074. 宗教改革

 サーラムに向かう馬車の中で、蒼一はメイリとマルーズにも今後の予定を詳しく説明する。

 すっかり御者役が板に付いたラバルへ話すのは、街に到着してからだ。

 皆が方針を理解したところで、彼はハナに約束を思い出させた。


「魔竜を片付けたら、呪縛システムについて教えてくれるんじゃなかったか?」

「ええ……いいわ。どうやって呪いを行き渡らせてるのかって話よ」


 ハナの召喚時には既に本来の大賢者は亡くなっており、彼女とトムスが訪れたのは古い空き家だった。

 トムスを失った後、過去の記録の調査も兼ねて、彼女はカナン山に移り住む。

 当初は、王国との交流は無かったらしい。九代目の勇者が家にやってきた際にハナは大賢者に成りすまして対応し、以降、今に至る。


 大賢者として扱われるのは、彼女にも都合が良い。

 王城に赴いても、偽物だと指摘する者はおらず、逆に勇者システム維持への協力を求められた。


「ちょっと待てよ。大賢者が早々にくたばるのは当たり前だろ。いるの前提の仕組みなのか?」

「いれば利用する、その程度の存在なのよ、大賢者は。最初はカナン山から始まる、そっちが大事」


 勇者は城からサーラム、そしてカナン山へ。その後は召喚陣を辿りながら、王国全土を旅する。


「長年、繰り返したせいで、報酬の宝具も無くなれば、あちこちガタも来る。それを繕うのが、王国の維持部隊ってわけ」

「で、お前もそれを手伝ったんだ」

「そうよ」


 この仕事のおかげで、召喚陣の設置場所について調べ上げることが出来た。

 蒼一は、ハナの家にあった地図を広げる。


「この×印が召喚陣だな」

「地図を持ち出したのは御手柄だわ。この赤丸の方が問題なのよ」

ほこらだろ?」

「正確には、精霊柱ね」


 この大陸には、古くは精霊信仰が根付いていた。

 道祖神のような石柱を建て、各地に宿るとされる精霊に祈りを捧げる、その風習を破壊したのが、勇者システムだった。


「この石柱の裏に魔法陣が刻まれているの。それが、大規模な呪縛の維持を助けてる」

「あー、なるほど。中継局みたいなもんだ」


 民衆に大事にされてきた精霊柱は、中継アンテナとして申し分ない。

 精霊信仰を勇者へのものへ置き換え、人々の手で祠を維持させる。五百年続く王国の呪縛は、こうやって保たれてきた。


「アンテナは分かった。じゃあ、本局はどこなんだ?」

「もう分かるでしょ。王城よ」


 勇者や女神が大きく精神阻害を受ける場所、王城。何度も立ち入ったハナも、特定の部屋以外の構造は知らない。


「来客施設で神統会の幹部と話して、すぐに城を出る。本城の中を調べたくても、こう何て言うか――」

「自由に動く気になれない、だろ。俺たちも経験済みだ」


 ハルサキムの地下には、少女に働きかけて呼び込む洗脳用の魔術装置があった。おそらくあの強力なやつが、城の内部にあると蒼一は予想する。


「……よし、まず最初にアンテナを潰そう」

「凄い数よ、どうやって?」

「ギルドに頼む」


 ナタンドにいた頃から、彼は王国への対抗策を大陸ギルドと相談していた。

 警邏けいら隊のギルドへの取り込み。王国の通信タブラへの工作。神統会への支持を失わせるための流言蜚語。


 どれも少しずつ効果は上げていたが、システムを破壊するには決め手に欠けるとエマは言う。

 決定打への第一歩、それをハナが教えてくれた。


「各地の精霊柱を、外部のギルド職員で破壊する」

「街の人が抵抗するわよ?」

「潰しちまえば、こっちのもんだ。呪縛は薄まる理屈だからな」

「呪縛が無くても、信仰の対象を破壊するのは――」

「ただ潰すんじゃねえ。上書きするのさ」


