044. タコ焼き器

 本部テントに入ると、大きな机に周辺地図が広げられ、その上には防衛隊の各班を表す小さな人形が置かれていた。

 地図の傍には、他より数倍大きな天然色の人形が三体。


「これ、俺か」

「はい、職人に作らせました」

「お前ら、意外と余裕有るな」

「街で売り出したところ、人気を博しまして。防衛隊の資金源にもなっています」


 生首飴の次はフィギュア。後で一つ貰おうと、蒼一は心に留め置く。

 対策会議は、まずタムレイによる現状報告から始まった。


「散発的な魔物の進攻は、防衛線上の部隊と、遊撃班で撃退しています」

「遊撃班は一班だけなんだ」

「ラバルとマルーズです。たった二人でも、戦力としては申し分ないですよ」


 その二人も会議に参加している。

 蒼一が一歩下がるように立つ二人を振り返ると、彼らは誇らしげに頷いた。


「亜人に手間取るような私たちではありません」


 ラバルの自信に満ちた顔を見ると、なぜ街がピンチになるのか分からない。


「これで守れない理由は?」

「今のところは、問題ありません。しかし、経緯が前回と似ているのです」


 前回、つまり十六番目の勇者の時には、街は魔物に蹂躙されている。


「魔物の質も量も、徐々に増大し、前回は最後に竜が現れました」

「ドラゴンか。ボス級だな」

「これには街の者では太刀打ち出来ず、勇者様の御力で何とか倒した次第です」


 ドラゴン戦となると、蒼一には頭が痛い難問だ。鞘で殴って倒せる相手なのだろうか。

 王国の南方には、今もドラゴンが棲息すると言う。あまりの強さに、討伐できないまま年を重ねたと聞くと、勇者の手にも余る可能性があった。

 懸念は一先ず脇によけ、彼は自分の持つ地図を皆に見せる。


「魔物は魔法陣が呼んでると考えていい。この×印が、それだ」


 街の周囲は荒れ地といった風情だが、西方に広がるのは正真正銘の砂漠だ。

 草木もほとんど無いその砂の海に、魔物を食い止める前線が敷かれている。

 魔法陣のマークは、ちょうど前線近くに在った。


「ギルドから連絡が有り、我々も探してみましたが、それらしき物は見当たりませんでした。この印が正確なら、我々が戦っているど真ん中です。ラバルは覚えがあるかね?」

「いいえ、いくら探索しても、その辺りには砂しかありません」


 位置がズレているのか、隠されているのか。×印の意味は、ほぼ確定だと思っていた蒼一は、うーんとうめく。


「在るのは間違いないんだ。砂に埋もれてるなら、厄介だな。見つけ出す方法を考えないと」


 魔物が出現し続けるということは、魔法陣が今も起動していることを意味する。


「まずは魔力の発動を探ってみる。その前線へ案内してくれ」

「承知しました。遊撃班は、勇者の指示で動く。頼んだぞ」


 ラバルたちが、小気味よく返事をし、明日の指針が決定した。

 日の出を合図に、行動開始だ。


 砂漠の日中は酷暑のため、正午に防衛隊は一時帰還するらしい。夕方、夜警の隊が派遣されるという二交替制で運用されている。


「俺たちは、日中の行動は平気だ。深夜が冷えるなら、そっちを休息時間にしよう」

「クーラー付きですもんね」


 雪はデスタのマグマ地帯を思い出していた。

 マルーズが、勇者に準備の指示を求める。


「明日、必要な物はありますか?」

「……毒かな。残り少なくなって来た。強力な奴がいい」

「魔物に飲ませるので?」

「まさか、勿体ない。俺が飲む。結構オツだよ」


 理解は難しくても、彼女にとって勇者の命令は絶対だ。ダッハ最強の毒を用意しようと、入手先を考える。

 他に要るのは、通常の回復薬と水。

 メイリは、手持ちのランプを輝光石の物に交換することを提案した。


「全て朝までに済ませます」

「頼む」


 会議を終えた蒼一は、ダッハ救援が間に合ったと確認でき、少し安心していた。


「着いたらゴーストタウンは、寝覚めが悪いからな」

「浄化が大活躍しますね」


 街の西地区には、ギルドの支部も在る。

 大陸ギルド結成援助機関、その正式名称を、蒼一はちゃんと記憶していないため、いつまでたっても彼にとってはただのギルドだ。

 まだ開いていると聞き、蒼一たちは顔を出すことにした。

