048. 擬態
荒れ地を過ぎ、朝露に濡れる木々の中に踏み入ると、葉竜の通った跡がくっきりと自己主張していた。
宿屋の食糧庫だけでは、竜の腹を満足させるには足らなかったようだ。
食いちぎられた草木が、即席の獣道となって、蒼一たちを導く。
「植物なら、何でもいいのか。手当たり次第だな」
「食糧庫も、果物や穀物を溜め込んでいたそうです。干し肉なら助かったんでしょうが」
宿襲撃時の様子は、マルーズが聞き取ってくれた。
さすがにまだ竜も成長はしておらず、人の子よりは大きいほどで留まっている。
ただ、蒼一が見た時は緑色だった体色は、茶色に変化していたらしい。
「私も詳しくは知りませんが、個体によって、葉竜の姿は多少違いがあると聞いています」
「環境で変わるのか? 保護色みたいなもんかねえ」
色白だったメイリも、勇者と行動を共にするようになってミルクティー程度に日に焼けた。今も槍を握って、臨戦態勢だ。
時折見せた不安顔も影を潜め、砂虫を屠る時は楽しそうですらあった。
「誰だって環境次第、竜も同じか」
少女を見る視線に向かって、メイリが振り返る。
「私のこと?
「まあな」
力こぶを作るメイリと、それを見て笑う蒼一。
仲良く並び歩く二人へ、マルーズが我慢していた質問を切り出した。
「あ、あの。お二人は、婚約されているのですか?」
「ん? ああ、そうだ。結婚はしないけど」
これだけ一緒に行動していると、二人が同じ指輪をしていることに気付かれても仕方ない。
ハルサキムでも、理由を説明するのは面倒だった。メイリの特殊な事情は、他人にベラベラと喋るようなものでもない気がする。
「……好きなんだ」
「メイリさんが、ですか……」
「婚約が、だ」
「は?」
「婚約するのが、三度の飯より好きなんだ。次が離婚」
魔術師は無言で考え込む。
好きに思わせとけと、蒼一はそれ以上解説することなく、追跡を続けた。
徐々に森が深くなる中、雪が何かを見つけて叫ぶ。
「蒼一さん!」
「竜か!?」
「木の実です!」
「食っとけ!」
ヤケクソ気味のツッコミにも関わらず、彼女は素直に地面に座り込み、木の実を拾い始めた。
「うん、悪かった。食わんでいいよ」
「食べてみましょうよ。アーモンドみたいですよ」
彼女は実の殻をロッドで叩き割り、中から雫型の種子を取り出す。
蒼一が止める間も無く、種は雪の口に放り込まれた。
「ああっ、毒だったらどうすんだよ」
「味はクルミに近いです」
悪びれもせず、彼女は実を彼にも手渡して食べるように促す。
「何でも口に入れるなよ……ん……わりとイケるな」
「でしょ」
「ウォルミルの実ですね。砕いて焼き固める料理が、トル地方にあったはずです」
マルーズに言わせると、特に市場に出るような食材ではなく、地元民が採って自分たちで食べるくらいらしい。
「使い方が悪いんですよ。お菓子向けです」
「ふーん。じゃ、そろそろ行こうか」
「ウォルミルの木が多いところに向かいましょう。竜もつられて来るはずです」
――それ、本当に竜追跡が目的なんだろうな?
多分に怪しい女神の発言だったが、葉竜の痕跡を追うと、そのウォルミルの森へと続いていた。
「偶然だろうけど、確かにウォルミルとかいう木だな、これ全部」
「地面に落ちた分は、食べ尽くされてます。木から落として、竜の気を引きましょう」
――それ、本当に竜寄せが目的なんだろうな?
かなり怪しい女神の提案だったが、蒼一は試してみることにする。
地球のアーモンドの農園の収穫では、ツリーシェイカーという車両で豪快に木を揺すって実を落とす。
これは実が自然落下しないためで、ウォルミルの実も同様の性質を持っている。
先に雪たちが食べた種子は、葉竜が木に体当たりした際に落ちたものだった。
この世界に、ツリーシェイカーはもちろん存在しないが、代わりにより優秀な収穫機がある。
勇者だ。
鞘を木に向け、蒼一は手加減した打撃を放つ。
「乱れ鞘打ちっ!」
勇者の強打に合わせて、ウォルミルの実が雨のように降り注いだ。
樹上にいた小動物たちが、慌てて衝撃から逃げ出す。
「蒼一さん、他の木も! あと、地面のも適当に割ってください」
「少しは竜要素も入れろよ。欲望丸出しになってるぞ」
彼は順に奥の木へと鞘打ちを発動し、実の絨毯を広げて行った。
数本分の実は、竜の餌としても、もう十分だ。後は女神の機嫌取りにと、蒼一は地面を鞘とボウガンで叩き出す。
「こんなんで、竜が来たら苦労しないよな」
「…………」
「大体、味はともかく、殻を割るのが面倒過ぎる」
「ピギッ」
「お前は殻ごと食えるのか。楽でいいなあ」
「ピギ」
「…………粘着っ!」
木立の間から顔を出した葉竜へ、勇者のスキルが炸裂した。ウォルミルの樹の幹に、竜の首から肩が固定される。
「捕まえたぞ、攻撃しろ!」
「ソウイチ殿! 貫け、火槍撃!」
ラバルの炎が魔物の顔を直撃する寸前、葉竜はペリペリと体を樹から引き剥がした。
樹皮状の体表をその場に残して、竜は攻撃してきた魔剣士に飛び掛かる。
「ぐっ!」
「ラバル!」
跳ね飛ばされた仲間を、マルーズが追い、回復魔法を発動した。
