078. 死にスキル野郎の戦いを見よ
「粘着っ!」
トムスに目掛け突っ掛ってきた槍兵が、足を取られて派手に転ぶ。
「浄化っ、と。これで一丁上がりだ。簡単だろ?」
「え、今なにを……」
後続がまだ多いため、ゆっくり解説している暇は無い。
百花繚乱に代わって、ハナが魔法防御を構築してくれた。これを機に、前庭の残敵は片付けさせてもらおうと、蒼一はさらに前へ進む。
「警戒走行!」
「ええっ、警戒系を取ったのか!?」
十一代勇者が、自らは試しもしなかったスキルの名に驚く。
守備隊の真っ只中に駆け込む蒼一へ槍が突き出され、ロングソードが振り下ろされた。だが、警戒発動中の彼に、そうそう攻撃は当たらない。
「鞘合わせっ!」
「ぐあっ!」
巧みに刃先を
対人であっても、スキルによる武器破壊は可能だ。剣は中程で折れ、飛んだ刃が味方の足に突き刺さる。
「おらっ、粘着っ、浄化!」
手足を拘束し、浄化の張り手でトドメを刺す。
パチンパチンと顔をしばかれ、守備隊員は次々と空を仰いだ。
「あれは……叩いて気を失わせる技か?」
「顔を叩くのは、あの人の趣味よ」
トムスの疑問に、ハナが答える。
「なぜ彼は能力が使えるんだ?」
「使い方が間違ってるからよ」
「聞こえてるぞ! いい加減なこと教えるな!」
殺気を伴わないスキルは、ちゃんと発動する。改めて説明を受け、トムスたち勇者も納得した。
「なら、私も行こう」
クナイのような武器を持つ九番目の勇者が、自慢の補助スキルを唱える。
「透化!」
九番目の着込む黒い衣服がガラスのような質感に変化し、光を透過させた。
光線が複雑に屈折し、相手に実態を掴ませない隠密スキル“透化”。
光学迷彩を思わせるこの能力は、第九代勇者の代名詞的スキルであり、王国の記録にも残っている。
蒼一に加勢しようとする彼を、守備隊員が看破した。
「“透化”だ、姿を消したぞっ」
「魔術師隊、援護を!」
対透化は、研究済みだ。魔術師たちが、抗戦中の隊員に向けて能力強化を発動した。
「視覚強化! はっ、これで透過していようが――」
「月影えっ」
「ぐわあぁっ!」
視力を鋭敏化するなど、十八番目の前では愚の骨頂でしかない。
強化された全隊員が、強烈なフラッシュライトを受け、一時的に失明してしまう。
「ほら、砂地獄、浄化っ」
「わ、私も目が……」
巻き添えを食った九番目が、よろよろと仲間の元に戻った。
「助かったぜ、これで一網打尽だ」
「役に立てて……よかったよ……」
結局、粘着と浄化のコンビ攻撃に、正面守備隊は潰滅する。
前庭の状況を確認したハナが、魔法障壁を解除して蒼一に尋ねた。
「問題は城の中。どうするの?」
「そんなもの、何も変わらんよ。突っ込むだけだ」
「やっぱりね、ふふ」
楽しげに笑う彼女に、今度は蒼一が質問した。
「九番目は、何で腹を押さえてるんだ?」
「どうしてかしら。目をやられたはずだけど」
「ツボ的なあれか。目が腹に繋がってるとか。回復してやれよ」
「仕方ないわねえ」
十八番目の戦いを見て、やや毒気にあてられていた他の勇者も、城突入と聞いて士気を上げる。
「敵は本城にあり! 我々も十八番目に続くぞ」
「お、おうーっ!」
歴代勇者が単純な奴らばかりで助かった。トムスをリーダー役に、お互いを鼓舞する彼らを見て、蒼一は多少楽が出来るかと期待する。
さて、どうやって正面玄関を突破しようか――バリケードで閉鎖された出入り口を睨み、彼は暫し思案した。
◇
「マジカルーで、気合いを溜めるんです。ロッドォ! で、それを放出します」
「マジカルー、ロッドー……こ、こうかしら?」
透過勇者の相方が、雪の手ほどきを受け、ロッドを振り回す。
雷の女神が、仲間の練習を見て溜め息をついた。
「みんなドン臭いわね。こんなの簡単じゃない」
「ニッキさんは優秀ですねえ。前衛を担当してもらいましょう」
いよいよ戦闘開始という気配に、九番目の女神が不安を覗かせる。
「防御はどうすればいいのかしら……」
「アンタそんなことも知らないの? 勇者がいるなら、ダメージなんてないわよ」
幸いなことに、この時点で勇者の救出は完了していた。
相棒が万全なら、ニッキの言う通り、女神に攻撃は通じない。
「見てなさい……マジカルロッドォォーッ!」
「ひっ……あれっ、本当だ。痛くない」
腹を強打されても平気なことで、九代女神の顔も明るくなる。
「これなら私も戦えるわ!」
マジカル講習はこれで終わり。雪が女神の極意で授業を締めた。
「勇者は生かさず殺さずですう」
「……アンタは好きになれそうだわ」
勇者部隊のほとんどが周辺施設に回ったため、城への突入は女神たちが主力だ。アミュレットの数からして、突入組が少人数になるのは如何ともしようがない。
女神以外で戦力になりそうなのは、フォーク持ちのメイリとマーくんくらいだった。その葉竜の後ろに、場違いなドレスを着たレイサが続く。
正面同様、バリケード封鎖された裏門へ、七人の女神が歩み寄る。
「行きますよー。マージーカールー……」
「ロッドォッ!」
