049. トル

 たとえ子供でも、竜は竜だ。

 勇者一行に混じる葉竜に、トルの警邏けいら官は怯えた目を向けた。


「ほ、本当に暴れたりしないんですか?」

「竜の本性は、もう無くしてるんだよ」

「クピ」


 勇者の保証があっても、街中に入れるのは難しい。

 どうしたものかと悩む蒼一に、門番たちは街外の施設を一部貸し出すと申し出る。


「快適とは言えませんが、寝泊まりも出来ます。竜はここに置いてもらえませんか?」

「ありがたい。助かる」


 トルは外周を木の冊で囲まれており、警邏官の詰め所や、野生動物の解体場などが冊の外に設けられていた。

 マーくんは首に綱を巻かれ、外門施設の横の大樹に括り付けられる。

 ラバルとマルーズにその見張りを頼み、蒼一たち三人は門の中へと進んだ。


「まずは大陸ギルドかな」

「マーくんの報告ですね」


 メイリも両手を大きく伸ばし、深呼吸する。


「街の中も木がいっぱいだね」

「昔は大きな街デシタガ、今はのどかな感じデス」

「五百年で雰囲気も変わるだろうさ」


 ここには革職人や袋物の制作店が多い。中規模の街ながら、早くから大陸ギルドの施設が置かれたのはそのためだ。

 トルのギルドでは、依頼の仲介よりも、各職人組合の結成援助という本来の名称に則した活動を主業務にしていた。


「これはこれは。ようこそ、トルへ」


 ギルドの施設長、ルナンドは精悍な狩人風の若い男だった。

 葉竜確保の経緯を、蒼一はかい摘まんで説明する。


「それでは、勇者様は、しばらく竜と行動されるので?」

「そうなるな。敵意の無い奴を殺す気にはなれない」

「では、各都市に通達を出しましょう。勇者には、竜の下僕がいると」


 ルナンドの側にも、勇者に伝えるべき重要な知らせが、いくつか届いていた。


「まず、大賢者の行方ですが」

「おっ、何か分かったか?」


 蒼一が賢者に掛けた賞金は、早速効果を発揮していた。

 まさか自分の身が市民に狙われていると知らない大賢者は、都市の宿屋を利用しようとする。

 ギルドが真っ先に通達したのも宿泊施設であり、賢者の今後の旅程を、宿屋の主人がそれとなく聞き出した。


「捕まえるのは、やはり無理ですね。鍵を掛けて閉じ込めても、抜け出したらしくて」

「賢者の行き先は?」

「それが、大陸北東部、我がギルド本部のあるラズレーズのようです」


 大陸第一の大都市、ラズレーズ。

 王都以上の古い歴史を持つ、ラズレ公国の巨大な首都だ。


「遠いんだろうな、そこは」

「馬で半月は覚悟してください。大陸を横断しますからね」


 何度か宿での捕物騒ぎを経て、大賢者も野宿に切り替えたと思われる。王国を出た後の足跡は、ギルドも把握していなかった。


「俺達も、その公国に向かうか」

「いえ、勇者様には、帰還要請が出ています」

「誰から?」

「王都です」


 ロクに説明も無く城から放り出した王国が、今頃、帰って来てくれと頼む。解せない蒼一は、ギルドに説明を求めた。


「その理由は、我々も聞いていません。しかし、ここ最近の勇者様の動きに、思うところがあるようです」

「詳しく話してくれ」


 慎重に言葉を選ぶルナンドに、彼は続きを促した。


「王都に動きがあったのは、ダッハの魔法陣が破壊された直後。いや、各地の陣破壊が始まった時です」

「俺が指示したやつだな」

「ダッハに王国の連絡員が派遣されます。勇者様には、その人物を待って、一緒に王都へ戻って欲しいと」


 石切り場やハルサキムには、明らかに人為的な発動痕があった。

 蒼一は最初、大陸ギルドも一枚噛んでいるかと疑ったが、もうその可能性は低い。魔法陣の破壊に協力しているのは、そのギルドなのだから。


