第四章 この世界は、どこかおかしい

043. ダッハへの道

 朝、メイリの足を退け、寝床から抜け出した蒼一は、村の広場に出る。

 道具の整備をするヤンノたちは、もりと楽しく会話中だった。


「精が出るな。何か返事したか?」

「うんにゃ、まだ何も。でもその気配は感じるべ」

「もうちょっとだな。頑張れ」


 昨夜からライを名乗る村長は、フンッと一緒にやって来た。


「スラベッタ様、案内役にフンッを連れていかれてはどうじゃ」

「いや、フンッも練習したいだろ。地図で行けるよ。一度通った道だし」


 その地図に、一応、目印になる物を村長に聞いて書き込んでおく。

 大きな一本木、小川、村長の顔に似た岩。蒼一は記憶を辿り、帰り道を頭の中で確認する。


「おはよ、ソウイチ」

「あれ、メイリが先か。雪は?」

「食材の荷造りに行った」


 村の保管庫に行くと、雪は大量の袋を運び出そうと奮闘していた。


「……その量は無理じゃね?」

「せっかく貰ったのにですか?」


 結局、帰りの付き添いは、フンッだけでは足らず、カコノも来ることになる。

 二人は雪の手に入れた貝や塩を、台車で運ぶ係だ。


「スマンな、村長。若いの二人も連れ出してしまって」

「構わんですじゃ。食料は沢山手に入ったし、売れば大金にもなるじゃろ。しばらくは、ノンビリできますわい」


 村人たちが総出で見送る中を、蒼一たち三人と、戦利品を積んだ台車が出発する。

 雪はまた来る気満々で、最後までレシピを女房たちに伝えていた。

 地球に還るのが先か、干しシェラ貝を食べるのが先か。


「雪はここで暮らす気になったのか?」

「まさか。万一に備えてるだけです」

「干し貝がか。まあ、地球でも、これだけ美味い食い物は珍しいけど」


 二人の会話に入って来たのは、地球の話が好きなメイリだ。


「ソウイチ、食べ物は覚えてるんだよね。住んでた街とか、他は覚えてないの?」

「街まではなあ。住んでた地方くらいなら――」


 いきなり口を閉ざした彼に、敵襲かとメイリがキョロキョロ見回す。

 それを違うと、蒼一が手を横に振った。


「ちょっと……考え込んだだけだ。地方なら覚えてた気がしたんだ」


 雪も妙な顔をして、何かを考え出す。彼らは二人して顎に手を当て、顔を見合わせた。


「雪、お前がこっちに呼び出された直前、何してた?」

「お料理中でしたよ」

「何を作ってた?」

「それは……んー……?」


 自分のことは覚えてなくても、全部忘れたわけではない。日本人だという認識は、蒼一もまだハッキリ持っている。

 しかし、他はどうだろう。召喚直前の行動や出身地は、もう少し覚えていたような気がするが、どうにも不確かだ。

 頭を覆うもやは、考えるほど二人の口を重くする。


「……やめとこう。時間の無駄な気がしてきた」

「そうですね。考え込むのは、私たちには似合わないです」

「へえ、雪も言うなあ」


 ペースの落ちていた歩行スピードが、また少し速くなる。

 地図のおかげで、蒼一も先頭を迷わず進んで行けた。


「次はあのデカい岩が目標だ。村長の顔に似てるらしい。一発ずつ叩いとくか」

「理由は無いですけどねー」


 一行は他愛のない話をしつつ、国境への道を歩き続けた。





 行きと違って荷車がある分、進む速度も遅い。

 途中、一泊しても国境は遠く、一時は二泊を覚悟した。


 村長の健脚に負けそうなフンッとヤンノは、村で力を自慢していたプライドを傷付けられる。

 フンッたちはフンフンッと車を加速して、巻き返しを図った。


「あんなっ、年寄りに、負けたら恥じゃっ!」

「ジジイは、十人で、一人前っ!」

