076. 結集

 城への偵察を終えた翌日から、ナグサの森はキャンプ場のように賑やかになっていく。

 終焉の平原からの帰還者が、到着し始めたからだ。


 ラバルはサーラムとの連絡係となり、完成したお守りの個数が逐一伝えられる。

 夜には近隣都市からの人員も合流し、増える勇者部隊の整理はデスタギルドのカルネが買って出た。


「この曲はなんなの!?」

「“女神の耳も痛い”、新曲です!」


 カナン山に続く大役に、彼女の鼻息は荒い。

 焼けた森林には着々とテントや、炊事場が設置され、駐屯地としての面容を整えていった。

 そのさらに次の日、ハルサキムからの大部隊と共に、禿頭の魔術師が婚約者を伴って訪れる。

 白光の魔術師、またの名を生ける白地蔵。


「ご無沙汰しております、勇者様」

「うん……髪はもう伸ばさないんだ」

「地蔵の御加護が薄れますから」


 まだ恨まれているかと思いきや、ローゼとの結婚を後押ししてもらった御恩があると、彼は勇者への助力を誓う。


「ユレイカル家は婚約を認めるどころか、白地蔵を一族を上げて応援してくださるそうです」

「まあ、ネルっちが満足してるなら何も言うまいよ」


 街を歩くたびに人々に手を合わされ、彼も本尊としての自覚が芽生えてきた。

 婚約者が誇らしく自慢しているのを見ては、尚更だ。


「まだ結婚はしてないんだな」

「この勇者様の使命が成就すれば、挙式する予定です。これは彼女の希望なんです」

「一人前の地蔵になって、皆さんに祝福してもらう。そうよね、ネル?」

「そうだとも、ローゼ」


 半人前の内は、ネルと呼ぶことにしたらしい。

 お嬢さんは元々、冒険者稼業に強い憧れを持っており、これを良い機会とネルハイムとコンビを組んだ。

 戦闘はからきしでも、人脈と人間観察に優れたローゼは、捜し人などで活躍しているそうだ。


「そうそう、その捜査の話だ。マルダラの呪術士は見つかったか?」

「ええ、ローゼの慧眼けいがんで、潜伏場所を発見しました」

「彼の魔法で一撃でしたわ。さすが私のネル」

「いやいや、ローゼの推理には敵わないよ」

「やめろ、お前ら。蕁麻疹じんましんが出る」


 ラムジンは現在、ハルサキムの牢で取り調べを受けている。色々と禁制の呪物を所持していたため、罰が下るのは間違いない。

 異様な量の魔力を貯えた自家製蓄魔器も発見され、こちらも理由によっては重罪だ。

 治療と称してメイリから定期的に魔力を抜き出していた疑いがあり、少女の魔力が枯渇していたのは、この男のせいだろう。


 村を放逐される前に、ラムジンは自宅跡から焼失を逃れた物品を回収した。その一つが、メイリの短剣だった。

 ネルハイムが取り出した“短剣”に、蒼一は何の冗談かと一瞬言葉を失う。


「……カッターナイフじゃねえか」

「それは、どういう効果の魔剣ですか?」

「紙を切断する効果かな。便利系」


 地球人のメイリが持ち込んだなら、何も不思議なところはない。しかし、呪術士が執着したのはなぜだ?


