047. 砂漠越え
サントマーレとの話が終わり、蒼一が対策本部に戻る時には、もう露店が店仕舞いする時間だった。
テントに入った彼は、寝床の横に固められた自分の私物に違和感を覚える。
在るべき物が足りない。
雪に尋ねようと、隣のテントの前に立つと同時に、中から物をひっくり返す騒々しい音が聞こえてきた。
「おいっ、どうした? 入るぞ」
「ソウイチッ、早く来て!」
入り口の二重の幕を潜り、中を覗き込んだ彼は、雪とメイリが腰を落として威嚇し合うのを目撃する。
いや、唸っているのは、彼女たちではなかった。
「魔物は討伐するデスッ!」
「クピイィーッ!」
二人は戦闘態勢を取る小動物二匹を、必死で押さえ込んでいたのだ。厳密に表現すると、どちらも動物ではないが。
「ロウと小人キノコか。何だって言うんだ」
「マーくんが袋から出たら、ロウが暴れ出したのよ」
「女神サマを守るのも、ワタシの役目デス!」
ロウの首の後ろ辺りを、雪はロッドでグリグリと地面に押し付ける。素手で止めるには、
首を起点に、大の字になったロウは、バタバタ手足を跳ねさせる。
それに呼応するように、メイリの手の下のキノコも奇声を上げて応酬した。
「クピピピ……キピイッ!」
「ちょっと! 大人しくして!」
キノコはやる気満々だが、まともにぶつかれば、ロウの圧勝だろう。
「これは……負けそうな方を応援すればいいのか?」
「さっさと止めないと、ご飯作ってあげませんよ」
――調理の作業量は、俺の方が上じゃね?
文句を抱えつつも、彼はロウの背中に手を添える。
「盾だ、ロウ」
「勇者サマ!」
魔傀儡は即座に盾化し、蒼一の左手に納まる。
「サア、あのチビを捻り潰すデス!」
「お前もチビだろ。興奮すんな」
「クピクピ」
「キノコも煽んな」
屋台でオヤツを買い込んだ雪は、ロウを連れ出して夜食会と洒落込んだ。
彼の役割は、
「あのな、こいつは魔物なんだけど……」
「ソウデス! 魔物、滅すベシ」
「害は無いんだ。キノコだから」
「魔物ナノニ?」
「うーん……」
絶対に無害かと聞かれれば、答えに窮する。
それでも、今のところは女神のペット化しており、メイリにも懐いていると言う。
「これは実験だ」
「実験デスカ」
「魔物と人間が共存できる、そんな世界を作る壮大な実験ではない」
「ハア」
「夏休みに蟻を観察する、あれだ」
「アレでシタカ。いや、アリでスネ」
勇者には聞き分けのいいロウは、一応、それで納得する。
「しかし、こいつまた大きくなっただろ」
「もう私の力じゃ負けそう」
マーくんは、大人しくなったライバルに、勝利を宣言した。
「キュッピー! キュピキュピキュピッ」
「性格は、蒼一さん似ですね」
「俺のこと、そんな風に思ってたのか」
キノコが自分の寝所たる袋へ堂々と闊歩して戻ると、雪はその口を結わえる。
「あんまり成長するようだと、野生に返さないといけませんね」
「マルダラ村に持ってけば、喜ばれるぞ」
騒動が片付けば、もう後は寝るだけだ。
「お前らも、あんまり夜更かしすんなよ。明日は朝から砂漠行きだしな」
「はーい」
「おやすみ、ソウイチ」
ギルドに頼んだ調査やオークションは、成果が出るまでまだ時間が掛かるだろう。
それまでは、葉竜への対処が主たる仕事となる。
幸いなことに、翌朝すぐ、サントマーレから竜の目撃談が伝えられた。
ほぼ真西に直進しているとの情報を得て、ラバルとマルーズと合流した蒼一たち五人は、砂漠越えに赴くこととなった。
◇
竜の食料の豊富なトル山の麓には、同じ名前の付いたトルの街がある。森の中に開けたこの中規模の街が、まずは目指す場所だ。
トル山周辺における最大の街という地理的な理由から、そこにもギルドは設置されている。
「トルまでは、砂漠さえ越えれば、道なりに行けます」
地図を示しながら、ラバルが経路を説明する。
「氷室があるから、そう苦労はしないだろ」
「日中行軍でも、平気そうですね」
勇者の冷却能力は、火山のマグマ地帯以上に有効に働いた。日差しは強くとも、彼らは着実に砂漠を進む。
唯一、進路を阻んだのは、砂漠に住み着く管状の魔物、砂虫だ。
ダッハの防衛ラインを過ぎて遠く、昼に差し掛かる頃、砂地を走る土煙が前方を横切る。
「砂虫です。音に反応するので、止まってください。やり過ごしましょう」
「そいつら強いのか?」
「地表に引きずり出せれば、大したことはありません。ただ、砂の中を動き回るので、攻撃しにくいんです」
それなら、何も縮こまって待つ必要は無い。
「俺が餌になろう。ラバルたちで、始末してくれ」
「ソウイチ殿……! 分かりました、お任せ下さい」
盾を体の前に構え、勇者は砂を蹴って走り出す。
派手な足音を察知して、砂虫の這う跡が彼へと近付いた。
近辺にいた魔物は全部で五匹。
「頼むぞ、ロウ」
「ハイデス」
魔装の盾を地面に押し付け、膝を付いた蒼一は、自身の防御を固めた。
「硬化っ」
石となった体で、次は虫たちを呼び寄せる。
――震音盤!
