077. 攻城戦
火炎の渦で馬を囲い、ハナは全速力で王国部隊の中に突っ込んで来た。
注意深く観察すれば、紅蓮の緋色に緑の魔光が混じっているのがチラチラ見える。
炎と回復の二重掛け。殺す気は無い彼女による、マッチポンプ魔法だ。仮に火だるまになろうが、女神の癒しが火傷すら負わせない。
そうは言っても、業火に動じない者がいるはずもなく、包囲陣は綺麗に二つに裂けた。
迎え入れるように作られた道を通り、ハナは悠々と勇者部隊と合流する。
「アチッ……はよ消せ、味方まで逃げてるぞ!」
「そんなことより、お守り配って!」
炎を飛び越え、蒼一に革袋が投げ渡された。
彼は袋を雪に渡し、再び輪を作る部隊へ号令を掛ける。
「全員で障壁を張れ!」
ネルハイムを筆頭に、勇者部隊にも優秀な魔術師は多い。或る者は杖を掲げ、また或る者は魔石を握りしめて、各種防壁を展開した。
王国兵を攻撃する必要は無い。蒼一の目的には、専守防衛で事足りる。
だが、この魔法障壁を敵対行動と捉えた神官は、部隊に攻撃を命じた。
「壁を壊せ、皆を捕まえろ!」
「はっ!」
炎や雷撃がドーム状の障壁に襲い掛かる。攻撃が魔力量で上回れば、防御魔法が崩壊するという単純な戦法だ。
二つの部隊の、純粋な魔力勝負とも言えた。
明滅する魔法壁の中、袋を抱えた雪とメイリが奮走して、各小班の隊長に目玉のアミュレットを渡して回る。
「第一部隊から順に転移する。中心に集まれ!」
槍や剣を持つ一般兵が、まず最初に転移隊形を取った。
手を繋いだ隊員による四重の輪。中心にいる蒼一を、押しくら饅頭のように皆が包む。
「ぐっ……おいっ、足を踏むな! ハナも来い、石像を解呪するんだ」
「わ、分かったわ」
ギューギューと押し合う隊員たちは、あまり美しい光景ではない。せめてもと女性隊員を探し、ハナはその輪に入れてもらう。
「行くぞ、霊鎖!」
右に三メートル移動。
「たまには一発で成功しろよ。霊鎖っ」
皆の目の前に現れる石の城。
「よっしゃ裏庭だ、散れ!」
彼らが出現したのは、“祝福の道”より裏手にある城の訓練場だった。障害物が存在する場合は、適当にズレて転移できるらしい。
蒼一と会って以来、一日の大半を女神像の側で過ごすレイサが、声を聞き付け駆けて来た。
「勇者様っ、お待ちしてました!」
「粘着っ!」
「ぎゃっ」
「な、なにを……?」
「お前はマーカーだ」
「マー……?」
「俺がいいと言うまで、ここでジッとしていて欲しい。出来るか?」
コクコクと少女は首を縦に振る。
「あと五回、仲間を連れて来る。ハナ、こっちへ!」
大賢者はレイサも知った顔である。事情説明はハナに任せ、蒼一はすぐに霊鎖を発動した。
「霊鎖っ!」
「はいっ」
「霊鎖っ」
「はいっ……え?」
名前を呼びつつ消えた勇者に、彼女はキョトンと立ちすくむ。
「あなたの名前は、気合いが入るらしいわ」
「そうなんですか……光栄です!」
城の守備隊は、ナグサに半分を派遣していた。それでも残りの千人近くが、すぐに裏庭に押し寄せるだろう。
幸い、お守りの効果で勇者部隊の士気は高いままだ。ハナたちを守るように、城の裏口の前に陣形を整える。
「石像を復活させる。それまで持ちこたえて!」
「はいっ、女神様!」
女神たちを復活させれば、防衛力に不安は無くなる。後はどうやって、“勇者の道”へ行けばいいのか――。
困ったら、あの十八番目に頼めばいいか、とハナは片頬に笑みを浮かべた。いつの間にやら彼女にも、蒼一の不敵な顔つきが伝染している。