「その耄碌もうろく爺に勇者を拉致らせたのは、お前らだろ」


 誘拐犯役は、こいつらの方が適任じゃないかというのが、蒼一の当初からの疑問だ。


「みんな、止めたん、じゃっ!」

「ジジイが、勇者くらいっ、ひと捻りじゃって!」


 昨日の村長岩、もう一発しばいとくんだった。

 とは言え、結果、蒼一を連れて来るのに成功しているのだから、村長の手腕も大した物か。


「ソウイチ、何がおかしいの?」

「ふっ、面白いジジイだよな。顔とか、名前とか」

「いい村だったね」

「ああ、なんかリフレッシュした気分だ。寄り道も悪くなかったな」


 とぼけた爺さんを思い出す彼らに、雪が口を挟んだ。


「あの村長に、石盤のことは教えたんですか?」

「石盤っていうか、あの場所な。定期的に警戒して、また目玉が出来そうなら潰すらしい」


 サボテンのうちなら、村人で処理も可能だ。

 イカジンは対策が難しく、また大量発生するようなら、ギルドに連絡するよう教えた。

 最寄の大陸ギルドもかなり遠いが、勇者を直接探すよりはいいだろう。


 村人二人が正しく馬車馬となって頑張ったおかげで、二日目の日暮れ前に、国境の監視所に到着できた。

 二人はここで村へ引き返す。


「ありがとうごぜえました」

「雪がまた貝を食べに行くってさ」

「へえっ! お待ちしちょります」


 村人へ手を振る蒼一とメイリの後ろで、雪が監視員の相手をしていた。


「今晩はここに泊まるので、夕食は貝にしましょう」

「貝? ……ええっ、乾貨かんかじゃないですか!」


 荷物の中身を見て、監視員があんぐりと口を開ける。

 この夜も、食事は彼女が用意した女神特製料理だ。

 突然降って湧いた幸運に、監視所勤務の面々は酒まで持ち出し、またもや祝宴となってしまった。





 シェラ貝のステーキを薄切りして、監視員たちはチビチビと堪能する。


「一切れ食うのに、どんだけ時間掛けてんだ。薄く切り過ぎて透けてるぞ」

「こんな高級料理、街で食べたら月給が飛びます」

「えっ、そんなに高いの?」


 シェラ貝は腐り易く、最初に水気を抜くのが最も難しい。完全乾燥させたものは、下手をしたら生のシェラ貝より高価だった。

 乾貨とは、金貨のように値打ちのあるこの乾燥貝を指す別称である。


「メイリ、馬車で雪の食べてたシェラ貝、いくらで買った?」

「えーっと、金貨二枚で、お釣りもらえたよ」

「エンゲル係数の化け物か、あいつは」


 メイリも金銭感覚にはうとい。

 二人だけで買い物に行かせるのは、今後注意しようと蒼一は肝に銘じた。


「……じゃあさ、あの量の貝を売ったら、そこそこ金になるよね?」

「大金なんてものじゃありませんよ。塩も合わせれば、家を何軒も買えます」


 彼自身も金に執着はないので、大金と言われても、そう嬉しくはない。ただ、デスタの焔の魔剣は、金が足りなくて買い逃したのも事実。


「金貨に換えるのも悪くないか」

「全部はダメですよ」

「雪も自分で持てる量で我慢しろよ」


 彼らが乗って来た馬車は、監視員により手入れされており、御者も派遣されている。

 荷物もなんとか積むことが出来たので、明日朝、ダッハに出発する予定だ。


「ダッハには、すぐ着くのか?」


 監視員と一緒になって、赤ら顔で貝をつつく御者へ、蒼一が質問する。


「はいっ、急げば日没後くらいには。快適な走行がお望みなら、途中で一泊します」

「急ぎで。魔物には対抗出来てるんだったよな」


 この御者は、ダッハからやって来ていた。


「東から行く分には安全です。魔物は西に現れて、定期的に街を襲撃してます」