砂漠を揺るがす震動が地中を駆け巡り、砂虫は狂ったようにその源へ殺到した。
五つの筋が、光条のように彼へと集まる。
数メートルの近さまで接近した魔物たちは、一度地表へ飛び出した後、蒼一を地中へ引きずり込もうと口を開けた。
砂虫の赤い体には無数の小さな触手が付いており、遠目では毛の生えた巨大ミミズといった姿だ。
頭部は少し膨らみ、牙の並ぶ大きな口が、魔物としての凶暴さを表している。
「ソウイチ様!」
五方向からの苛烈な攻めに、思わずマルーズが彼の名を叫んだ。
砂虫が噛み砕ける硬化勇者ではないが、地中に同伴するのはマズい。
魔物の顎が彼に触れた瞬間、もう一度、震音盤が発動する。
「ギィィィーッ!」
不愉快な金切り声と共に、蒼一の周りに管虫が跳ね転がる。
「清浄の烈水よ、大地に渦巻けっ!」
魔術師が放った水魔法が、彼を中心とする渦潮を生み、砂虫たちを撹拌した。
潮は直ぐに引くが、その隙にラバルが攻撃範囲に詰め寄る。
「灼熱の炎刃よ、焼き尽くせ!」
魔剣が水平に振られ、業火が砂漠を舐め広がる。
濡れた砂は瞬く間に乾き、勇者ごと砂虫が燃え上がった。焦げた虫が、すえた臭いを撒き散らす。
火が収まって暫くして、硬化の解けた蒼一が動き出した。
「ソウイチ殿、無事ですか!」
「うん……それ、いくらだっけ」
「え、これですか?」
彼の目は、ラバルの握る火焔の魔剣を見つめている。
「えーっと、金貨百二十枚です」
「よくそんな大金が有ったね」
「貯金の全額を、
少し恥ずかしそうに、ラバルは頭を掻いた。
「んー、夢じゃしょうがないか……」
「いいじゃないですか。火も強すぎると、煮物とかに不便ですよ」
虫の亡骸から精々距離を空けて、雪も慎重に前に出て来る。
「俺は煮物がしたくて、勇者になったんじゃない」
「なりたくてなった訳じゃないでしょ」
魔物に嫌悪感を丸出しにする彼女に、蒼一は意外そうに尋ねる。
「こいつらは食べないんだ」
「ばっ……目の無い生き物は大嫌いです!」
「目玉しか無いのも問題だろうに」
――大体、貝類の目ってどこにあったっけ。漢字が似てるだけなんじゃ。
雪の虫嫌いを考察しつつ、彼らはさらに西へと進む。
硬化を実戦で見られたマルーズは、上機嫌で皆の先を歩いた。
◇
砂漠を抜けるまでに、砂虫の襲来は何度も繰り返された。
その度に、蒼一で釣り上げる作戦で魔物を一網打尽にし、彼らは難無く先へ進む。
弱った砂虫のトドメには、メイリも槍で参加した。
「ユキさんは棄権だからね。私が頑張る」
「無理すんなよ」
女神はロッドが汚れると、職務放棄中だ。
木立が復活し、砂虫の生活圏から抜け出したのは、日が暮れて間もない頃だった。
「この先に、砂漠を迂回して南からトルに向かう街道が通っています」
「宿もあるのか?」
「ええ、トルが管理する宿場が近いです。もう暗いですが、今日はそこまで行きましょう」
ラバルの提案に従い、一行はランプを持って荒れ地を行く。
夜道で速度を落としつつも、大して時間も経たない内に、整備された主街道に到達した。
道は南から西のトルの街へ向かい、大きく左にカーブしている。
「あの明かりが宿です」
「ああ、確かに近い」
街道の宿屋と聞き、蒼一は以前泊まった馬車用の休憩ポイントを想像していた。
今回の宿は木製のロッジ風の建物が並び、登山者用のキャンプのようだ。
「早く休みましょう。今日は最高に疲れました」
「俺の体力を吸う気配は無いけどな」
雪が本当に疲れていれば、そのダメージは勇者の蒼一が引き受ける。言葉とは裏腹に、彼女の体力が満タンなのは彼には明白だった。
「晩御飯は何ですかねー」
ツッコミを聞き流し、ロッジに向かう雪は、宿屋の明かりに多数の手持ちランプが混じっていることに気付く。
「みんなウロウロしてます」
「……何かあったな」
宿が近くなるほどに、職員たちの声が大きくなり、喧騒とした雰囲気が伝わってくる。
建物の前まで来た蒼一たちは、騒ぎの原因を簡単に推測できた。
「勇者様! ありがとうございます、連絡が伝わったのでしょうか」
「救援でも要請したのか?」
「はい、あれは我々ではどうしようもなくて……」
宿場にある建物のうち一棟は、壁をぶち抜かれ、半壊している。食料庫だというその棟を破壊したのは、言わずと知れた葉竜だった。
「その竜を追って来たんだ。この方角で合ってたな」
「猛烈な勢いで食い散らかすと、森へ走って行きました」
職員は、トルの街の南方、森の中央部に向かってランプを掲げる。
宿場の位置はまだ荒れ地だが、竜の逃げた先には鬱蒼とした森が広がっていた。
「森じゃ、夜間の追跡は無理だなあ」
「仕方ありません。ソウイチ殿、ここは休んで、朝から森へ向かっては?」
「そうするか」
今夜は泊まると言う蒼一に、職員が申し訳無さそうに報告する。
「備蓄の食料があのざまで……すみません、夕食は出せないんです」
「そりゃそうだな。手持ちがあるから、大丈夫だ」
新食材に期待していた雪は、ガックリとうなだれた。
「楽しみにしてたのに……」
「だから虫食っとけば良かったんだ」
葉竜の後を追うのは、翌朝、明るくなってから開始された。
夜は分からなかったが、竜の通った場所には、あちこち噛み付いた草木が残されている。
追跡は、予想よりかなり楽なものとなった。
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