「ラムジンは、発動方法を研究していたようです」

「カッターのか? 刃を出して切るだけだ」

「いえ、私も普通の刃物とは思えません。魔力との親和性が桁外れなんです」


 男の供述に従って、ネルハイムも魔力注入の実験を試していた。

 この小さい刃物は、いくらでも力を吸収することが可能で、底が見えないと言う。ところが、いくら力を含ませようが、カッターに変化は現れない。


「蓄魔器みたいなもんだな」

「蓄魔器にも、貯蓄と放出の魔法が組み込まれています。この短剣には何も無い」

「壊れてる?」

「それか、一番近いのはタブラです。単なる受け皿ですね」


 地球から来た、尋常でない潜在力を持つタブラ。その説明に、蒼一は何か引っ掛かるものを感じる。


「どうかしましたか?」

「……いいや。カッターはメイリに返そう。あいつも勇者なんだぜ、先代の」

「はい……ええっ!?」


 少女の正体を初めて知ったネルハイムとローゼは、改めて挨拶をしようとメイリの元へ向かった。

 しつこくカッターナイフをいじくる蒼一へ、二人に替わって雪が近寄る。


「考えごとですか?」

「このカッター、タブラだってさ。魔力を大量に含めるらしい」

「へえ……それって、ロウみたいですね」

「俺たちみたい、違うか?」


 懐かしいはずの地球産の遺物を、二人は黙って見つめる。自分たちも、タブラのように役割を刷り込まれたのだろうか。

 もしそうだとしても、やるべきことは同じだ。


「晩飯の準備をするんだろ? 手伝うよ」

「人数が多いから、勇者パワーが大活躍ですね」


 石像の連中には、真似できないよな。あいつらには食わせてやらん。

 後輩の苦労を考慮しない先人たちに、相変わらずぶつくさと文句を言う蒼一だった。





 その後も、勇者部隊への増援は続々と集まった。

 遥かダッハからは、食糧を運ぶ補給隊が随伴し、大量の食材も手に入る。

 食材は海鮮問屋のスーダ経由で、スラベッタの村長の手紙も同梱されていた。


「“シェラ貝の天日干しですじゃ。まだ日は浅いが、味は特級ですぞ”だってさ」

「確かに……旨味が……ングッ」

「もう食ってるのかよ! 朝から油断も隙もねえな」


 晩御飯のメニューはどうしようと、雪は楽しそうに考え始めるが、届いたのは吉報ばかりではなかった。

 蒼一たちのテントへ、血相を変えたカルネが駆けて来る。


「王国の部隊が近付いています! 千人規模です」

「そりゃいい加減、来るだろうよ」


 ここまで大胆に兵を集めて、国が動かない方がおかしい。ナグサ駐屯地にいる人員も、同じく千人に到達しようとしていた。


「いきなり攻撃はしてこないだろう。ハナが間に合えば、話は早いんだけど……」

「駐屯地を囲うように、防衛陣を敷きますね」

「転移隊形も練習しといてくれ」


 霊鎖を利用した王城の急襲、それが蒼一の作戦だ。エマには一時的に、絆の石盤を外してもらった。

 人を集めて試してみたところ、霊鎖の転移には一定の効果範囲が存在した。


 仲良く手を繋いだ勇者部隊の隊員たちは、最大で二百ほどが一度に移動できる。

 それ以上の人数は、どれだけ密集しても無理で、千人を送り込むには五回は霊鎖を繰り返す必要があった。

 勇者を中心とした二百人単位の密集陣、それが転移隊形だ。


 偵察員によると、王都からの直轄部隊は昼過ぎにはナグサに着くと言う。

 猛スピードでお守りを制作中のハナが帰ってくるのも、ほぼ同じ時刻くらいだと思われた。


「どっちにしろ、もうタイムリミットだな。エマに連絡するか」

「いよいよだね!」

「貝料理はお預けですか……」


 気合いの入るメイリに対して、女神は意気消沈する。


 ――さすがに決戦の最中に食事する気はなさそう……いや、こいつはやりかねん。


「雪、戦闘中に飯を食うのは構わん。いつものことだから」

「はい」

「凝った調理はやめとけ。多分、今回は余裕が無い」

「仕方ないですねえ。今の内に、携帯食を量産しときますか」


 料理を開始する雪を横目に、蒼一は携帯石盤を左手に持った。

 文字は指で書く仕様なため、エマへの伝言は簡潔に済ます。


「“GO”……これで伝わるだろ」


 石盤の表面に、返事は直ぐに浮んだ。


 “OK”