 では、王国中で召喚陣を発動させているのは誰なのか。

 都市間を跨ぎ活動する大規模な組織は、この世界では少ない。

 大陸ギルドと、その傘下にある各種職業別ギルド。

 そして、もう一つ、国そのものだ。

 蒼一は難しい顔で、隣の雪に話を振る。


「魔法陣の破壊をやめろ、かな。どう思う?」

「手伝おう、かもしれませんよ」

「それなら、帰らせる必要はないな」


 何にせよ、いずれ直接勇者に接触してくるだろう。

 王国の指示を素直に聞く、雇われ勇者になる気は、蒼一にはサラサラ無かった。


「俺、最近、耳の調子が悪くてさ」

「はい、お身体には十分お気を……」

「聞こえなかった。なんか要請がどうとか言う辺りから」

「はあ」


 帰還要請なんて知らない。勇者は東へ向かう。


「もう一つ、メイリ・ローンという女性についての報告が」

「うわ、治った。耳が、二つとも」


 後ろに控える少女も、自分の名前が出たことに、身を乗り出す。


「なんとか回収した資料に、名前を記したメモがあったそうです」

「どこで回収したって?」

「大賢者の自宅跡地です。名前だけで、他は何も」


 東に行く理由が、また一つ増えた。

 ルナンドに礼を言うと、彼らは建物を出る。


「私、大賢者に会ったことあるのかな」

「出会ってはいるだろうな。さあ、買い物して帰るぞ」


 考えながら歩いては、事故の元だ。ましてそれがメイリなら。

 前を見るように少女に注意し、蒼一は革製品の店に向かった。





 彼らが欲しい物は三つ。

 ロウを背中に納めるホルダー。雪の新しいリュック。

 そして、マーくんのための馬具、いや竜具だ。


 リュック以外は、オーダーメイドで作らなければいけない。

 ルナンドの推薦した店に入り、蒼一は店主と早速相談を始めた。


「この盾を背負うためのベルトが欲しい。すぐ取り出せるような仕組みで」

「似た物は作ったことがあります。問題ありません」

「もう一つ、馬飾りが要るんだが、馬は街の外なんだ。見てくれないか?」

「今からでも、いいですよ。行きましょう」


 雪とメイリは、袋や背嚢はいのうを並べて店員と商談中で、まだ時間が掛かると言う。

 店主のバズを連れ立って、彼は先に街門へ戻ることにした。


「うちの馬な、ちょっと変わってるんだ」

「どういう風にです?」

「うーん、頭がキノコっぽい」

「ああ、タテガミが傘みたいになってるとか」


 馬の説明と同時に、求める馬具についても詳しく話し合う。


「飼い馬だって分かるように、引き綱とかが付けられる金具が欲しい」

「乗れなくていいんですか?」

「荷物が運べれば、十分かな」


 そうこうする内に、二人は街門をくぐり、ラバルたちのいる詰め所までやって来る。

 警邏用の馬がいる厩舎きゅうしゃへ向かうバズの腕を、蒼一が引っ張った。


「違う、こっちだよ」

「え、厩舎では?」


 マーくんは木陰で寝ており、ちょうど下草に埋もれて姿が隠れている。

 勇者の帰還に気付いたマルーズが、真っ先に挨拶した。


「おかえりなさい、ソウイチ様!」

「ああ、革屋に来てもらった。サイズを計ろう」


 茂る木の下まで近づいて、バズも馬の正体を知る。


「なっ、なん……! ひぃぃっ!」


 仰天した主人は、足をバタつかせて街に逃げ帰ろうとした。


「粘着っ!」


 それを見逃す勇者ではない。

 いきなり固着され、バスは地面にひっくり返る。

 頭や手を振り回そうが、眠る竜の前に貼り付いたままだ。


「キ、キノコーッ!」

「そう言ったじゃん。ほっとくと、ポコポコ生えるよね」


 大声に起こされ、目を開けたマーくんは、見慣れない男の顔を見つめた。


「り、竜、竜じゃないですか!」

「馬っぽいとこもあるよ。な?」

