第5話 奥西圀誌二・セルディスタン誌

※以下URL七圀地図

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 ルムドの北の境シギュトルード川を超えた地、カフバルフとダンダルヤ河の間の地はオドゥルミと呼ばれております。南北90frasang、東西70frasang程のの広さでございます。

 オドゥルミの東半分は、フシュトル人の国であります。人口二十六万、兵にえうる者十万と見積もられております。アルドゥクシャフルの威に服しておりました頃、銀は納めず、五年ごとに男児・女児百人づつを献上していたそうであります。

 ブレグトルが山谷の民なら、フシュトルは平野の民であり、共に似たような言葉や身形をしております。しかし、ルムドの民と違い、荒ぶる勇ましき者たちにございます。働かざる者が尊ばれ、田畑を耕す者を卑しみ、戦で戦い、敵から掠め取ることを生き甲斐とします。オドゥルミでは、よく馬が飼われております。自らをアルヤナグのクルムザナグの末裔と称し、フシュトルの戦士たちは馬を乗りこなします。しかしアルヤナグと違ってShalwarを履かず、馬上で弓を引きません。戦いになると、豊かな者は馬に乗り、貧しきものは投げ槍を持った足軽になります。フシュトルたちは、多くの部族や氏族ごとに分かれて酋長Zandbedを立て、互いにいがみ合い、戦い合い、奪い合っております。フシュトルたちは、奥西圀Worubarshtでも有力な民ですが、古来より一つに纏まれないために弱く、いつもラシュナグやルムドに敵いませんでした。

 一百六十四年、カイ・アルダバードの御世、オドルミシュトの子ドルワールは、ラシュナグの叛乱を鎮めた時の武功により、フシュタール諸氏族の長に任ぜられました。一百九十四年、ドルワールの子シュキプトルが継ぐと、その勢いは盛んとなり、オドゥルミの王を僭称するようになりました。

 二百年、シュキプトルの子セペンテルが継ぎましたが、セペンテルはカイ・アルダバードの子シャフレワールに味方しました。その為、カイ・アルダバードの子カイ・ダルヤー・バクシュの命により、二百三年、ドルワールの子アスパルタクの子シグタルに討たれました。二百二十四年、カイ・ダルヤー・バクシュの子カイ・クルジュナーシュパが兵を挙げた時、シグタルもまた味方して兵を出しました。シグタルは二十三年にわたって国を治めて参りましたが、その死後一族の者たちが争い国が乱れてしまいました。そうした最中さなか二百三十六年、セルドの大軍がダンダルヤを越え、オドルミィに襲い掛かることになりました。


 オドゥルミの海岸の中ほど、カフバルフから流れ出る河川が入り組んだ所に、ラシュナグの町スプルカルがございます。水運に恵まれ、周囲の水路や湖沼が要害となり、フシュトルの兵を近づけません。人口一万三千、兵にえうる者三千程にございます。周りの砦や村々を合わせれば、五万程が住んでおります。住民の大半はラシュナ人で、残りはラシュナ人に仕えるフシュトルや奴隷などです。ラシュナグたちの石造の技は見事で、スプルカルも雅やかな石造りの町に仕上がっております。フシュトルの町は土塁に木柵を廻らしたに過ぎませんので、スプルカルも雅やかさは一際引き立たれております。


 オドゥルミの土は黒く、よく肥えております。大麦・稗・粟・豆類・葡萄・林檎などを植えます。また蜂蜜・蜜蝋も盛んに採られております。この肥えた黒い土はダンダルヤ平原一帯まで広がっております。ダンダルヤの河口は七つに分かれ底辺20frasang程の三角洲となっております。そこは葦が生い茂り、沼地や森林に覆われております。春と秋は水浸しになり水底に沈みます。彼の地のフシュトルたちは水の民で、木舟に乗って魚を取る傍ら、近くを通るラシュナグやルムドの船を襲います。ダンダルヤ河は奥西圀Worubarshtで最も大きな河です。カフバフルとセルディスタンの深い森から流れ出る多くの川がダンダルヤに集まります。この為、夏でも冬でも水嵩が変わりません。


 ダンダルヤの北側は肥沃にもかかわらず無人の平野が広がり、その北には暗く深い森が奥西圀Worubarshtの果てまで続いているそうです。セルディスタンの深く暗い森は、湖沼や崖や谷などが入り組み、その奥の事は定かではありません。トナカイ、ヘラジカ、ノロジカなどの他に象の様に大きな牛が棲んでいるそうです。虎はいないそうですが、代わりに巨人族Mazanagが棲んでおります。ラシュナグたちは巨人族Mazanagのことをセルドクランと呼びます。遥か古の世、巨人族Mazanagが居たそうです。その巨人族Mazanagの子孫が、暗く深い森の住民セルダグであります。セルダグたちは今迄どの国にも従ったことはありません。アルドゥクシャフルのことも意に介さぬ祀ろわぬ民でございます。その人口は定かではありませんが、兵にえうる者十万を凌ぐようでございます。暗く深い森の更に奥には、どれほどの者が住んでいるのか全く分かりません。