 地図の魔法陣の印も、街の西に広がる砂漠の中にある。そこを潰すのが、最初の仕事になるだろう。


「魔物の種類は?」

「亜人が多かったのが、段々と大型化してきてます。砂虫も暴れてますし、少し押され気味ですね」


 着いたらラバルたちを探して、詳しい情報を聞くのが良いだろう。

 宴会を抜け、塩が残っていると愚痴るロウの手入れを済ませると、蒼一は久々の綿布の蒲団を被る。


 夜半過ぎ、激しく雨が降ったが、翌朝にはピタリと止んだ。

 残る水滴が、朝陽に煌めく。


 砂漠の街を目指す馬車は、綺麗なアーチを描く虹の根元に向け走り出した。





 激しい上下運動にさえ耐えられば、馬車の進行は高速かつ順調だ。

 御者の言った通り、日が落ちて暫く経った頃、ダッハの街明かりが見えて来た。

 ハルサキムのような大都市ではないが、夜の照明の数は引けを取らない。


「明るい街ですねえ」

「夜光石じゃないな。輝光石?」


 御者が馬の手綱を操りつつ、蒼一の推測を肯定する。


「よくご存じで。この光は全て輝光石です。ダッハは砂漠の宝石とも呼ばれてるんですよ」

「へー」


 検問をフリーパスして、馬車はそのまま東口から街の中へ進入した。

 メイリは子供のように目を輝かせ、イルミネーションに魅入る。


「お前、こういうキラキラしたの好きだな」

「うん。星空みたい」


 雪もこの時ばかりは、子供に戻っている。


「夜でも屋台出てますよ! 見たことない肉料理が!」

「お前、こういうモグモグしたの好きだな」

「はいっ、肉食べたい」


 ――こいつ、地球時代から肉食魔神だったんじゃねえの? 今日はスキル使ってないぞ。


 馬車は街の中央広場を通過し、西へ直進する。

 終着地点は、街の西口近くに設置された魔物対策本部だ。

 軍基地を思わせる整然と並ぶ布張りのテントの横に、蒼一たちを乗せた馬車は停止した。

 降り立つ彼らへ、現場の防衛隊員が走り寄る。


「勇者様!」


 到着した者の正体を知り、隊員は腰のラッパを口に銜えた。


 パーッパラーパーッ!

 甲高い管楽器の響き。待ちに待った救援の出現が、対策本部中に伝えられる。


「うおっ、こんなにいたのか」


 テント内から、付近の建物から、蒼一たち目掛けて一斉に人々が走り寄った。


「勇者様ーっ!」

「お待ちしてましたーっ!」


 一際大音声で叫ぶのは、ラバルとマルーズの二人だ。


「ラッパだけで、よく俺が来たと分かるな」

「あの旋律は、“勇者の登場”ですから」

「へえ、他にもあるの?」

「勇者の出撃、勇者の帰還、勇者の睡眠、勇者が感激……」

「ストーカーか、お前らは。睡眠はやめろや」


 二人に案内され、勇者たちの泊まるテントを紹介された後、指揮所へと一行は向かう。

 勇者の横で歩みを速めたり遅くしたりと、不審な動きをするマルーズを、蒼一は問い質した。


「何でチョコマカしてるんだ?」

「あ、あの……勇者様の隣を歩いても、宜しいでしょうか!」

「…………」


 強制敬語リハビリをするべきか悩む彼の姿に、マルーズは不安を募らせる。


「しっ、失礼なことを申しまして――」

「いや、失礼じゃない。スラベッタ様よりはマシな気がしてきた」


 彼らとは共闘することになるだろうし、ボチボチと矯正するしかあるまい。

 許可を得た彼女は、嬉々として蒼一の従者の真似をする。

 本部テントの前には、責任者であるタムレイが立ち、勇者を敬礼で出迎えた。


 砂漠の街の夜は長い。

 魔物討伐作戦について、蒼一たちと防衛隊による検討会議が、ここに開始された。

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