 稲妻マークの大きな旗を見つけ、観音扉を開くと、お馴染みのカウンターが彼らを出迎える。


「ちょっといいかな?」

「ああ、これは勇者様、少々お待ちを」


 職員に伝えられ、施設長がロビーまで出て来た。


「ようこそダッハへ。ここの責任者のサントマーレです」


 いかにもやり手そうな妙齢の女性が、三人を施設長室へ招き入れる。

 大賢者のその後についての報告に続いて、蒼一は新たな依頼をギルドに申し入れる。


「ダッハでは見つからなかったらしいが、他の×印の調査はどうだった?」

「いくつか魔法陣を発見した連絡がありました」

「やはり、印は魔物の召喚陣だろう。地図を写して、可能なら全て潰して欲しい」

「分かりました。各街の近くから順に調べてみましょう」


 地図を複製するのに一晩ギルドに預けて欲しいと、サントマーレに言われる。

 代わりにダッハ近郊の地図を貰った彼は、そこへ砂漠の×印を書き写した。

 施設長の机にも、勇者一行三人の人形が並んでおり、メタリックに輝く勇者フィギュアに、メイリが顔を近づけた。


「これ、持ってる武器が違うね。鞘を構えてる」

「そちらは百に一個のレア、“勇者の鞘打ち”です。大変でしたよ」


 蒼一は精巧な人形を手に取り、その扱いを見守る施設長へ聞き返す。


「何が大変だったんだ?」

「ギルド職員に、百の焼き菓子を食べさせるのが、です」


 ――職権乱用だ。このオバハン、余計なとこでも、やり手らしい。


「本当は、“勇者の研磨”が欲しかったんですけどね」

「何種類あるんだ、俺?」

「十八種類です」


 人形を机に戻すと、位置が気に入らないのか、サントマーレは神経質に台座を弄って調整した。


「……魔法陣からは、強力な魔物も出てくるかもしれん。気をつけてな」

「無謀なことは致しません」


 ギルドから対策本部までは近く、十分も掛からずに就寝用のテントに帰り着く。

 蒼一は一人で一テントだが、雪とメイリは相部屋だった。

 せめて被害を減らそうと、雪は二つの寝床を離しに掛かる。


 テントの端と端に設置された彼女たちの寝所が、その効果を発揮したかは、翌朝の雪の顔を見れば直ぐに分かった。





「コロコロ転がるだけで、よくあれだけ移動できますね」

「ゴメン……」


 メイリの髪の乱れは、過去最高に近い。

 櫛で梳く雪も、少女の回転睡眠に久々に文句を垂れ流した。

 テントの外から、準備の遅い二人に催促の叫び声が届く。


「おいっ、雪、起きてるか! 飯食ったら行くぞ」

「メイリの髪が抵抗するんです!」

「もうちょっと待って! イタタッ」


 彼女たちが登場するまでに、蒼一は朝食の調理を済ませた。

 雪の作ったスープは、フリーズドライで固形化しており、料理の味も利便も大幅に向上している。

 相席したラバルとマルーズには、あれこれ驚くことばかりだった。


「勇……ソウイチ殿、このカンナ屑のような食材は何でしょう?」

「鰹節、いや、カツオじゃないけど、魚っぽいやつの乾物だ。嫌いか?」

「魚ですか、驚異的に美味しいですね!」


 ラバルは鰹節が気に入ったらしい。

 その鰹節が振り掛けられたのが、シェラ貝のスライス。こちらはマルーズが絶賛した。


「こんな上質の貝をどこで?」

「採ってる村が、魔物に襲われててさ。助けたお礼にくれたんだよ」

「やはり! 村人の勇……ソウイチ様への感謝の深さが分かります」


 この二人には、試しに「勇者」呼びを禁止してみた。

 敬称まで省略させるのは、難儀なことだろう。


 雪とメイリも揃い、朝の支度が一通り終われば、いよいよ砂漠へ出発だ。

 ラバルたちに先導してもらい、蒼一ら三人は後からそれを追い掛ける。

 前線は、砂の海に入って直ぐに見通すことが出来た。砂丘に起伏は少なく、かなり遠くまで視界が開けている。

 魔物を警戒する隊員の所在は、ラバルに指摘されずとも、蒼一たちにも簡単に見つけられた。


「先にごろごろ転がってるのは、魔物の死体か」

「コマメに焼き払っているのですが、今見えるのは昨晩現れた分でしょう」


 魔物たちは夜間に、どこからともなく出現することが多いとのことで、未だその出現ポイントは特定出来ていない。