 セルダグたちは世界Gehanの中でも、最も背が高く体が大きい人々です。背丈は7Payを超える者も珍しくなく、小さい者でも6Payはあります。女でも6Payから5Pay半ほどの大きさだそうです。色が白く、眼は青く、赤毛、金髪の者が多いです。寒冷地Serdsarにも拘わらず、セルダグたちは男も女も裸のまま暮らし、冬でも毛皮一枚で過ごすそうです。セルダグたちは日や月、炎や水を神として崇めたて、巫女Parigan達が呪い占い祭りごとを致すそうです。人の尊卑は曖昧で皆平等であるそうです。日頃は男たちが寄り合って物事を決め、決しかねる時は、巫女Parigan達が占いを立てて助けるそうであります。こと有る時は、仲間の内で最も強く賢い者を長とし、皆はそれに従うそうであります。セルダグの戦士は裸体に呪力のこもった刺青をし、大きな剣や槍、棍棒、盾を以て戦います。奥西圀Worubarshtの中でも最も荒ぶる勇ましき者たちであり、フシュトルやラシュナグたちも恐れおののいております。故にダンダルヤの北側は肥沃にもかかわらず無人の平野が広がっているそうです。

 我々が知っているセルダグの部族は五つであります。ダンダルヤを挟んで東側にはセアハーン族、西側にはベオルナーン族、さらに森の奥にはレングヘラーン族が棲んでります。ラシュナより西のカフバルフにはドゥーナーン族、ベオルガーン族が居るそうです。中でも最も勢力が大きいのはベオルナーン族で、セアハーン族がこれに次ぎます。更に森の奥には知られざるセルダグの諸部族が居るそうであります。


 オドゥルミの西側には、ラシュナグの国パルシュナがございます。あの呪われた男アルスディヴの国でございます。ルムドの王子パラーシュパが建てた国であり、なりゆきは次の通りでございます。

 古よりセルダグたちは屡々ダンダルヤ河を越えオドゥルミ、ルムド、カフバルフを越えてラシュナスタンに攻め入り、町や村を襲い、人や家畜を奪っていったそうです。この頃のセルダグたちは今よりも大きく力も強く、襲われた側は為す術が無かったそうでございます。

 七十八年、クルムシュガルがクルジュナーシュパ王に敗けて捕らわれてルムド国は滅んでアルダクシャフルの分国Dahyuとなりました。この時、ルムド王サダターフシュの子メフラーシュパ、メフラーシュパの子パラーシュパは、部衆を率いてシギュトルード川を渡りオドゥルミに入りました。フシュトルたちは、瞬く間に馬蹄の下に踏みにじられ、パラーシュパに頭を下げて膝を屈しました。この時よりフシュトルたちも馬の背に乗ることを覚えたそうであります。

 言い伝えによりますと、時にラシュナグの国パルシュナは、大勢のセルドの巨人たちに囲まれて落ちる間際でありました。パルシュナの女王は、武名名高きパラーシュバに助けを求めました。パルシュナの女王が麗しき若き乙女と聞いたパラーシュバはパルシュナに駆けつけ、セルドの王バヒローズを打ち取り、セルドども従えたそうです。ここにパラーシュバは、パルシュナの女王フェロイナと結婚し、ラシュナグ、セルド、オドゥルミを支配する王となったと謂われております。パラーシュバは余所者とはいえ、その子孫たちは北の守り手としてラシュナグやフシュトルから大いに敬われ、その同類と看做される様になったそうであります。

 一百七年、パラーシュパは卒し、パラーシュパの子アルディカルが王位を継ぎ、一百二十七年、アルディカルは卒し、アルディカルの子アルスディヴが王位を継ぎ、一百七十年、アルスディヴは卒し、アルスディヴの子パラーシュバが王位を継ぎ、一百七十六年、パラーシュバは弑され、アルスディヴの子ペルスナスが王位を奪って三十五年間玉座に就いたそうです。

 二百十一年ペルスナスは卒し、ペルスナスの子アランスルが王位を継ぎました。この王が即位するまで、パルシュナはオドゥルミと変わらぬ鄙びた国で、民たちは獣の様に野に暮らしていたそうです。王は是を改める為、内津圀Xwanirah bumやルムド、ラシュナから賢材を呼び寄せ、法を定め、人口を数え、貨幣を鋳して税を集め、民を養い、兵を整え、国の勢いは頗る盛んになったそうです。二百二十四年、ダルヤーブの子クルジュナーシュパは兵を挙げ、王位を偽った兄アルダバーンを討ちました。この時、アランスル王もパルシュナの戎甲三千、騎士五百を献じて援けました。その功により、ダンダルヤの太守Shasabに封ぜられました。しかしアランスルの世は二十六年で終わりました。