 この時、大陸中のギルド支部にも本部長のゴーサインが発令された。

 王国の各地に、ほこらの改修部隊が出動する。呪縛に長期間晒されていない、外部出身者を中心とした特別編成だ。


 精霊柱を破壊した後は、そのまま人民の改宗を推進する。

 ハルサキムを核に白地蔵教、王国辺境では精霊信仰。

 マルダラで発生したキノコ教は意外と信徒を増やしており、特に後援は必要無いだろう。

 祠アンテナを利用した不自然な平和は、やがて崩れるはずだ。

 但し、城の機能を停止できなければ、それも元の木阿弥になりかねない。


 決め手となるのは、百個の抗呪のお守り。

 蒼一たちは、ハナの登場を今か今かと待ち受けた。





 残念ながら、先にナグサへ到着したのは、王国部隊だった。

 練度の高い王国の精鋭が、淡々と駐屯地の外周を包囲する。その内側に、勇者部隊が一回り小さな円に並んで対峙した。


 部隊員の配置が完了したところで、護衛に守られた神統会幹部が前に進み出る。

 中央部第一神官と名乗るその男は、交渉相手に勇者を指定した。


「面倒臭えなあ。メイリが行くか?」

「えっ、あっ、うん! 頑張る」

「頑張らなくていいです。真面目な子をからかっちゃダメですよ、蒼一さん」


 おもちゃにした回数は、絶対に雪の方が多いのにと、彼は口をへの字に曲げた。

 意外とメイリも上手くやりそうな気もするので、少女にも同行してもらい、二人で第一神官の前へと進む。


「貴殿が勇者様ですな!」


 黒い口髭を左右に長く伸ばした神官は、近づく蒼一に向かって声を張り上げた。


「神統会じゃ髭は必須か? 選ばせてやる。二と十七と十八、どれがいい?」

「選ぶ? 何を?」

「交渉相手だよ。どの勇者がいいんだ」


 何を尋ねられているが分からず、第一神官はまごつく。彼も報告は受けていたが、今代勇者は一筋縄では行かないようだと、改めて気を引き締めた。


「……二で。気が済みましたかな? それでは、この駐屯地の騒ぎについてお話しを――」

「ワタシですネ! ココで出番とは、腕が震えマス」

「腕は鳴らすんだ。自力で震音盤はやめろ」


 謎のロボ音声に、神官はキョロキョロと辺りを見回した。


「今のは、一体どこから……」

「なんだよ、知らないのか。二番目の勇者は英雄だろ。伝説の基本だ」

「二番目……ロウ・クラウセ様?」

「ハイデス!」


 無機質な口調でも、そろそろ蒼一には分かる。ロウは自分の名が知られていたことを、単純に喜んでいた。


「理解しました。守護霊様ですね!」

「ソンナ感じデス。背中デ守る感じ」


 間違ってはいない。


「守護霊様、この騒ぎをお静めください。王都近くで兵を集めるとは、何事ですか!」

「終焉の平原の魔竜をデスネ――」

「おおっ! 魔竜討伐のための部隊でしたか。 ようやく合点が行きました」


 これも一割くらいは正しい。


「そういうことなら、王国の部隊を率いて下さい。何もこんな寄せ集めを使わなくとも……」

「結構、強いデスヨ」


 態度を軟化させた神官の後方から、早駆けの馬が鳴らす蹄の音が届く。真っ先に気付いた蒼一が、茶番劇の終了を告げた。


「ロウ、もう時間稼ぎはいい。ババ様の到着だ」

「ウーン、ここからナノニ」


 馬上の老幼女が、神官以上の大声で叫ぶ。


「死にたくなかったら退きなさい! 丸焼きにするわよ!」


 ハナの恫喝が、蒼一たちによる王城急襲作戦、その開始の狼煙だった。

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