考え事は後回しにして、ハナは石化女神の解呪に集中することにした。
◇
霊鎖による転移は順調に推移し、ナグサに残るのはネルハイムたち魔術師勢だけとなる。
城の裏庭には、既に八百人の勇者部隊が集まり、篭城を始めた王国部隊と睨み合っていた。
復活した歴代女神も参戦するが、こちらは戦闘能力の低い者も多く、思ったほど戦力アップに貢献していない。
雷の女神や、大地の女神の能力は強大だったものの、対人に使えないのは勇者と同じだ。
城の守備隊を崩すには、やはり魔術師部隊が欲しい。
最後の決め手を送り込むため、蒼一は魔法障壁の縮小を命じた。
「輪を小さくしろ! 残り全員を一気に転移させる」
「はいっ、皆さん、中央へ!」
カルネは未だ、勇者の伝令役を務めている。雪とメイリは女性陣で固まろうと、彼女やローゼを手招きした。
この段階に来て、ようやく第一神官も、蒼一のしていることを理解する。
転移による逃亡と考えていたが、漏れ聞こえる指示からして、勇者の目的はどうも王城らしい。
障壁越しに、神官は声を張り上げた。
「勇者様! 自分が何をしているのか、分かっておられるのか!」
「分かっておられるよ!」
「城を攻撃するなど、魔物の所業ですぞ!」
「マモマモ、オレ、オマエ、クワナイ。まずいから」
髭の
全員が手を繋いだところで、転移スキルが宣言された。断じてドリームガールの名前ではない。
「仲良し二百人組だ、霊鎖っ」
ナグサの森には、王国の部隊千人と魔法障壁だけが取り残される。
雷撃が薄くなった壁を破って地面に新しく焦げ跡を付けるが、そこはもう無人の草わらである。
王城の防備を割いて、この派遣部隊を結成したことは、取り返しのつかない判断ミスだ。
第一神官が悔いたところで、城に帰るには丸一日は掛かる。
勇者と神統会の決戦は、舞台を王城に移したのだった。
◇
転移が全て完了したのを見て、ハナが蒼一を呼ぶ。
城に篭り、障壁を多重掛けし始めた王国守備隊は、先ほどまでの蒼一たちを倣ったかのようだ。
「魔術師を前に集めて! 壁を破る」
「女神はどうした?」
「ダメなのよ、中に人がいると、能力が使えないみたい」
六代目の女神が、イライラと雷撃を城に放ち続ける。
まともにやっても発動しないため、上空に産んだ雷撃は、全て尖塔の避雷針に吸い込まれていた。
「あなたが十八番目ね。さっさとあの城を壊して」
「城を潰しても、雷撃は撃てねえぞ?」
「何それ。不愉快」
この“雷の女神”ニッキ・ブランソワは、良くも悪くも、蒼一たちに協力的だ。ハナから説明を受けた途端、躊躇いもせず守備隊を攻撃しようとした。
前線に出ているのは、彼女と十一代“大地の女神”くらいか。他の女神たちは大人しいお嬢さんが多く、レイサと一緒に肩を寄せ合っている。
とは言え、雷と大地だけでも相当な加勢であり、敵が城から討って出るのは防いでいた。
実際は直撃し得ないとしても、雷鎚と土石流に突っ込んで試す者などいない。威嚇としては、これでも充分だ。
「表の勇者も働いてもらおう。ハナ、跳ぶぞ」
「あっ、そういうルートね」
彼女の飛翔の魔法があれば、城も一飛びで正面に回れる。
二人で奇襲して、裏の勇者部隊と挟み撃ちを狙うことにした。
「雪は女神にマジカル講習だ。ロッドの使い方を教えてやれ」
「分かりました。カルネさーん、予備の杖をください」
「はいっ」
簡易お守りでは、本城内に入るのは危なっかしい。勇者部隊には、外部施設を制圧してもらおう。
「城の周囲を兵で押さえろ。ネルハイム、指揮してやれ」
「はっ、行くよ、ローゼ!」