 ラシュナグには稚児遊びという忌わしい俗がございます。内津圀Xwanirah bumに、かの忌わしい俗を伝えたのも、アルスディブの仕業に間違いございません。賢き王であったアランスルですらも稚児遊びを好んでおりました。その中でもクンマルズと言う名の稚児は一身の寵を集めておりました。だが長じて髭も生え、冷たくあしらわれる様になると、クンマルズは恨みを抱くようになりました。二百三十五年、アランスル王はクンマルズに弑逆されたそうであります。

 その後クンマルズがどうなったか定かではありませんが、王族や家臣たちに誅殺されたに違いないでしょう。アランスル王の子が多かったからとも、或いは子が無かったからとも謂われておりますが、世継ぎ争いが起きて国の勢いは忽ち衰えてしまったそうです。


 二百三十六年、時を同じくオドゥルミとパルシュナの王なく乱れておりました。これを見たセルドのセアハーン族、ベオルナーン族諸部族は大挙してダンダルヤ河を越えました。セアハーン族はフシュタル人の町や村を荒らしながら、スプルカルを囲みました。一方、ベオルナーン族は忽ちの中にパルシュナを破り、町を荒らし、何もかも奪いつくし、何もかも壊しました。パルシュナの民たちは散り散りになってカフバルフの山中に逃れましたが、逃げ遅れた者たちは捕らわれてしまったそうです。ベオルナーン族はパルシュナに居座り、そのまま冬を越そうとしておりました。

 ベオルナーン・セアハーン族がダンダルヤを超えたことは間もなくルムド太守Shasabの耳に入り、早馬でクルジュナーシュパ王にも伝わりました。ルムド太守ティスファルンは、ルムドの諸兵を集めてシギュトルード川に陣を張りました。

 囲まれたスプルカルはセアハーン族に財貨・食料・家畜を与えて和睦しました。しかし、引き上げること無くオドゥルミを押さえて更に東に進もうとしました。先王シグタルの兄弟ヘズタルはセアハーン族と組み共にルムドに攻め込もうろとしました。一方、もう一人の兄弟マジョシュトは残りの部衆を率いてティスファルンの元へ逃れました。

 マジョシュトの部衆を加えたティスファルンはシギュトルード川にて、セアハーン族とヘズタルの軍勢を迎え撃ちましたが、武運拙く敗死してしまいました。マジョシュトの部衆もルムドに敗走し、ルムドは大いに乱れました。幸いその年は大雪でセアハーン族はルムドまで進みませんでした。

 カイ・クルジュナーシュパは、執政大将軍wuzurg-framadarティシュトルシュドを急ぎ遣わして近隣諸国の兵権を委ねました。ティシュトルシュドはカフバルフに積る雪を超えてルムドに入り事態を収拾し、軍勢を立て直しました。この時、人質として王の元に居たシグタル王の子クラフフォルカ、アランスル王の子メフラーシュパを武将として伴っておりました。


 二百三十六年、寒さが和らぎ、雪解け水が流れる前に、セアハーン族とヘズタルの軍勢はシギュトルード川を超えてルムドに入ってきました。暫く時を稼いでから、ティシュトルシュドはこれを迎え撃ちました。セアハーン族とヘズタルの軍勢は忽ち打ち破られました。この時カフバルフの雪解け水でシギュトルードの水嵩が増しておりました。多くのものは敗走中に殺されるか、捕らわれるかし、オドゥルミに逃げ帰れたものは僅かでした。

 ティシュトルシュドは雪解け水が収まるのを待ってオドゥルミに入り、ヘズダルを捕らえて平定しました。セアハーン族はダンダルヤの北に逃げ去りました。マジョシュトがフシュタル達の王となり、後にクラフフォルカが其れを継いだそうであります。

 ティシュトルシュドは続いてパルシュナへ攻め入りました。この時にベオルナーン族の半数はカフバルフを超えてラシュナに攻め入っておりました。山谷に逃れていたパルシュナの民は集まり、共に戦ってベオルナーン族をダンダルヤの北に追いやりました。


 二百三十七年、メフラーシュパは散り散りになったパルシュナの民を集めて国を再建しました。この時にラシュナで敗れたベオルナーン族が逃げ戻り、再びパルシュナに入ってきました。もはや抗う余力も乏しいベオルナーンの残党たちは、パルシュナに降伏しました。メフラーシュパは捕虜を奴隷としましたが、虐待はせず寛容に扱いました。ラシュナで捕らわれた者たちは皆惨めに殺されたそうであります。このベオルナーンたちはメフラーシュパの恩義に感じ入り、後にパルシュナの民になりました。

 二百三十九年、メフラーシュパは正式に王位に就くと、荒廃した国土を僅かの間に復興させ、強力な軍隊を整えたそうであります。

 メフラーシュパには幾人も妾がおり、その一人ラシュナのフフルナ国の「蛇の魔女」ヌムニパヒエが、二百四十二年あのアルスディブを産みました。定かではない話ですが、ヌムニパヒエは元々カイ・クルジュナーシュパの後宮に仕えておりましたそうであります。その折お手付きとなり身ごもったまま、メフラーシュパに下賜されたとも言われております。

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