「クピィーン!」


 バズが諦めるまで粘着の手を緩めず、蒼一は竜の大人しさをアピールし続けた。マルーズも説得に加わって、ようやく革屋も落ち着きを取り戻す。

 結局、勇者の粘り勝ちで、竜具の制作は請け負ってもらえた。

 彼は竜と盾の各部サイズを計り、自分の店へと疲れた顔で帰って行く。


「たかだか採寸で、えらい騒ぎだなあ」

「竜ほど恐ろしい魔物はいませんからね。十六代勇者の千刃龍せんじんりゅうも凄まじい威容でした」

「幻獣のドラゴンで竜退治したんだ。しかし、それ……」


 湧き出た違和感を、蒼一は呑み込む。

 疑問はあるが、今マルーズに尋ねることでもない。


 その後、雪とメイリもリュックを新調して戻ると、皆で食事を済ませ、翌日まで自由時間になった。

 散策するメイリ、手に入れたウォルミルの実で料理を試す雪。

 蒼一はと言うと、夜になってもランプを手元に置き、書き物に励む。

 実を一通り加工し終わった雪は、彼の様子を珍しそうに眺めに来た。


「何をそんなに書いてるんです?」

「ギルドへの要望書だよ。色々と気になることを調べてもらう。本部長にも一度会いたいしな」


 例えば勇者の書の記載で欠けている部分、それも彼の知りたいことだ。特に、各勇者の結末が、見事にどれもぼかされている。

 今回は葉竜を追ったが、勇者の最後は“魔竜”と戦うというものが多い。


「七番目の勇者が一番面白いけど、最終回だけ載ってねえ」

「どんな人なんですか?」

「それがさ、凄いんだ、こいつ……」


 蒼一さんも大概面白い人だけど、という雪の評は、彼の語った話で覆される。上には上がいるものだ。


「でも、七番目だと、いい能力を持ってますね」

「そうなんだよ。ちゃんとやったら、こいつが最強じゃないかな」


 七番目なのに最強。十六番目なのに竜使い。

 自身のスキルのショボさを鑑みると、どうにも腑に落ちない蒼一だった。





 翌日の昼前まで、彼らは休養を取り、詰め所の前で時間を潰す。

 超特急で注文品を仕上げたバズは、荷物を抱えた店員と一緒に、走ってやって来た。


「お疲れさん。無理言ったな」

「たっぷり貰えましたからね」


 ギルドに加盟した彼の店は、商品代金を割り引きしなくてはいけない。その代わりに、蒼一は特急料金を金貨でガッツリ払っていた。

 マーくんの頭部に革ベルトを巻き、胴に荷物止めのフックを取り付ける。

 ロウも専用ホルダーに収まり、御満悦だ。


「居心地いいデス。勇者に運んでもらえるのが、チビとの格の差デスネ」

「クピピピピッ」

「お前ら仲いいな」


 全ての作業を済ませたバズが、蒼一に振り向いた。


「もう驚くのも疲れましたがね。その盾、喋るんですな」

「毎日道具に喋りかければいい。お前の店も賑やかになるぞ」

「馬鹿言わんでください。もう三十年もやってるが、そんな気配はありゃしません」


 ――経験者だったか。信心が足らんからだ。


 革屋の主人に、更なる精進を言い付け、蒼一たちは再び砂漠横断へ乗り出す。

 砂虫の数は減り、重い荷物は葉竜が運んでくれるおかげで、行きより楽に行軍が捗った。


「竜連れも、悪くない」

「マーくん、ご飯食べないんですよ。相変わらず、日光浴で間に合うみたい」

「ベジタリアン以上の非殺生主義者だな」


 出発が遅くなったため、ダッハの街の灯が見えたのは、もう夜半過ぎのことだ。

 対策本部に着いた彼らは、報告を入れるため本部テントに向かう。


 勇者帰還のラッパが高らかと鳴り響く中、勇者の帰りを待っていたのはタムレイではなく、王国の使者ドスランゼルだった。

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