「癒しの水よ、この者へ集え!」
竜は急ターンすると、魔光に包まれる彼らとは逆方向に走り出す。
そちらには、雪とメイリが武器を構えて待っていた。
「マジカルストライクッ!」
女神の突きよりも早く、葉竜は大きくジャンプする。
竜は彼女たちを軽々と飛び越した。
そのまま駆けて離れるかと思われたその時、またもや茶色い体を反転させる。
「雪、逃げろ!」
蒼一が雪の前に立って庇おうとするが、後一歩及ばない。
回り込むように彼女の後ろに走り込んだ葉竜は、雪が背負う袋に噛み付いた。
「ちょっ、やめて!」
彼女の振り回すロッドは、距離が近過ぎて攻撃の
蒼一もメイリも、もつれ合う一人と一匹には目標を定められず、攻撃を
「荷物を放せ、雪!」
「攻撃できないよ!」
二人に言われて袋を手放すまでもなく、先に竜の顎が布を引き裂き、中身を地面にぶちまける。
葉竜の目的は、中にいた特上の御馳走だ。
「クピ?」
「ピギィーッ!」
多少大きくなったとは言え、キノコが敵う相手ではない。甲高い奇声と共に、一口で動くマンドラーネは飲み込まれる。
「マーくん!」
「粘着っ」
蒼一の固着したのは、竜の足だ。
足裏に剥がせる体皮は存在せず、先程のように簡単には逃げられない。
鞘を両手で握り、勇者は上段に振りかぶる。
「鞘う――」
「待って!」
メイリが攻撃を押し止めた。
「なんで止めるんだ!?」
「竜の様子がおかしい!」
葉竜はキノコを丸呑みした後は、身じろぎもせず静止している。
拘束から逃げ出そうとするどころか、目玉すら動いていない。
「蒼一さん、これひょっとして……」
「あー、あれかあ」
魔剣を持って駆け寄るラバルを、今度は蒼一が手を挙げて制止した。
「武器を構えたまま、ちょっと待ってくれ」
ラバルとメイリは、いつでも攻撃できるように武器の先を竜に向けた。
蒼一は粘着の重ね掛けに備え、マルーズは回復用の魔力を杖へ込めて待機する。
雪は自分の荷物を拾い集めるのに忙しい。
彼女が袋を応急処理して、とりあえずの形に戻す頃、竜が頭をフルフルと震わせた。
「どっちだ……葉竜か? 食ったキノコか?」
勇者の問い掛けに答えたつもりだろうか、竜はその喉を鳴らす。
「クピクピ、クピィッ」
「コノ忌ま忌ましい鳴き声、あのチビですネ!」
「もうお前より大きいぞ」
怨敵の挑発に、ロウが堪らず反応した。
キノコ語を使う竜に、喋る盾。
理解を越えた事態に、常識人のコンビが口を開ける。
「まあ、質問はあるだろうよ。答えてやるから、一旦武器を納めろ」
「は、はい……」
粘着効果が解けると、葉竜は足を畳んで、地面に座り込んだ。
しばらく皆の顔を見回していたものの、興味を失ったのか、目を閉じて顎も地に付ける。
「……寝やがった。どうすんだ、こいつ」
「下手に放すと、討伐されますしねえ」
蒼一も竜の顔の前に座り、その処遇を巡って、腕を組んで悩み出したのだった。
◇
「殺した方がいいと思う人?」
ラバルが肘を曲げ、半分ほど手を挙げる。マルーズは空気を読んだ。
「0・5人と。逃がした方がいいと思う人は?」
これはゼロ人だ。
「食べたい人? ……いや、冗談だ。悩まんでいいぞ、そこの女神」
雪も今回は空気を読んでいた。
「あまり聞きたくなかったが、飼いたい人?」
雪とメイリの手が挙がる。
ちなみにマルーズの意見は、大陸南東部に連れて行く、だった。これもあまり現実的ではない。
「仕方ない、トルまで連れて行こう。防具とか付けたら、飼いドラゴンに見えないかな」
「ソウイチ様と一緒なら、少しはマシでしょうが……大騒ぎにはなりますよ」
襲ってきた竜を逆に
竜が従う勇者、それらしくはある。
「そうと決まれば、そろそろ起こすか」
葉竜の背中を叩こうと、車座から抜け出した蒼一は、その手を途中で止めた。
「おい、頭にキノコが生えて来てるぞ」
彼のセリフは侮蔑の比喩表現ではなく、見たままを口にしたものだ。
竜の頭部には、角のように、二本の小さなマンドラーネが生え始めていた。
よく見ると、体もキノコに似たベージュ色に近い。
「環境でじゃない。こいつ、食った物で変化するんだ」
「へえー、可愛いような、ふざけてるような」
雪の感想も歯切れが悪い。
「もう葉竜というより、
「名前はマーくんのままで良さそうです」
竜は体を揺するだけで目を覚まし、大人しく蒼一たちの様子を窺う。
彼らについて行くつもりなのは、その
「ウォルミルも拾いましたし、街へ行きましょう」
「クピ」
「お前も迷子になるなよ。暴れたら、焼いて食うからな」
「クピクピ」
森から街道へ戻り、五人と一匹は、トルへと進路を定める。
マーくんはマルーズとラバルが挟み、前は蒼一、後ろには雪とメイリ。
従順な竜が逃げる心配は無かったが、こうやって皆で囲っておかないと、行き違う旅人が卒倒しそうだ。
案の定、彼らがトルに到着した時には、街門の警邏官たちが血相を変えて走って来た。
中に入るのに一悶着が起きるのは、致し方ないことであった。
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