079. 制圧

 入ってすぐに大きな広間、そこから大階段が上階に続き、全体を回廊が囲う。本城のこの構造は、旧城に似ており、サイズは一回り大きい。


 蒼一たちが召喚された場所は一階中央で、守備隊はその周りの回廊に配備されている。

 本来、一番に守るべきであろう大階段は無人で放置され、よく考えれば異様な光景だった。


「上には何があるんだ?」

「普通は王族の居室なんかでしょうけど……」


 階段の先を見上げるハナも、答えに窮する。だが、今は探索より目の前の敵だ。


 広間に通じる通路には、守備隊が陣取っている。

 故意に狙いを外し、壁や天井を狙うことで、トムスたちはスキルを発動させた。あくまで牽制にしかならないが、勇者の重火力は敵の反攻意欲を削ぐ。


「少しずつ後退させるので精一杯だ!」

「それでいい、押し込んでしまえ」


 蒼一は城兵を皆殺しにしようなどと考えてはいない。一カ所に固めて投降させれば、それで充分だ。

 二つの廊下入り口に別れた勇者たちへ、彼は集合を指示する。


「みんな右から攻めろ、左は俺が行く!」


 トムスら歴代勇者には、反時計回りで回廊を攻めてもらう。一人、左回りで進攻しようとする蒼一に、ハナが駆け寄った。


「いくらなんでも、一人じゃ無理よ。私も行く」

「あいつらの回復はどうするんだよ」

「トムスが聖杯を持ってるわ」

「聖杯!?」


 究極の宝具の名に、ここに来て尚、蒼一の目の色が変わる。

 体力を急速回復する聖水。注がれた液体を、その聖水に変化させるのが聖杯だ。


「そんなもん、どこで手に入れた?」

「どこでって、勇者なら持ってるでしょ、聖杯」


 ――持ってねえよ。勇者システム、いよいよ故障してるんじゃないのか?


