同級生や担任の先生など多くの人が来た。まさかこんな形で結婚するだなんて、2人は思いもしなかった。


2人はお互いの勤務先でも、いじられたがそれも幸せに感じた。


数年後、2人の間に子供ができ、2人の子供が生まれた。結婚したばかりだが、これから多くの苦難などが家族を襲うかもしれない。だが、それを乗り越えていけるという確信は2人にはある。


2人の愛は、途切れる事なく、続いて行くのだった。










『君の名前、君の記憶」


END

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君の名前、君の記憶 大津 千代 @otttyo_00

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