 今なら蒼一も分かる、この勇者システムは、経年劣化が始まっている。勇者への強固な信仰は、既に揺らいでるじゃないか。


「今から王国の本尊は、ネルハイムだ」

「……誰それ?」


 魔術師の受難については、雪とメイリが語って聞かせた。

 ハナとマルーズは、ローゼ・ユレイカルの所業に震える。ローゼは蒼一を超える、それが二人の感想だった。





「よっ、ババア、生きてるか?」

「なんちゅう第一声じゃ」


 馬車をサーラムの外に停め、蒼一は一人でダリアの店にやって来た。

 勇者の連れである葉竜は、ギルドが熱心に宣伝してくれているものの、まだ田舎街を連れ歩く気にはならない。


 ナグサの森にちょうどいい広さの焼け野原があるので、そこを勇者部隊の集結地に選ぶ。

 今は雪たちが寝床を作っているが、後で大陸ギルドにも助力を頼むつもりだ。


「お守りの制作はどうなってる?」

「お前さん用は出来とる」


 見た目は先に貰った物に、よく似た目玉型。

 大きさも同じくらいで、ガラス質の輝きが美しいが、老婆によれば効果は比べ物にならないと言う。


「あと二つも作れば、あんたらも自由に城を動けるじゃろ」

「んー、それがさあ……」


 制作には相当の精力を消耗するらしく、ダリアの顔にも疲れが浮かぶ。

 口ごもる蒼一に、彼女はカカッと大きな声で笑った。


「なんじゃい、遠慮しとるんか。そんなタマじゃなかろうに」

「……そうだな。追加が欲しいんだよ、お守りの」

「構わんよ。いくつじゃ? 三つか、五つか?」

「百」

「バカかっ! 殺す気か!」


 勇者組をサポートする部隊にも、抗呪のお守りは欲しい。

 城を取り囲む彼らには、勇者用の高性能品ではなくてもいいが、数が必要だった。


「サポートがあったら作れるか?」

「魔力に優れ、魔法の造詣が深い者ならのう……最低でも、魔法陣が組めるような技術がないと」

「いるいる。おあつらえ向きのババトモがいるぞ」


 蒼一は自分用のお守りを受け取り、霊鎖でナグサ拠点に転移する。すぐにハナを呼び付け、ダリアの店へ向かうように頼んだ。


「……仕方ないわね。百も要るかしら」

「部隊の人数はまだまだ増えると思う」


 お守り一つで、周囲の人間にも効果は発現する。百人なら二、三十で足りるが、その程度の規模では済まないだろう。


「俺はエマと話してくる。メイリ、マルーズ、霊鎖を使うからな!」

「うん、分かった!」

「いつでもどうぞ」


 いきなり転移して悲鳴を上げられては堪らないので、余裕があれば事前に声を掛けるようにしている。

 皆と離れて保存食作製中の雪は、まあ、大丈夫だ。


「霊鎖っ」

「いってらっしゃい」


 目の前のハナがメイリに変化し、手を振ってくれる。エマとの繋がりは弱い、最初から飛べるとは期待していない。


「霊鎖」

「お気をつけて、ソウイチ様」

「霊鎖」

「お守り用の素材が足りなくなったら、持ってきてね」

「霊鎖」

「晩御飯は、お待ちかねのテールシチューですよー」


 分かっていたとは言え、今回の霊鎖には手間取った。

 ラズレへの転移を成功させた時には、もう誰も彼を見てくれてはいなかった。





 ナタンドに滞在しているエマは、マイゼルと業務について協議中だった。

 眼鏡をずり落とした支部長に対し、本部長は片眉を上げただけで、堂々としたものだ。


「あら、七番目の勇者は見つかったの?」

「それはこれからだ。いよいよ始めるぞ」

「自称大賢者さんは?」

「ハナも納得したよ」


 勇者システム、その仕組みを説明し、蒼一は祠の破壊を提案する。


「ハルサキムで白地蔵を大量に作ってる。あれを代替品にしよう」

「周辺地域は、元の精霊信仰の方が良さそうね」