「でも、アンタの女神が――」

「待て、話は後だ」


 圧力が無くなったことで、左回廊の兵が前に出て来る。

 蒼一は盾を構え、空いた右手で前衛に狙いを定めた。


「回復してくれ、突っ込む」

「ほどほどにしてよ。限度はあるんだから」


 彼女の警告は、一人で先行し過ぎるなという程度の忠告に過ぎない。癒しの女神がいれば、例え串刺しになっても、次の瞬間には元通りだ。


「ほらっ、どけ! 警戒走行!」


 剣撃は最小限の動きで回避、魔術師の攻撃はハナの回復で相殺。

 接近さえすれば、後はいつもの浄化戦法だ。

 白発光する犠牲者を量産しつつ、彼は廊下を邁進した。

 障害物として置かれた家具や盾を殴り飛ばし、閃光盤で敵を怯ませて、その間により奥へ。


 ズルズルと後退する守備隊は、さらに城の内側へと場所を移す。

 蒼一の進撃が停止したのは、ちょうど本城左の廊下、その中央部だった。回廊からさらに内側へと進む入り口は、鉄の扉で塞がれる。

 内部に侵入するため、彼が扉を攻撃しようとした時、雪の声が届いた。


「蒼一さん!」

「おっ、みんな無事か?」


 裏口から来た女神隊が、蒼一たちと合流する。

 廊下に残っていた隊員は、専らニッキが吹き飛ばして来た。

 裏側寄りにいた兵は、ロッドで戦闘不能にされており、浄化より余程厳しいダメージを負っている。

 耳を済ませば、骨折や打撲に喘ぐ啜り泣きのような声が、石壁に反響して聞こえただろう。


「中に立て篭もりやがったんだ」

「勇者さまー!」

「レイサは前に出ちゃダメ!」

「クピクピ」


 彼女たちの最後尾では、メイリが最年少女神のお目付け役を務めていた。

 本来通りのコンビであるはずが、十七代勇者の方は、あまり嬉しそうでない。召喚当時のメイリの苦労が、少し垣間見えた。

 内側への扉を鞘で指し、蒼一が状況を説明する。


「そんなに兵は残ってないと思うんだが……」

「この中って、召喚部屋のある所ですよね。みんなで突入します?」


 反対側で戦う歴代勇者を思い出し、彼は突撃を逡巡した。


「お前ら、むちゃくちゃするからなあ。たまには交替するか?」

「交替って……まさか」


 女神を乱戦に参加させると、また六代目が悶絶するのは、目に見えている。彼女たちはサポートに徹するのがいい。

 蒼一が単身突入して、ハナが回復する。

 但し、今回、回復されるのは嫌な予感に顔を歪める雪だ。


「せっかく取ったんだ。使おうぜ、“交換”」

「ええー……」


 “交換”で勇者と女神のダメージ担当者が、五分ほど入れ替わる。

 ハナと雪を後方に控えさせて、彼は扉の研磨作業に取り掛かった。

 鉄扉は簡単には削れないが、薄くなるだけで構わない。蝶番があるだろう左右の端が、特に念入りに研磨される。


「よしっ、これでぶっ叩けば……おいっ! 危な――」

「マジカルコークスクリューッ!」


 ニッキの全力の一撃が、蒼一をかすめた。轟音と共に、壁から外れた鉄板が二枚、守備隊員ごと奥へ吹っ飛ぶ。


「ちっ、外したわ」

「外してねーよ! 何を狙ったんだ!」


 扉が開かないように、横木が渡されていたようだが、女神の打撃で真っ二つだ。


「交換っ、行くぞ……いや、待てって!」

「マジカルストライクッ!」


 勇者よりも早く、脇を抜けてニッキが中へ滑り込む。

 槍で突かれようがお構い無しに、彼女はロッドをこれでもかと振り回した。


「あーもうっ! 粘着っ、浄化!」

「マジカルトルネードォーッ!」

「勝手に新技作んな!」


 阿鼻叫喚の悲鳴の渦中、雷の女神と勇者が舞う。

 せっかく浄化された隊員も、ロッドの竜巻で薙ぎ倒され、ボクボグと肉を打つ音が続いた。

 完全な乱戦となってしまい、蒼一もいくらか攻撃を当てられてしまう。

 結果として、“交換”での絶対防御は、功を奏した。


 本城の内部通路は田型に伸びており、部屋は四つのブロックに分かれている。各ブロックに部屋が並び、その前の廊下を隊員が守っていた。

 ちょうど五分で、刃向かう兵は一掃され、廊下は呻き声で埋まる。

 蒼一が戦闘終了を告げると、ハナが重傷者の治療に回った。


「治すから、浄化をお願い」

「あいよ。しかし、殺風景な城だな」


 五百年前に遺棄された旧城でも、調度品や家具がもっと在った。

 戦闘員ばかりがいる、石に囲まれた無機質な空間。これじゃまるで――


「ダンジョンみたいですね」


 ゲンナリした顔の雪が、蒼一の受けた印象を代弁した。


「ダメージの肩代わりも、ツラいもんだろ?」

「まあ、感謝はしてますよ、いつも」

「ソウイチ殿!」