 防衛隊はなかなか優秀らしく、ぱっと見ただけで数十の死骸が見えた。

 各種イ人に、巨大ミミズを思わせる砂虫。砂漠に似合わない倒木のようなものも、魔物だと教えられている。


「この中で、最初から砂漠にいたのはどいつだ?」

「砂虫だけですね」

「イモジンも災難だな。あいつら蒸し焼きだろ、ここじゃ」


 防衛ラインを越え、魔物の散らばる地帯に踏み込むと、蒼一は案内役にストップを掛けた。


「魔法陣を探す。ここからは俺が先頭だ」


 黒剣を抜いた彼は、前方へ突き出す。


「陽炎っ、うわっつつ!」


 スキルを発動した途端、剣先は砂地に突き刺さるように下方へ引っ張られた。

 地面を斬り付ける姿勢のまま、蒼一は能力が解除されるのを待つ。


「いきなり当たったぞ」

「ダンゴ? リンゴ?」

「ビンゴかな。食い物から離れろ」


 固まる彼の横で、雪がロッドで地面を突き始めた。

 剣の周りをザクザクと刺すが、何かに当たる感触が無い。


「おかしいですねえ。深いのかな」

「砂を掘るしかないな」


 あまり取りたくなかった足止め系スキル“砂地獄”を、蒼一は女神に選んでもらう。

 気が進まないのは、粘着と使い所がダブりそうなネーミングだからだ。

 剣を腰に戻し、ある程度後退した勇者は、新スキルを唱える。


「砂地獄っ!」


 期待に満ちた目で、マルーズがその効果を見守った。

 逆円錐型の窪みが彼らの前に形成され、その頂点に地中の異物を顕現させる。


「石盤ですね!」

「ああ……んー?」


 砂の斜面をズルズル滑り降り、彼は出現した石の一部を近くで調べた。


「お前らは降りて来るなよ。滑って登れなくなるぞ」

「はいっ! 土属性、珍しい魔法ですね!」


 初めて見る魔法に、マルーズは感激している。レア度だけなら、蒼一のスキル群は歴代勇者でもトップクラスだ。

 砂地獄のおかげで、約直径一メートルの円形に、石盤の一部が露出している。

 しかし、その表面の文様を見た彼は、意味するものを理解するのに、しばし時間を要した。


「これ……太いんだ、紋様の線が。めちゃくちゃ太い!」


 仲間のところに戻るため、彼はスキルで一気に砂地獄の円錐を跳び越えた。

 レア能力の実演を目の当たりにし、ラバルとマルーズが歓声を上げる。


「ああっ、“勇者のビヨン”!」

「これがあのレア度二位の!」

「“跳ねる”だ! 勝手に技名を変えるな!」


 皆の前に着地した蒼一は、自分の推測を説明する。


「石盤の刻みが、尋常じゃない幅で入ってる。砂の下に、巨大な魔法陣が設置されてるぞ」

「どれくらいの?」


 雪の質問に答えるには、もっと情報が必要だ。

 彼らは場所を移動しつつ、砂地獄の発動を繰り返した。

 砂漠に点々と円錐が穿たれ、整列した凹地が縦横に作られて行く。

 この作業は午前中いっぱい続き、結果として、魔物を食い止める広範囲のトラップが完成する。


「ソウイチ様、これで防衛隊の任務も捗ります!」


 マルーズは喜ぶが、掘っただけではまだ不十分だと蒼一は言う。


「魔法陣は、石板をいくつも繋げて巨大化してる。こいつが魔物を召喚するんだ」


 ほとんどの砂地獄の中心に石盤が覗いており、ようやくその全体が推定し得た。

 この大きさだと、砂漠の前線一帯は、すっぽり陣の上に収まってしまう。


 ここで倒された魔物は、死して魔力を地中に供給する。

 ご当地キャラや霊脈からの補充と合わせると、徐々に起動力は増大していったのだろう。

 魔物を誘致する永久機関の完成だ。


「いくつか石盤を削っとこう。陣を潰せば、魔物の増加を抑えられる」

「では……!?」


 ラバルの顔に緊張が走る。横に立つ魔術師がゴクリと喉を鳴らした。


「……“勇者のケンマァ”!」

「あのレア第一位の!」

「そのレア度は、何基準なんだ。残飯スキル度じゃねえだろうな?」


 巨大陣を止めるには、一箇所削るだけでは不十分だ。

 時間が許す限り窪地を回って、手に負えない魔物が召喚される前に片付ける。その蒼一の考えを実行するには、ほんの少し遅かった。

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