「ふふっ、目にモノ見せてやりますわ」
皆への指示を終えると、ハナが魔法で蒼一に薄羽根を生やす。彼女を小脇に抱えて、勇者は空へ跳び上がった。
晴天に轟く昼の雷鳴。
「バカッ、雷は撃つな!」
「当てられそうなのに?」
「ニッキさん、授業中ですよ!」
空中に充満するイオンの匂いに、蒼一とハナは肝を冷やした。
よくよく考えれば、女神の攻撃が発生しないのは、対人だけだ。果して勇者は“人”と認められているのか。
「あの人、昔、巻物で読んだわ。ちょっと普通じゃない」
「舌噛むぞ、黙っとけ!」
本城の屋根を余裕で飛び越し、二人は垂直降下に入る。
空飛ぶ勇者を見つけた地上部隊から、魔法による迎撃が開始された。
「警戒落下! 弓兵はいないのか?」
「直轄部隊じゃ、ほとんど見ないわ!」
――魔法による遠隔攻撃なら、こいつの出番だ。
「百花繚乱っ」
落下する蒼一から、虹色の粉が撒き散らされ、火炎や水弾と次々に接触した。
天然色の反応が、花火のように光の球を作っては消える。
前庭にいる部隊員の数は、思ったより少ない。城の正面側でも、守備隊のほとんどは入城を済ませていた。
「あれくらいなら、国境より楽だ。ハナは解呪に専念しろ!」
「任せたわよ、七色の勇者さん」
着地と同時に、ハナは石像に向かって走り、蒼一は守備隊を狙って百花繚乱を連射した。
魔法を封じるベールが、彼と敵の間に広がる。
魔法が使えないなら、次に来るのは当然、剣士たちだ。黒剣を鞘に戻し、ハナの近くに後退すると、彼は守備隊の突撃に備えた。
虹の粉を潜り抜けて来た隊員に、粘着と浄化が襲い掛かる。
「粘着、粘着っ! ハナ、勇者はまだか!」
「待って、今……ああっ、トムス!」
「ん……ハナか!?」
再会劇が始まったのは、後ろを見なくても分かる。
「二百年以上も待ったのよ……」
「そんなに! しかし、君は全く変わってない……いや、それどころか若くなった」
「イヤ?」
「そんな訳があるもんか。ハナはハナ、心配をかけてすまなかった――」
長年かけて探した相手だ、彼女が真っ先に解呪するのは当たり前だった。しかし、のんびりしている余裕は無い。
「メロドラマは後だ! トムスに説明して、手伝わせろ」
「ゴ、ゴメン、そうだったわね……」
細かい話は飛ばし、ハナは要点だけを伝える。
魔竜は十八代勇者が倒した。彼は二人の恩人だ。今、彼が戦っている相手は、神統会である。
「……心得た。ジュウハチバン殿、義によって助太刀いたす」
「あらら、そういう武士系なんだ。俺の名前は蒼一だ、ナナバン」
残る石像も解呪すれば、勇者七人戦隊が揃う。
まだ多少混乱している彼らに、ハナは勇者用のアミュレットを渡して行った。
「それは俺のお守りと同じ能力か?」
「一般用よりは強いって程度よ。城内で通用するかしら……」
蒼一と交代して槍兵の相手をしていたトムスが、救援を求めて叫ぶ。
「ソウイチ殿! ダメだ、力が封じられている」
「ああ、攻撃スキルは使えんよ」
「ど、どうすれば!」
剣の素養があるトムスは、上手く敵を捌いている。しかし、勇者の能力が使用できないことに戸惑いが隠せないようだ。
実のところ、本格的な対人戦の経験が有るのは、四代目以降では蒼一だけだった。
やれやれと肩を
彼の背を見つめる、七人の歴代勇者。
「お前らもよく見とけ。これが勇者の戦い方だ」
蒼一の抜き放った黒剣が、陽光を浴び鈍く光った。
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