 並び立つ十八代の二人の元へ、先代勇者たちもやって来る。反対回りに制圧してきた彼らも、その任務を無事果たしたらしい。

 トムスに肩を貸してもらっているのは、六代目の勇者か。


「部屋を順番に調べてくれ。神統会の連中もいるはずだ」

「了解した。端から見て行こう」


 蒼一とハナが守備隊の無力化に従事する間に、他のメンバーが各部屋の中をあらためる。

 部屋内にかくまわれていたのは全て非戦闘員であり、十字路中央へと集められた。


 予想通り、その中には神統会幹部もおり、蒼一はナマズ髭のライルと三度対面することとなった。





「オッサン、何か言えよ」

「…………」


 黙して語らずと、神官長は固く口を閉ざす。

 返事すらしないライルに業を煮やし、蒼一は浄化を掛けようと右手を挙げた。


「浄――」

「待って! これを使ってみて」


 ハナが差し出したのは、彼女用のお守りだ。

 蒼一の物より飾りが多いのは、余った水龍の逆鱗を散りばめたからだが、効果に違いは無い。


「守備隊員は、お守りに近づくと大人しくなったわ」

「全員がそうでもなかったぞ。まあ、試してみるか」


 額に近付けられるアミュレットを、髭の神官長はやや怯えた眼差しで見つめる。

 頭を逸らそうとするのを、メイリと雪が押さえた。


「喰らいやがれっ……どうよ?」


 蒼一はグリグリと、髪の生え際辺りにお守りをくっつける。

 十秒以上はそうしていただろうか。

 ライルの強張った身体が、次第に緩み始めた。


「行かなければ……神託の間へ……」

「神託の間? どこのことだ。上か?」

「上……上には何も無い」


 雪は掴んでいた手を放す。

 うなだれる神官たちを見回して、彼女も自らライルに疑問をぶつけた。


「他の人たちは? 王様はどこですか?」

「……王はいない。最初から、王など……」


 蒼一たちはお互いの顔を見て、またライルに視線を戻す。もう少し話してもらわないと、何がどうなっているのやら。

 お守りを押し付ける手に、一層力が入った。


「城にいるのは、お前ら神統会だけなんだな?」

「そうだ……」

「指示を出してるのは誰だ。勝手に動いてるわけじゃないだろ」

「……神託に従うのみ。神の声に」

「その声ってのは、どうやって聞く?」

「神託の間。地下に行かなければ……ああ、声が消えてしまう……」


 雪やハナも、神官長を問い詰めたものの、冷静な話し合いとは程遠い。

 やがてライルは、声を聞きたい、声が消えると、そればかりを繰り返し出す。


「ダメだ、これは。縛っとこう」

「どうします?」

「そりゃあ……地下かな」


 分かったのは、地下に何かある、それくらいだった。

 なら行くべきだ。

 部屋を調べて回った際に、トムスは地下階段を見つけていた。召喚部屋の隣の扉を開けると、部屋は無く、下へ向かう階段が有ったそうだ。


「葉竜も通れそうな階段か?」

「大丈夫、一部屋分の幅の大階段だ」


 城外では戦闘が続いており、捕らえた者を放置するわけにもいかない。今は浄化中の隊員たちも、ロープや布で縛り上げた方がいいだろう。

 蒼一と雪、メイリとマーくんのいつものメンバーで地下へ向かい、残りの皆には地上を任せることにした。

 血の気の多いニッキには、ネルハイムらへの加勢を頼む。

 ハナも増援組と考えた蒼一だったが、彼女は地下へ同行すると言う。


「ちゃんと見届けたい。気付いたら記憶喪失なんて嫌よ」

「ハナが行くなら、私も行こう」


 トムスも加え、地下探索には五人で向かうことになった。いや、ロウとマーくんも入れれば五・五人と一匹か。

 階段へと歩き出す彼らを、歴代勇者と女神が見送る。


 六代目の勇者がハナに緑色の小さなグラスを返し、傷の完治を報告すると共に感謝を伝えた。


「助かったよ。自分たちのは砕けてしまったからね」


 その様子をジロジロと眺めていた蒼一は、彼女からグラスを引ったくる。


「……これが聖杯か?」

「そうよ。最初から持ってなかった?」

「グラスなんて持ってない」

「グラスとは限らないわよ。十五代は瓶だったし」


 ――瓶だってねえよ。最初からあったのは服とスニーカーくらいで……。なんで靴を履いてたんだっけ。


 すっかり記憶が薄れていたが、外出用の服装はおかしい。なぜって、召喚時は確か……。


 蒼一の額を嫌な汗が伝う。

 横で話を聞いていた雪も、何かを思い出したのか、微妙な顔で彼の表情を窺っていた。

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