「それでもいい。要は今の精霊柱を取り除きたいんだ」


 スラベッタの村のように、呪縛の届き切らない場所は他にもある。神統会に対抗するには、そんな古村も活躍してもらおう。


「王国と衝突するなら、タイミングを合わせたいわ。王都に突入するのはいつ?」

「一週間……いや、もう少し早いか。先に城を偵察して、その後だ」

「では用意は済ませておきます。合図があったら、各地に職員を動員しましょう」

「そんな一斉に出来るもんなのか?」


 エマは若い娘のように、ニヤリと口元を緩める。


「こういう事態に向けて、ちゃんと準備はしてきたわ」


 彼女に目配せされたマイゼルが、机の引き出しから、小さな石盤を取り出した。

 蒼一も貰った念話の石盤に似た、丸い石の板。受け取った彼は、円盤の表面を確かめる。

 片側には魔法陣、反対の面は鏡のようにツルツルだ。


「これは……タブラ?」

「そう、携帯型の遠隔タブラ。各支部にはもう送ってある。電話みたいなものよ」

「電話というか、メールだな」


 各携帯タブラには、エマが持つ親機から指示が伝えられる。

 これを使えば、確かに一斉蜂起も可能だろう。どうせなら、蒼一たちにも欲しいところだ。


「俺たちの分はないか?」

「言うと思った。それはあなた用よ」


 蒼一用は特別品だ。支部用とは異なり、双方向で文字が送れる。霊鎖の発動前に知らせてもらおうと、急遽エマが作ったものだった。

 言霊ことだまの女神にとって、通信関連の魔術はお手の物である。ちなみに大陸ギルドのマーク、稲妻の文様は、電波をイメージして彼女が自ら考案した。


「ちゃんと活用してね。寝てる横に立たれるとか、ゾッとするから」

「寝てたら、タブラで知らせても分からんだろうよ」


 最後にナグサの森へ部隊を集めていることを説明すると、敏腕本部長はすぐに協力を申し出た。


「近隣の者を派遣します。数日中には着くでしょう」

「色々とすまないな」

「お礼なんていいわ。あなたらしくもない」


 今回はババアって呼ばなかったのになあ。

 蒼一が嘆こうが、それくらいでは、最早エマの彼への印象は覆らない。


 携帯タブラをポケットに仕舞いつつ、勇者はナタンドの執務室を退出した。





 ナグサの森に戻ると、雪たちは夕食の準備をしていた。


「ちょうど出来ましたよ。魔竜シチュー」

「味も魔竜級だといいな」


 ハナはとっくにサーラムに出向しており、彼女以外の五人が焚火を囲んで座り込む。


「マルーズは、ここで人が集まるのを管理してくれ」

「任せてください、ソウイチ様」

「メイリは葉竜の世話な」

「うん」


 雪と蒼一の二人は王城の偵察、馬の操縦は当然ラバルだ。


「また頼む」

「お安い御用です」


 魔竜の尾骨を煮込み、骨髄の濃厚なスープで仕上げられたテールシチューは、筆舌に尽くしがたい美味さだった。

 皆が喜ぶ中でも、最も感極まったのはダッハの剣士で、蒼一に正対して深々と頭を下げる。


「ソウイチ殿について来た甲斐がありました」

「シチューでその感想はどうなの」


 美味さの秘訣は、なんと毒苔だと雪がバラす。


「毒を抜くのに苦労しました。スパイスとしては、一級品ですよ」

「今朝からたまに腹が痛いと思ったら、実験してたのか。その探究心には頭が下がるわ」


 ゆっくりと晩餐を堪能した後は、やはり久方ぶりの就寝時間だ。ハナがいないため、充分な睡眠は欠かせない。

 メイリへの対応に慣れていないラバルとマルーズは、少し離れて眠りに就く。


 蒼一たち三人はN字に並んで、朝までぐっすりと身体を休めたのだった。

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