ニッキと雪のロッドが、障害物に叩きつけられ、爆発音を響かせた。
「ニッキさん、凄い威力ですねえ。コークスクリューも使えそう」
「どうやるの?」
「こうです。マジカルッ、コークスクリュー!」
木杭に支えられた盾が、ロッドの回転突きで奥に吹き飛ぶ。
始まった侵入戦を見て、城内の部隊長が応戦を命じた。
「入ってくるぞ、迎撃準備!」
「はっ、盾を前へ!」
強烈な打撃に、ダメージ無効となれば、彼らに女神を押さえられる可能性は低い。
敵の様子をロクに見ることもせず、ニッキはバリケードの穴へ踏み入った。
無用心に近づく女神に対して槍や火炎が襲いかかるが、彼女は意に介さない。
「マジカル、コークスクリューッ」
「ぐうおぉっ!」
「た、隊長!」
ロッドを纏う魔力が、ドリル状に城の通路を突き進む。
魔力の放出にかけては、ニッキが歴代一の強者だった。
「飲み込みも早いし、彼女に道を作ってもらいましょう。みんな付いて行きますよー」
「はーい」
雷の女神を先頭にして、裏門からの進攻がこうして開始された。
◇
裏門の激しい戦闘音は、兵舎を制圧するローゼたちの耳にも届いた。
「始まりましたね……こっちも片付けますわよ」
「任せてくれ!」
待ち伏せを狙う敵の潜伏場所を、ローゼが目敏く見つけて指で示す。
「あそこ! お逝きなさい、ネル!」
「くらえ、地蔵炎っ!」
やっていることは火炎弾だが、ローゼのアドバイスで、彼の魔法は独自名に改変されていた。
炎に
「みんな、敵を拘束するのです!」
「はっ、お嬢さま!」
ローゼの命令に、皆が素直に従うのも、彼女の持つカリスマ性ゆえだろう。ネルハイムとローゼの二人は、問題無く数百名の部隊を動かしていた。
右翼に回った部隊はカルネが指揮しているが、優秀なギルド職員がサポートしているとは言え、さすがに少し荷が重い。
左翼をあらかた制圧したのを見て、ローゼは部隊を二つに分ける。
「デスタ隊はこのまま進攻、ハルサキム隊は右翼の援護に向かいます」
「了解しました!」
勇者部隊の王城制圧作戦は、概ね順調に進む。これは兵力より、お守りの存在が大きい。
アミュレットの効果範囲に入った守備隊員の多くは、士気を低下させ、拘束にも大人しく従った。
抗呪のお守りは、彼らの潜在意識を破壊し、軽い混乱を引き起こすらしい。
戦闘の中心は、遂に城内部に移ろうとしていた。
◇
次々と腹や手足を押さえる勇者たちに、蒼一とハナは顔を見合わせる。
「これは、あー、あいつらのせいかな」
「とりあえず、回復しとくわ」
雪はああ見えて、ダメージを顧みず突っ込む無茶はしない。最初から蒼一と組んで戦ってきたおかげで、その辺りの機微には聡かった。
一番酷い痛みを訴えているのは、六番目の勇者だ。正面突破に参加しようとする度に、くぐもった呻き声を上げていた。
「おい、大丈夫か?」
「ああ……慣れてる。ニッキはいつもこうだ」
「あの女神か。雪が聖女に思えるな」
女神たちと違い、勇者は無謀な突撃は出来ない。せめてスキルを有効活用しようと、蒼一は腹痛勇者たちへ向き直る。
「お前ら、人じゃなかったら攻撃出来るんだろ?」
「おそらく……」
「じゃあ、城を狙え。正面玄関自体を壊してしまおう」
「分かった」
まともに動けるトムスが、まず玄関上部に向けて、爆水弾を放つ。
続いて出入り口の左右へ、十四代目による陽光撃。
氷円斬、龍破、雷槍と滅多打ちにされ、堅牢な石組みにも亀裂が生じた。
「おっ、行けそう。ちょっと崩して来るわ」
「入り口が塞がってしまうのでは?」
「研磨もあるから大丈夫」
「ケンマ?」
入り口奥に控える守備隊へ、浄化で牽制しつつ、蒼一は壁の割れ目へと辿り着く。
盾をしっかりと当て、後ろのハナに後を頼んだ。
「硬化解除と回復、よろしくな」
「好きにやって」
「震音盤!」
城を伝わる震動が増幅し、低音の地鳴りを発生させると、瞬く間に石壁の亀裂が縦横に走った。
「足りねえのか? 鞘突きっ!」
これが駄目押しの一撃。
決壊するダムのように、石の城が崩落する。
轟々と響く倒壊の音と大量の土煙に、トムスが慌てて前に走り出した。
「ソウイチ殿が生き埋めだ! 救出するぞ!」
「大丈夫よ。すぐ出て来るわ」
ハナは動じることなく、ポッカリと開いた城内への穴に手を掲げる。
「火炎焼塵っ」
内部への一番乗りは、彼女の放った業火だ。落石による負傷者の救出を諦め、守備隊は奥へと退却する。
瓦礫の中から、真上に噴き出す石の粉。土
土と炎で埋め尽くされた城の正面が、再び視界を取り戻した時、そこには鞘を構えた石像が在った。
自らを石と化し、研磨で周囲を吹き飛ばした十八番目の勇者。
トムスたちは、その勇姿に賛辞を送る。
「こんな戦い方があるとは……」
「彼の能力は、攻城を見越したものか!」
「何たる先見の明」
――悪い気はしない。そういうことにしとこう。だからって拍手まですんな、早く硬化を解術しろ。
蒼一は、声にならない訴えを、心の中で呟き続けたのだった。
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